プロローグ
こんにちは、みなさん。
明日はわたくしの誕生日。明日、わたくしは全ての事に決着をつけるつもりでいます。
そう、兄の為出来した事に、そして兄にそんな事をさせてしまったわたくし自身に決着をつけるのです。
事の始まりは、わたくしが死んだ日にまで遡るのでしょう。
あの日、わたくしは重大なミスを犯してしまいました。人類とって災厄を齎す凶悪なウイルス、ドゥームズのワクチンを、マス・シンセサイザーで大量合成しようとしていたわたくしは、誤まって合成の工程の一部を逆にしてしまっていました。焦りと疲れの所為だったのでしょう。その結果出来上がったものは、無毒化されたワクチンではなく、更に強化されたドゥームズ変異種でした。
生成物の検査でそれが判明したのは幸いでしたが、その廃棄過程でわたくしは誤まってドゥームズに感染してしまいました。
わたくしは、即座に廃棄装置であるマス・ヴァニッシャーへと自身の身を投じました。それが身体を持つわたくしの最後の記憶です。
気が付くと、わたくしは何処とも知れない空間を漂う意識だけの存在となっていました。ただ、わたくしが開発したもう一つの装置、ゲートのある世界の様子だけは何故か感じる事が出来ました。
ゲートを通して得た、その後のわたくしの身体を取り巻く状況に、わたくしは絶句しました。兄が、消滅させた筈のわたくしの身体を再合成してしまったのです。代謝の殆ど無い凍結状態としてですが。
マス・ヴァニッシャーは消滅の前段階として対象の構造を精密にスキャンします。兄はそのスキャンデータを取り出しマス・シンセサイザーでわたくしの身体を再合成してしまったのでした。
兄の暴走は此処から始まりました。
何故かわたくしを至上の存在として特別視する兄は、不老不死の永遠の存在としてわたくしを再再合成しようと計画を練り、実行に移していきました。兄は、自分の世界では絶対に許可の出ない実験を他の世界で始めてしまったのです。
目的に叶うドゥームズ変異種を創るため、ゲートを用いて数多の別世界にドゥームズを散蒔いていきました。
また、わたくしの意識を取り戻し、身体に定着させる研究していった先にインカーネーションの技術を完成させた兄は、別世界の権力者に成り済まし、ドゥームズの研究・実験を加速させていきました。
分裂・増殖しても変異を起さない、自律制御可能なドゥームズ変異種を創るためだけに、数え切れない程多くの生命を奪っていたのです。
そんな兄を歯痒い想いで見ていたある時、わたくしは彼女に出会いました。
彼女に出会えたのは奇跡でした。
彼女に巡り合わなければ、兄の暴挙を止める手段を得る事はできなかったでしょう。
彼女は、わたくしの身体の代理を探していた兄が訪れた世界の少女でした。
彼女は、わたくしと瓜二つな少女で、わたくしと同じ分野の研究者であり、わたくしの身体を元に戻そうと提案してくれた少女でした。
彼女は自らわたくしの世界へと渡って下さり、わたくしと共同研究をして下さいました。
わたくしの、この何処とも知れない空間での経験や出会いを、彼女とわたくしは理論として確立してゆきました。そして彼女は次から次へと理論を実証してゆきました。
明日のわたくしの誕生日、わたくしは彼女の開発して下さった装置を以って兄の愚行に決着をつけるつもりです。
その前に、世界の狭間で出会った皆様と最後のお別れをしましょう。
ねえ、ルシエラさん、ベルさん、マリアさん、ラウさん、そしてイザベルさん




