第八十八話 大陸新聞
虹剣1688年10月3日。
フラメナとライメは一緒に住む家を建築家と共に話し合っていた。
結婚の件だが、基本的に家で結婚式を行うため、
家がないと式を行えない。
「いいんですかい?こんなに大きい家じゃ、
メイドの一人は雇わないと苦労しますぜ」
そう言う建築家。
フラメナはそれに対して問題ないと答える。
「お金ならまた稼げばいいのよ!
私、とにかく大っきい家に住みたいの!」
「なら……予定通りに建てちゃいますけど大丈夫ですかい?費用とか諸々はこの紙に書いてますんで」
フラメナはそれを受け取ると即座にライメへと手渡し、ライメはそれに目を通す。
陸貨の大金貨を五百枚。
とんでもない金額だった。
確かに大きい家で二階建てであり豪邸と呼べる。
大金貨五百枚というと、平凡な家なら七軒ほどは建てることができる。
こんなに金貨を使って大丈夫かと言われれば、
もちろん大丈夫ではない。
フラメナとライメの貯金から半分ずつ出し、
二人の手元に残るのは大金貨二十枚ほど。
全財産というわけではないが、旅で稼いだ金貨はほとんど使い切ってしまった。
まぁ、当分生活は続けられるが、
遊んで暮らせるわけではなくなってしまった。
住まいに関しての話を終えた二人。
完成は来年の2月らしく、それまでは二人は離れて暮らす。たまにフラメナが泊まりに行くと言った感じだ。
二人の日常はほのぼのとしている。
ライメが図書館で勉強するのでフラメナもそれについていき、自身の魔法について調べている。
「フラメナってあまり雷魔法使わなくなったよね」
「あー……べつに使えないわけじゃないのよ?
ただ火魔法だけで完結しちゃうのよね」
フラメナの火属性魔法は確かに強い。
正直言って攻撃面じゃこれ以上ない強みだ。
フラメナは火属性と雷属性を得意としている。
だが雷属性に関してはこうして完全に持て余してしまっており、フラメナ自身も使いたいとは思っているようだった。
「なにかに使えないかしら」
「移動とか回避に使ってみれば?」
フラメナはライメのそんな言葉に首を傾げる。
「回避って風魔法とかじゃないと無理じゃないの?」
「ふっふっふ……僕が勉強した成果を見せてあげる」
ライメはフラメナに向けて説明を始めた。
「雷魔法も実は俊敏性に優れているんだ。
風魔法と違って注目を浴びないのは、雷魔法が攻撃に特化した扱われ方をされているからだね」
風魔法は攻撃としてはあまり注目を浴びない。
どちらかと言うと、サポートだったり回避用だ。
「雷魔法の瞬間的な爆発力、それを上手く使えば相手が認識できない速度で動き回れるようになる」
雷属性や風属性は上手く扱えば、
圧倒的な素早さを手に入れることが出来る。
現に君級剣士には、風を扱う剣塵、雷を扱う斬嵐、
この二人がいる。彼らも属性は大いに活用していることから、非常に強力なのだろう。
だがそうなれば皆が活用するはずだが、
それでも多くの剣士が活用しない理由。
単純に難しいのだ。
剣士は戦いの中で剣を振るうことに全神経を注ぐ、
それに加えて魔法とは言わずとも、魔力操作までしないといけないとなれば、非常に困難極まる所業。
「普通は剣士の人とかがやろうとすることだけど、
近接戦もするフラメナにはいいんじゃないかな?」
「ライメってすっごい詳しいのね……
クランツみたいだったわよ!」
そうフラメナが言うと、ライメはわかりやすく照れて嬉しそうに微笑む。
「うへぇ、そ、そうかなぁ〜」
「私が言うんだからそうよ!」
そうして二人が会話する中、フラメナは奥で図書館の職員が、大陸新聞を棚に置き始めるところを見る。
そう言えば今日はまだ新聞を見ていなかった。
さっき届いたのだろうか、多くの大陸新聞が並び始め、フラメナは席から立ち上がりそれを取りに向かう。
フラメナは新聞を手に取り、内容は読まずにライメの下へと帰ってくる。
「ライメ、今日の大陸新聞は見た?」
「ん、見てないや。僕にも見せてくれるかい?」
フラメナが頷き、二人は距離を詰めて新聞を机に広げる。
「……え?」
思わずそうライメが言葉を漏らした。
新聞の内容は信じられない驚愕的な内容だった。
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君級三名 戦死
魔王側近による襲撃
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「……まさか」
嫌な予感がした。君級には知り合いもいる。
フラメナは息を呑み、戦死した者の名を見る。
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断罪 ガルダバ・ホールラーデ
斬嵐 リルメット・アグラスト
″天戒 レスト・バレットメア″
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「レストさんが……?」
フラメナは少し状況が理解できていない。
「三人とも……君級じゃ上位の強さなのに……
ガルダバさんに関しては一対一じゃ剣塵並みだよ。
それなのに……なんでいきなりこんな……」
ライメも少し信じられないと言った雰囲気、
フラメナはあることを悔いていた。
