第十八話 消えた魔法使い
何度目だろうか、四人は知性がない獣族や魔族と接敵しては、勝利を収めて歩みを進めた。
およそ九日間かけて四人は下山する。
「フラメナ様、剣王山脈を下山しました。これから最寄りの村へと向かいますので、もう少しだけ辛抱ください」
クランツの予想通りフラメナの症状は悪化していた。
咳は治らず、熱も下がらない。
適切ではない環境に長く滞在したせいで、この結果を招いているのだろう。
四人はあえて道を通らずに最寄りの村へと向かう。
道を通ればエガリテ王国の兵士と会うかもしれない。山脈に比べればこのくらいの地形はへっちゃらだ。
「クランツ……あとどのくらい?」
弱々しくそう言うフラメナ。
「今日中には着きます。今は朝ですので、到着は夜かと」
「そう……身体痛いから、頼むわよ」
「元気ないですね〜歌ってあげましょうかぁ〜?」
ルルスがニコニコとそう言うとフラメナは背中を少しつねり、苦笑いしながら「冗談です〜」と言うルルス。
道中、兵士はやはり全く見えず、無事に村に辿り着くことが出来た。村の門には兵士がいたが、疲れているのか寝ていたので、その隙に柵を登って村の中へと入る。
こうなってしまえばこっちのものだ。
「いらっしゃ……えぇ?旅人の方ですか?」
おじいちゃんという言葉が似合う老人が、驚いたように受付からこちらを見てくる。
「部屋を二つ、空いてますか?」
「空いてるけど、よく来たねぇ」
「詳しいことは後ほどお話しします……とりあえず部屋に向かってもよろしいですか?」
老人は非常に慌てた様子のクランツを見て、ある程度察して鍵を投げて渡す。
「何やら急いでおるんじゃな。ほれ鍵じゃ、二階の突き当たり二部屋じゃぞ」
「感謝致します……」
四人が一つの部屋へと早速入ると、フラメナはベッドの上に寝かせられる。
待ち侘びたフカフカのベッドは、言い表せないほど幸福感溢れるもので、フラメナの辛そうな表情が少しばかりか緩んだように見える。
「この宿に薬があるといいんですが」
「なかったらマズいです〜?」
「フラメナ死ぬ?」
「げほっ……死なないわよ!」
「と……言ってますし死にませんよ」
そう言うとクランツは、部屋から出て行って一階へと向かうと、受付の老人へと再び話しかける。
「あの……風邪薬ってあります?」
「あー、どうだったかのう……″剣山病″に効く薬なら大量にあるんじゃが。風邪薬は……探してくるわい」
剣山病、その言葉を聞いてクランツは問いかける。
「……剣山病とは一体?」
「なんじゃお主知らんのか」
老人は立ち上がって廊下へと進もうとしている時に、そう言われて顔をこっちへ向けてそう言う。
「剣王山脈を登るとよくかかる風邪の一種じゃよ」
剣山病。
剣王山脈と言う厳しい環境で、免疫機能が低下する者は多く存在する。
古くから存在する病で、薬が出来るまでは重症化すると助からないものだったが、400年前の時代に薬ができて、今ではただの風邪ほどの脅威。
風邪と違う点は身体の内部からの痛み。
……待てよ、ならフラメナお嬢様はそれじゃないか?
クランツはそう思い口を開いて経緯を伝える。
「わたくし達は剣王山脈からここへとやってきました。もしかしたら剣山病かもしれないです」
「なんじゃと……!?剣王山脈からやってきた?」
目の色を変えてそう言う老人。
クランツは思わず何かマズいことでも言ったかと思ったが、老人は続けて症状を聞いてきた。
「症状を言ってみてはくれんか」
「発熱、咳、鼻水は特になし、身体の内部が痛いとたまに言ってます」
「なんじゃ剣山病じゃのう、なら安心せい。薬なら大量にある。」
「本当ですか……!追加で薬の代金も払いますので、譲ってはくれませんか」
すると老人は、微笑みを見せながら手を横に振りながらーー
「金など良いんじゃ、その代わり剣王山脈の話を後で聞かせてほしいんじゃ」
そう言って廊下を進み薬を取りに向かう。
どうやら老人は剣王山脈に非常に興味があるようで、後ろ姿は少しウキウキしているようにも見え、話が聞けることがかなり嬉しいようだった。
三分ほどで薬を持ってきて渡してくれる老人、クランツは感謝すると急いで部屋へと向かう。
「大丈夫です〜?」
「大丈夫じゃ……!げほっ!」
「これって俺たちうつらないのか?」
そんな会話をしている三人の元にクランツが薬を持って現れる。
「薬、貰ってきましたよ」
「お〜、おかえりです〜」
クランツは薬の入った袋を机の上に置くと、錠剤を二錠出してフラメナの口元へと持っていく。
同時にクランツは左手の上に水を発現させると、錠剤を水の中に入れて、フラメナに飲ませる。
「っ……んぐ」
「飲めました?」
クランツがそう言うとフラメナは首を縦に振って答える。
これでフラメナの剣山病は、回復へと向かい始める。
ホッとしたクランツは少し肩の荷を下ろすと、ルルスとリクスに先のことを伝える。
「早速で申し訳ないのですが、先ほどのご老人と話すことがありますので……二人にフラメナ様を任せても宜しいでしょうか?」
