第四十三話 それぞれの想い
フラメナは人混みから連れ出され、
路地裏にて突き放される。
「っ……」
尻餅をついて自身をあの場から引き剥がした者を、
涙で顔をくしゃくしゃにしながら、圧倒的な気迫で睨みつけた。
そんなフラメナを見てその者達はそそくさと去っていき、路地裏でフラメナは一人静かに、悔しさ混じりの泣き声を上げる。
「なんで……覚えてないのよ……」
明らかにライメだった。
あの髪の毛もオーラも喋り方も、
何もかもが、ライメだった。
だがその確信とは裏腹に、疑問もあった。
ライメだった……でもライメは男の子だった?
違う……女の子なはず、でもあまりにもライメすぎるし……これは夢なの?私は夢を見ているの?
そう思うフラメナ。
だが夢にしてはあまりにも心が傷みすぎる。
これが現実だ。
あり得ないことが起きている。
そんなことは南大陸が滅びた時もそうだった。
何時間経っただろうか。
路地裏でただうずくまるフラメナ、そんなところをエルトレが発見する。
「フラメナ……!大丈夫……?」
エルトレの声は少し震えている。
フラメナが心配でしょうがなかったのだ。
「エルトレ……″わたし″何か悪いことしたかな」
顔を上げたフラメナは今にも泣きそうな顔。
彼女は解せなかった。
この現実がただただ解せなかった。
なんでこんなにも辛いことばっか経験しなきゃいけないんだ。
「フラメナは……悪くないよ」
「……ごめん、心配かけて……」
エルトレはどうすれば良いかわからない。
だが自然と体は動き、フラメナを抱きしめていた。
可哀想で仕方がない、フラメナの過去をエルトレやラテラ、リクスは知っている。
数多の苦難を乗り越えた彼女が、
こうしてまた気を病んでいる。
彼女は昔のように弱くはない、
一人で立ち上がれるだろう。
だが今だけは、彼女の仲間として。
ただただ側にいてあげたい。
時刻は21:50。
宿にて四人は集まり、女部屋と男部屋で別れて今日はここに泊まる。
馬車を持つ男にも事情を話すと、二週間ほど待ってくれるという話になった。
その日の各部屋では少し暗い雰囲気が流れていた。
フラメナとエルトレはベッドに横並びで座り、
何が起きているのかをフラメナが話している。
「ライメのことは知ってるわよね……」
「うん……親友なんでしょ?」
「そう……と言いたいけど今はもうわからないわ。
忘れられてるかもしれないから……」
「……徹底的に調べようよ」
エルトレがそう言葉を詰まらせながら言う。
「でも……」
フラメナは申し訳なさそうに拒否しようとする。
彼女は自身の都合で三人に迷惑をかけることを恐れているようだった。
確かに三人には迷惑はかかるだろう。
だが三人がそれを迷惑だと感じるだろうか?
「遠慮しないで、ここでハッキリさせようよ。
あんたの悩みは私たちの悩み、パーティーってそう言うものだってフラメナが言ってたし……」
思わぬところで帰ってきた自身の言葉。
フラメナは疲れたような顔をしながらも、
笑顔をエルトレへと見せて感謝を伝える。
「ありがとう」
そんな話がされている女部屋とは違い、男部屋では少し気まずい空気が流れていた。
「……リクスさ……呼び捨ての方がいいです?」
「呼び捨てでいいぞ、そっちの方が親しみやすい」
ラテラはさん付けをやめて呼び捨ての方が良いかと聞き、リクスは呼び捨ての方が良いと言う。
フラメナの考えが移ったのだろう。
距離感は近く、それがパーティーなのだ。
「リクスは……フラメナと旅をしたことがあるんですよね」
「ああ、その時は足手纏いだったが」
「……旅って楽しかったですか?」
それを聞かれてリクスはラテラを見る。
ラテラの表情は非常に不安が募ったものであり、
想像していた旅と違う結果に、適応出来てないという感じだった。
「楽しかったぞ。でも辛いことも同じくらい多かったんだ」
リクスはそこから語り出す。
