第四話 不穏な影
エイトール家の魔法使い教師になって数日。
正直言って、この生活は自分によく似合っていると思う。
俺だって貴族の頼みなんか断りたくはなかった。
でも、当時の俺は言葉遣いがひどくて、承諾の意志を示そうにもどうにもならなかった。
それに、自分の手で強い魔法使いを育てたいという気持ちもあって――自然と、言葉の勉強ははかどっていった。
……まぁ、今じゃこの環境にちょっと甘え始めてる気もするが。
フラメナお嬢様は、正直いい子だ。
わがままだし、勢いで生きてるようなところはあるが、それでもいい子だ。
――というか、会って翌日の子を守るために飛び蹴りを放つような子、勢いがないとは、言えないな。
ライメはまだあまり知らないが……少しかわいそうな子だと、よく思う。
たった六歳で、その種族が故に差別を受けるなんて、どう考えても理不尽だ。
でもなんだかんだ、二人とも仲良くなっていきそうで安心している。
――さて。いつ、フラメナに“あのこと”を言おうか……。
クランツは、フラメナや他人と話すときとは違う、くだけた口調で思考を巡らせていた。
これが、彼の“素”だった。
「ではライメ様は、魔法の基礎知識があるという前提で話を進めてもよろしいですね?」
「大丈夫です」
ライメは杖をギュッと握りしめ、真っすぐに頷いた。
「今日は、得意な魔法を見つけましょう」
「わたしは火よ!」
「僕は……氷?」
「焦らなくて構いません。お二人の歳なら、可能性はまだ無限ですから。案外、思っていたのと違う属性が合うかもしれませんよ」
クランツの言葉に、フラメナは小首をかしげるが、素直に聞き入れた。
「一般的に属性魔法を主軸とするなら、相性の良い二属性を持つのが理想です」
そう言って、クランツは水と火の球体を杖から同時に発生させ、空中に滞在させる。
「火と水。この二つは、相性が悪く混合魔法には向きません」
次に火球を消し、草属性のエネルギー球体を地面へと落とす。
そこに水球をぶつけると――
「わあっ、すごい!」
地面から木がにょきにょきと伸び、五メートル近くまで成長していく。
「草魔法は水と組み合わせることで爆発的な成長速度を得ます。これを応用すれば……」
クランツは草属性の球体を五つ出し、それぞれに水球をぶつける。
すると、鋭い木の枝が槍のように突き出して、さっきの木を貫いた。
「まぁこれは混合魔法の話ですので、詳しくは来週に回しましょう。今日はお二人の得意属性を探ります」
二人はこくりと頷いた。
「まずは火属性。七大属性の中で、最も威力が高い属性です」
「わたし、火属性がいいわ!」
「僕は……ちょっと苦手かも……」
「では、試しに中級魔法を一つお見せします」
クランツの杖に赤い光が集まり、次の瞬間、轟音と共に一直線の炎が空へと放たれた。
「短縮詠唱での発動でしたが、今のは火貫の砲です。多くの中級魔法使いが扱う、実用性の高い攻撃魔法ですね」
「こんなの当たったら、ひとたまりもないわね……」
クランツは引き続き、各属性について説明していく。
各属性の特徴
火属性 威力が高く、攻撃向き。
水属性 自由度が高く、操作に幅がある。
風属性 他の魔法との相性が良く、魔法の規模を拡大しやすい。
草属性 持続力があり、魔力消費が少ない。
土属性 魔力消費が激しい
大勢を相手取る戦いに適している。風属性とは相性が悪い。
氷属性 火・風・雷以外の魔法を凍結・無効化できる。
雷属性 高威力。風魔法に似るが、土には無力。
「クランツって、全属性扱えるの!?」
フラメナは魔法の特性よりも、クランツの実力に驚いた。
「これでも、一応名のある魔法使いでしたから……それより、お二人とも、気に入った属性はありましたか?」
クランツがそう尋ねると、ライメが真っ先に答える。
「僕……氷と草を得意魔法にしたいです!」
目を輝かせるライメに、クランツが穏やかに問いかける。
「理由を聞いても?」
「僕は……あまり人を傷つけたくないので。この二つが一番合うと思って……変ですか?」
不安そうに視線を泳がせるライメ。
まあ無理もない、属性魔法は攻撃魔法でもメインだ。傷つけたくないならそもそもが矛盾し始めてしまう。
だがそういうところはライメらしいとも言える。傷つけない魔法があるならそれで完結することがなによりだ。
「いいですね。ライメ様らしい理由かと」
その言葉を聞いたライメは、安心したように微笑んだ。
「わたしは、火と雷! 強そうだし、かっこいいじゃない!」
