第六十四話 傲慢となったが故
傲慢のシルティ・ユレイデット。
彼は300年生きる魔獣族だ。
白き体毛を持ち、身体中に黒い模様が入る彼は、その巨体を黄金に輝かせ、なんであろうと破壊する暴君へと変貌する。
彼が殺した魔法使いや剣士の量は計り知れない。
序列としては最下位だが、被害の規模としては暴食に次ぐ魔王側近である。
現に序列最下位だとは言われているが、君級が彼を単独で倒せるかと言われれば不可能だ。
魔王側近は他の魔族と違い、
圧倒的なまでの治癒能力を有している。
それは治癒魔法などで実現出来る回復領域ではなく、腕を一瞬で再生したり、顔を吹き飛ばされても再生して生き返るなど、生物の範疇を越えている。
超越的なその力は未だ謎に包まれており、
真実を知るのは本人達のみであろう。
傲慢のシルティは獣族(虎族)と魔族(白虎族)のハーフである。
虎族と白虎族の違いは二つ。
白虎族は白い体毛を持って生まれ、
虎族は黒い模様を持って生まれる。
白虎族は体が大きく育つ特徴があり、身体能力が他の魔族に比べてもトップレベルにずば抜けている。
虎族も基礎身体能力は高い方だが、
白虎族には遠く及ばない。
傲慢のシルティは小さい頃から白虎族の父親の背中を見て育ってきた。
両親揃って魔王軍の兵士だった。
父親はその中でも魔王側近と呼ばれるほど強く、
傲慢という名を冠し、数多の他種族を殺してきた。
無敗を誇る父親は自身を王と呼び、圧倒的な強さでただひたすらに勝負に勝ち続ける。
だが父親は死んだ。
霊族の君級魔法使いとの戦闘の中で死んだ。
そんな父の訃報を聞いたシルティ、
それが″敗北″という言葉を知った瞬間だった。
あんな力に溺れた父親が死んだのだ。
心底失望したと同時に、敗北感を覚えた。
傲慢という名を冠する父に憧れていた自分、
憧れは命を落とし、王の名も崩れ落ちた。
その者が老衰で死ぬまで憧れる。
それがシルティの憧れという言葉への解釈だった。
憧れが死ぬつまり、それに憧れていた自分も敗北したという滅茶苦茶な考え。
その日、彼の人生で初めて″傲慢″が浮き出る。
憧れは自分自身で良い。
誰にも負けず勝ち続ける存在が居ないのならば、
自身がその最初になってやれば良い。
王とは最初は孤独だ。
シルティは父の傲慢の名を引き継ぎ、自身を王と名乗り、父を殺した君級の魔法使いを幼いながらに殺した。
それがきっかけで魔王から目をつけられ、
ある力を与えられれば、シルティは再び空席の傲慢の座を引き継ぎ王として君臨した。
君級邪族、傲慢のシルティ・ユレイデット。
300年続く無敗の始まりである。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
虹剣1688年3月20日、午後13:11。
シルティはオラシオン王国を遠くから眺めていた。
「レグラよ。あの五人が出てくる可能性は、あると思うか?」
シルティがそう聞くと、隣にいるレグラが言う。
「出てこないですよ。奴らはこちらが仕掛けるまで引きこもるつもりです」
「何年引きこもるかもわからん。
剣塵がいる国でもある……正面から戦えばこちらもタダじゃ済まないだろうな」
シルティはオラシオン王国へと腕を向ける。
「のう、レグラよ。
リスクに怯え行動しないことは、
恥であるとは思わんか?」
「思います」
「では我がここで奴らが出てくるまで待ち続けることは、実に恥じるべき行為だ。
奴らは油断している。何も我が剣塵より弱いなどといつ誰が決めた?国ごと滅ぼしてくれる。
我は、傲慢を冠する王、シルティ・ユレイデット。
いざ、煌めきに焦がれる時よォッ!!」
シルティはそう言ってオラシオン王国へと向かい始める。唯一の部下レグラと共に。
誤算。
シルティという者が傲慢という言葉にどれほど覚悟を決めているか、それを誤って捉えてしまったのだ。
オラシオン王国へと惨劇が訪れる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
虹剣1688年3月20日、午後13:54。
エルトレとラテラ、リクスは三人でオラシオンの街中を歩き回っていた。
相変わらず日差しが強いのでローブを着ており、
三人は少し暑そうにしながら歩いていた。
「フラメナさんって訳ありですよね」
「めちゃくちゃストレートに言うじゃん。
まぁ……フラメナは訳ありってレベルじゃないよ」
「俺たちも訳ありだが、フラメナほどじゃない」
エルトレは手を後ろで組んで話す。
「フラメナは弱くもあれば強くもある。
孤独が一番嫌いなタイプ、だからこそ……中央大陸の時とかさっきも感情が昂っちゃうんだよ」
エルトレの言うことは正しかった。
フラメナはよく挫け、よく迷う。
でも一人で悩み続けることは少なく、仲間や友人に助けられて何度でも這い上がってくる。
そしてそれと同時に、フラメナは周囲に光を当て続ける存在ともなる。
まるで太陽のようだ。
日が沈む時と日が登る時。
それが彼女には存在する。
彼女は不安でしょうがないのだろう。
