第百六十一話 私は一人じゃない
領域魔法というのは空間魔法の技巧技の一つで、
扱うにはかなりの魔力と技術が要求される。
領域を構築する結界に加え、中にいる者に対して与える効果や、結界の維持に魔力消費のコントロール。
それ以外にもしなければいけないことは多くあり、
まさに形勢逆転を狙った起死回生の魔法。
だが、領域魔法というのは相手に対して有効でなければ、多くの魔力と集中力を使っただけであまりこちら側にメリットがないのが難点だ。
それ故に展開してもすぐに閉じることは少なくない。かなり一か八かの魔法でもあるのだ。
しかし、それは空間魔法派生の領域魔法の話。
フラメナとトイフェルは互いに属性魔法によって、
領域を同時に展開している。
属性魔法から構築される領域は、結界などで範囲を決めず、大雑把な範囲を領域とするのだ。
魔法というのは発動後、必ず次の魔法を撃つまでのクールタイムが発生する。
その弱点をなくせるのが属性魔法による領域。
なぜなくせるのか?
それは領域内で属性魔法を何十もストックし、
クールタイムが発生している間にストック分を放つのだ。
このストックを増やすには技術と魔力が多く必要であり、神業の域である。
ーーー
トイフェルは下級魔法の風切を放ってはいるが、効果としては属性魔法の領域である。
大量の風の斬撃へと対抗すべく、
土壇場にて放たれたフラメナの属性魔法の領域。
天郷。
正直言えば、フラメナの領域は不完全と言える。
領域の規模は小さく、トイフェルのそれと比べてしまえばかなりの差があった。
しかし、そこはそう重要じゃない。
フラメナの領域内に在する全六名。
この者たちは一切の傷を受けていなかった。
フラメナのその領域から放たれる白炎は、
的確に風の斬撃を相殺しており、トイフェルはフラメナの領域を突破することができなかった。
およそ30秒後――
トイフェルの領域が閉じる。
白炎が地から大量に放たれ、迫り来る斬撃全てに正面からぶつかっていく。
焼け野原と化していく魔城島。
暴風が島全体に流れ、空の色が紫になったり白になったりと、激しく点滅するように色が変わる。
熱気や魔城島本来の寒気など、
様々なものが混ざり合い、混沌を生み出す。
この戦場に平凡という言葉は当てられない。
比喩ではない。
世界を変えてしまうほどの力がぶつかり合い、
誰もがトイフェルの大きな魔力を肌で感じる中、
フラメナという希望の光の熱を感じてもいる。
トイフェルの領域が閉じかかった。
その時。
フラメナたちは目にする。
魔王の底なしの魔力を――
「火矢」
それは下級魔法の火矢。
本来は火で作られた矢を放つという魔法。
だが、トイフェルのそれは火の矢の規模を超えており、熱光線とでも言えるようなものであった。
「ライメっ……!」
「転移!」
フラメナの呼びかけで皆がトイフェルの後方へと転移すると、元いた場所が焼け野原と化す。
トイフェルは高台からこちらへと振り返り、
フラメナたちを見下ろす。
「いつまで上にいるつもりよ!」
「降ろしたければ降ろしてみろ」
フラメナはライメに視線を向けると、
色欲のエルドレへと放った魔法を二人は呼称。
「灼!「冷……!」
白い炎と青い冷気が混ざり合い、
辺りの音が消えてトイフェルを中心に大爆発が起きた。
召喚体の足場もろとも吹き飛び、
爆風が皆を襲う中、クランツが空間魔法にてそれを防ぐ。
「……やっぱり強いわね。この魔法」
「まぁ……僕とフラメナがいなきゃできないけどね」
トイフェルは爆発によって吹き飛び、
ボロボロの状態で六名から少し離れた先で倒れる。
同化と唱えたトイフェルは、
容姿も変わって明らかに生物としての強さも変化した。
しかし、彼は目の前にいる六名の有象無象を、
容易く屠ることができない。
それは彼自身が手加減をしているからである。
あまり消耗せず、六名を倒したいと思っていたが、
トイフェルはその考えを無に帰した。
ーーー
トイフェルは再生を終えて立ち上がると、
歩き始めてフラメナたちへと話しかける。
「……はっきり言ってお前たちが興奮して
私に勝てると思っているのか理解できない」
トイフェルは両手を広げて黒いモヤを出現させる。
「……私たちは勝てるわ」
フラメナがトイフェルをジッと睨んでそう言うと、
トイフェルは顔をしかめて言い返す。
「妄言を吐き散らかすのはやめろ。劇に付き合うのは辞めだ。私が一人で戦う必要などどこにある?