「いいですよぉ〜」
「いいぞ」
二人がそう言ったのを確認してクランツは部屋を出ていき、再び老人の元へと戻ってきた。
「お〜……本当に来てくれるなんてのう」
「貴方には恩がありますから当然です」
「よく出来た方じゃな、それじゃあ聞かせてもらおうか、気になって老体の体は寝る気になっとくれん!」
クランツは老人が出した椅子に座り、向かい合って剣王山脈での体験談を話し始める。
「なんじゃぁと!?白竜を討伐したのか!?」
「一応、白竜の牙と角は持っていますのでお見せしますよ」
クランツはカバンからそれを取り出すと机の上に並べ、老人はそれらに夢中となる。
「お、おぉ……おぉぉ!」
熱狂的に感動する老人は、一気に解放したかのように語り出す。
「わしゃぁこれでも昔は将級剣士じゃった。剣王山脈だって何度も登った。じゃが結局、この肉体は老いて錆びついてしまうのが先で、遂には白竜とは会えんかったのじゃ」
老人は言う。
「これはわしが生涯かけて求めた夢の光景」白竜とは幻のような存在であり、遭遇し討伐した者には溢れるほどの幸福が訪れると言われている。
「……じゃがお主ら何故剣王山脈などに?こちら側は領土戦争中じゃ、知らぬと言うわけではないじゃろ」
「わたくし達四人の中に少年が居ましたよね。実はあの子の師匠を探しているんです。」
「ほうぅ……あの霊族の少年じゃろ?安心せいウチは差別などやっとらん」
「お心遣い感謝致します」
クランツはリクスの師匠であるエクワナについて話し出す。
「エクワナ・ヒョルドシア、名はご存知ではないでしょうか」
「あぁエクワナか、″それわしの孫″」
「え?」
「じゃからわしの孫じゃよ!」
「お名前お聞きしても……?」
「カイメ・ヒョルドシア、気軽にカイメ爺さんとでも呼んでくれや」
カイメ爺さんと自身を呼んで欲しく思う男は、齢七十二の老人。かつては将級剣士であり、現在はこのハルドラ村にて老後を過ごしている。
「カイメ……爺様でも宜しいでしょうか?」
「うーん。まぁ良いぞ」
「その質問続きになるのですが、エクワナ様は現在どこに居られるかご存知でしょうか?」
「あぁ……すまんな。実はわしも連絡を取れてないんじゃ、別に仲が悪いわけじゃないぞ!」
必死にそう言うカイメ爺さん。
「まぁ、そのなぜ連絡が途絶えて?」
「それがわからんのじゃ。あの娘は手紙を毎月欠かさず送ってくれるのに、もう二年も来てない……あの娘のことじゃ死にはしてないじゃろうが」
クランツはそれを聞いてある可能性が浮かび上がる。
「迷宮……」
「そうじゃな、お主が言う通り迷宮から出れんくなっているんじゃろう。最後の手紙ではソレイユ王国の最北端、デストラ樹海に入ったことがわかっとる」
デストラ樹海。
ソレイユ王国の領土内最北端に位置する樹海。
獣族の知性なしの多くがそこで、ひっそりと暮らしている。
「……遠いですね」
「もしお主らがエクワナを探すと言うのであれば…確実に領土戦争中の領土内を二ヶ月は歩くことになる。それが意味することつまり戦火に身を投じることじゃ」
そりゃだいぶ辛い話だ。
領土戦争ってのは国同士が本気で潰し合う戦争、将級剣士や将級魔法使いを筆頭に帥級や上級、低級であってもその上位の級を持つ者と連携して攻撃してくる。
四方八方から攻撃が止まない道を歩くのは、あまりにも平均的な実力と人数が足りない。
ルルス並みの剣士があと八人くらいはほしい。
流石に俺がいても全員の無事なんか保証できるわけがない、領土戦争……ゼーレ王国から手紙はまだ届かない。こうも届かないとそろそろ帰ってみても良いのかもしれないが、いきなり帰っても何をされるかわからん……参ったな。
クランツは難しい顔をしながら少し黙っていると、カイメ爺さんがクランツへと話しかける。
「お主は、見るからにあの子達のリーダーじゃろう。予想するに、剣山病にかかっとる子が貴族かなんかじゃろう?」
「……すごいですね正解です。あまりバラしたくはないのですが」
「これでも長生きしとる。それくらい分かるんじゃ……のうお主、クランツという名じゃな?これからはどうするんじゃ?」
クランツは少し考えた。
「……パスィオン王国に戻ります」
「じゃろうな……お主らがソレイユ王国に向かおうだなんて不可能な話じゃ」
「わたくし達は剣山病が治り、少ししたらここを発ちます。それまでお世話になります」
クランツはそう言って頭を少し下げる。
「まあゆっくりしていくんじゃ、へとへとじゃろう。特に剣山病にかかっとる子は女の子じゃ、ゆっくり休ませてから出発するんじゃぞ」
「肝に銘じておきます」
そうしてクランツはカイメ爺さんとの会話を終えて、部屋へと戻る。
部屋を二つに分けた理由は、剣山病がうつらないためでもあるが、性別の違いを配慮してでもある。
その日の睡眠はここ最近で一番のものだった。
大量の疲労が押し流され、夢も見ないほど熟睡。
明日、皆にこれからのことを伝えよう。
そう考えながら眠りにつくクランツだった。