「レストさん……なんにもお礼できなかったわ。
無理してでも会いに行くべきだった……」
後悔。
このどうしようもない感情がフラメナを包む。
三名の君級の戦い。
それはすでに過去のものだ。
どう言った戦いだったのだろうか、
どうして負けてしまったのだろうか。
そもそも、魔王側近が毎回一人で来てくれる保証はない。
奴らは本気でこちらを潰しに来ている。
一体なぜ急に、なんの意図で。
フラメナはそんなことを思いながら新聞を見る。
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虹剣1688年8月28日。
リルメット・アグラスト。
歳は二十九の魔刃流雷君級剣士。
彼は通常時、剣や刀を持たない。
戦い方は特殊で雷の斬撃を常に顕現し、
それにて一度に何度も相手を切りつける。
戦い方故に魔法使いと言われることもあるが、
ピンチになれば剣はちゃんと使うので剣士だ。
彼の性格を一言で語るのならば、
お人好しや真面目など言ったものが出てくる。
北峰大陸にて魔王軍を常に見張る中で、
リーダーとして立つだけあって人望も厚い。
意外にもジョークが好きらしく、
暇があればくだらないジョークを考えることも多い。
彼は茶色の髪に緑の瞳、そして″龍族″だ。
明確には人族と龍族のハーフ。
竜族ではない、龍族だ。
竜は知性なき巨大な魔族のこと、龍は人型で角と尻尾を持ち、翼と鱗を持つ、知性の高い種族だ。
身体能力、知力、魔力量、全てが高水準。
加えて寿命も長く1000年生きる個体も存在する。
故に度々最強の種族と呼ばれることが多い。
現に斬嵐を冠するリルメットは現君級剣士の中で、
二番目に強いと言われている。
次なる世界最強の剣士はリルメットとも言われるほどで、剣塵に迫る強さだ。
そんな彼は危機に面していた。
現れた二人の魔王側近。
色欲と怠惰、どちらも上位の強さだ。
「いいか?全員ここから逃げろ。
俺が死んだとてあまり困ることじゃない。
とにかく一秒でも俺が時間を稼ぐ……
君たちは生きろ」
見張りの砦から出て行く際、
そう仲間へと伝えるリルメット。
「リーダー!そんな、俺たちは貴方を見殺しにすることはできません!!」
「……なんだ俺が負けると思ってるのか?
安心しろすぐにあの鬼畜共の死に様を晒してやる」
リルメットはそう自信満々に言うが、
どこか諦めたような表情でそう言い、砦から走って出ていき海岸へと向かう。
「あれ、案外防衛はしないのかな?」
「違うだろ〜、退いたんだ。
私たちには有象無象じゃ相手にならないってリーダー格が知らせたんだろ〜」
「……ってなると、おっきたきた」
色欲のエルドレ。
悪魔族(デビル族)と獣族(蠍族)のハーフ。
桃色の瞳に真っピンクの髪の毛。
女性かと見間違えるほどの可愛らしい顔つき。
角と翼が生え、尻尾はまさに蠍のらしいもの。
年齢は約七百歳、元々長寿の種族である。
怠惰のフェゴ。
獣族(熊族)と鬼族のハーフであり、魔獣だ。
吸い込まれそうになるほどに真っ黒な瞳と、
毛量の多い茶色の髪の毛。
頭のてっぺんから一本の赤い角が生えており、
角の横に熊特有の耳を生やしている。
一見子供に見える身長だが、年齢は七百を超えており、エルドレの年上でもある。
二人の視界に映るリルメット。
辺りにバチバチと音が鳴り、リルメットの魔力の高さを表していた
エルドレの戦い方は非常に手数重視だ。
彼の得意属性は水と雷。
エルドレの水属性魔法は真っ赤に染まっており、
微弱な毒が含まれている。
そしてエルドレは空間魔法による領域を作り出すことが可能であり、その領域内では彼の水属性魔法が即座に発動出来るようになるのだ。
手数と速度を極めた魔王側近と言える。
対してフェゴの戦い方はシンプルそのもの。
火属性魔法と水属性魔法を扱い攻撃する。
フェゴに関しては特殊な戦い方もしないようで、
火と水の魔法だけで700年間生きてきた。
そんな二人と今から戦うリルメット。
彼自身ですら勝ち目はあまりないと感じている。
それでも戦う理由。
「君らがなぜこちらに戦いを仕掛けてくるのか理解できない。なぜ俺たちと戦うんだ?」
リルメットがそう聞けばエルドレが答える。
「簡単な話さ。魔理様からの命令、
今この世界は病んでる。争いが絶えず行われ、
罪なきものたちが死んでいく。
……まぁこれはただの建前、僕ちゃんはただ単に、
殺しに悦楽を見出してるだけさ」
あぁ、なんでこうも腐りきっている?
こんなやつが何百年も生きているのか?
つくづく思う、神はいない。
俺がこいつを殺さなきゃいけないんだ。
これ以上、こいつが許されていい世界なんて存在しちゃならない。
「助かる。君みたいな敵だとやる気が出る」
「あぁーそう?嬉しいなぁ」
最初から剣を抜くリルメット。
エルドレとリルメットだけで話が進む中、
話に入れないフェゴは眠たそうに二人を見ている。
「一応私もいるからなー」
「あぁ忘れてないさ。君もまとめて相手してやる」
「はは、めんどくさいなぁ〜……」
フェゴは苦笑いしながらほっぺたを左手の指先で少し掻きそう言う。
魔王側近はたった一人で君級の戦士を圧倒できるほどの実力者だ。
だが不思議となぜか、リルメットの口角が上がる。
リルメットの心音がうるさくも彼を励ました。




