第十九話 足元注意
虹剣1683年9月23日、午前9:35。
「復活よー!!」
遂にフラメナの剣山病が完治した。
「お疲れ様ですフラメナ様」
クランツがそう言うとフラメナは早速外へと出ていく。ここハルドラ村はエガリテ王国の兵士が少なく、比較的監視も緩いため外に出ても大丈夫な環境だ。
久々に外へと出て日光を浴びるフラメナの真っ白な髪の毛は輝き、フラメナは笑顔で走り回っていた。
「あはははっ!こんなに体調が良くなると気分は最っ高ね!!」
少しすると疲れたのかこちらへと戻ってくるフラメナ。
クランツはそんなフラメナを見ながらも少し微笑むと、フラメナはクランツへと気になっていたことを聞く。
「こんな時に言うのもあれだけど、ゼーレ王国から手紙って来てないの?」
毛先を指でくるくると回転させながらそう言うフラメナに、クランツは現状を伝える。
「...…まだ届いておりません。ですからそろそろ一度帰っても良い頃合いですね」
「ルルスとリクスはどうなる?」
「リクス様は必ず連れていきます。一人にするわけにはいきませんから、ルルス様は本人の反応次第ですね」
クランツは内心ルルスを高く評価している。
今の時代、剣士も魔法を使う。
多くの剣士は呼称や魔法陣を必要とするものではなく、魔力をただ発現させるもの。
剣に火を纏わせるのに一々呼称や魔法陣はいらない。
ルルスも同じで戦闘中に出すツタはただの魔力の塊、だがそんな草属性の魔力の塊を完全に使いこなしている。
多くの剣士は剣に属性を纏わせたりするだけで、ルルスのように積極的に戦闘には混ぜ込まない。
この点をみると、ルルスはどちらかと言えば魔刃流の方が向いている。
だがルルスの一番評価すべきところ、それは狂っている。
戦闘において狂った敵と言うのは非常に厄介だ。
常軌を逸した行動は予測を大きく超え、時に不意を貫く。
俺も気が狂ってる奴なんかと戦いたくない、加えて冷静となると十分な脅威だ。
ルルスは強い、ハッキリ言って俺とルルスが正面から戦ったら俺が負ける。
魔法使いが不利ってのもあるが、対等な関係だったとしても互角。
もし手紙が何らかの原因で届かず、南大陸では既に領土戦争が起きていたとしたら?
俺だけじゃフラメナお嬢様を城まで送れるかわからない。
だがルルスがいれば多少はマシになる。
「クランツ?クランツったら!」
「あぁはい、お嬢様どうかした……しましたか?」
「なによその喋り方、変ね」
クスクスとそう笑うフラメナ。
「フラメナ様、明日にでも南大陸へとここを発ちましょう」
「……!そうね、もう二年も経ったのよね!」
そうして昼時、フラメナ以外が泊まる部屋にて四人が集合する。
「ルルス様、わたくし達はリクス様を連れて南大陸へと向かいます。ルルス様次第ですが付いて来ますか?」
「いくよぉ~、まだやることないもん~」
「育て親の件は良いのですか?」
「あはは~覚えてくれてるなんて嬉しいです~、その件はもう少し自分が強くならないといけませんね~、どこにいるかわからないですし、一人で将級邪族は倒せないと死んじゃいます~」
「では、付いて来るという体でルートを説明をします。来た時と同様、剣王山脈を登りパスィオン王国側へと下山、そこから馬車を使い十日ほどでフィエルテ王国のウラトニ港へと着きます。そこまででおよそ一ヶ月でしょうか、そしてウラト二港からゼーレ王国領土内のパルドシ港へと船に乗って移動し、パルドシ港からゼーレ王国までは馬車で四日ほど……」
「畳みかけすぎよ!!」
「いっぱい移動するということです」
「わかりやすいじゃない!それでいいのよ!」
ルルスがニコニコとしながら聞く。
「南大陸で領土戦争が起きてたらどうするの~?」
「領土戦争が起きていたとしても、恐らく前線は港側ではないでしょう。ですから多少の接敵があれどもどうにかなるかと……」
「話の内容がさっぱりだぞ」
「私はわかるわよ!」
リクスとフラメナは若干話に置いて行かれていたが、何も問題はない。
結局考えるのはクランツとルルスなのだから。
翌日、四人は受付にいるカイメ爺さんに挨拶をする。
「お世話になりました」
「ありがとねカイメ爺さん!薬がすっごい効いて元気ぴんぴんよ!」
「礼など良いのに、まぁ元気そうでよかったわい。エクワナがもし帰ってきたらリクス君のことは伝えておくよ」
「じっちゃんありがとなー」
ルルスはカイメ爺さんの手を握って何かを渡す。
「これ白竜の鱗から作ったペンダントです~よかったらどうぞ~」
「なんじゃぁと!?くれるのかわしに!?」
