第四十一話 進命
ルルス・パラメルノ。
二十二歳の草帥級剣士。
彼は東勢大陸に一か月遅れて渡航してきた。
ルルスは馬車を使い、中央大陸へと航路が存在するユレント港へと一直線に向かう。
護衛はつけずに、邪族が来襲すれば自身で倒す。
出来るだけ節約したいようだった。
3年間でかなりの金額を集めたルルスだが、節約していっても4年程度しか旅は続けられないだろう。
東勢大陸は帰りに確実に寄る大陸であり、
行きは馬車、帰りは徒歩という計画だ。
「グギャァア!!」
ルルスはブレード状の剣を猪の邪族から引き抜くと、血を草魔法の葉っぱで拭き取り、鞘へと納める。
「いやぁ助かったよ。護衛はいらないって聞いて少し怖かったが、あんたを信じて良かった」
馬車を持つ男はルルスへと感謝していた。
ルルスは変わらず真っ黒な髪の毛に、真っ黒な瞳、
そしてニコニコとした顔で返答する。
「ウィンウィンな関係ですねぇ〜」
少し不気味だが慣れると全く不気味さは感じなくなる。
彼の価値観は邪族絶許。
邪族であれば殺しても問題ないという考えから、
彼は積極的に邪族を殺す。
少し冷酷であるように見えるが、邪族というのは墜ちた存在、ひたすらに邪悪。
奴等の動きを見誤ったり、同情したりしたら、
邪族の凶刃を喰らうのは自身や仲間だ。
それをルルスは幼い頃から理解している。
ルルスは戦闘中、少し怖いくらいの笑顔を見せる。
なぜ彼が笑顔を見せるのか?
それは痛めつけることを楽しんでいるのではなく、
ただ戦いが好きすぎるが故のことだろう。
命を賭けた戦いには、必ず敗北が存在する。
引き分けという言葉が存在するが、命を賭けた戦いでそれは存在しない。
片方が逃げたとしても戦いは続いている。
相手が死ぬまで勝利ではない。
そんな戦いを好む彼は少し狂っている。
常識を持ちながらも、戦闘となれば狂い切れる人間性、戦いではこのような戦士が一番強い。
怯まない剣士というのは、
暴走した熊が突っ込んでくるようなもの。
彼の剣術の才能然り、戦闘という行為への噛み合い方が、彼をここまで強くさせたのだろう。
ルルスは馬車で移動する中、何度も馬車を持つ男と会話していた。
ルルスが馬車から少し身を乗り出し話しかけると、
馬車を持つ男は前を向きながら返事をしてくれる。
「あんた、なんで中央大陸に?
見たところ剣士じゃねえか」
「育て親を探してるんです〜」
「なるほどな……
育て親が行方不明だから探しに旅に出る。
見た目に反して良い漢気じゃねえか」
「えへへぇ、それほどでもです〜」
「ははっ、なんだその言い方」
馬車を持つ男は前を見ながら話を続ける。
「南大陸は、もう結構復興してんのか?」
「まだまだですよぉ……でも着実に復興してます〜
今は多くの人が希望を持ち始めてますね〜」
馬車を持つ男はそれを聞いて嬉しそうに話し出す。
「南大陸によ、俺の弟がいんだよ。
魔法建築家でなぁ……そうか上手くやってんだな」
「うへぇ〜すごいですね〜」
魔法建築家。
土属性魔法を扱い建築を行う建築家。
建築家というのはただでさえなるのが難しい職業、
魔法を使うのは当たり前だが、職として魔法が入れば熟練度が桁違いだ。
魔法も使えて建築も出来る。
それ故に、かなり優秀な人材として優遇される。
「俺はなぁ……生憎馬が好きでよぉ
……職業にしたかったんだわ」
馬車による人を運ぶ行為は近年、
獣族差別問題として少数の人族が騒いでいる。
だが魔族や獣族は同じ種族でも知性がなければ、
別の種族のように考えている。
もちろん知性のある馬族が、目の前で知性なしの馬族を殺されたら、流石に文句の一つは出るだろう。
だが牛などが人族に食されても何も思わない。
そういうのはハッキリと区別しているのだ。
本人たちより騒ぐ人族。
人族のエゴによってただ騒がれている問題。
あまりにも滑稽だ。
「馬族の姉ちゃんと結婚はする気はねぇけどな」
笑いながらそう言う馬車を持つ男。
「自分はこの仕事良いと思いますよ〜」
「はは、変わってんな。
魔法も剣士も学力もねぇ、だから行き着いちまうような職だぜ?」
自虐風にそう言う彼に、ルルスは言い返す。
「でもあなた達がいなければ全部徒歩ですよ〜
それにこの職業に誇りを持ってる人に、その発言は失礼ですよ〜……貴方自身にも失礼です〜」
ルルスのそんな言葉を喰らって少し黙る男。
少しして話す彼の声は震えていた。
「俺……立派な仕事やってるって思っても良いんだよな……?建築家よりは劣ってても思って良いんだよな?」
この男は恐らく比較され続けた人生なのだろう。
ルルスはその問いに返す。
「思ってくださいよ〜
自分は感謝してますよ〜、貴方がいるからこうして自分は中央大陸に楽に行けるんですから〜」
「あんたぁ!良い人だなぁ……!」
涙声の感謝を聞いてルルスはニコニコとして、
身を馬車の中へと戻す。
感謝。
それはルルスが一番好きなもの。
幼い頃から村にて邪族を追い返していたルルス。
何度も死にかけて、何度も村を救った。
だが毎度聞こえるのは、村民の怨嗟の声。
感謝なんてまともにされたことがなかった。
ルルスがニコニコする理由は辛さを誤魔化すため。
