第百六十四話 終命
天理とは五人の執理政の中でも、
他の四人を管理する立場だ。
天理の力は他の理の制御。
基本的に執理政は自身が担当する理しか制御できず、他の理には一切干渉ができないのだ。
天理の管理する対象は執理政。
その役目を任されたアンヘルは、
トイフェルに敗北したのだ。
だが、彼女の役目はまだ続いている。
意思は継がれ、この一人の魔法使いに託された。
フラメナ・カルレット・エイトール。
彼女こそ、天理に代わって役目を果たす者なのだ。
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「成り立たぬ平穏を実現するなど、
私がいつ言った? 無いものを作るのが私だ」
トイフェルが魔法陣を展開しながらそう言うと、
フラメナは相手の攻撃の出方を待った。
「所詮囚われの思考に過ぎぬ小娘に、
私の考えることが分かるわけもない……」
草魔法によって大量に作り上げられた紫の触手、
それらは先端を尖らせ八つに裂け、フラメナへと一本一本が動きを変えながら襲いかかる。
フラメナは感覚で一つだけ確信することがあった。
一回でも致命傷を喰らえば動けなくなる。
そんな事実をフラメナは息を呑んで受け入れ、
迫り来る触手から逃げるように横へと走り出す。
背中に達しそうになる触手、フラメナは突如姿勢を低くし、触手が上を通っていくと手から白炎を放出して焼き尽くした。
フラメナが立ち上がる際、
トイフェルの次なる魔法が放たれた。
刹那、フラメナの眼前へと迫る電撃。
フラメナはそれを見れば顔を反らして避けると、
ステップするように後ろへ退がる。
「さすがに一撃と言っただけはあるのだな。
反撃も攻撃もない。ただ、いつまでそれが保つ?」
トイフェルは触手の数を増やし、
電撃と岩石で構成された槍を大量に放出。
弾幕のようなそれは、
どう考えたって避けることは不可能。
フラメナはやむを得ず、
それらを防ぐために白炎を放つと、
その時だった――
トイフェルが魔法陣を展開し、
こちらへと腕をすでに向けている。
直感的に察した。
トイフェルの大技がくる。
それはフラメナを仕留めるには十分なもの。
フラメナを確実に仕留めるために、
力を使い尽くす勢いのトイフェル。
「っ……!」
「結局、お前の運命はこんなものなんだッ!」
そう言いながら腕から火球を放ったトイフェル。
フラメナはその火球を避けることができない。
彼女へと明確な死が迫る。
「……」
「……?」
トイフェルの動きが止まった。
動きが止まったというよりは、
トイフェルの時間だけが″停止″している。
困惑するフラメナだが、
この絶好のチャンスを逃す手もない。
「? なっ……」
トイフェルが動き出した。
しかし、フラメナはすでに攻撃体勢へと移行しており、トイフェルは少し焦ったように後退りした。
なにが起きた……いや……
こんなことできるのは一人しかいない。
ということは……
この私に、全員の切り札を使ったのか?
あいつらは阿呆なのかッ!?
「未来は変わった。さて……どうする魔理よ」
魔城島上空にて花の上に立つ三名の執理政。
地上を見ながら時空を管理するホロフロノスは、
そう言って上空からトイフェルを睨みつけた。
時空のホロフロノスが行える一度限りの理の無断使用。それは時間を止めるものであり、トイフェルの動きを止め、明確な隙を作り出した。
だが――
「この私をよっぽど止めたいのか……
しかし、残念だったな愚者共めッ!!
一手私の方が早かったようだなァ!!」
トイフェルの動きは早かった。
攻撃体勢に入っただけのフラメナでは、
硬直から抜け出したトイフェルを捉えられない。
トイフェルとフラメナの間合いが離れる。
フラメナは目を見開き、
口を開けてトイフェルを見ていた。
***
トイフェルはそんな表情のフラメナを見て、
少し失望したような面白いような感情を抱く。
随分と間抜けな面を晒すのだな……
呆気にとられたその顔、実に……
?
待て……その目はどこを見ている。
私じゃない。なにかがいる。
なんだ。なにがいるのだッ!