「あんま勢い余って大声出すと死んじゃいますよぉ~」
「ニコニコしながらすごいことを言うのう……じゃがルルス君、ありがとうのこんな老いぼれに……わし感動で前が見えんくなりそうじゃ!」
ルルスはカイメの背中を少し叩くと笑いながら一言発し、宿の外に一人先にと出ていく。
「誇張はいいですよぉ~、また会う時まで死なないでくださいね~」
そうして残った三人もカイメ爺さんへと別れの言葉を投げかけ、外へと出ていった。
閉まる際に見える四人の後姿は、かつて旅をしていたカイメの瞳を照らす。
「……頑張れよ、若人たちよ」
少し力強くもつぶやくカイメは、ペンダントをポッケにしまって、また今日も来訪者のいない宿で受付をする。
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「さて行きましょうか」
「そうですね~」
「また歩きまくるのか」
「それもいいじゃない!旅っぽくて!」
四人が一歩進むとその一歩を祝福するように、足場に魔法陣が突如浮かび上がる。
「え?」
フラメナは眩しく光る地面を見た瞬間、快晴の空の下で歩を進めた、その瞬間――。四人は、薄暗い石壁の空間へとワープしていた。
「えぇ?そんないきなり夜だなんて~」
「どう考えても違うだろ」
リクスがルルスへとツッコむと、フラメナはクランツの方を見ながら問う。
「クランツここは…?」
「……最悪です。迷宮に転移しました」
「転移?なによその魔法」
空間魔法、派生の魔法である正式名称『空間召喚移動魔法』
通称”転移魔法”
転移魔法は史上霊族のみしか扱えない稀有な魔法。
霊族の中でも、これまで使いこなしたのはたった三人。そのうち二人は人族とのハーフだった。
「迷宮は突如出現し、転移魔法の魔法陣を罠のように隠します。わたくし達はそれを偶然踏んでしまったのですよ」
「それじゃもしかして……私達マズい?」
「迷宮には主が住む部屋があります。そこで主を狩らない限り転移魔法以外で外には出れません」
ルルスがニコニコしながら剣を抜くと前を向いて言う。
「じゃあさっさと倒して出ようよ~ほら邪族も歓迎してくれてる~」
「迷宮は五星級のものとなると階層は平均十一階、星の数はわかりませんが、長期戦になります。ルルスさんは大きな怪我だけはしないでくださいよ」
「わかったよ~」
ルルスはそう言って通路の奥に突っ込んでいくと、残りの三人も後を追って行った。
迷宮には五種類存在する。
・転移迷宮
・罠迷宮
・邪族迷宮
・巨大迷宮
・超小型迷宮
この中で今回四人が入った迷宮は転移迷宮、転移魔法陣を踏まない限りこの迷宮は入れない。
転移の名を関するだけあってそこら中に転移魔法陣が存在し、罠として機能している。
踏めばいきなり遠くの部屋に飛ばされたり、別階層に行ったりと攻略が最も難しいのが特徴である。
四人はある程度邪族を狩り終えるとその場に座って、今後のことをクランツが話し始める。
「まず、わたくし達はとにかく下へ向かうことを目標とします。迷宮の最下層に主はいるので、それと食料ですが獣族や魔族がいるので基本それを焼いて食しましょう」
「手慣れてるなー」
「手慣れてますね~」
「クランツって迷宮踏破したことあるの?」
「ありますよ。二度とやりたくなったですが……巻き込まれるのであればしょうがないですね」
その時、フラメナは横の通路から水色の魔力のオーラを目にする。
「?……誰かいるの?」
フラメナが立ち上がってその通路を覗くと、凍り付いた壁と邪族が見えた。
「わ……すごいわね」
他の三人も気になって見に来ると、リクスが一際大きな反応を見せる。
「これ師匠の氷だ!!」
「ええ!そうなの!?」
フラメナが驚いたようにそう言うと、リクスがエクワナの氷の特徴を言い始める。
「この濃い青の氷、冷気の感じも……!これ師匠のだ!」
リクスの脳内は鮮明にエクワナとの日々を思い出していた。
「少年、あんたは何属性が良い?」
「土とかが良い」
「あはは!そりゃあたしの苦手な属性だよ。だけどまあ教えてあげるさ。なんてたって今日からあたしは、あんたの師匠だからね」
「いる……この迷宮に師匠がいる!」
「……君級魔法使い一人で迷宮を踏破できないとなると、下層はかなり敵が強そうですね」
「いいねいいね~楽しくなってきたね~」
失踪した君級魔法使い。
思わぬところで手がかりを見つけた四人。
迷宮は踏破されると崩壊する。
つまり確実にいるのだ。
この迷宮という巨大な牢獄の中に。