第四十六話 死はいつもそばに
傲慢のシルティ・ユレイデットは、先の戦いで作り出したクレーターの地にて、空を見上げていた。
「……逃した。
この我から奴らは消えた。
腹立たしい……許せぬ。
二度も……二度も逃した……!」
シルティは激怒した。
傲慢を冠する自身にとってこれ以上の屈辱はない。
今すぐにでも探し出して殺したい。
そんな殺意が募るが、シルティは一度身を退くしかなかった。
なぜならここは君級が五人滞在しており、
世界中の強き魔法使いが集う大陸。
ここまで暴れた以上、
君級達が黙ってるはずがない。
確実にここで真正面から戦えば全面戦争が始まる。
全面戦争が始まれば、彼が唯一頭を垂れる相手、
魔王から死よりも辛く、耐え難い地獄を味わせられる事となる。
屈辱感、それを感じながらも退くしかない。
傲慢のシルティ・ユレイデットは荒れた地形を歩き、どこかへとまた向かう。
次なる純白との邂逅に期待して。
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一方フラメナ達は、エルトレを病院にて治療してもらった後、五人は病院からユマバナの家へと帰る為、
道を歩きながら会話していた。
五人は未だあの死と隣り合わせの空気感を、
余韻として引きずっている。
トヘキがいなければ全員あそこで死んでいた。
「……お姉ちゃん大丈夫?」
「怪我自体は治ったけど……
まだ少し衝撃が残って痛いかも……」
エルトレは拳に直撃したわけではない、
にもかかわらずあの威力。
傲慢のシルティが極めた魔法は強化魔法。
身体強化、魔力増幅、感覚強化。
これら全てを極めたが故の境地。
彼の皮膚は砲弾だって跳ね返せるだろう。
そんな彼が魔法側近の中で最下位という事実。
五人は正直、驚きよりも諦めが勝っていた。
フラメナはエルドレのことを思い出していた。
色欲のエルドレ、3年前に南大陸を襲った邪族。
君級剣士もヨルバが戦いの後、こう言っていた。
『本気を出されれば負けていた』
今になってやっとわかった気がする。
あの怪物よりも何段も上の存在に、
君級一人で勝てるわけない。
さっき戦った傲慢のシルティでさえ、
君級が一人いても勝てるかわからない。
心底フラメナは自身の非力さを痛感した。
特効を持つにも関わらず有利を取れない、
その事実は彼女の負けず嫌いな心を活性化させる。
早速魔法の練習といきたいフラメナだが、
それよりも前にトヘキの記憶を戻すことが優先だ。
フラメナは戦闘を通じて何か思い出したか聞く。
「思った以上に死闘だったけど……
何か思い出せたかしら?」
トヘキはそう聞かれ、浮かない顔をして答える。
「懐かしい思いがするだけで……特に思い出せなかった。やっぱり、ダメなのかな」
「でも敬語は直ったわね」
「え?」
パッと表情を変えるトヘキ、フラメナの発言に、
他の三人も気づいたように話し出す。
「確かに……さっきまで敬語だったのに」
「敬語くらいすぐ直せるんじゃないですか?」
「癖ってのは長く続くものだぞ」
ラテラがそう言うと、リクスがそう言い返す。
「少しは馴染み始めたんじゃないかしら?」
トヘキはフラメナにそう言われ、少しだけ口角を上げて手を握りしめる。
「実感出来ると、少し嬉しいね」
「私たちは仲間なんだから、
やっぱり緩くいくのが一番よ!」
するとエルトレが、ラテラの頭の上に手を置いてジトっとした目をしながら言う。
「ラテラはまだ敬語混じりだけどね」
「僕はお姉ちゃん以外には敬語だもん。
それに敬語混じりの緩い話し方ですよね!
