第七十二話 最後の大陸
虹剣1688年5月1日、午後16時23分。
北峰大陸に五人は到着した。
雪が積もるスロアト港。
海に張る氷を砕くように設計された船が何隻か止まっており、他の港に比べて唯一無二の港である。
スロアト港の平均気温は年間通して1℃ほど、
これが北峰大陸で一番暖かい場所だというのが驚きだ。
北峰大陸には伝説が存在する。
それは執理政伝説。
全六章のうちの第三章の舞台がここ、北峰大陸だ。
過去に氷属性というその時代には存在したことのない属性を纏う巨竜が跋扈した。
その巨竜は多大な被害を及ぼし、
北峰大陸は極寒に包まれる白銀世界となる。
執理政の時空を管理する理がそれを解決するため、
北峰大陸の時を止め、巨竜の群れを討伐した。
その討伐された巨竜たちの氷属性の塵が空へと昇り、極寒の塵として地上へと落ちるようになった。
これが雪の由来であり、
氷属性が生まれた起源でもある。
現在は降り続けている雪は、
おそらくそれ由来ではないと言われているが、
北峰大陸のはるか上空には、常に大きな雲が停滞しており、巨大な竜を見たとの報告もある。
真相は定かではないが、とりあえずめちゃくちゃに寒いのが北峰大陸の特徴だ。
魔城島にも雪が降っており、わざわざ寒さを対策するため魔王軍が結界を張るほど。
その寒さは生命を衰弱させるには容易い。
「うぅ〜寒いわね〜……!」
フラメナはエルトレに抱きつき、少しでも寒さを和らげようと尻尾へと手を突っ込む。
「ちょ……別に尻尾とか触ってもそう変わんないって……早く服とか買いに行こ」
「尻尾の中暖かいわね!!」
エルトレはフラメナに抱きつかれながら歩き、
五人はとりあえず防寒着を買うため服屋に向かう。
「ほら、みっともないから離れて」
「うぇ〜……暖かいのに残念だわ」
エルトレはフラメナを引き剥がし、港の奥へと進んでいく。
スロアト港は比較的静かで、
雪かきの跡がそこら中に見える。
北峰大陸には霊族が多く滞在しており、
魔城島に近い海岸沿いの街には、精鋭の戦士たちが種族関係なく暮らしている。
さてニックス王国へと向かうのが今の目標だが、
他の大陸と違い、北峰大陸の夜に移動するのは危険な行為だ。
圧倒的な寒さと足元の不安定さ、
夜の危険性ならば西黎大陸を超える。
基本的に移動は日が昇っている時に行う予定。
ニックス王国には大体4日ほどで着く。
ここは豪雪地帯ということもあり、馬車などは存在しない。その代わりに使役された白狼たちによる雪車で移動する。
馬車と違い基本的に野ざらしなため、
寒さ対策はかなりしておきたいところだ。
その日は防寒着を各々買い、
港の宿にて泊まることにした。
北峰大陸の文化として″温泉″というものがある。
温泉自体、東勢大陸北部や中央大陸北部にも存在するが、北峰大陸の温泉はクオリティが段違いだ。
露天風呂と呼ばれるものも北峰大陸唯一のものであり、極寒の中入る暖かい湯というのは極楽だ。
また北峰大陸の温泉は効能が存在し、
疲労回復、リラックス効果、美肌効果。
魔力回復、治癒魔法促進、身体強化。
などなどかなり多めに効能が存在する。
五人は傲慢討伐の特別報酬金として貰った大量の金銭故に、個室に温泉がある宿を選んだ。
値段は南大陸であれば三日は豪華な食事をできるほどのものだった。
五人は廊下で部屋ごとに別れる。
「エルトレ!すごいわ!めちゃくちゃすごいわよ!」
「ベランダに温泉……すごっワクワクしてきた」
フラメナは上着を脱いで薄着になり、今にも飛び込みそうになるのをエルトレがフラメナを止める。
「先に体とか洗ってから入るんだよ。
まずは汚れ落としてから入ろ?」
「詳しいわね……普通に飛び込もうと思ったわ」
「それはそれで異常だって」
少し笑いながらそう言うエルトレ、二人は興奮する気持ちの中、大きな風呂場で体を洗い、髪の毛を洗ったのちに露天風呂へと向かう。
「寒い寒い寒い寒い!!」
早足でそう言いながらフラメナは温泉に向かい、
湯へと足を入れて一気に湯に浸かる。
フラメナの後ろからエルトレがやってきて遅れて湯に入ると、二人はその温泉の気持ち良さに全身の力が抜けた。
「ぁ〜〜……なにこれ……
ただのお風呂と全然違うじゃないの……」
「想像以上……あたし温泉にハマりそう」
二人は雪の降る中、満天の星空を見ながら暖かい湯によって癒されていた。
「……はぁ、最近はずぅっと体を酷使してたから余計沁みるわね」
フラメナがそう言うと、エルトレがフラメナの脇腹を触る。
「ここ、傷が跡になっちゃったんだ……」
「貫かれちゃって〜再生は一瞬でしたんだけど、
土壇場だったから少し荒くなっちゃったみたい。
でもこう言うのもかっこいいじゃない?」
フラメナは口角を上げ、そうポジティブに言う。
「まっ、あんなに戦ってあたしたちの顔に傷がないのは奇跡だね」
「顔に攻撃なんて喰らったら死んじゃうもの」
「確かに……」
