第八十五話 昼想夜夢
虹剣1688年9月16日。
昨日の雨は止み、今日は快晴だった。
フラメナとライメは約束通りに出会い、
朝食を食べに街中を歩く。
依然二人の雰囲気は少しだけ気まずそうだ。
緊張によるものなのだろう。
あまり会話が弾まない二人だが、歩く速度は同じで、常に相手のことを気にかけている。
「ねぇライメ、なにを食べに行こうかしら?」
「朝だし軽い物はどうかな……コムンガッチとか」
コムンガッチ。
それはコムを真っ二つに切り、間に肉やら野菜やらと何かしらを挟むことで完成する食べ物。
携帯するのに適しており、戦士や時間があまりない者、朝食などに非常に好まれている。
「なら私コムンガッチと一緒に、甘くてあったかい飲み物が飲みたいわ」
フラメナの要望にライメは頷くと、
向かう場所はカフェとなる。
二人はしばらく歩いてカフェへと向かって歩き、
外観が少しだけお洒落な店の前に立つと、扉をライメが開けて二人は中に入る。
「いらっしゃいませ、お二人ですか?」
ライメは店員のその問いかけに「はい」と返すと、
二人は案内され店の中にある対面する席へと連れてこられた。
ライメは鞄を席に置くと、先にフラメナを座らせ、
メニュー表をフラメナへと手渡す。
「僕が注文してくるよ」
ライメがそう言えば、
フラメナは「ありがとう」と言い、自身が好むものを伝えてライメは注文しに向かった。
二人が頼んだのは正に肉食と草食という感じだ。
フラメナのコムンガッチは分厚い肉を挟み、少しばかりの野菜を入れてソースをかけたもの。
コムンガッチにしてはかなりガッツリしている。
ライメは挟むもの全てが野菜だ。
緑が多すぎて草原かと思うほどだ。
飲み物はカフェ定番の飲み物。
焦水と呼ばれるものだ。
焦水の作り方はシンプルであり、
焦豆と呼ばれる燃える豆を粉々にし、
それを紙のカップの中に入れてお湯を注ぐ。
焦水は苦味が特徴的な飲み物であり、
名称は白と黒で分かれている。
白は甘めであり、黒は非常に苦い。
フラメナのは白焦水。
ライメは黒焦水である。
「じゃあ冷めないうちに食べよっか」
料理が揃い、ライメがそう言うとフラメナは頷き、
二人はコムンガッチへと手を伸ばして食べ始める。
具が溢れ出さないように丁寧に食べる二人、
少し食べては焦水を飲み、空っぽの胃袋をどんどん満たしていく。
フラメナはライメの飲む黒焦水が気になっていた。
黒焦水はかなり苦味が強く、
好んで飲む者はどの年代にも少ない。
フラメナは美味しそうに飲むライメを見て、
その黒い液体に興味が湧いた。
「ねぇライメ、それ一口飲ませてちょうだい」
「え?苦いけど大丈夫?」
「大丈夫よ。私はこう見えても我慢強いんだから」
不安そうなライメ、それでもフラメナへと黒焦水が入ったグラスを手渡す。
この黒い液体を今から飲む。
未知への好奇心、それがフラメナの原動力。
フラメナはグラスに口をつけて、程よく温かい黒焦水をそっと口へと入れるとーー
「っぅっ!?」
口内を襲う強すぎる苦味。
フラメナはすぐさま口からグラスを離して机に置き、ケホケホと咳をして涙目になる。
なんだこれは、こんなの飲み物じゃない。
焦げたコムの端っこを口いっぱいに詰めているような、そんな不快感がフラメナの身体中を駆け巡る。
ゾワゾワとしてすぐさま白焦水を飲み、
苦味に悶える口内を甘味で癒す。
それは今まで感じた甘みの中で一番強かった。
取り乱したフラメナを見てライメは笑っていた。
少し涙を浮かべるほどに笑うライメ、フラメナは恥ずかしくなり目を逸らしてコムンガッチを食べる。
「だから言ったのに〜……あははっ」
「っ、笑いすぎよ!」
緊張が解けたようだ。
二人のいつも通りの空気感が戻る。
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朝食を終えれば二人は図書館へと向かう。
フラメナがライメの勉強してる姿を見たいと言ったのが理由だ。
ライメはそんなもの見て何が良いのかと思いながらも、フラメナの要望に応えて図書館へと向かう。
本の匂いというのは、非常に落ち着くものだ。
静かな空間に窓から差し込む陽光、二人は距離を近くして席に座り、共に本を読む。
なんだかこうして二人で何かを学ぶのは懐かしい。
幼き頃のクランツがしてくれた授業。
今でも鮮明に思い出せるほど楽しかった。
「……フラメナ?」
フラメナはライメの肩に頭を寄りかからせ、
手をライメの膝へと置いて話し始める。
「幸せね……私はライメが生きてるなんて思ってなかった。みんないなくなっちゃったから……
でもライメは生きてた。異性だってわかった時は驚いたけど……そんなことはどうでもよかったわ。
……生きててくれてありがと」
フラメナはそう言い、顔を下へと向ける。
表情は見えない。ライメはそんなフラメナを見て膝に置かれる手を握り返す。
「僕も、フラメナと再会できてよかった。
もしあのまま、トヘキとして生きていても不幸だったわけじゃない。でも心は満たされなかったと思う。
僕はやっぱり、ライメとして生きていたい。
だから感謝してるよ……ありがとうフラメナ」
そんなことを言うライメ、フラメナはライメの冷たい手を少し強く握る。
生命はいずれ死を迎える。
有限なる時の中で、どう生きていくかが重要だ。
なんのために生きるのか?そんなことを常に考えていては頭が痛くなってしまうだろう。
でもどこかで一度立ち止まって考える時はくる。
正解も間違いもない。
ただ二人がした選択は、間違いなく満足のいくものだろう。
幸福。
そんな言葉が似合う二人。
いつまでもこうして互いに離れずそばに居たい。
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夜になった。
夕食も済ませた二人、解散の雰囲気が漂う。
だが解散などさせるわけがない。
本番がやってきた。フラメナの勝負はここからだ。
「じゃあ、送ってくよ」
「……ラ、ライメ!」
ライメはそんな呼びかけに首を傾げ反応する。
「今日は……ライメの家で泊まりたい……」
「……えっ?」
えっ?僕の部屋に来るの?
