第五十六話 歌姫
虹剣1688年2月27日。
フラメナ達は昨日、今日と依頼を受けずに、
少しばかりの休暇を楽しんでいる。
エルトレは一人でレナセール王国の王都内を歩き周ると言って出かけ、リクスとラテラは宿でくつろぐと言い、全く出かける気配はなかった。
フラメナとライメはと言うと、ライメがしつこく歌劇を見たいと言うので、仕方なくフラメナはそれについていくことに決めたそうだ。
「一人で行けば良いじゃない……」
「だって怖いじゃん……絡まれたら不安で……」
「帥級の魔法使いがなーに言ってるのよ!」
「でもぉ……」
文句を言いながらもフラメナはライメに同行しており、しばらく歩いていると二人は、屋台が立ち並ぶ道へと入った。
「良い匂いね……何か食べていきましょ!」
「えぇ?朝ごはんって2時間前とかだったよね……」
「うるさいわね……お腹空いちゃったのよ!」
そう言って早歩きで屋台へと向かうフラメナ。
すぐに会計を済ませ、ライメの元へと戻ってくるフラメナ、手に持つのは肉が刺さった二本の串。
「ライメも食べなさい!」
「えぇ?僕はいいよ……フラメナが全部食べなよ」
「いいから食べなさい!食べないといつまで経っても強くなれないわよ!」
半ば強引に口元へと肉が押し付けられ、
ライメの閉じた口は開き、肉を食べる。
その肉は塩味でかなり肉汁が多かった。
不味くはない、だがライメにとっては少し胃を刺激しすぎてしまうものだ。
「勘弁して〜……」
フラメナは一瞬で串を食べ切り、ライメは目的地である劇場に着く寸前まで食べ終わっていなかった。
少しの間歩き続け、遂に二人は劇場の前に立つ。
「劇場ってデカいわね!
でも私の城よりは小さいわね!」
「比べるものじゃないよ……」
劇場は高さ20メートルほどで、奥行きも長く幅も広い、流石劇の最先端を行く国だ。劇場の格が違う。
「″セレスチャル大劇場″ やっぱり写真で見るより目で見た方が迫力を感じれるね」
「よくわかんないけど……そうね!」
「絶対適当に言ったよね……?」
「……て、適当じゃないわ!」
多くの人が集まる劇場。
フラメナはあまりの量に、
ライメへと席が取れるか不安になり聞く。
「これ……席取れるの?」
「フラメナはなんも知らないんだね。
席は予約制、事前に貯金を叩いて二つ席を取ってるよ。だから問題はなしさ」
ライメがそう言えば、フラメナは気になることをライメへと問う。
「じゃあ席って元々二つ取ってたの?」
「フラメナを誘えば来てくれるかなって……」
「私が何にでもついていくみたいじゃない!」
「ごめんごめん。でも来てくれて良かったよ」
ツッコむように声を上げるフラメナを、少し苦笑いを見せながら宥めるライメ。
するとフラメナは切り替え、ライメより先に歩き出し劇場の中へと向かい始める。
ライメへと何度か顔を見せながら早く来るように急かせば、ライメは小走りで中へと入っていった。
中はとても広い空間で、豪華な装飾が至る所に飾られており、神聖さまでを感じる空間にフラメナが息を呑む。
「こんなとこで劇だなんて緊張で倒れちゃうわ……」
「ここは劇をやる者達の夢の果ての地でもあるからね。今日の歌劇は″プリメスト″が登場するよ」
「プリメストって……すごく強いの?」
「魔法使いで言う……虹帝さんとかと同じ立場だよ」
「めちゃくちゃ凄いのね……」
プリメスト。
歌劇など最も名声を持つ者を指す言葉。
現プリメストはシノ・ガルメデアという女性。
彼女は魔法を扱い演出を自身で行うこともできる者であり、全てが高水準。
安直ながらもファンからの呼び名は歌姫。
一挙手一投足、頭からつま先まで美しい。
美の象徴とも言われる彼女には伝説が存在する。
歌劇を聴きに来た難病の子供が歌を聴き完治したと、そんな″神様″のようなことも可能にしてしまう。
「フラメナもこれで歌劇を好きになってくれたら嬉しいな」
「なんでライメが嬉しくなるのよ」
「一緒に行く人が増えて楽しいからに決まってるじゃないか、それにフラメナと何か共有して好きなものがあるって悪いことじゃないと思うんだ」
そんな言葉にフラメナは顔を背け、
舞台へと目を向けて言う。
「……そんな私と来て楽しいの?」
「楽しいよ。特にこう会話してる時はね」
フラメナはそこから劇が始まるまでの間、口を閉じてしまった。
何か怒らせてしまったかと不安になるライメだったが、客席が暗くなり始めた時にフラメナが口を開けてライメへとボソッと言う。
「またいつでも誘いなさい。
別にここに来ること自体……嫌じゃないから」
そんなことを言うフラメナの表情は、
暗くなった空間ではよく見えなかった。
だがその言葉はライメの心を躍らせる。
そんなことを感じているうちに遂に歌劇が始まる。
最前席の少し前にある窪んだところへと、指揮者が入っていき、拍手が起こる中続いて演奏者達が入っていく。
そして指揮者が客席へと会釈を行うと同時、
閉じているカーテンが開き、舞台には多くの歌劇団員達が見える。
それぞれが華やかな衣装を着ており、正に晴れ舞台という言葉が似合う光景。
それに見惚れるも束の間、
演奏が開始され、それを合図に歌劇団員の者達が、
洗練された踊りを見せ、それと同時に歌声が響き渡る。
フラメナは驚いた。
こんなにも大きな劇場の隅々まで広がる声を、
こうもあんなに澄ました顔で出せるのか?
