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第二話 霊族

2025/8/2 微細な修正

 クランツが家庭教師となった日の翌日。

 フラメナは椅子に座って頬杖をついていた。


「フラメナ様、服装は外出に適したものですね?」


 そう声をかけてきたのは、クランツだった。


「もちろんよ!」

「では今日は、書の買い出しへと参りましょう」


 クランツがそう言えばフラメナが興味を湧かせ、

 どんな本を買うのか聞く。


「どんな本を買うの?」

「混合魔法や歴史に関する書籍です。

 来週からの授業で扱う内容になります」

「混合魔法……?」


 混合魔法。

 魔法を二つ合わせる技術のことを言う。


「まだ覚える必要はありません。

 とりあえず買い出しに行きましょうか」


 そう言われて席から立ち上がるフラメナ。

 すると何かを思い出したように慌てて、

 クランツを呼び止めた。


「ちょっと待って!お父様の許可は?

 城外に出るには許可が必要なのよ!」


 クランツは背を向けたまま、軽く返す。


「もちろん、許可は得ています。

 日が暮れる前に早く出発しましょう」

「ぇえ?……ほんとに!?」


 滅多に出られない城の外。

 まさかの外出許可にフラメナの胸が高鳴った。



「ふふ、久しぶりのお出かけよ!」


 ゼーレ王国は南大陸(なんたいりく)最大の国というだけあって、

 やはりエリトール家の城を中心とした城下町は、

 非常に賑わっている。


「クランツ!あれは何かしら!」


 フラメナが指を指す黒い球体。


「あれは魔法球、魔法使いが魔法を放つ際に使う武器ですよ」


「あれは!?」

「あれは...…あぁ、派手な服ですね」


 クランツが視線を向ければ、虹色の服が吊り下げられていた。


 そんな何気ない光景でさえフラメナからすれば刺激的なもの、満足したように彼女は感想を伝える。


「お出かけって最高だわ!」

「喜んでもらえて何よりです。

 実は買い出しと言っておりますが、

 目的の半分はフラメナ様の気分転換なのですよ」


「わたし、まだまだやる気はたっぷりよ?」


「それは何よりです。ただ、もう一つだけ大事な目的があってそのために、城下町の外に出ます」

「外って、町の外!?」


 フラメナは父の怒った顔を思い浮かべて身震いする。


「許可はあります」


 そんな不安をかき消すようにクランツがそう言うと、もはや少し引き気味になるフラメナ。


「……クランツって、ほんと信頼されてるのね」

「ありがたいことです。では参りましょう」



 城の門を抜けると視界に入ってくるのは、

 見渡す限り広がる平原。

 のどかな風景、城下町とは世界が変わったかのように雰囲気が変わる。

 遠くには木々や山々が見え、ありきたりな光景ながらもフラメナにとっては絶景に見えた。



「すごい……!平原に出たの初めてだわ!」


 クランツの背について歩くフラメナは、

 目に映るすべての景色が新鮮で、自然と顔がほころんでいく。


「ねぇ、クランツ。どこまで行くの?」

「実は、明日からもう一人授業を受ける子がいるんです」


 それを聞けばフラメナは大興奮してクランツへと詳細を聞こうとする。


「え!?その子って何歳?女の子?」

「ふふ、お会いしてからのお楽しみということで」


 そんな返しに少し不満ながらも納得するフラメナ。


「むぅ……まぁ会えば分かることだけど。早く会いたいわ、急ぎましょ!」


 そう言うとフラメナは走り出し、何度もクランツを見て、早く早くと急かすように手を振る。



 二人が辿り着いたのは、ユタラ村。

 一軒家の前で、クランツが扉をノックする。



「魔法使いのクランツです」


「……はい」


 扉を開けたのは、痩せ気味で小柄な少女だった。

 清潔な服を着てはいるが、どこか生活の苦労が垣間見える。

 とはいえ顔立ちは整っていて、

 何よりもその目が印象的だった。


「今日から魔法を教えるクランツ・ヘクアメールです。よろしくお願いします」


 差し出されたクランツの手に、少女は戸惑いながらも握手を返す。


「えっと……隣の方は……?」

「フラメナ・カルレット・エイトールよ!」


 フラメナは胸を張って自己紹介すると、

 少女がぺこぺこと頭を下げる。


「エイトール家の……!す、すみません、頭を下げるので何もしないでください……!」

「な、なにそれ!うちの家、そんなにサイテーじゃないわよ!」


 あまりにも印象が悪く少しびっくりしたフラメナ。


 悪い印象を払拭するべく、動揺する少女に、

 フラメナは満面の笑みで手を差し出す。


「貴族に偏見があるのは、まぁしょうがないけれど。

 とりあえず、あなたが一緒に授業を受ける子ね!

