第五十四話 暁狼
私は旅の初めに日記を書き始めた。
気がつけば一冊などもう埋まり切っていて、
二冊目に突入したわ。
今日は少し節目の日だから日記を見返したの。
フラメナ達がレナセール王国に来て一年半。
特に大きな出来事はなかったが、西黎大陸での生活は毎日が新鮮だった。
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1686年9月の日記ーー
今日はライメが依頼中に軽い熱中症で倒れた。
最初こそ心配したけど、ラテラの治癒魔法と水分補給で何事もなく復帰できた。
ライメは体つきは細いし、筋肉が多くなくて体があまり強くないみたいなのよね。
ライメはもっと肉を食べるべきなのよ!
1686年12月の日記ーー
ラテラが誕生日を迎えた。
本当ならケーキの一つでも買ってあげたのだけれど、レナセール王国には売ってるところがなかったのよね。フルーツの盛り合わせで我慢してもらったわ。
1687年5月の日記ーー
今日は三星級依頼にしては珍しい、帥級上位の邪族を討伐したわ。みんな怪我はしたけど、大きな怪我もなくて良かった。
帥級上位ともなると流石に強い。
まだ将級邪族を倒すのは当分先ね。
1687年10月の日記ーー
ラテラが体調を崩した。
ここ最近治癒魔法を多く使っていたから負担がかかったのね。
元々体が弱いとは知ってるけど、やっぱりいざ体調を崩してるラテラを見ると、可哀想に感じるわ。
ラテラは二十歳を超える前に亡くなる。
旅は出来るだけ楽しませてあげたいわね
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色んなことがあったのね。
これからも思い出は増え続けるだろうけど、
今日は私たち暁狼にとって大事な日。
私たちは″四星級依頼″を受注する。
虹剣1688年2月25日の日記ーー
少し前に全員が誕生日を迎え、二歳数が増えた。
私は十七歳で誕生日は2/14
ライメは十六歳で9/11
リクスも十六歳11/30
エルトレは9/23、ラテラは12/12
二人は十五歳。
今まで気にしなかったのだけれど、エルトレとラテラは母親が違うらしいわ。
どうやら父親が不倫していたようで、少しだけ訳ありな家庭。でも父親が二人を育てるという意思があったのは救いなのかしら?
まぁこう言う気まずい話題は、口に出さずにしまっておくのが良いって、クランツから教えられてるわ。
レナセール王国に来て一年半が経ったけど、
特に命の危機に晒されるようなことはなかった。
今日は2月25日。
四星級依頼を受け、昇級を目指す。
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フラメナは日記を閉じると、椅子から立ち上がり、ローブを着て部屋を出ていく。
宿のロビー部分にはすでに皆集まっており、コンディションは完璧と言った雰囲気だった。
フラメナは息をすっと呑み込み、
皆へと向けて話し出す。
「……行くわよ」
その言葉に皆が頷き、フラメナを先頭に宿を出ていく。全員級は変わっていない、だが一年半前とは見違えるほど強くなっている。
レナセール王国で最近話題のパーティー。
暁狼。
白髪の魔法使いをリーダーとする少数精鋭のパーティーであり、溜まりに溜まっていた三星級依頼をほぼ消化した非常に活発的なパーティー。
三星級と言えどメンバーの強さは、とても三星級などのものではない。そんな彼女らは今日四星級依頼を受け、昇級を目指す。
フラメナ達がガレイルに入り、受付の男性へと話しかければ、馴染みのある顔に真剣な雰囲気を漂わせ、五人へと向けて四星級の依頼書を見せる。
「遂に……四星級依頼ですね」
「かなり待たせちゃったわね」
受付の者がそう言えば、フラメナはそう返した。
流石四星級。
依頼の難易度も緊迫さも桁違いだ。
・一星級は下級から中級程度
・二星級は中級から一級程度
・三星級は上級から帥級程度
・四星級は帥級から将級程度
基本的にほぼ将級邪族と戦うことになると、
思ったほうがいい依頼ばかりである。
「これにするわ」
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四星級依頼
レナセール王国南部
ゴブリン集落討伐
(将級)
報酬金 大金貨15枚
(報酬金提供
ダイダル村、村長)
場所・レナセール王国
南部、砂漠地帯の大洞窟
依頼者 ダイダル村、村長。
ゴブリン達は低級と呼ばれる邪族です。
ですが、単独行動にて生き延び、
力を得た強力なゴブリンを筆頭にして、
軍勢が押し掛ければどうでしょう?
