間話 憂鬱と恋路
虹剣1686年7月26日。
中央大陸にて少し長い間滞在していたフラメナ達を追い越し、一足先に西黎大陸へと到着したルルス。
中央大陸には二つの西黎大陸へと渡る方法がある。
都会と言われる緑地の北部へ向かうにはルドレ港。
田舎とされる砂漠地帯には、
ルルスが使用したチレイト港で渡れる。
ルルスは東勢大陸を渡り、中央大陸を抜けて西黎大陸へ、彼の計画としては西黎大陸から本格的に育て親探しをする。
東勢や中央は帰りに寄るのでこういった計画に決めたのだろう。
「暑いですね〜」
チレイト港から西黎大陸のスブリメ国、ワルベニ港へと到着するルルス。
砂漠地帯のそこは日差しが地上を突き刺す様に降り注ぎ、ルルスは白いローブを買ってそれを着ていた。
ルルスが目指すのはとりあえずオラシオン王国。
金銭面はまだどうにかなるが、余裕が全くない生活なのでどこかで稼ぎたい様だった。
ルルスは港に止まっている馬車へと近寄り、持ち主へと目的地と金を渡して中へと入る。
馬車の持ち主は護衛が欲しいと言っていたが、
自身が帥級剣士であることを証明すると、
要求は取り下げられた。
日陰に入ると案外涼しい西黎大陸。
だがルルスはこの大陸に来て初日で過酷さをその身で受けることとなる。
ほぼ1時間に一回ほど邪族に襲撃されるのだ。
「お客さん強いんだな、今の邪族も上級とかだぜ?」
「まぁこれでも帥級ですから〜」
すると馬車の男はルルスへと聞いた。
「やっぱりオラシオン王国に行くってこたぁ、剣塵様に弟子入りか?お客さんなら慣れそうだな!」
「あー……」
そういえば剣塵がいる大陸でしたねぇ……
龍刃流の頂点……加えて世界最強の剣士……弟子入りしたら確実に強くなれそうですけど……
「違いますよ〜、少し探している人がいるので旅をしてるだけですぅ〜」
「なんだそうなのか?お客さんなら弟子入り出来ると思うけどなぁ」
ルルスはニコニコしながら剣を鞘へと納め、馬車の中へと入る。
馬車の男が言うようにルルスはほぼ将級とも言えるほど強い、彼は南大陸での3年間、ほぼ毎日散歩と言って邪族を狩り続けていた。
戦いは実戦を積むほど強くなる。
強者とはいつも勝者であるが故に生まれるのだ。
ーーーーーーーーーーー
オラシオン王国、ある屋敷にて。
日中常に木の剣がぶつかり合う音が聞こえる屋敷。
剣塵は常に弟子と稽古をしているらしく、今日も今日とて稽古。
そんな彼の元に一人の弟子が走って来て、昼食が出来たことを知らせに来た。
「剣塵様、昼食が出来たそうです」
「あぁそんな時間か、″ユルダス″午前はここまでだ」
剣塵、イグレット・アルトリエ。
世界最強の剣士の元にて最も強いと言われる弟子。
閃滅、ユルダス・ドットジャーク。
彼は十八歳の剣士ながらも帥級上位の剣士である。
名は主に西黎大陸で知られており、西黎大陸以外には名が届いていない。
彼は君級剣士のヨルバ・ドットジャークの息子。
ユルダスは龍刃流の剣士であり、一瞬にして大量の敵を切り裂くことができるのが特徴だ。
彼の動き方は敵を足場とするもので、一体を切り裂けば屍を踏みつけ、二体目へと突っ込んでいく。
一瞬によりそれを行うが故に閃滅。
彼は南大陸滅亡の時、ライメの不完全な転移魔法により、西黎大陸の砂漠地帯へと転移した。
その当時のユルダスでは運が悪ければ邪族に殺されていただろう。
だがなんとか自身よりも格上の邪族は避け続け、弱い邪族を狩っては、食えそうなら拙い火属性魔法で焼いて食らう。
それを一ヶ月行い、オラシオン王国へと辿り着いたのだ。
ユルダスはその当時十五歳、金もなければ南大陸がどうなっているかなんてわからない。
絶望しながらも彼はガレイルにてパーティーを組んで金を稼いだ。
それから半年ほど経つと南大陸の情報が西黎大陸へと流れ込んできた。
南大陸は滅亡し、三国全て消滅したという情報。
嗚咽が止まらなかった。信じられなかった。
ユルダスは薄々感じていたものが現実と知り、
それに耐えられなかった。
母親も故郷も消え、友人も多く消えて、父親のヨルバと会う方法もない。
死にたくてしょうがなかった。
フラメナやライメが生きてるかもわからなければ、
自分がこれからどう生きていけば良いかもわからない。ユルダスは稼いだ金を貯めることもなく、毎度存分に使い切り、また依頼を受ける。
まるでいつ死んでも良いような生き方。
パーティーメンバーからも心配されていたが、誰よりも心配してくれる女性がいた。
酒場にてユルダスとその女性は、二人で席に座り会話していた。
「ユルダス君……お金貯めようよ」
「使い方なんて……俺の勝手だろ」
ユルダスの一人称は″俺″になっていた。
辛い経験が彼をこうしてしまったのだろう。
「でも……」
「レスミア……俺のことなんかほっといた方がいい、
変に心配なんてするもんじゃないぞ」
レスミア・ライザルメ。
歳は十四ほどの女性で召喚魔法使いだ。
等級は一級ほどで、パーティーの中でも中の上ほどの実力を有している。
レスミアに自身の情けない姿を見られ、心配されると言う状況が嫌になったユルダスは逃げる様に席を立ち上がった。
「待って……!」
そんなユルダスの手を掴むレスミア。
ユルダスは少し立ち止まると、優しくレスミアの手を自身の手から離して、酒場を出て行った。
ユルダスはいつ死んでも良い生活をし続けて、
南大陸滅亡から2年が経った。
「……結局死にたくないのかよ」
塀に腰をかけて前髪を掻き上げるように手を入れ、髪を握り唇を噛み締めるユルダス。
この2年間自分は何をしていたのか?
