第百五十七話 規格外
全世界の知性を持つ生命の数。
およそ3820万人ほど。
そのうち戦士として働く者は400万人存在する。
そしてその中から帥級以上の戦士というのは、たったの1万人ほどだ。
言ってしまえば400万のうち350万は二級以下。
この戦争にはおよそ30万人が参戦しており、
全員が二級以上の実力を持っている。
この最終局面で残っている戦士たちは10万人。
それに対し、魔王が召喚した軍勢。
その数は50万を超えている。
一人で五体倒すのが推奨される上に、
その召喚体たちは上級以上の強さ。
これが魔王が召喚魔法と使役魔法の頂点と呼ばれる要因の一つだ。この規模の魔法は明らかに度が過ぎている。
だが、こちらも負けてはいない。
君級戦士は一人で国などを滅ぼせるほど強く、
一騎当千と呼ばれるに相応しい実力者だ。
しかし、君級戦士が全ての役を背負っているかと言われれば、そうとは言えない。
真の脅威とは君級以下の戦士たちだ。
誰も弱気ではない。
全員がここで勝気なのだ。
戦いは意地っ張りな者ほど強く、
今の戦士たちは非常に頑固である。
ここからは意地のぶつかり合い。
召喚体に心はない。数で負けていようと、こちらが確実に負けるわけではないのだ。
そして曇天晴れし日の元、二つの軍勢が衝突する。
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「……ライメ、一歩後ろに」
ライメは頷いてフラメナの後ろへと退がると、
風の斬撃がフラメナへと飛んできて、それを白炎纏いし腕で弾く。
「来たね……」
「えぇ、作戦通りに行くわよ」
魔王顕現
「相変わらず、目つきが私に対しては鋭いな」
フラメナの視界に入る魔王トイフェル。
執理政の一人であり、魔理とも言える彼を前に、
フラメナとライメは怖気付くこともなく、トイフェルをただ睨みつける。
「随分と派手に軍勢を召喚するじゃない。
そんなに私と集中して戦いたいの?」
「自惚れるな天理の傀儡、邪魔者から始末するという過程の中で、偶然お前が先頭だっただけだ」
二人の空気感はピリついており、常人では息苦しくなってしまうような重圧が充満している。
するとライメが口を開いた。
「僕は仲間外れかな?」
「お前のような烏合の衆の一人には興味がない。
去ね、長生きしたければな」
ライメはそう言われて少し肩を落とした。
「当たりが強くて少し驚いたよ……」
「見返してやりましょ、ライメがどれだけ強いか」
フラメナは振り返らずにそう言うと、
トイフェルがゆっくり歩き出した。
フラメナもそれと同時に歩き出し、
二人は徐々に歩く速度を上げて走り始める。
そして、二人の間合いが狭まった時、
フラメナの白炎がトイフェルへと放たれた。
それは一直線にトイフェルの顔面に向かっていき、
速度は色欲のエルドレと戦った際よりも上がっていた。
そんなフラメナの一撃をトイフェルは容易く避け、
指を鳴らして大量の電撃を前方に放出。
フラメナの眼前に迫るそれは、
明らかに今からでは避けられぬものだった。
***
転移が発動した。
フラメナはトイフェルの背後へと転移しており、
隙だらけの背中に攻撃を行おうとした瞬間――
「不意を突かれなければ、そう難敵ではないな」
トイフェルは背中から、召喚体であろう口だけのバケモノを召喚し、フラメナへと噛み付かせる。
「なによこれ!」
フラメナは咄嗟に横へと飛び込むように避け、
召喚魔法と言えど、明らかに異常なそれに少しばかり困惑した。
***
転移が発動しライメの横へとフラメナが転移、
戦いは振り出しへと戻る。
「あの時より段違いで強いね……」
「そう簡単に勝たせてはくれないわよね」
「お前たちと側近との戦いは見ていた。
正直、四人全員が敗北したのは意外だった……
しかしだ。あいつらを倒したところで、
この私に勝てるなどというわけでもあるまい」
トイフェルは両手から紫色の鎧を纏う騎士を召喚、
その二体は黒い馬を作り出して乗ると、フラメナはその存在に心当たりがあった。
過去に南大陸に広まった邪族。
それらと全く同じ姿である。
それが意味することつまり、滅亡後に出現した邪族は全てトイフェルの召喚体だと言うことだ。
「……そう、あなただったのね。
やっと本当のことが知れて満足だわ」
フラメナのボルテージはさらに高まり、
快晴の下、赤く染まった髪が輝きを有して靡く。
「しかし本当に似ている。髪型は違えども、
天理とあまりにも酷似した容姿だ。
本当に憎たらしい……」
トイフェルは紫色の騎士たちを前へと歩かせると、
フラメナはライメに一つ頼み事をする。
「一つ目の作戦実行よ」
