第百六十三話 天染めの少女
ライメたちと離れてからフラメナとトイフェルは、
およそ10分間戦闘を行っていた。
この10分間の後、″戦いは決着する″
フラメナがトイフェルに勝つ方法、
それは封印のみである。
トイフェル自体に魔法勝負で勝つことなど不可能で、ましてやその命絶やしてしまえば、世界が崩壊することとなる。
トイフェルは未だ、フラメナの作戦には気がついていない。気がつくのも難しい話だ。
フラメナとトイフェルは両者魔法陣を展開し、
先に魔法を放つのはフラメナだった。
「白雷獄!」
「水球……!」
フラメナの手から放たれる電撃纏いし白炎、
それはうねりながらも一直線にトイフェルへと向かっていき、水球と正面からぶつかって爆発した。
水飛沫が辺りに飛び散る中、
フラメナは地面を踏み込んでトイフェルへ接近。
白炎から剣を作り出し、それを使って斬りかかれば、トイフェルは左腕に岩石を纏わせて防ぐ。
攻撃後の隙が露わになったフラメナに対し、
トイフェルは右手から氷の針を作り出し、フラメナの腹部を貫こうとする。
「っぐ!」
腹部を貫いたと思った矢先、トイフェルはフラメナに顔面を触られてしまった。
貫かれても尚、
フラメナはトイフェルへと攻撃を続ける。
「なぁッ!?」
「白球ァッ!!」
トイフェルの顔面は白炎の球体に呑み込まれ、
その激痛によりフラメナを蹴り飛ばすトイフェル。
腹部が再生して立ち上がるフラメナ。
トイフェルは結界を辺りに張り、
その白炎を水魔法で消して再生を行う。
「……白帝元!」
結界とて限界値はある。
フラメナはそれを考え白帝元という、
一直線に回転する白炎を放つ強力な魔法を放った。
それは結界にぶつかった瞬間、
大きな音を立てて結界を破壊し、トイフェルは再生を終える前に白い炎の接近を許してしまう。
なぜ私はこの小娘に苦戦しているのだ。
加減などもしていないのにも関わらず、
ここまで私が追い詰められる理由はなんなのだ!
違う……これは私の実力不足ではない。
天理……あやつの呪いだッ!
魔力の回復が遅くなったのも……!
魔法の出力が弱くなったのも……
全部あやつの呪いのせいだッ!!
この小娘を私が殺すには……
″最大出力の魔法″をキメなければいけない。
トイフェルは白炎を前に手を伸ばし、
大量の電撃を放って相殺。
身体中の魔力を最大まで高め、
トイフェルから黒いオーラが漏れ出す。
「……簡単に相殺してくるのね」
「今気がついたが、どうやら私はかなり弱体化しているらしい。憤慨極まれり、由々しき事態だ。
だから私は最善を見つけたのだ」
トイフェルは魔法陣を展開し、
右腕をフラメナへと向ける。
「小娘、お前を殺すにはこの魔法しかない」
「……!」
フラメナはそれを聞いて走り出し、
急いでトイフェルの魔法を止めようと火球を放つ。
「ありがとう。やはり単純で助かる」
トイフェルは右腕を引き、
火球を避けて前のめりのフラメナに対し、
腹部に向けて紫の電撃を纏わせた拳を放つ。
「ゴファッ!」
腹部を貫かれ大量に吐血し、
後方へと地面を転がりながら倒れるフラメナ。
再生が終わるまでには数秒の時間がかかり、
腹部を貫かれた反動で身体も動かない。
つまりは再生一択となったフラメナ。
しかし、その数秒はあまりにも″致命的″だった。
魔法陣が展開され、魔法が呼称される。
「火球!」
欠片を有していたとしても、
身体の細胞が一つも残らず木っ端微塵に吹き飛ばされてしまえば、再生する前に絶命する。
トイフェルのそれは、フラメナを焼き尽くし、
塵も残さないほどの威力を持つ火球だった。
紅に光り輝く小さな火球。
南大陸を滅ぼした時と同じ魔法だ。
つまりこれは、トイフェルの″最大火力″である。
「ッ!?」
純白が極まる。
接近する火球をフラメナは手で掴み、
大量の白炎を放出して手の中で相殺。
それと同時に、髪は赤から白へと染まり、
瞳が白くなったと思えば、身体中に白い線の模様が刻まれる。
「……まさかそこまでとは思わんだッ!」
溢れ出すように白炎が辺りを這い始め、
トイフェルへと波のように迫っていく。
土壇場でのフラメナの覚醒。
欠片の全ての力が今、全面へと押し出される。
これほどまでの圧倒的な力。
フラメナは魔力を使い切る覚悟ではなく、
″命を燃やし尽くす覚悟″によって覚醒したのだ。
トイフェルは迫る白炎を結界で防ぎ、
フラメナと目を合わせて一定の距離を保つ。
「小娘、お前はなぜ平穏を求めぬ?
