第十七話 剣王山脈
剣王山脈を登り始めて二日。
標高は2000m付近、辺りには少しばかり雪が積もっており気温もかなり下がってきた。
「うぅ、少し寒くなってきたわね」
「ローブを買っておいてよかったです~」
剣王山脈には道が存在しない。
この山脈は邪族が多いがゆえに道を作ってもすぐに通れなくなってしまう。
標高が高くなれば森も消え、ただひたすらに険しい斜面が続く。
「邪族が多いとは聞きましたが……登り始めて二日、まだそう強い者は現れませんね」
「出てきてほしくないけどな」
リクスが横で、強敵との邂逅を望むフラメナとルルスを見ながら言う。
しばらく歩くと四人は裂かれたような大きな岩石を見つける。
「なにこれすっごいわね!」
「これが、剣王伝説などで活躍した無名の剣士が残したとされる傷ですよ」
無名の剣士、名は知られてはいないが伝説となった男。
「こんな岩も切っちゃうなんてすごいです~」
「三界の剣塵ってやつはこんなことできるのか?」
リクスがそう言うとクランツは頷く。
「剣塵は三界としては久方ぶりの剣士です。彼が切ったものは塵となり、戦った跡地には塵が降り積もる。故に剣塵と呼ばれています」
「剣でそこまで強くなれるのかしら……?」
「イメージは出来ますね~」
そうするとクランツが剣塵について語り始めた。
剣塵。
彼がそう呼ばれ始めたのは18年ほど前の邪統大陸での防衛戦争時のことである。
邪統大陸の砦として機能するエスペランサ王国は、何百年も前から邪族を邪統大陸に封じ込めている砦だ。そこが崩壊すれば世界中に邪統大陸の邪族が溢れ出す。
当時の三界は、癒王と虹帝そして変わらず魔王。
癒王は治癒魔法だけで君級となった魔法使いである。
個の戦闘力では帥級ほどだが、治癒魔法が君級ということで失った身体の一部を治したり、死にかけの者を生かしたり、こちら側の戦力を回復できるという点でずば抜けて優秀だった。
一方虹帝は、全属性魔法使いとして当時の魔法使いたちを圧倒するほど手数が多かった。
虹帝の実力は、後方からの手数の多さだけで一つの軍勢を壊滅させるほど。
だが有利に進む防衛戦争も魔王軍の介入で歯車が狂う。
魔王の目的は未だにわかっていない。
なぜ魔王が邪族を従え、攻撃を繰り返すのか。
防衛戦争は魔王軍の側近が加わったことで一気に不利となった。
なぜなら”癒王が暗殺された”からである。
癒王は確かに後方にいた、なんならそこは厳重に護衛もついている。
そんな彼女は暗殺されたのだ。
そこからは地獄だった。
前線は君級邪族の魔王側近を筆頭に押され続け、ついに陥落寸前となった時。
当時将級剣士であった剣塵が片目を失いながらも側近を討伐したのだった。
それが反撃の合図となったのか、撤退と言う形で魔王軍が手を引くとそこから形勢は立て直し、無事に防衛戦争は終わった。
戦争が終わったと言えども、日々小さな戦いが起きている。
また何十年かすると邪族の大群が押し寄せてくる。
「剣塵がいたからこそ、あの戦争はこちらが勝ったんでしょうね」
「ねえクランツ、私思うんだけど……なんで魔族が差別されないの?魔族は霊族と違って長い間被害を出しているじゃない」
クランツはそれを聞いて話す。
「魔族は……邪統大陸での戦いに協力しています。邪統大陸の相手は知性のない魔族と獣族、基本的に知性がない状態で生まれる種族は、魔族と獣族のみですから」
「じゃあ知性がある魔族は、同族を……」
「彼らは獣族と違い、生まれながらに多くの魔力を持っている。ですが知性がある魔族と言うのは稀有な存在、人族が滅ぼそうとすれば容易く滅ぼせるでしょう。ですからこうして人族の役に立とうと戦争に参加しているのです」
「なんだか~ひどい世界です~。みんな仲良くすればいいのです~」
「それが実現することなんてないぞ。俺はお前ら以外の人族は嫌いだ。」
リクスはそう言う。
もはや種族間の問題は取り除けないほど大きなものだ。
「ま~変えられないことはスル~です~」
四人は険しい山脈を歩きながらも会話を止めずに歩き続ける。
十日目にして初めてトラブルが起きた。
「寒い……」
フラメナが風邪をひいてしまった。
移動はルルスがおぶってはいるが、それでも辛そうだ。
この気温の中での風はかなり辛い、今日は雪も降っている。
クランツは悩んだ。
このまま進むべきか…?
