第百五十八話 生まれた意味
「良い世界を作り上げてね」
今でも覚えている。
私はトイフェルという名を宿し、
魔理として魔力の全てを管理していた。
執理政は五名、それぞれが役割を持ち、
この世界のために身を尽くす。
「言ったはずだ……不平等を許容することなどあってはならん! 争い生まれし世にて何が平等だッ!」
「過干渉だわ! 知性を有する生物達の生き方をこちらで制限するのは、あまりにも理を超えている!
不平等や平等は生まれるものなの……
それを私たちが正してしまったら、
何もかも作り直さなきゃいけないじゃない!」
私は争いが絶えぬ生物たちを見るのが辛かった。
なぜ争う? 権力、金、名声、それらを賭けて戦うのであればなくしてしまえばいい。
この世から消えて良いものはあるはずだ。
それをなぜ天理は拒絶する。
良い世界を作り上げるのが私たちの生きる意味だ。
不平等生まれし世界のどこが良いのだ。
全てが平等に幸を味わう世界こそ、私たちを創造した者が望むことではないのか?
「……トイフェル、どういうつもり?」
「上に立つ者がいるからダメなのだ。
この世界が廃れることなど私が許さん」
私は王と呼ばれる権力者を殺した。
その現場を天理に見られたのだ。
「……天理として、今から貴方を管理する。
暴走した執理政を落ち着かせるのが私の仕事よ」
天理と私は衝突した。
戦いは一ヶ月ほど続き、
私と天理は死闘の末に私が勝った。
戦いの舞台は邪統大陸。
その時の戦いの影響は今でも続いており、
天理の扱う火によって邪統大陸は砂漠と化し、
西黎大陸も半分以上砂漠となっている。
天理は凄まじく強かった。
私を支配することも可能なのに、
奴は最後までその天理の力を使わなかった。
おそらく、トドメを刺さずに支配し、
殺さずに永遠と生かすつもりだったのだろう。
だが、私は思い通りにはいかない。
天理を殺し、私は世界を新しく作り変えるはずだった。
「封印だと……ッ!!」
しかし、私は天理が死に際に放った力により、
何千年も封印されることとなる。
私は疑問なのだ。
なぜ世界を良くするという考えの中、
ここまで食い違ってしまったのだろうか。
しかし、もはやそんなことはどうでもいい。
やらぬのならば私一人で十分だ。
新世界を作り上げる。私の生きる意味……
そう、私はこのために生まれてきたのだ。
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「図に乗るなァ!!」
フラメナの放った白炎をトイフェルは右手で受け止め、ドロドロと右手が溶け始めるも、一切退くことなく火の中から左手を伸ばしてフラメナの首を掴む。
「うぐっ」
トイフェルはそのまま左手から一気に魔力を放出し、爆発を起こしてフラメナを吹き飛ばす。
黒煙を首から上に纏いながら地面を転がっていくフラメナ、しかし彼女はそれでも立ち上がる。
「本当に傀儡のようだな……」
トイフェルはフラメナへと気を取られていると、
横からただならぬ圧を感じた。
圧の正体は超低姿勢のルルス。
トイフェルはそれをドラシルの戦いにて知っており、召喚体を自身を囲うように召喚して防御に入る。
ルルスはトイフェルの予測通り神速にて接近し、
そのブレード状の剣で召喚体を斬りつけた。
「ナメすぎじゃないですか〜?
自分の剣は鋭いですよぉ」
「ッハ……」
なんとルルスの召喚体越しに放った斬撃がトイフェルまで届いており、胴を横一線に斬りつける。
トイフェルを除く三人の中で、
ある一つの言葉が心に浮き上がり始めていた。
勝てる。
攻撃が通らないわけでもなく、相手の攻撃が強すぎるわけでもない。まだ理不尽なレベルではないのだ。
むしろ、ルルスなどはドラシルとの戦いの方が、
少しばかり理不尽だと感じただろう。
トイフェルは確かに魔法使いとして、
別次元の強さを持っているが、経験が少ない。
戦闘経験に関してはフラメナたちの方が上だ。
魔王側近が束になっても勝てないと言われているトイフェル。それは本当なのだろうか。
しかし、三人はその目に焼き付けることとなる。
執理政でありながら魔王と呼ばれ、一つの時代を築いてしまった者の真の力を――
「……同化」
トイフェルの手足が紫色に染まり、
身体中に黒い模様が入り始め、空が黒くなった。
思わず三人の動きが止まる。
静寂の中で放たれる圧倒的なまでの魔力圧、
フラメナの目にはもはやオーラが映っていなかった。それは格上すぎる相手にて起きる現象。
「なによその姿……っ」
フラメナは言葉を捻り出すように話すと、
トイフェルは右腕を上げて魔法を呼称した。
「世界」
その魔法は領域魔法だった。
トイフェルはやはり全ての魔法を扱えるようで、
ここにきて一気に本気を出してきた。
「フラメナ……なに……これ」
ライメのその声を聞き、フラメナは振り返って見ると、ライメは膝をついてうずくまっていた。
「ライメ……!」
思わず駆け寄って背中に手を当てると、
横にいたルルスも倒れてしまう。
「身体が動かないです……」
フラメナは二人が倒れたのを見て焦り出した。
「なにが……なにが起きてるのよ!」
トイフェルはそれを聞き、ゆっくりとこちらへと歩いてくる。
「この領域は私の魔力を充満させただけの領域、
だが、その濃度は普通の人間では耐えられんだろうな」
フラメナが領域の効果を喰らわないのは、
彼女が天理の欠片を多く身体に染み込ませているからだろう。
「っ……」
「ここで決めろ。私と一対一で戦うか、
そのニ人と共に死ぬか」
トイフェルの望みは一対一だった。
一対一を行えば、トイフェルが勝つだろう。
それを互いに理解した状況下での、
フラメナに対するこの提案。
「……いいわよ」
「フラメナっ……」
フラメナはライメの静止を振り切り、
トイフェルを睨みつけて話す。
「一対一なら勝てるって思ってるんでしょ?