でも次第にその笑顔は自然なものへと変わった。
彼にとってあの旅から南大陸での出来事は、
人生に必要不可欠なものだったと考えられる。
ルルスは今さっきもらった感謝の言葉を胸に刻み、
目を閉じてゆっくりと味わう。
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虹剣1686年6月5日。
朝食を終えたエクワナとカイメを除く四人は、
旅の準備を終わらせて宿の前にて六人で集まっていた。
「フラメナお嬢ちゃん。
中央大陸は差別意識が一番高い、プライドも高いし地位も高いやつばっか。精神的に辛いだろうけど絶対に折れちゃダメだよ。
良い魔法持ってんだから流されないでね」
「ふふ、わかったわ!」
エクワナはそう言い終わると、
リクスへと話しかける。
「緊張してんのかい?」
「師匠……俺……震えが止まらないです。
これからのことを考えると……」
リクスはかなり恐怖を感じやすくなってしまった。
慣れ親しんだこの環境から離れる恐怖。
安息の地を離れる恐怖が彼を震えさせていた。
そんなリクスをエクワナは冷静に落ち着かせる。
「リクス、あんたはよくやってるよ。
確実に良い顔になった……魔法も正直ここまでやれるようになれると思ってなかった。
あたしの想像ばっか超えるあんたなら……
きっと大丈夫。
危険な旅だろうけど頑張るんだよ。
あたしが叩き込んだ漢気を見せてやりな!」
エクワナは笑顔でそう言い放ち、リクスの手を握る。
「あんたには仲間と魔法がある。大丈夫だよ」
リクスはそう言われて振り返ると、エルトレにラテラ、そしてフラメナがこちらを見ていた。
リクスは落ち着き頷いて固唾を飲み込む。
覚悟が決まったようだ。
エクワナはそれを見てリクスから離れ、
エルトレとラテラへと近づく。
「あんた達も次からはあたしの知り合いさ。
リクスのこと歓迎してやっておくれよ」
そう言われて二人は言い様は違うが、同じ考えを述べる。
「あたしは……その、歓迎するよ」
「僕も歓迎ですよ。旅は賑やかな方が楽しいと聞いたので」
その発言を聞いてエクワナは嬉しそうに言う。
「はは、良い答えが返ってきて嬉しいねぇ!
そんじゃああんたら、死ぬんじゃないよ!
良い旅してきな!」
カイメ爺さんもそれに乗じて話し始める。
「まったく……喋りすぎじゃエクワナ。
わしもエクワナと同じ思いじゃ……
四人とも武運を祈っとるぞ!」
そう言うエクワナとカイメの表情はまさに血縁。
雰囲気がそっくりだった。
フラメナはその二人に全力で返答する。
「絶対に帰り寄るわ!!」
その宣言にエクワナが満足そうに大笑いする。
そうしてフラメナは三人に声をかけ、馬車の待つ村の入り口へと向かって走り出す。
突発的な行動に三人は置いてかれそうになるも、
なんとか追いつき、フラメナと並走する。
「もっと……落ち着いた別れ出来ないの!」
「体力不足で……死ぬ」
ラテラが苦しむのを無視して、エルトレの言葉へと返答するフラメナ。
「泣いちゃうのよ!!」
「……案外、涙脆いんだね」
このわちゃわちゃとした感じ、これこそ旅立ちだ。
リクスは懐かしい雰囲気に包まれながらも一緒に走り、思わず口角が上がった。
一方中央大陸にて。
「帝黎が帰ってきた!」
中央大陸に出現した巨大迷宮の入り口は街中。
それ故に多くの人が君級達を見ようと集まる。
帝黎パーティーは君級五名を筆頭に、
将級八名、帥級十名のパーティーだ。
子供が考えた最強のパーティーと近しいものを感じるほど、圧倒的な強さを誇る。
巨大迷宮は名の通り階層の量が凄まじい。
一週間に一度こうして帝黎が攻略を行う。
君級達が注目されるのは当たり前だが、一人だけ帥級で注目されている魔法使いがいる。
″史上四人目の転移魔法使い″
それはつい最近判明したものである。
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虹剣1686年7月2日。
フラメナ達一行はユレント港へと辿り着いた。
特に苦労はなかった。
邪族は人が多い道には出現せず、
もし出現したとしても下級や中級程度。
全く脅威ではない。
「三人とも船酔いって大丈夫?」
「わかんない、船乗ったことないから」
「僕も同じですね」
「俺もわからない」
中央大陸には五日ほどで渡航できる。
中央大陸と東勢大陸の間の海は、シュテルン海と呼ばれており、夜空には世界で一番星が多く見れる場所とされている。
邪族などの発生も少なく、非常に安全な海だ。
船酔いをするかどうかはわからないが、
とりあえずフラメナ達は船へと乗船する。
「それじゃあ……いざ中央大陸ね!」
中央大陸。
世界一栄える場所であるが、そこで滞在する予定はないので、すぐにでも西黎大陸に向かう計画だ。
だがフラメナは中央大陸にて、
大きな出来事をその身に受ける。
船が出航した。
穏やかな波の上を涼しい風が通っていく。
フラメナは海の向こうをただ見つめていた。
第四章 純白魔法使い 邁進編 ー完ー
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