その余裕は、一瞬にして崩れ去った。
「転移ッ!!」
ライメが氷塊に入れ替わって転移してくると、
一瞬で状況を判断したライメは右腕をトイフェルに向け、空中でそのまま転移魔法を発動。
***
「なぜだァッ!」
トイフェルは非常に焦ったように後ろへと振り返り、同時に拳を顔の高さに合わせて放った。
「フラメナぁ!」
ライメがそう名を叫べば、
フラメナはトイフェルの背後に転移し、
姿勢を低くしてその拳を避ける。
あまりにも大きすぎる隙、
それはトイフェルも理解しており、
全身の産毛が逆立ち、恐怖に呑まれていた。
「まっ、待てっ! 待てェッ!!」
トイフェルの静止を振り切り、
フラメナは全ての魔力を右手に込める。
そして光り輝く小さな白い火球を、
トイフェルの胸に直で撃ち込んだ。
フラメナの声が辺りに響き渡り、
世界が白に染まる。
「カッ……!」
白い閃光が空を駆け抜け、
トイフェルの身体中に白い模様が走る。
トイフェル自体、まだ戦える魔力は残っており、
この攻撃を耐えれば良いと思っていた。
だがしかし、この魔法は攻撃ではない。
フラメナの持つ唯一の勝利の一手。
封印。それが行われる。
トイフェルの身体から十二本の白い柱が飛び出し、
それはトイフェルの身体を貫通して固定する。
「!」
トイフェルはこの柱に見覚えがあった。
6000年前、自身を5000年以上封印した白き天理が作り出した冥土の土産。
その時は柱が一本で、
それを壊すだけで5000年以上もかかったのだ。
トイフェルは絶望の味を知った。
「なぜ小娘がッ! 天理の理の力を使える!
そんなことをすれば、″反動で死ぬ″のだぞッ!!」
ライメはそこで初めて知った。
フラメナが死ぬことを――
「え……?」
驚愕と共に困惑に呑まれるライメを横目に、
フラメナはトイフェルへと話しかけた。
「覚悟は決めてるし、そのことも知ってる。
でも……たとえ私が死のうとも守りたい場所があるの……私は生憎、わがままなのよ!」
トイフェルは動かない身体なりに、
攻撃や自爆、なんだってしようとしてみたが、
もはや魔力も使えず、完全に詰んでいた。
「なぜだッ!! 小娘お前は、利用されているのだぞ! なぜそこまでしてこの世界を愛するんだ!」
「何度も言わせないで、守りたい場所があるの」
フラメナの白い髪は薄まっていき、
身体中から白色が消えていく。
髪は赤くなり、瞳も真っ赤に染まって、
肌の色も元の色に戻る。
「盲目的にこの世界を愛してどうなる!
守りたい場所がなんだッ!
そこに不平等が訪れた時はどうするのだァッ!!」
フラメナはそれを聞き、
段々とトイフェルの身体が白くなり始める姿の中、
それに言い返した。
「私はそんな不平等から、その場所を守るために強くなったの。だから……あなたの助けなんていらない」
「私はッ……ただこの世界を良くするために生まれてきた。なのに……なぜこうも阻まれるのだ!」
『良い世界を作り上げてね』
トイフェルは身体が白くなる中、
最後にフラメナの言葉を耳にする
「私がこの世界を愛する理由はもう一つあるわ」
そしてフラメナは少し嬉しそうな顔で、
ライメを見て一言、トイフェルへ言う。
「愛した人が、この世界にいるから」
「そんな……そんなことでッ!!」
トイフェルはその声、表情を見て、
それに対して何かを言う前に、
白い輝きに包まれて消えていった。
魔王であり魔理。
トイフェルはこの日、封印された。
ーーー
浮島はトイフェルの風魔法によって浮いており、
封印された今、浮島を支える力はない。
崩壊していく浮島の中、
フラメナは意識が霞みがかっていき、
倒れそうになるとライメに背中を支えられた。
「……ライメ」
魔力を完全に使い果たし、
天理の力の反動で死にゆくフラメナは、
最期にライメの顔を見た。
「フラメナ……ごめん。
また……一人で背負わせちゃった……ごめん」
ライメはポロポロと涙を落としながら、
フラメナへただ謝り続ける。
「謝らないで、私は大丈夫……」
段々と瞼が重くなり、フラメナは目を閉じかけながらもライメへと最期に思いを伝えた。
「みんなを……頼むわ」
そう言ってフラメナは力が抜け、
ライメは重くなったフラメナを感じ、
一人の人族、この世界でただ一人愛すと決めた相手の、命が終わる時に出遭ってしまったのだ。
崩壊しゆく浮島の上で、
ライメはフラメナの背中に手を当てながら言う。
「フラメナ……帰ろう……みんなのところに――」
ライメは転移魔法を発動し、
皆が待つところへとフラメナと共に帰還する。
戦いは終わった。
もう終わったのだ。
しかし、なぜだろうか。
なぜここまで心がざわついているのだろうか。
戦いの余韻を表す心の喧騒は、
ライメたちからは抜けきらなかった。
第十八章 純白魔法使い 決戦編 ー完ー
次章(最終章)
第十九章 純白魔法使い 完結編