目を輝かせながら宣言するフラメナに、クランツが微笑する。
「雷属性は、少し才能の影響もありますよ?」
「構わないわ! わたしならできるもの!」
全くこのお嬢様はいつもこんな感じだな...…まあ根拠のない自信だが、そういうのが大事だったりすることもあるし、深く考える必要はないか。
「では決まりですね。フラメナ様は火と雷、ライメ様は氷と草」
真逆の属性。
一つくらい被ってくれたら、教えるのが楽だったんだがな……
クランツはそう内心でぼやきつつも、二人の様子を見守る。
「ライメは氷と草なの?わたしと反対ね!」
「フラメナ様の方が、有利な属性ですね……」
「あっ、ライメ、“様”はいらないわよ! ラフに呼んでよね!」
フラメナは堅苦しい言葉が好きではないらしく、親しみを込めて名前を呼んでほしいようだった。
「じゃ……じゃあ、フラメナちゃん……?」
少し照れながらそう呼ぶライメ。
フラメナは満面の笑みで応える。
「最高よ! そっちのほうが友達っぽいわ!」
クランツが手を叩き、授業再開の合図をすると二人に質問する。
「さて、魔法の練習前に魔法使いに一番大事なものは何だと思います?」
「はーいはーい!」
元気よく手を挙げるフラメナに、クランツが微笑む。
「では、フラメナ様」
「勢い!!」
「……まぁ、大事ではありますね」
苦笑しながらそう返すと、今度はライメが手を挙げる。
「想像力……ですか?」
「おお、よくご存じで。正解です」
「本で読みました」
「ライメって賢いのね!」
クランツは黒い壁に白い土の塊で図を書き始めた。
「魔法を正確に発動するには、“完成形”を頭の中で想像し、それを魔法回路に変換する必要があります。これができないと、下級の中級魔法使いにもなれません」
頭の中に完成系を想像せずして作る料理というのは、ちゃんと考えられたものより美味しくならない。
もちろん、旨味が多いものを適当に入れて焼けば大抵は美味しい。
だが魔法は例えるなら野菜オンリーの料理ともいえる。
野菜が好きならなんでも食えるという人を対象にした話ではない。
魔法は誰に対しても振る舞う料理、ソースや焼き加減、食材の状態、料理手の腕前、あらゆる条件が加わる。魔法も同じだ、適当に繰り返しても上達することはない。
やや難易度の高さにたじろぐ二人に、クランツは優しく微笑む。
「とはいえ、やってみると案外簡単です。フラメナ様、先輩として火柱を立ててみましょう」
「わ、わたし!? できるかわからないわよ……」
「失敗しても誰も笑いませんよ」
そうだフラメナお嬢様、誰も失敗なんて笑わない、がんばれ。
フラメナは魔法陣を展開し、足元に白く輝く円と星を描く。星の中に三本の線が入り、フラメナの集中が高まる。
柱……燃え上がる柱、あんな感じの火を……!
次の瞬間、彼女の手から火が噴き出し、不恰好ながらも四メートル近く火柱が立ち上がった。
「できた!! わたし、できたわ!」
「案外、簡単でしょう?」
「すごい……フラメナちゃん。すごいよ……!」
ライメが目を輝かせると、フラメナが笑顔で励ます。
「ライメもできるわよ! やってみなさい!」
「そうかなぁ……」
「では、氷の柱をお願いしますよ、ライメ様」
ライメは水色の魔力で足元に円を描き、星を形成し、星の中に六本の線を加える。
氷……柱。木みたいなやつ……たぶん、あんな感じかな
強く念じると、氷の魔力が地面に注がれ、三メートルほどの氷柱が現れた。
「できた!」
「お二人とも素晴らしいですね。第一歩、達成です」
クランツがふと空を見上げ、二人に告げる。
「さて、早いものでもうお昼時ですね。町に食べに行きますが、ライメ様もご一緒にいかがですか?」
「いいんですか……?」
「あなた様のお母様が許してくだされば、問題ありませんよ」
ライメは少し嬉しそうに顔を見せると口を開く。
「聞いてきます!」
「ではフラメナ様も、荷物を取りにライメ様と同行してください」
「クランツは?」
「片づけをしてから、あとで合流します」
「わかった! ライメの家で待ってるわ!」
「ええ、かしこまりました」
二人が家へ向かうのを見送ったあと、クランツは視線を森の奥へと向ける。
「……見ていたな。やはり、貴族と言えど“王族”は狙われるか」
彼は少し前から感じていた視線の正体を確信する。
それは“人攫い”。
貴族や平民の子どもを攫い、奴隷商人に売る――胸糞の悪い外道だ。
「……話している間に逃げられたな」
クランツは足早に、二人のあとを追った。