フラメナが?え?まさか……いやそんなわけ。
なんでいきなり?本当に来るつもりなの?
ライメはそう思いながらもフラメナを見る。
これは本気の時の目だ。
耳を赤くするフラメナだが、決意は固く見える。
落ち着くんだライメ・ユーラパラマ……
僕は男だけど、そんな無作為に理性を忘れるやつじゃない。
部屋で何をされるんだろう……ってバカ!
変なこと考えるな!……フラメナはどう言うつもりでこんなこと言ってるんだろう?
うっ……本当にどうしよう。
断れるわけないし、無理矢理にでも来るつもりだろうし……平静を保つしかない……僕なら大丈夫。
「ライメ……?」
フラメナが固まったままのライメへと、顔を覗かせてきた。
「あっ……うん。泊まっても大丈夫だよ。
もう僕の部屋とか来る……?」
「……ライメが良いならもう行きたいわ」
フラメナがそう言うとライメは深呼吸し、
宿へと向かって歩き始める。
宿にてーー
ライメの部屋は非常に綺麗だ。
整えられた大量の本。旅で集めたものを飾る棚。
魔法の杖や、転移魔法の魔法陣を描いた紙。
「ようこそ……?くつろいでていいよ。
水を一杯注いでくるからさ……」
「うん……」
フラメナはそう言って置かれているソファへと腰を下ろし、部屋を見渡しながらライメを待つ。
本当にここまで来れちゃったわ!!
もうここまで来たならやるしかないわ……
その気にさせて口を滑らせる……
私ならできるわよ……!
フラメナへと水を持ってきたライメ。
隣に座って二人は静かな部屋の中、沈黙を貫く。
「……その」「あのさ……」
「「あっ……」」
二人は喋り出すタイミングが重なってしまった。
「フラメナからいいよ」
「わかった……」
フラメナは話し始める。
「その、私が夜が好きな理由、聞きたい?」
旅の時に濁されたフラメナが夜が好きな理由。
ライメはそんなことを思い出し頷く。
「……夜って静かで、落ち着くじゃない?
それに……ライメと話せるのが夜だったから……」
フラメナの耳は真っ赤だ。
ライメはようやく確信した。
フラメナは自分のことが好きなのだ。
「僕も夜が好きだよ。
フラメナは夜に僕と長く話してくれるからさ」
フラメナはそれを黙って聞く。
「フラメナ、僕が言いたかったこと言ってもいい?」
「え……うん、もちろんよ」
もういつまでも引き延ばすのはやめよう。
……気持ちを伝えて楽になろう。
隠す必要なんてない。僕は……
「フラメナ……」
ライメはフラメナの頬へと優しく手で触れる。
そうして口から発せられた言葉。
「僕はフラメナが好きだ」
「えっ」
「フラメナは……どう思ってるの?」
ライメがそう聞くと、フラメナは頬を触るライメの手を握り、視線を合わせて言う。
「私もライメが好きよ……!」
フラメナはライメへと飛びつき、今まで我慢してたむず痒さを解放するようにハグする。
かなりの勢いでライメが倒れ、ソファにて密着した状態で横になる二人。
「なんでかしら……旅をして、ライメと話すたびに好きになっていくの……好きでしょうがないの!
私はライメが大好き、もう隠さなくて良いわよね」
ライメの胸へと顔を埋めながらもそう言うフラメナ、ライメはフラメナの頭を撫でながら言う。
「隠さなくていいよ。だって僕もフラメナが大好きだし……やっと言えてよかった」
フラメナはライメの頭の横に両手を置いて体を起き上がらせ、視線を合わせたまま顔へと近づいた。
静かだった部屋はもうここにはない。
二人の鼓動が全てをかき消していた。
フラメナの唇はライメの唇へと触れて目を閉じる。
じれったい思い、これが恋。
恋は実り、ついに二人は本音を分かち合えた。
誰かを愛し、誰かに愛される。
朝から晩までその人のことを考えてしまう。
そうするとつくづく感じるのだ。
好きでしょうがない。
その日は二人の記念的な日となった。
本日二話投稿ですが、八十六話に関しては展開としてはあまり進展がありません。
この後18時に投稿される第八十六話は、
フラメナとライメの心情などが語られています。