フラメナは肩を回しながら水面に手を浮かべさせ、
それを見ながら話す。
「……エルトレは旅が終わったらどうするの?」
「急じゃん……旅が終わったらか……」
エルトレは両手を後頭部に回し、
空を見上げながら言う。
「あと5年もしないうちにラテラは多分……
あたしが決めることじゃないけど、あたしとラテラは南大陸に行きたい。フラメナとかとも話したいし、
旅が終わって長い間会えなくなるってのも嫌だからさ、南大陸に住んでお店でも開こうかな」
そんなエルトレの発言にフラメナが反応する。
「何のお店を開くのかしら?」
「酒場でもやろうかなって。
あたし、料理作るの好きだし」
「ええ!?料理好きだったの?」
「言ってなかったっけ?」
エルトレが料理好きと言う意外な一面にフラメナは驚く。
「フラメナは料理とかダメでしょ?」
「うぐっ……あたしそう言うのまったくできないわ」
「あははっ、なら南大陸に帰ったら教えてあげるよ。
こう見えてもあたし上手だから」
湯煙が昇る中、二人は長い間楽しく会話し温泉を満喫した。一方男部屋では温泉からはライメのみが長い間浸かり、ラテラとリクスはすぐに布団で寝てしまったようだった。
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翌日、五人はニックス王国に向けてスロアト港を発った。
北峰大陸は基本的に滑らかな地形であり、
移動自体はそう過酷ではない。
北峰大陸の雪原には白狼や凍蝶魚などの邪族が生息しており、雪の中を泳ぐ魚がいるため徒歩での移動は危険だ。
雪車を滑らせ日中のみ移動する。
夜は必ず村などに泊まり、また朝になれば移動。
それを繰り返し五人は4日後にニックス王国へと到着した。
霊族の国、確かに視界に入る通行人のほとんどが青い瞳を持っている。靴を脱げば半透明な足が見えるだろう。
「フラメナ、早速聞き込みするか?」
リクスがそう言うとフラメナは返事をする。
「えぇ聞き込み始めちゃいましょ。
あんまり長くいる予定はないから」
聞き込みが始まった。
通行人に話しかけ、紫の瞳を持つ霊族を見たことはないかと聞く。
大半が知らないと言って過ぎていくが、魔法大学の校長なら知っているかもと言う人が現れた。
根拠はないが、知っているかもという時点で話を聞きにいく価値はある。
五人は早速魔法大学に向かい、校長と呼ばれる人に会うため職員へと用件を伝えた。
よっぽど暇なのだろうか、急な願いにも関わらず、
校長と話すことを許可された。
多分君級魔法使いという称号も効いているのだろう。職員達はやけに親切である。
五人は校長室に入った。
そこにいるのは白く長い髭を生やす老婆。
「あの……」
フラメナが話しかけようとすると、
老婆がフラメナの名を言って話を始める。
「君級魔法使いのフラメナ様じゃろ。
わししゃあ知っとるぞ。ほれほれ話が聞きたいと申したのだ。五人とも座って座って……」
かなり高齢なのだろう。
霊族の寿命は人族とあまり変わらない。
この老婆は長寿の中でも群を抜く、
凄まじい生命力だ。
五人はソファに座り、老婆がゆっくりと対面するようにもう片方のソファに座ると、紫の瞳を持つ霊族について話し始めた。
「こんな話、信じられずに誰も聞いてくれん。
一年前にもおったんじゃよ。この話題の詳細を聞きに来た者がのう」
おそらくルルスだ。
ルルスも同じ手段で探しているのだろう。
「まず結論から申すと……″希少種族″じゃな」
「希少種族……?」
「初めて聞く言葉です……」
フラメナとライメがそう言うと、老婆は頷く。
「そりゃぁそうじゃ、もはや死語。
一般的に使われてたのは300年前じゃからな。
特に歴史上有名な話もない……じゃが希少種族自体存在はしとるんじゃ」
聞けば希少種族とは、元の種族の特徴の何かしらが原型を留めた状態で多少変化した状態。
霊族であれば青の瞳が紫になったり、
人族なら手足が魔法の属性に基づいた色に。
魔族や獣族にもそう言った希少種族は存在する。
身近な者だと幻獣族と呼ばれる獣族も、
元は希少種族らしい。
結構奥が深い話だ。
「そんで、お主らは気になっただけ?
それとも探しておるのか?」
フラメナはそう聞かれると答えを返す。
「探しを手伝ってるの。
私の親友の育て親なのよ」
そう言えば老婆は顔を顰めた。
「そうかお主はあの青年の友人か……
となると二つ伝えねばならんことがある」
真剣な面持ち、部屋の空気が重くなる。
「まず紫の瞳を持つ霊族は、北峰大陸東北部、
メラニデス雪原に存在する巨大迷宮に閉じ込められておる。
そして、お主の友人である青年は、
一年以上その迷宮から帰っておらん」
紫の瞳を持つ霊族とルルスは迷宮に閉じ込められていると言う情報。フラメナを中心に五人はその情報に唖然とした。
ルルスとその育て親。
二人は迷宮にいる。無事なのだろうか?
そんな思いがフラメナの脳内を埋め尽くした。