「道に迷ってまともな飯を食えない日だったり、
野宿が続いて背中を痛めたり、散々な目に遭わされたり、困難が常に付き纏ってた」
辛いことばかりを話した後「でも」と言い、
リクスが話を続ける。
「……旅をする中で笑った回数は覚えてない。
俺は元々、奴隷として人生を終えるはずだった。
でもその運命をフラメナが狂わせてくれた……
笑ったことなんて数えるほどしかない、
でも旅をしてから俺はよく笑ったと思う。
道に迷った時はよく他愛のない会話で暇を潰したし、野宿の時は皆で料理をしたり、散々な目に遭った後は皆んなで笑って気分を上げた。
多分、この旅は今日やっと始まったんだ。
ここから色んな困難を迎える。
俺たちはパーティーで仲間、だから一緒に困難を乗り越える。それが旅の楽しさだと俺は思うぞ」
ラテラは懐かしむようにそう語るリクスを見て、
旅がどういうものなのか改めて理解する。
「……辛いことを仲間と乗り越える。
良いですね……やっぱりそういうの大好きです」
「なら旅に向いてるぞ」
リクスが窓の外を見ながらそう言うと、
ラテラは小さい声で語り出す。
「元々……僕は病弱で二十歳を超える前に死ぬらしいんです。それでも、旅をしてみたかった。
今こうして旅が出来るのはお姉ちゃんや、フラメナが僕の夢を尊重してくれたから……
僕は強くないし、体力もない。
多分これが人生最後の旅……楽しみ方を教えてくれてありがとうございます。
ところで今、フラメナは困っていますよね。
あれはパーティーの困難ですか?」
ラテラがそう言うと、リクスは振り返って言う。
「ああ、乗り越えるべき困難だ」
言わずとも通じている。
二人もフラメナを支えるつもりだ。
今、このパーティーは困難に直面している。
一人でも心を壊してしまったら、それはパーティーの崩壊へと繋がってしまう。
フラメナが心を壊していない理由は、
彼女が絶望に慣れているからだろう。
だが慣れていたとて、痛いものは痛い。
いつか限界を迎えて壊れてしまわないように、
周りが癒してやらなきゃいけない。
問題の解決は本人がするべきであり、
それ以外のケアは仲間が行う。
それが仲間という存在のするべきことだ。
同刻、トヘキ・アルマレットは眠りにつこうと、
自室にて静かに目を閉じていた。
寝ようとしても寝付けない。
フラメナという者から言われた言葉が、
ぐるぐると頭の中を駆け巡る。
再開できたんだから!
忘れたなんて言わせない!
フラメナ・カルレット・エイトール。
……わからない、全く……思い出せない
トヘキはあの後ユマバナと会話する中で、
幾つかの可能性が提示された。
まず前提としてフラメナという者は、
ゼーレ王国の王族の生き残りで歳はトヘキと同じ。
そして彼女はトヘキをよく知っている。
ライメという名として。
「トヘキは記憶がないんじゃろ?
なら記憶を失う前に関わっていた、大事な人なんじゃないかのう?」
ユマバナはそう言っていた。
「トヘキは元々、どこから来たかもわからない。
妾が思うに、トヘキは転移魔法で中央大陸に来たと思うんじゃ。
あの女子がもしトヘキを大事な存在だと思っていれば、忘れられてることは相当なショックじゃろうな」
これは全て憶測だ。
だがあまりにも辻褄が合いすぎている。
トヘキは真っ暗な部屋に差し込む月光を横目に、
天井を見つめ続け後悔する。
「ひどいことしたな……」
彼女は泣いていた。
僕との再会を喜んでいたのに、僕が何も思い出せないせいで彼女は傷ついた。
もう少しで思い出せそうなのに……
僕は、彼女と話をしてみたい。
僕は記憶を失った。
なんで失ったかはわからない。
でも夢に時々出てくる少女は、今日出会ったあの子と酷く似ていた。
……会おう。僕はあの子とは話をするべきだ。
僕は自分が何者だったか知りたい……
そう思いながら月光が差し込む部屋にて、トヘキは無理矢理眠りへとつこうと、目を強く閉じた。