いいわよ。正面からぶつかって勝ってやるわよ」
「臆病者でなくて助かる」
トイフェルは嬉しそうにそう言い、
フラメナは振り返りもせずにライメへと伝える。
「ルルスとライメは転移でここから離れて」
「でもっ……!」
「……大丈夫、どうにかするから」
ライメからフラメナの表情は見えない。
それでも、フラメナが精神的に追い込まれてることをライメは察する。
一人で全てを背負いがちな彼女を支えたいから、
ライメはフラメナの隣にいたかった。
しかし、やはり彼女には追いつけない。
また今回もついていけない。
「っ……くそ」
ライメは悔しそうに呟く。
「……私が帰ったらいっぱい褒めなさいよ」
フラメナがそう言うとライメは震えながらも、
重い身体で魔法陣を展開して杖を地面に突き刺し、
そのまま杖を握りながら呼称する。
「……負けないでよ……転移」
「誰だと思ってるの……私はフラメナよ」
ライメとルルスが戦場から転移した。
これによりフラメナの作戦は白紙となる。
君級戦士や精鋭の将級戦士を転移で呼び、
相手に休憩させる暇なく戦い続ける策。
それはあまりにも最初の段階阻止され、
フラメナは無策にて一対一を申し込まれた。
ーーー
『貴女は魔理との戦いで命を落とすわ』
……初めてこれを聞いた時、
なんで私だけ……? って思った。
こんなのあまりにも酷すぎると感じた。
やっと幸せになれたのに、やっと強くなれたのに。
それが全部無意味だってわかった瞬間だった。
私は……死にたくはない。
でもみんなに死んでほしいわけでもない。
もうわからない。
一体自分がなんのために生まれてきたのか、
今自分がなんのために生きてるのか。
それすら見失ってしまいそう。
正直……魔理を封印する手順はすでに聞いてる。
手で触れて、全身の魔力を一点に流し、
強く願うだけ……
そんな簡単なことで封印が完了し、
世界が救われてハッピーエンドなのよね。
今こうして必死に戦う理由もなに?
べつに今すぐにでも封印すればいい。
そしたら痛いことを経験して再生を行わなくても、
色んなことから解放されて楽になれる。
……でも私は……まだ生きていたい。
そう思うせいで実行できない。
帰りたい。生きたい。
みんなと一緒に過ごしたいし、
パフラナが成長する姿も私は見たい……!
ライメの生徒たちが強くなる姿も見たいし、
まだまだやりたいことがたくさんある。
『迷った状態は想像以上に弱いですよ』
……シノさん。
私は……どうすればいいの?
『わたしが、魔法の頂点に立つわ!
一番強い魔法使いに私がなるのよ!』
『なら、なりましょう。
夢を叶えずして、人生に花は咲きませんから』
……魔法の頂点。
私って強さに意味を求め始めたの、
いつからだったんだろう。
クランツ、今の私の人生って花咲いてるかな。
どう考えても枯れてる最中よね。
幸せは味わった。だから……
もういい……もういいのよ。
全部どうでもいい……
相手を油断させるために負けかければいい。
そして最後は私が封印して終了。
完璧な流れね……これでいい。
ーーー
「……」
「随分と暗い表情だな」
フラメナの表情に明るさは籠もっていない。
「……そんなのどうでもいいでしょ。
早く……私と戦いましょ」
フラメナは白く染まった手を握りしめ、
前へと一歩踏み出した。
純白、フラメナ・カルレット・エイトール。
彼女は運命の下、抗うこともなく全てを受け入れ、
ついには覚悟を決めてしまった。
その覚悟は一体、燃え上がるような闘志からなのか、それとも諦め故の覚悟なのかは、彼女だけが知っていることだ。