危険度は容易く帥級を上回るでしょう。
村は滅びました。
これはせめてもの復讐心です。
どうかあの鬼畜どもを討伐してください。
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ダイダル村はゴブリンの軍勢に滅ぼされた村。
決して大きな村でもなく重要な村でもない。
それ故に淘汰されてしまったのだろう。
だが奴らは怒りを買ってしまったのだ。
亡くなっていった村民の思いを全て背負う長の、
復讐心が引き継がれフラメナ達へと託される。
「ゴブリンなどの低級邪族が多く存在しますが、
おそらく主であるゴブリンは、王とも言えるほど強いでしょう……どうかご無事で」
受付の者がそう言うと、フラメナはそれに口角を上げて答える。
「心配しなくていいわ。
いつも通り帰ってくるから」
その発言は傲りではない。
フラメナ達の実力であれば可能かもしれないのだ。
受付の者はその言葉を信じ、五人がガレイルを出ていくのを見届ける。
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ゴブリン達は砂漠の大洞窟を住処としており、
中は本能のままに生きる低俗な世界。
その大洞窟は地上の入口から、
ひたすらに地下へと続く大きな穴のような形状。
すると突如、薄暗い洞窟の中に轟音が響き、
上層の壁が突き破られて五人の人影が現れる。
近くにいたゴブリンは理解をする前に、腹を斧で貫かれ、振り払うように吹き飛ばされると、穴へと落ちていき最下層にて落下死する。
本能が察する実力の差。
ゴブリン達は動きを止め五人を見続ける。
逆光が土煙を散らす。
「天白炎!」
フラメナの手から放たれる白炎。
それは膨張し続け、穴へと入り込み上層から最下層まで一気に流れ込んでいく。
薄暗い洞窟は真っ白に照らされ熱気が辺りを支配すると、ゴブリン達は白く迫る死に当てられ、次々と命を絶やしていく。
だが最下層のところでフラメナは、
自身の魔法が弾かれる感触がして、魔法を解除し穴の最下層を覗く。
「あれが親玉ね」
「親玉以外は本当に下級とか中級レベル、
個で生き残ってた感が凄い」
エルトレがそう言えば、ライメが魔法陣を展開し皆に伝える。
「転移魔法で下まで向かいましょう。
相手もこちらへと降りてこいと望んでいるようですから」
ライメがそう言えば他の四人は魔法陣の上に立ち、
転移魔法によって最下層へと転移する。
「ほんと便利ですね……」
「ズルしてる気分だ」
ラテラとリクスがそう言っていると、奥にて玉座に座る王様気分のゴブリンが立ち上がる。
身長4メートルほどのゴブリンは鉄の棍棒を手に持ち、こちらへと歩いてくる。
「エルトレ、前線は任せてもいいかしら?」
「問題ないよ。あたしならね」
フラメナはフッと笑うと、
手を向けて魔法陣を展開する。
開戦の合図、フラメナに続いてライメとリクスが魔法陣を展開し、エルトレが武器を構えると、ゴブリンはその巨体ながらも俊敏に走り出し、エルトレへと棍棒を振り回してくる。
その棍棒を風魔法による力で横に避ければ、そのまま一気に加速して斧状の武器で足へと切り掛かる。
その攻撃をゴブリンの長は跳んで避けた。
だがそれにより生まれた隙、絶好のチャンスに三人の魔法が放たれる。
「白月針!」
「氷森」
「泥漏」
フラメナは大量の白い火の針を作り出し、
ライメは氷の木を大量にゴブリン周辺へと生やし始め、拘束するように成長させると、リクスのドロドロとした泥がゴブリンへと放たれる。
それにより身動きが取れなくなったゴブリンへと白い火の針が放たれ、体へと突き刺さる。
直撃したゴブリンだが、仕留めるには至らず、氷の木を破壊し、泥を吹き飛ばしてエルトレへと目を向ける。
次の瞬間、鉄の棍棒がエルトレへと放たれると、
エルトレは咄嗟に武器を盾にして直撃を避け、火花を出しながら吹き飛び壁へと叩きつけられる。
エルトレが吹き飛んだところを見て、ライメが魔法陣を展開し呼称した。
「氷塊衝!」
ライメがそう言えば巨大な氷塊が放たれ、ゴブリンへと向かっていくと、正面から棍棒で氷塊が破壊される。
誇らしげに口角を上げるゴブリン、
だがその表情は一瞬にして崩れた。
「あたしはまだ死んでないっての……!」
斧の武器を剣に変え、背中を突き刺すエルトレ。
頭から血を流しながらも眼光は鋭く、
ゴブリンが振り返る前に一気に剣を引き抜き、
続けて背中を三度ほど切りつける。
エルトレは一連の動作を終えて最後に、
全体重を乗せた飛び蹴りを放って、ゴブリンを少しだけ前に押し出す。
「リクス!」
エルトレがそう叫ぶと、リクスは魔法陣を展開し、一瞬で呼称。
「地天!」
その魔法は土属性魔法の中でも屈指の攻撃技。
尖った先端が地面から生え、対象の下から一気に突き刺し、何十メートルも上へと突き上げる。
ゴブリンの長はなす術なく突き上げられ、そこにフラメナが短縮発動で火球を大量に放ち燃やし尽くす。
それによりゴブリンの長は力尽きた。
「勝った?」
ラテラがフラメナにそう聞くと、フラメナは横に首を振り突き上げられたゴブリンを指さす。
「……ゴブリンで形態変化なんてあるのね。
まだ終わってないわ、むしろここからが本番よ」
その言葉と同時、ゴブリンの中から何かが飛び出して再び五人の前へと現れた。
姿は先ほどのゴブリンよりも身長が低く、2メートルほどで筋肉質な体をしている。
そのゴブリンは手に大量の水を纏い始め、
水の双剣を作り上げ構えた。
形態変化。
突然変異の一種、ごく稀に邪族が形態を変えてパワーアップすることがある。
原理は判明しておらず、非常に珍しい現象。
ゴブリンの長はこれにより将級へと足を踏み入れ、
五人と命を賭けた戦いを行う。
生きるか死ぬか。
そんな言葉が脳裏をチラつく空気感。
五人とゴブリンの戦いは、
第二ラウンドへと移行する。