ただの余興に過ぎんお前たちなどに、
長い間足並みを揃える気もない」
トイフェルが呼称した。
「黒魔眼」
トイフェルが召喚したのは、
使役魔法によって顕現する魔族。
それはかつて500年前にいたとされる君級邪族。
巨大な眼球の怪物であり、目族の変異個体。
目族に知性がある者は存在しておらず、
いるはずがないとされていた。
なぜなら目族は身体を持たず、
巨大な眼球のみが浮遊する生物だからだ。
その奇怪な見た目は邪統大陸のみに生息し、
目族は防衛戦争で見られる非常に珍しい魔族。
「……魔王様、誰を見るのですか?」
「あの赤き髪を持つ者以外だ」
「それを知りました」
その黒魔眼の名を持つ眼球は喋った。
一見、口のない黒魔眼は、
眼球の下に口がついている。
目族でありながら、普通の生物と変わらぬ臓物を有し、知性も持っているのが黒魔眼なのだ。
「ライメ、あの目玉……ライメの生徒たちと私が手合わせをした時に現れた邪族じゃない?」
フラメナは黒魔眼を見て記憶が呼び起こされた。
「確かに……まさかあの目玉って」
ライメが確信をついたように何か察すると、
巨大な眼球が口を開いて話す。
「そう、それは私の素晴らしい子供。
高く評価します。素晴らしいですね」
「気持ち悪い話し方ですね〜」
「奇怪な見た目にその口調……強烈な相手ですね」
ルルスがニコニコしながらそう言うと、
クランツは少し引き気味で感想を述べる。
「それで? あいつを顕現したってことはさ……」
「間違いなく俺たちの相手をさせるつもりだな」
エルトレとユルダスがそう言うと、
トイフェルは魔法陣を展開する。
「小娘、再戦の機会を与えてやる。
この私と一対一をしようじゃないか」
「与えるじゃなくてしたいだけでしょ……?
でも、いいわよ。ちょうど私もしたかったから」
これにより戦いの盤面は変化する。
そんな時、ライメはフラメナへと声をかけた。
「フラメナ……」
「私は一人じゃない。
大丈夫、もう下を向いたりしないわ」
ライメは少し不安を感じていたが、
それを聞いてその不安は消えた。
振り返ってフラメナが見せた表情は、
幼い頃を彷彿とさせる自信に溢れたもの。
「なら……勝っちゃえフラメナ!」
ライメがそう言うと、フラメナは右腕を突き出し、
親指を立てて声を出さずに返事する。
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トイフェルが魔法陣から大量の召喚体を出現させ、
自身とフラメナの足場を互いに上昇させていく。
そして風魔法を使って一気に自身もろとも、
魔城島の奥へと吹き飛ばした。
二人の戦場は二の丸跡地へと移動する。
一方、ライメを含む五人は、
黒魔眼と呼ばれる邪族を前に、
皆が少し自信を持っていた。
「正直……魔王に比べると弱く見えますね」
ライメがそう言えばクランツは魔法陣を展開する。
「それはそうですが、相手は君級邪族。
気を引き締めねば負けるのはこちらです」
それにルルスが反応した。
「気を引き締めれば、クランツさん的には勝率はどれくらいだと思います〜?」
それを聞いてクランツは鼻で笑うと、
杖を向けて言い放った。
「100%です」
「完壁! それは良いですか?
常に辛いことです!」
黒魔眼は何を言っているかはわからないが、
少しその言葉に対して怒っているようでもあった。
「ちょっと面白く感じてきたかも」
エルトレがそう言った途端、黒魔眼は黒い光線を目から放ち、右から左へと目を向けて光線を放つ。
その動きはあまり早いとは言えず、
避けることも容易であった。
黒魔眼自体は君級邪族と言えど、
そう強くない部類なのかもしれない。
動きは単調で、素早い動きのできるルルスやユルダスからすれば、あまり脅威でもない敵だった。
ライメは光線を撃ち終わった黒魔眼に対し、
氷魔法によって作り出された槍を投げつけ、
クランツもそれに次いで風の斬撃を放つ。
その二つの魔法はシンプルながらも、
鍛え上げられた強い魔法であり、黒魔眼へと直撃する。
「……なるほど、そう言う感じですか」
ライメは黒魔眼の姿を見てそう言うと、
魔法に直撃した黒魔眼は、その傷を一瞬で治した。
この使役体は、魔理の欠片を有している。
魔王の配下となりし変異個体、黒魔眼。
その邪族は、規格外の力を発揮し始める。