だがもし風邪が悪化したら…下手したら死ぬ
治癒魔法は風邪には効かない…菌を殺すことは出来ないし、薬も飲ませているが…あまり効いてるようには見えない。
マズいな……下山するべきか?
最速でも五日はかかる。左側に下れば確かに山からは抜けれるが暗黒の森だ。
だからと言って右に下ると領土戦争中のエガリテ王国の領土……でも下るならそこしかないな。
目標地点は元々リシェス王国だったが…この状態で山を進むのは危険だ。
クランツはそう判断すると全員にそれを伝える。
「フラメナ様のことを考えて今から右に山を下ります」
それを言うと咳をしながらフラメナが言った。
「げほっ……でもそうしたら……エガリテ王国の領土内よ」
「エガリテ王国自体はかなり離れてます。大量の兵士たちがいるとは思えませんので下りましょう」
「……私のせいで」
「そういうのらしくないじゃないですかぁ~こういう時に責め合わないのが仲間ですよね~」
ルルスがそう言うと他の二人も頷く。
フラメナはぶるぶると震える身体を抑えながらーー
「……ありがとう」
そう言う。こうして四人は右側へと方向を転換し下山しようとする。
ルルスの背中に顔を埋めるようにくっつくフラメナは、視界の悪い中。空に何か見えて、それを伝えようと少し顔を上げて口を開く。
その瞬間だった。
一気に天候が荒れて猛吹雪となると、轟音と共に少し先に影が現れた。
「……あれなに」
フラメナがそう言った瞬間、視界を悪くしている猛吹雪を貫いて火球が迫る。
「クランツさん……!」
ルルスがそう言うとフラメナはクランツへと投げられ、一瞬にしてルルスがブレード状の剣を抜き火球を真っ二つに切り裂いて、危機を回避する。
クランツはフラメナを風魔法で浮かせてゆっくりとキャッチすると、背中におぶる。
「けほっ……今のなに?」
「恐らくあれは……」
猛吹雪の奥から咆哮が聞こえた瞬間、一気に天候は晴れとなって火球を放ってきた者が姿を現す。
猛吹雪を晴らして出てくるのは、真っ白な竜。
「白竜……」
「珍しいね~」
「なんだそいつ」
ルルスとクランツは知っているようだが、リクスとフラメナは知らないようだ。
「剣王山脈にのみ生息し、普通の竜族と違って単独行動しかしない竜です。級は将級程度……どうやら逃がしてくれる雰囲気はありませんね」
「クランツさぁん……あれ殺してもいいんだよね~」
「えぇ、何としても殺します。でなければ死ぬのはわたくし達ですから」
クランツはフラメナを岩の後ろへと座らせて杖を取り出し、ルルスの横に立つ。
「リクスさんはフラメナ様をお願いします」
「わかった。お前ら勝つんだよな」
リクスがそう言うとルルスがニコニコとして振り返り言う。
「勝ちますよ~」
そう言ってルルスは前を向くと、白竜はその美しく純白な翼を大きく広げて口に火を溜め始める。
「ルルス様、好きなように戦ってください。こちらで合わせます」
「オッケ~です~……竜殺しやってみたかったんだぁ」
白竜が火を吐き出すと、扇状に火の波が放たれる。
それをクランツが風魔法で抑え込むと、ルルスは走り出して竜へと距離を詰めていった。
白竜。
剣王山脈にのみ生息する希少な龍。
常に単独行動で、現れる際には猛吹雪が起き、必ず不意打ちをしてくる。
それで相手の実力を確かめているのだろう。不意打ちが失敗して初めて姿を現す白竜だが、知性がないにもかかわらず非常に賢い戦い方をしてくる。
ルルスが地面を踏み込んで回転しながら白竜へと切りかかると、白竜の固い鱗で覆われた尻尾で弾き、即座に火球を放つ。
「かったいなぁ~!」
ルルスは楽しそうに余る片手から草魔法でツタを発現し、白竜の体に巻き付けると一瞬で火球が当たる場所から移動して、そのまま着地すると草魔法を解除して後ろへと飛んで距離を取る。
その行動はクランツの魔法をぶつけるため、魔法陣を展開し呼称でクランツは魔法を放つ。