私の世界は常に平穏、争いも不平等も生まれぬ理想郷なのだ。その世界で暮らせば良いではないか。
お前の仲間たちだってその世界で暮らせる。
私は滅亡を望んでいるのではない……
私とお前たち、世界の平穏を望んでいるのだ」
トイフェルは諭すように話してくるが、
フラメナはそれを真っ向から否定する。
「じゃあ聞くけど、なんで南大陸を滅ぼしたのよ」
「小娘、お前が平穏を脅かす存在だからだ。
本当は南大陸にいる時期を狙ったが……
邪魔が入り始末できなかった」
フラメナはトイフェルへ指をさして言う。
「それがあなたの本心よ。
世界の平穏のためなら犠牲を伴わないそのやり方!
そんなやり方で平穏な世界が維持できるわけないじゃない! この世に平等なんてものはないの……!
運命は平等だって言うけど、そうは思わない。
争いも格差も消えない。消えるわけがない……
だって私たちは生きてるから……!
みんな何かを求めて生きてる。
その上で衝突することなんて当たり前なの……
お腹が空く限り、争いは絶えず行われるし、
知性を持ったからには幸せを求めてしまう。
そんな貪欲な生物なの、私たちはッ!
……あなたの世界は確かに平穏かもしれないけど、
本当にその世界で私たちは生きてるって言えるの?
悪いけど、綺麗事ばっかり夢見てるあなたと違って、私はこの世界の醜いところもたくさん見てきた。
だからこそ言える。平等は生命への冒涜よ……!」
フラメナは息を少し切らしながら肩を震わせ、
深呼吸した後にトイフェルへと言い放つ。
「……ところで魔理、あなたは何を幸せだと思う?」
トイフェルは目を見開き、口を震わせては唇を噛み締め、全身の血管が隆起し、激しい怒りに呑まれた。
思わず口角が上がってトイフェルは言い返す。
「この世界の安泰こそ私の幸せ……
はっはっはっ!! しかし驚いた。
私はここまで怒れるのだな。言っておくがその諦めた考えこそが、平穏を脅かす存在だと言うのだ……」
トイフェルの紫のオーラが強まる。
「だからこそ……小娘よ……ここで死ねェィ!!」
「うっさいのよバーカ!!
かかってきなさいよお花畑野郎!!」
空が二つに割れ、白い世界と紫の世界がぶつかり合い、空気が揺れて大地が揺れると、戦場は浮島へと移行する。
トイフェルは地面を踏み込んでフラメナへと接近すると、水の剣を作り出しフラメナへと斬りかかる。
それを避けるフラメナもまた白炎の剣を作り上げ、
二人はそこから剣術を嗜んだことのない者同士の、
非常に大振りな斬り合いへと発展する。
両者大量の傷を受けながらも腕を振り上げ、
先に大きなダメージを与えたのはトイフェル。
水の剣がフラメナを袈裟に切りつけると、
攻撃が当たったことでトイフェルは一瞬の油断をしてしまった。
「!」
フラメナは再生しながらもトイフェルの肩を掴み、
全身全霊で頭突きをした後剣を捨て、頬をビンタすれば、そのままトイフェルを蹴って後方へ追いやる。
「ぐぅっぉ」
トイフェルはふらつく中、
フラメナの白炎が迫るのを目にし、
横へと飛んで避ければ召喚体を召喚。
その召喚体は大きな口を持っており、
フラメナをバクっと食べてしまった。
しかし、召喚体の全身から白い閃光が漏れ、
中から爆発してフラメナが出てくる。
「白月針!」
フラメナの手から放たれた白炎は鋭く、
豪速で放たれたそれはトイフェルの左肩を貫いた。
トイフェルは再生を行いながらも顔を前へ向けると、フラメナの拳を正面から直でもらってしまう。
怯むトイフェルの首を掴んだフラメナは、
再度勢いをつけて頭突きを行い、鼻血を吹き出したトイフェルの頬を殴り、続けて顎を殴る。
白目を剥いた状態のトイフェルを、
ひたすらに殴ったりビンタしたりするフラメナ。
これは彼女なりの復讐でもある。
「小娘ェエッ!!」
トイフェルは全身から電撃を放つと、
目や鼻、耳から出血しながらも、
拳をこちらへと向けるフラメナが目に映る。
「!?」
フラメナは攻撃を受けながらも、
拳をトイフェルの顔面に直撃させ、
一気に白炎を放出して空へと吹き飛ばした。
「はぁっ……はぁっぁ」
フラメナの魔力が底を尽きかけている。
対してトイフェルはまだ四割以上。
どう考えたってこのままじゃフラメナが負ける。
だが、彼女の表情に曇りはない。
楽しくも清々しい表情。
地面へと落下したトイフェル。
再生を終えて立ち上がると、フラメナは自信満々の表情でトイフェルへと指を向けて言った。
「次の攻撃で私が勝つから……!!」
「……どこまで私をおちょくれば気が済むのだッ!」
二人の戦いの下へと迫る氷塊。
決着がすぐそこまで迫っていた。