すると天井部分が突如光り、思わずフラメナがその光を見つめていると、青色の光を放ちながら飛ぶ者の姿が見えた。
そう、彼女こそがこの歌劇界一のプリメスト。
シノ・ガルメデアである。
ーーーーー====美縛の姫====ーーーーーー
___第一部 禁じられた美術___
レナセール王国には歌がとても好きな姫がいた。
彼女の名前はメリア・マライトア・レールド。
彼女の歌は非常に美しい音色を奏で、
聴く者達を無差別に魅了してしまうもの。
そんなメリアは歌を禁止されていた。
あまりにも酷すぎる所業に彼女は涙を流した。
だが何も芸というのは歌だけではない。
舞があるではないか。
メリアはひたすらに舞った、不格好でも次第にそれは歌同様、美しすぎるものへと変わっていく。
伸び切る手、足捌き、その美貌。
神々しさを感じるほどの舞。
だが案の定それを禁止されてしまう。
ならば彼女はどうする?
反抗。彼女は自身の美術を汚されることを怒り、
その魔性の魅力と魔法を合わせ、見る者聴く者全てを魅了する人生を歩む。
___第二部 奪われるものか___
城を飛び出したメリア姫、そんな彼女を追う王国の騎士団。遂にメリア姫は追いつかれてしまい、絶体絶命、捕らえられる瞬間。
彼女は歌と舞を同時に行った。
普通、歌と舞は別物。
そんな常識を破壊するが如く、
美しい歌と舞をメリア姫は演じてみせた。
思わず彼女を捕らえようとする手が止まり、
騎士達は動きを止め、彼女の歌と舞に魅了される。
動きが止まったのであればメリア姫は再び逃げ出す。逃げ続け、彼女は遂にレナセール王国の領土内から抜け出した。
彼女は金もなければ行く当てもない。
そんなことは彼女からすればどうでも良い。
彼女はひたすらに歌い、舞いながら道を進む。
これが人生、メリア姫はこれが人生だと感じる。
___第三部 私の自由、私の人生__
彼女は三日間美に浸り続けた。
身体が壊れる寸前、彼女に手が伸びる。
その者は青年と呼ぶに相応しい整った顔を持つ、
旅人のように見えた。
名を聞けば、ザインと言うらしく、彼はメリア姫の歌と舞に魅了されたようだった。
ザインはメリア姫を家へと招き入れ、食事や入浴、睡眠など何もかもを満足させた。
ザインはメリア姫に言う。
その歌と舞を大衆に見せてみないかと。
だがメリア姫はそれを恐れた。
また捕らえられ、自由が奪われるかもしれない。
ザインは言う。
ならば魅了してしまえばいい。
見る者全てを魅了、そんなことが君には出来る。
確かにそう言われるとメリア姫は逃げている時に、
そんな無理難題を自然と成していた。
ならば歌ってみよう。舞ってみよう。
一か八かではあるがここでやらねば自由ではない。
ザインの教えてくれた舞は、とてもこの世のものとは思えないほど高度な舞だった。
考え尽くされた舞、メリア姫は次第にそれに適応する。そして彼女の自由を示す歌劇が始まった。
これが人生。
ひたすらに歌い舞おう。
私は人生を楽しんでいる。
自由なんだ。人生はいつも自由!
だがそれは等しく誰にも言えることだ。
愛とは度を越えれば憎しみへと変わる。
劇のクライマックス、酷く魅了された観客が魔法を放ち、それにメリア姫は撃ち抜かれ呆気なく死んだ。
彼女の死に様さえ舞の一部だったのだろうか?
赤く染まった舞台の上で、
彼女は微笑みながら人生を終える。
これが、人生。
結局のところ美に縛られた人生だったのだ。
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美縛の姫は実話を元にした超有名な話。
歌劇の始まりはこの話とされており、メリア姫は実在している。
歌劇とは、一人の並外れた行動により生まれた文化である。メリア姫という人物が美に固執しなければ生まれなかった文化だろう。
劇が終わりカーテンが閉まる。
シノというプリメストの歌と舞は、
正にメリア姫を想起させるものだった。
フラメナは感動して涙を流していた。
深いことはわからない。それでも涙が流れていた。
「フラメナ……?」
「……凄かったわね。私、歌劇大好きよ」
フラメナは涙を腕で拭き、ライメへと言う。
「……じゃあまた見にでも来ようか」
「えぇ、絶対誘いなさいよ」
一方、舞台裏にてーーー
シノ・ガルメデア。
金色の髪の毛を持つ彼女は、瞳まで黄金であり、
衣装を着ていなくともオーラが溢れ出ていた。
「プリメスト!今回も大成功でしたね!」
「えぇ、成功できて良かったわ〜」
そう緩く話すシノ、彼女は劇が終わればそそくさとどこかへと帰ってしまう。
なんの理由で帰るのかはわからないが、
プライベートに踏み込むのは失礼だろう。
シノは金色の球体を取り出し、
劇場の裏口から姿を消していった。
明日は14時・18時に二話投稿です!
今日遅れてすみません!