そうですよね皆さん!」
強調し、共感を求めるラテラ。
フラメナがバッサリとそれを切る。
「……堅いわね!もっと柔らかくなりなさい!」
「そんなぁ!うぅ……絶対直せないですよ」
会話の中で雰囲気は軽くなり、
皆に笑顔が見え始めた。
この五人はイカれている。
先ほど、この者達は死にかけているのだ。
危機感の欠如?それは違うだろう。
もしそうだとすればとっくに死んでいる。
それぞれが多くの絶望を味わっている。
故郷や家族の死、友人の死。
迫害されたり、長く生きられない。
わけもわからず新しい人生を始めたり……
全員があり得ないほどの苦難を経験している。
それ故にもはや死など身近だ。
確かに恐怖や危機感、死に直面した実感はあるのだろう。普通の魔法使いなら、もう二度と王都から出ることはないだろう。
知性を持つというのは学習能力を得ること。
生命は苦手なものを覚え、拒絶する。
一度死にかければ、戦いなどが怖くなるのは当たり前である。
だが、五人とも死には慣れていた。
人攫いに殺されかけたことのあるフラメナ。
迫害によって間接的に殺されそうになったリクス。
病弱により何度も死にかけたラテラ。
自身とラテラを支えるための必死に戦い、
死にかけながらも金を稼いだエルトレ。
記憶を失い、異郷にて天涯孤独を経験、
奇跡的に助かったトヘキ。
記憶を失うということは、
それ以前の自分が死んだとも言える。
この五人は死というものに色濃く纏われている。
だがそれでも歩みを止めることはない。
なぜなら五人は止まってしまうことを、
死よりも恐ろしいと思っているからである。
だからと言って歩みを止めないのは異常だ。
強い者にはどこかおかしくならないと成れない。
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そうして五人はしばらく歩き、
ユマバナの家へと戻る。
リビングではユマバナが椅子に座り、
手紙を書いているようだった。
「師匠、戻りました」
トヘキがそう言うと、ユマバナはこちらへと顔を向けて緩くなり切った笑顔を見せる。
「おかえりじゃ〜、怪我は大丈夫か?」
そう言ってユマバナはエルトレを心配する。
「なんも問題ないよ。少し痛むだけ」
「まぁ魔王側近の攻撃を喰らって死んでないだけ良いことじゃな」
トヘキはユマバナに聞いた。
二番目に強い魔法使いである彼女に、率直に聞きたかったこと、それはーー
「師匠は、魔王側近と戦ったことがあるんですか?」
魔王側近との戦闘の経験の有無。
「あるぞ」
ユマバナは椅子にもたれかかり、そう言う。
そんな発言にフラメナが反応した。
「あんなのと戦ったことあるの?勝ったの?」
少し食い気味なフラメナに、ユマバナは口元を緩めながらゆっくりと語り出す。
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今からおよそ30年前。
魔王側近の怠惰、フェゴ・ガルステッド。
フェゴは北峰大陸にて、自ら戦いを仕掛けてきた将級剣士を殺してしまった。
正直、彼女は戦うつもりなど全くなかったそうだ。
北峰大陸の薬草が欲しかっただけである。
だが存在が厄災とも言える魔王側近、そうなってしまうのは仕方ないだろう。
その時北峰大陸に滞在していたユマバナは、
魔王側近との戦いを引き受け、討伐に向かった。
心底驚いたそうだ。
子供のような見た目の彼女は、その小さな体に到底入りきらない量の魔力を持っている。
怠惰の強さの序列は四番目。
彼女の実力は底が見えなかった。
「君も私を殺すのが目的?」
「まぁそうなるね」
「めんどうくさいなぁ……なんでそんな突っかかってくるの?正直理解できないなぁ」
怠惰の扱う魔法は火と水。
相性が悪い属性を無理矢理扱う、
それが彼女の戦い方。
彼女の戦いに他の魔王側近のような特別さはない。
だがシンプルながら驚くほど強い。
水で足を取られては火が飛んでくる。
水と火が合わさり大量に爆発を起こしたり、どちらも手数が多い属性であり、一対一じゃ常に有利だ。
それでもユマバナは五体満足で生還している。
「闇魔法……まだ使うやついたんだぁ。
珍しいねぇ、めんどくさかったんでしょぉ?