ライメはそれを聞いて頷くと、
魔法陣を横に出現させて呼称する。
「転移」
***
転移魔法が発動し、一人の剣士が現れた。
「案外出番早めですね〜」
草君級龍刃流剣士。
笑死、ルルス・パラメルノ。
剣を持ちながら相変わらずニコッとした顔の彼は、
トイフェルから見ても初見にて強者とわかる剣士。
魔力などの圧ではなく、剣士として立ち方に全くの隙がないのだ。
「悪くない加勢だな」
トイフェルはそう言うと手を前へと向け、
騎士たちを三人へと向かわせる。
「ライメ、ルルス、騎士は任せちゃうわね」
「了解です〜」
「戦ってる時は転移できないから気をつけてね」
フラメナはそれに頷き、跳び上がって足から火を放出すると、上空からトイフェルへ手を向ける。
「天覆!」
白き電撃が広範囲に降り注ぎ、トイフェルは顔を上げてそれを見ながら、一つ魔法を呼称した。
「水球」
下級魔法と呼ばれる水球。
どれだけ強い魔法使いでも、下級魔法を強力にするのには限界がある。
だが、トイフェルのそれは明らかに限界を突破しており、電撃が広がった範囲全てに水を出現させる。
電撃を吸収させて一箇所に水を纏めると、
極小の水球がフラメナへと放たれる。
「!」
鳥肌が立った。
フラメナは咄嗟に不得意な風魔法で、
身体を横へと飛ばして地面に着地する。
先の水の球はしばらくして破裂し、
大量の電撃と高水圧の滴が空中で消えていった。
「……生憎、魔法は下級魔法と呼ばれるものしか、
私は知らないのでな……工夫させてもらった」
フラメナはドン引きである。
下級魔法をあそこまで強力に扱うには、
本人の魔法への理解度や、技術の高さ、それらが全てずば抜けた値で必要となる。
さすがは執理政の魔理、魔力の概念を管理し世界そのものとも言える存在。
フラメナは少しだけ口角が上がった。
「その表情、やはり不愉快だ……!」
トイフェルが言うには、フラメナと天理のアンヘルは非常に顔が似ているらしい。
トイフェルは天理を酷く恨んでおり、
心の底から嫌悪している。
「私の方があなたのことは嫌いね」
「そこで競り合うか……幼稚な」
トイフェルは左手から冷気を溢れさせると、
魔法陣を左手のひらに浮かべ呼称する。
「氷柱」
氷魔法の下級魔法である氷柱。
トイフェルはそれを呼称すると、手から放たれていた冷気が一気に氷へと変化していき、前方が扇状に一気に凍りつく。
フラメナはそれに巻き込まれて凍てついてしまうと、中から身体中に火を纏い始め、氷を溶かして出てくる。
「土塊」
下級土魔法の土塊。
それは本来、土の塊を生成するというあまりにも弱い魔法だが、トイフェルのそれは別物だ。
氷から出てきたフラメナの辺りが影に覆われると、
頭上から山が降ってきたのかと思うほどの土が迫ってくる。
「嘘っ!」
フラメナは足から火を放出して、
範囲外へと間一髪抜け出すことができた。
辺りに土煙が昇る中、フラメナはトイフェルの魔法のとんでもない魔法の規模に驚いてばかりだった。
そもそもトイフェルは魔力に限界があるのだろうか。どうやったら封印まで事を進められるのか。
色々と不安が募る中、フラメナは土煙が晴れてトイフェルの姿を見ると、唾を飲み込んで息を整える。
「考えたって……今は無駄ね」
フラメナは右手をトイフェルへと向けると、
指を鳴らして火球を高速で放ち始める。
弾幕のようなそれはトイフェルに襲いかかると、
召喚体が出現し火球を相殺していく。
トイフェルの厄介なところは属性魔法の規模でもあるが、召喚魔法や使役魔法なども強力だ。
空間魔法を使わずに防御を成せてしまうのは、
召喚魔法を短縮発動できるからだろう。
本来召喚魔法は複雑な魔法が故に、
短縮発動などは不可能とされている。
それを簡単に行なってしまうトイフェル、
一体どこに隙があるのだろうか。
「……!?」
トイフェルは咄嗟に横へと召喚体を大量に出現させ、肉壁を作り上げるとそれを切り裂く者が現れる。
「ルルス!」
フラメナはルルスの名を呼んだ。
先の騎士をこの短期間で討伐し、加勢に来てくれたのだ。
「お前……あの騎士は君級に近しい個体だぞッ!」
「関係ないですよぉ……だってこっちは邪族最強の剣士を倒してますから」
ルルスにとって知性のない邪族は、
等級がどれだけ高くても脅威とならない。
なぜなら彼は、知性なき邪族を昔から狩り続けているからである。勝ち方など熟知しているのだ。
大きな隙が生まれたトイフェル。
***
転移が発動し、右手に白炎を持つフラメナがルルスと入れ替わりで現れた。
「っぅ!」
トイフェルは召喚体を出現させるも、
その防御はフラメナの前では無意味。
次の瞬間。
白炎が至近距離でトイフェルへ放たれた。