 歓迎するわ!」


 少女はおずおずと握手を返し、

 震える声で自ら名乗った。


「ぼ、僕は……ライメ・ユーパライマ……

 その、よろしくお願いします……」


 透き通る青い瞳に短く切られた赤紫色の髪。

 霊族特有の眼を持ちながらも、足がある。

 おそらく人族とのハーフ。

 つまり混血だ。


 年齢は六歳ほどで儚げな印象を受けるが、

 その顔立ちは非常に愛らしい。


「フラメナ様、先輩としてライメ様を優しく導いてくださいね」

「任せて!」


 フラメナは口元をニヤッとさせて、やる気に満ちた表情をライメへと向ける。


 こんなにもフラメナの機嫌が良いのは、

 自身の求めたことが現実になったからである。


 自分よりも年下で。

 自分と同じ性別。


 妹のようにも感じているのだろう。


「クランツ、今日って授業するの?」


 フラメナがふと思い出したように尋ねると、

 クランツは軽く首を傾げて答えた。


「いいえ、今日は顔合わせだけの予定でした。

 ……ですが、もし希望があれば」


 そう言うクランツにフラメナが提案する。


「ライメの魔法の実力をわたしのときみたいに、

 今のうちに測っておけばいいんじゃないかしら!」


 フラメナの提案に、クランツは少し考え込み、

 ライメへと視線を向ける。


「ライメ様。魔法の実力を見せていただいてもよろしいですか?今日でなくても構いませんが」


 ライメはおずおずと頷いた。


「……今日でお願いします」


 場所を移し、開けた地面でライメは二人から距離を取る。

 小さな体で杖を構え、ゆっくりと深呼吸をし、

 自身が持つ魔力を活性化し始める。


「……いきます」


 そう呟くと、ライメの瞳が淡く青く輝き、

 足元に魔法陣が浮かび上がる。

 そして、杖に魔力が集まり、静かに呼称する。


氷柱スサラカル


 直後、冷気を纏った氷の槍が地面を這うように一直線に伸びていく。

 氷属性魔法。それは希少性の高い魔法だ。


「すごい……!」


 フラメナが目を丸くする一方で、

 クランツは黙ってその魔法を観察していた。


「……ど、どうでしたか?」


 魔法を終えたライメが、恐る恐る振り返って二人の反応を窺う。


「ええ、問題ありません。むしろ六歳でその技量なら

 将来が非常に楽しみですね」

「ほ、本当ですか……!」


 ライメの顔に、はじめて安堵の色が浮かんだ。


「ですが――」

 クランツは少し言葉を区切り、やさしく続ける。


「現状では攻撃性が低く、ライメ様の性格的にも戦闘には不向きです。ですので、こちらのフラメナ様と共に、切磋琢磨していきましょう」


 ライメはこくこくと何度も頷いた。

 フラメナはそんな彼女を見つめて、満足そうに微笑む。


「よし、じゃあわたしが色々教えてあげるわ!」


 そう言って胸を張るフラメナに、

 ライメも思わず小さく笑みをこぼした。


「ではフラメナ様、城へ戻りましょうか」

「ちょっと待って、クランツ。本は?」


「あっ……そうでした」

「ふふ、クランツでも忘れることがあるのね?」


「私も人間ですから」


 二人が歩き出そうとしたとき、

 ライメが小さく手を挙げて声をかける。


「あの……!明日も来てくれるんですよね?」


 その言葉にフラメナは驚いたように振り返り、

 きっぱりと言った。


「当たり前よ!授業があるんだから来るに決まってるでしょ!」


 するとクランツがライメに、

 そう聞いてきた理由を尋ねる。


「なぜ、来ないと思ったのです?」

「……だって。皆、僕のこと嫌うから……」


 その一言に、クランツは小さく目を伏せる。


 ライメの気弱さ、怯えた仕草、肌に残る傷跡。

 すべてがその答えを裏付けていた。


 霊族と人族のハーフ。差別意識の根強いこの南大陸では、それはただの“子ども”でいられない証だった。


 霊族はかつて他種族に多くの被害を出した歴史を持っている。真実がどうであれ、その過去の印象は今もなお色濃く残っている。


 だからこそ、ライメは「来ないかもしれない」と思ったのだ。


「なんで嫌う必要があるのよ!」


 フラメナが一歩前へ出て、

 真っ直ぐライメを見つめる。


「あなたのこと、まだ何も知らないのに。

 わたしは嫌う理由なんて見つからなかったわ」

「でも……僕、いじめられてるし……」


 もじもじとそう言うライメ。


「だったら、わたしと一緒に魔法を習って、見返してやりましょ!」


 フラメナは口角をキュッと上げて笑う。

 それは幼いながらも、強く誇らしい笑顔だった。


 その顔を見たライメは、ようやく心からの笑顔を浮かべ、小さく「……うん」と頷いた。


「明日も来るから、待ってなさい!」


 力強くそう告げて、フラメナとクランツはユタラ村を後にする。

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