やけくそに戦っているうちに強くなれたが、心はいつまでも空っぽのまま、この2年間で本気で南大陸を目指せば帰れたかもしれない。
「ユルダス君、これ」
そう言って近づいて来て、冷たい水が入った瓶を渡してくるレスミア。
思えば、レスミアだけはこの2年間俺のそばから離れたことなんてなかった。
常に付き纏ってくる。
こんな自分を心配し続けてくれている。
なぜ?
「レスミア……お前は俺のことが好きなのか?」
「えぇえっ!?そ、そんな、その……」
わかりやすい反応だった。
逆に今まで気づかなかった俺もかなり鈍感ではあるが、気づかれてないと思っていたレスミアも大概だ。
その顔は赤く火照り、恥ずかしそうに両手で顔を隠すレスミア。
好き勝手生きて、こんな生きる気力を持たない男に惚れ込んでしまうなんて、見る目がなさすぎる。
「……いつからだったんだ?」
「パーティーで出会った時から……」
「マジかよ……」
一目惚れで2年間?
悪いところばかり見せてなぜ冷めないんだ?
ユルダスは困惑しながらも、レスミアから目を逸らしてボソッと言う。
「2年も待たせたなら応えてやる……今日からちゃんと生きてみるよ」
もうナヨナヨと生き続けるのはやめだ。
今日からちゃんと生きる。
必死に生きてみせる。
俺を愛してくれる人がいるなら、愛されるにふさわしいように生きなければいけない。
「その……式はいつにしますか?」
「気が早すぎるだろ……1年後なら良いぞ」
初々しい会話をする二人。
ユルダスの瞳には輝きが戻っていた。
それから半年。
ユルダスは剣塵の元に弟子入りした。
上級ほどの力だと思っていたユルダスは、実際は帥級ほどの実力で、剣塵の剣を一度弾いたことがきっかけで弟子と認められた。
そこからの半年でユルダスは一番弟子と呼ばれるほど成長し、荒い剣術から研ぎ澄まされた剣術へと進化したことで、帥級上位ほどの強さとなった。
ーーーーーーーーーーー
虹剣1686年7月31日。
剣塵ことイグレットが無理矢理、ある剣士を屋敷に連れて来た。
「うへぇ〜僕は弟子とかそう言うのは〜」
「良いから一度剣技を見せてくれ!」
ユルダスは強引に連れてこられた黒髪の男を見て、
何事かと注目し続ける。
「イグレット様、その剣士は何者ですか?」
思わず近づいてそう聞くユルダス。
「偶然散歩中に邪族を狩ってる姿を見て弟子にしたくてな。こうして連れて来た」
「弟子にはなりませんって〜」
聞けばその男はルルス・パラメルノと言い、南大陸からやって来た剣士だと言う。
その情報にユルダスは強く反応を示した。
「ルルスさんは南大陸から……そのフラメナとライメと言う人物は知ってますか!?」
咄嗟に名前が出たユルダス。
ルルスはきょとんとしてそれを聞くと、ニコニコして答えた。
「知ってますよ〜。フラメナさんは自分の恩人ですから〜。ライメさんはフラメナさんから聞いてます〜」
その言葉にユルダスは嬉々として自身の名を名乗った。
「僕、ユルダス・ドットジャークです!フラメナからこの名は聞いてませんか!?」
そう言われてルルスは思い出したように言う。
「ユルダスさんです〜?まさか……生きてたんですね〜フラメナさんがずっと探してますよ〜」
「じゃあフラメナと旅を一緒に!?」
そう問われルルスは首を横に振った。
「自分は一人旅です。
でもフラメナさんも旅してますよ〜。多分ここにも来るんじゃないですかね〜」
突如として舞い降りた旧友の現状。
ユルダスはそれを非常に喜び、会いたくてしょうがないようだった。
ルルスを強引に連れて来たイグレットは、二人の会話に置いていかれながらも、なんとなく空気を読んで黙っていた。
それからルルスがどうなったかはわからないが、
一ヶ月だけ弟子として入った剣士がいると、オラシオン王国の新聞に載っていたそうだ。