「風迅斬」
杖から放たれる一つの風の斬撃、それはいつもクランツが短縮発動で使っていた魔法の通常発動版。
威力はすさまじく、白竜が翼でそれを防ぐと翼膜が少し傷つく。
「全然傷がついてないな」
「硬いわね…」
岩陰から二人の戦いを見守るフラメナとリクス。
ルルスは息を整えてまた距離を詰めて接近戦を行う。
白竜は口から火球を何発も放つが、それを容易く回避していくルルス。
「意外と避けやすいですねぇ~」
だが白竜とて将級の邪族である。
そう易々と攻略できるわけがない。
「!」
白竜はいきなり動き出して首を突き出し、口に備わる牙でルルスへと噛みつこうとした。
ルルスはその不意な噛みつき攻撃を横に飛んで避けるが、腕に少し深い切り傷が出来る。
最小限の傷で避けたと思えば、白竜は尻尾を振り回すようにルルスへと叩きつけ、ルルスは呆気なく吹き飛ばされてクランツよりも後方に吹き飛んでいく。
「げほっ、ルルス!」
フラメナがそう名を呼び、リクスはクランツをじっと見ていた。
クランツはこちらへと視線を向けた白竜に向けて、三つの魔法陣を空中に展開し魔法を放つ。
「大三風!」
火、草、雷属性を吸収した風の竜巻が横向きに放たれ、一直線に白竜の顔面へと向かっていく。
白竜は火球を口から放つと眼前で爆発し、黒い煙の中からクランツへと突進してくる。
「そうダメージはないですよね…」
クランツが再び魔法陣を展開すると、横から鮮血を流しながら走って白竜に突っ込むルルス。
頭から血を流し体中傷だらけでもお構いなしに突っ込む戦い方は、白竜の想定を超え、ルルスの剣が白竜の真っ白な目へと突き刺さる。
「ギャァアアアアア!!」
悲鳴のような鳴き声が響くと、飛び上がる白竜に振り落とされないように、ルルスは刺した剣をどんどんと深く突き刺していく。
ルルスは剣を軸にして回転し頭の上に乗ると、頭からの血で片目を閉じながらもクランツに手を振り、何か合図を出してきた。
「本当に無茶苦茶な戦い方ですね…」
クランツは大きな魔法陣を展開すると巨大な風の斬撃を下から放って、鱗に覆われていない白竜の腹部を深く切り付けて撃墜する。
ドスンと地面に落下した白竜は、必死に死ぬまいと口から火球ではなく、火属性のブレスを放ち始めた。
辺りへと散らされる破壊的な火炎は、雪を溶かしていき岩石をも破壊する。
クランツは空間魔法で自身の後方にいるリクスとフラメナを、結界で守るとそのまま草魔法を発動させて白竜の足を固定する。
すると頭の上にしがみついていたルルスが剣を目から抜いて、もう片方の目も刺して潰すとそのまま跳びあがり、大きく暴れる白竜の頭上から剣に全体重を乗せて頭に剣を突き刺し、神経の核を貫く。
それによって咆哮を上げながらぐったりと倒れる白竜。
「ナイス魔法で……す~」
ルルスは白竜から剣を抜いて頭の上で立ち上がり、ふらふらと転げ落ちて地面に大の字で倒れると、血が視界に滲み呼吸が荒くなる。
ルルスは吹き飛ばされたときに岩肌に強く頭と背中をぶつけており、ところどころ大きく切られ骨折しているのだろう。
「癒風……戦い方が危なすぎます」
クランツの治癒魔法によって怪我が大体治るルルス、ニコニコとしながら立ち上がり白竜を見つめる。
「クランツさんがいなきゃ死んでました~」
「本当にその通りですよ……」
「勝てたからいいじゃないですか~」
「まぁ、それはそうですね」
「勝ったわね!」
「ルルスの戦い方怖すぎるぞ……怪我してもお構いなしだ」
「ほんと……敵には回したくないわね」
「その通りだぞ」
白い息を吐きながらも白竜の死骸の前に立つ二人に、フラメナとリクスはそう二人で話しながら、病人のフラメナをリクスが支えながらゆっくりと向かって行った。
晴天の中、死闘を制した二人。
下山までにあと何回ほど戦闘があるのだろうか?
クランツは不安を、ルルスは期待を募らせた。