過去の出来事を完全に乗り越えたわけじゃない、それ故に心にはまだ大きすぎる傷が残ったままだ。
「フラメナさんは強い人でありながら脆い、
僕たちの想像以上に強く脆い存在ですよね……」
するとリクスが言う。
「フラメナは昔からああ言う性格だった。
根本は今も変わってない……」
エルトレは振り返って二人に話す。
「多分フラメナは嫌な気分で帰ってくる。
あたし達はそんなフラメナを支えるのが役目、だからストレートに変なこととか言わないでよ」
「そんなの心外だよ。
変なことなんて言わないもん」
「あぁ、言うわけがない」
「あんたら二人はそう言いながら普通に言うからね」
それから他愛のない会話を続け、目的もなく街を歩き回り、一度屋敷の前に戻ることにした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
午後14:28。
エルトレ達は屋敷の前に着くと、二人で会話するフラメナとライメを見つけた。
「ごめん、待たせた?」
エルトレがそう聞けばフラメナは首を横に振り、
「待ってないわ」と伝える。
するとフラメナはローブを少し深く被り、四人の前の出て先導するように歩き始め、そして同時に、これからのことを話し始めた。
「明後日にはオラシオン王国を出ていくわ」
急にそんなことを言い出すフラメナに、ライメを除いた三人が反対するように反応する。
「ちょっと、今王都内から出たら絶対攻撃されるよ。
今はここにいた方がいいって」
「僕もそう思います……今次の国に行くにはタイミングが悪すぎますよ」
「フラメナ、どうしても出ていかないといけない理由があるのか?」
フラメナはそう反応した三人へと、
振り返らずに理由を話し始める。
「……今王都内を出たら攻撃されるだろうね
でも、ここに留まるわけにはいかない。
もし魔王側近が王都ごと攻撃してきたら、多くの人が被害を受ける。私は他人の幸せを壊してまで生きたいとは思わない……このままいけば死ぬ確率が高いしついてくるか来ないかは託すわ」
フラメナは随分と声に覇気がなく、何かを諦めたような雰囲気を漂わせていた。
するとフラメナの肩がエルトレに掴まれ、無理矢理振り返らせられる。
「バカ、何また一人で抱え込もうとしてるの?
あたし達は仲間だよ。行くところまで行くのが当然ってやつだよ」
エルトレがそう言うと他の三人も頷き、
フラメナのことを真っ直ぐ見ていた。
「……ありがと」
フラメナは微笑みを見せそう言うと、五人は歩き出し宿へと向かう。
午後14:34……午後14:35……
その日は雲一つない青空だった。
午後14:36。
「貴、貴様ァ!なぜ貴様……がっぁっ!」
白い虎、巨体が故に圧倒的な威圧感。
傲慢のシルティ・ユレイデット。
虹剣1688年3月20日、午後14:36、襲来。
襲来後すぐにオラシオン王国王都の入口付近にて、
王国兵士一人が殺害された。
逃げ回る人々、戦士であろうと彼の近くからは逃げていく、辛うじて勇気を振り絞り立つ者も足が震え、今にも倒れてしまいそうな雰囲気だった。
泣きだす赤子、叫びながら逃げる人々。
負けると分かっていても戦う無謀な戦士。
商人が自身の荷車を捨てて逃げる姿。
平穏な一日は一瞬にして崩れ去った。
「まったく、貴様ら魔族や獣族は知性を持ってしてなぜ魔王軍に入らぬ?愚行であり不敬であるぞ。
魔王様は人族トップのこの世界を塗り替えられるお方だ。故に貴様ら生き方が恥だとは思わんかァッ!」
シルティはそう豪語して一気に街の中へと突っ込んでいく。オラシオン王国は一般人でも二級以上の力を持つ者が多い。
それ故に四方八方から大量の魔法が襲いかかるが、
シルティはそれを避けることもなく全てに直撃する。だが全くダメージは与えられなかった。
シルティは全身に力を入れ、黄金に輝き始める。
その煌めきは美しさを感じるものではなく、ただひたすらに生存本能が拒絶するもの。
見続けていると失明してしまいそうだ。
そうして黄金に輝き始めたシルティを見て、
周囲の魔法使い達が絶望していると、シルティは大きく跳び上がり上空に一つ黄金に輝く星が現れる。
快晴の下、太陽と見間違えるほどに眩しいそれは、
突如巨大化し、とんでもない大きさの黄金の拳が空に現れた。
「金隕拳ォオオッ!!」
その拳が地上へと向けて放たれた。
間違いなくこれが街に落下すれば、想像が出来ないほどの被害が出るだろう。
故に街中の魔法使いがその拳へと向けて魔法を放つが、まったく拳が消える気配はなく、皆が絶望する中、真っ白な閃光が拳を貫き、消滅させる。
フラメナは黄金の拳が消え、空に浮かぶ小さな黄金の点を見つめ胸騒ぎを覚えた。
全身を逆撫でする酷い悪寒。
シルティもまたフラメナを見ていた。
遂に殺せる。期待と興奮で彼の毛が立つ。
「……見つけたぞ。
″天理の欠片″を宿す魔法使いよォッ!」
魔王側近。
500年もの間圧倒的な力を持つ邪悪な存在として、
多くの者たちに恐れられてきた存在。
この日、フラメナ達は目にする。
魔王側近という存在の本当の力を……