それを扱うにはかなり時間がかかる。
君はコアな魔法使いだねぇ」
二人の戦いは近接が混じった戦いではなく、
完全なる魔法勝負、その場から動かずにひたすら魔法を放ち合う戦い。
火球が飛んでくれば闇魔法で吸い込み打ち消す。
水の武器が向かってくれば、闇魔法を纏った草魔法で水を吸い尽くし無効化する。
その動きを一瞬にして連続でし続ける。
「すごいねぇ、全部相殺されちゃうや」
「妾も長く生きてはいるからのう、
プライドも少しくらいあるんじゃよ」
ユマバナは負けず嫌いだ。
魔法の才能がないのに、ここまで魔法を極めた彼女が負けず嫌いなわけがない。
笑われたり、無力感に苛まれたり、何度も敗北し死にかけたり、何もできないと気を沈ませた夜。
それを何度も繰り返して強くなった。
魔法の押し合いは一瞬、ユマバナへ天秤が傾く。
フェゴの頬に闇魔法の黒い矢が突き刺さったのだ。
闇魔法は全てを吸い込んでしまう魔法であり、
当たればタダでは済まない。
フェゴは頬から少しずつヒビが入ると、片手でヒビを破壊し、即座に再生すると火と水の壁を作り出す。
この戦いは怠惰が戦いを放棄したことで終了した。
「案外強いじゃん。でももう良いかな飽きたし、
また何十年か後に戦おうよ。その時は飽きも治ってるから」
ユマバナはただフェゴが立ち去るのを、
魔法の壁越しに見つめるしかなかった。
攻撃し放題、だが攻撃したら確実にどちらかが死ぬ戦いへと発展する。
それは賢い選択ではない。
魔王側近、怠惰のフェゴ・ガルステッド。
悪意は多く持たないようで、ユマバナとの戦闘後、
魔城島へと帰っていく姿が確認されたようだ。
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これがユマバナの経験した戦い。
派手な話ではないものの、魔王側近という存在がどれほど強いかは理解できる。
「あのまま戦ってたら死んでたのは妾じゃな。
魔王側近は強すぎるんじゃ、君級が束にならんと勝てぬ強さ、あやつらおかしいんじゃよ」
ユマバナが文句のように言う。
それを聞いてフラメナやリクスは、
あることを思い出していた。
クランツの話した剣塵の存在だ。
剣塵は暴食のチラテラ・ベゼドールを、単独で討伐している。
暴食は三番目の強さだ。
それに単独で勝った男が存在する。
だから史上最強の剣士とも言われるのだろう。
よく史上最強は相応しくないと、
言われることがある剣塵。
なぜなら剣王伝説の剣士がいるからだ。
だがあれは伝説上の存在で、実在したかはわかっていない。
実在が確定している剣士の中では、
間違いなく剣塵が最強だ。
「君級って本当に怪物揃いね」
「俺の師匠もかなりおかしい。
竜を捕まえてこいとか、よく言ってきたから困った覚えしかないぞ」
リクスがそう言うとユマバナが反応する。
「師匠って誰じゃ?」
「エクワナ・ヒョルドシアです」
「あー、彼奴か、生意気な小娘も成長したんじゃな」
そう言うユマバナにリクスが聞き返した。
「師匠と関わりが……?」
「昔、彼奴は妾の弟子じゃったんじゃぞ」
衝撃の事実。
確かにエクワナは北峰大陸に滞在していたことがあると、言っていた。
「生意気じゃったぞ。はちゃめちゃに無礼じゃったから、何度分からせたか覚えとらん。まぁそう言うところが少し可愛かっ……」
昔の話を始めようとした瞬間、
室内まで響く轟音が聞こえてきた。
「なんじゃなんじゃ!?そんなに妾の話は嫌いか!」
「何よこの音!爆発!?」
一方同刻巨大迷宮付近にて。
「迷宮が……爆発した?」
通行人が土を頬につけながら、腰を抜かしてそう言うと、煙の中から大量の邪族が出てき始めた。
突如として街が戦場となる。
幸い魔法使いや剣士は多いので、戦うことは出来るが、湧き出てくる邪族は上級以上。
「下がっておれ、ワシがやる」
刀を抜き震える手で構えるのは、現人刃流最強。
ガルダバ・ホールラーデ。
彼は年老いた剣士ながらも君級に残り続けている。
突如崩壊した迷宮。
この一件はフラメナとトヘキに対して大きなきっかけを生むこととなる。




