第百五十四話 また星群の麓で Ⅶ
「星空の下で、あんたと戦って毎回思うんだ。
この世界は美しすぎるってな」
600年前、書物などにも残っていない無名の剣士。
それはまるで剣王を彷彿とさせる生き様の男だ。
唯一記録があるとすれば、剣王山脈の頂上付近にてよく、大きな衝突音が麓まで聞こえたことくらい。
彼らの戦いを知るのは本人たちのみ。
「……随分と叙情的なんだな」
「それくらい今の俺の心は清々しく、
この星空のように澄んでるってことだよ」
ドラシルはそれを聞いて双剣を投げ捨てる。
「此度も引き分けか、一体いつになったら貴様と勝敗をつけることができるのだ」
「ははっそりゃ俺もおんなじ思いだぜ?
まぁでも、俺がたとえあんたを負かせなくても、
いつかあんたにも敗北が訪れる」
ドラシルはそれに顔をしかめて言い返した。
「ふん、貴様程度の剣士で無理ならば、
我が今後負けることはないだろう」
「わからんぜ? この世界は不思議なことに、
永遠なんてのは存在しないらしいからな」
「……どうでもよい、我に戦いを挑む者がいれば、
それを受けて我が勝てばよいことだ」
ドラシルは立ち上がり、無名の剣士へと背を向けて歩き始める。
「あぁ帰んのか。じゃあまた、この星空の下でな」
時が止まることはなく、
常に世の中は動き続けている。
そうして時代と共に戦士は増えたり減ったりし、
いつの時代も強者というのは存在していた。
今になってドラシルは、
およそ600年前の言葉を鮮明に思い出す。
いつか訪れる敗北。
自身を超える剣士。
それは今なのかもしれない。
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斬撃が晴れた部屋の中、
ドラシルは呼吸を整えながらも前を向き、
戦場にて立つ三名の姿を視界に納める。
「防ぎ切ったか……」
ルルスは右目の上を斬られており、
流れる血で片目を閉じている。
パラトアは顔に横一閃の傷ができており、
血が垂れているが軽傷。
オルテッドはやはり武器や実力の差なのか、
かなり身体中を斬られてしまってはいるが、
まだ動けると言った表情。
結果的に三人はドラシルの攻撃にて、
重傷を負うことはなかったのだ。
静寂の中でそれを突き破るのは、
オルテッドの床を踏みつける音だった。
血を舞わせながらダガーを回し、
ドラシルへと接近していくオルテッド。
若干、彼自身自覚はしているのだろう。
限界は近く、ここで動かなければ勝てないと。
ドラシルへと斬りかかれば、ドラシルはそれを避け、オルテッドは繋げるように蹴りを放つ。
それすらもドラシルの手で受け止められると、
双剣による突きがオルテッドの腹部に飛んでくる。
「っ!」
オルテッドは身体を横へとずらし、
ドラシルの肩を掴んでダガーを顔へと放つ。
「悪くはない。だが少し遅すぎるな」
ドラシルはダガーを手で握り、
血を流しながらも無理矢理それを奪い取って後方へと投げ捨て、手ぶらのオルテッドを蹴り飛ばす。
「ぐぁっ!」
床を転がりながら血を吐くオルテッド。
ドラシルは全く加勢に来ない二人が気になり、
目を向けてみると鳥肌が立った。
ルルスがあの構えをしている。
「ッ!!」
咄嗟に双剣を構えて防御の姿勢を取ると、
突如身体が後ろに突き飛ばされる感覚がした。
「貴様ァッ!」
オルテッドは血を流しながらもドラシルへと突進し、その防御を崩してみせたのだ。
「今だよぉぉっ!」
ルルスはそれを聞いて顔を上げると、
殺気が辺りを包み込み、ドラシルの身体を固めた。
防御も避けることも間に合わない。
ドラシルは焦った表情を見せ、
必死に避けようと動いたが、次の瞬間にはルルスが背後に立っていた。
「……ッハァアア!」
ドラシルは胸を横に切断され、
そのまま床へと倒れる。
負けた……この我が負けた……ッ!
いや、不思議なことじゃない……大体察してはいた。もはや勝つには魔力が足りぬのだ。
攻撃を受けすぎた……今日が命日とはな……
「……さて、パラトアさん。出番ですよぉ〜」
ドラシルは困惑していた。
一撃を喰らった時点でもはや負けは決まっている。
なぜなら追撃が来るはずだからだ。
しかし、来ないのだ。
「なぜ……?」
「再生、できるんでしょ? あと一回だけ」
パラトアはドラシルを見下ろしてそう言うと、
ドラシルはその言葉を真かと聞き返す。
「再生したら、我は貴様らを殺すぞ……!」
「かかってきなさいよ。
私は負けないから」
パラトアの表情は真剣であり、
周りの者も異論はないようだった。
オルテッドに関しては気絶しており、
異論など言うこともできなかったが。
「あんたを一対一で正面から負かす。
それが私のできる償いなの。
わがままに付き合ってもらうわ」
ドラシルはそう言われ、
下半身と上半身をくっつけると再生を終え、
立ち上がり双剣を構えた。
「理解できん……
なぜ貴様はこのような無駄なことをする」
ドラシルはそう問うと――
「だから言ってるでしょわがままだって」
パラトアの答えは自分勝手なものだった。
「後悔してもしらんぞ……ッ!!」
ドラシルは双剣を構えて走ると、瞬きのうちにパラトアの間合いを支配し、剣を振るう。
パラトアはそれに対して剣を出して防ぐが、
ドラシルの手数の多さゆえに、カウンターもできず防戦一方となってしまう。
金属と硬い氷がぶつかる衝突音が響き、
パラトアはどんどんと後退していく。
「一体貴様はなにがしたいのだッ!!
敗北をした我に同情でもかけたのか!?
ならば少しは斬り返してきたらどうなんだッ!!」
ドラシルは激怒したように話す。
それもそうだろう。
すでに決着がついた戦いの延長戦、
多少侮辱されたとでも思っているのだろうか。
もし彼が魔理の部下でなければ、
再生もせずに自死を選んでいただろう。
「……」
パラトアは目を閉じ、激しくなるドラシルの猛攻を防ぎ始めた。
ドラシルは違和感を覚え始める。なぜなら、
自身がここまで斬りつけている敵が死なないのだ。
一向に破れぬ防御。
ドラシルは内心焦った。
なぜ斬れぬ!
防御の線を通り抜けられん!!
この我の目が剣の通る道を導き出せぬ!!
「やっと表情が変わったのね」
パラトアは嬉しそうに笑うと突如剣を振り上げ、
口を大きく開けて一つの技を叫ぶ。
それはある君級剣士が使いし、
奥義とも言える大技。
「マズッ!!」
『これはお守りじゃ』
ガルダバから引き継いだ人差し指の指輪。
真っ赤なリングは輝き、パラトアの瞳は煌めく。
「獄門ッ!!」
パラトアの剣が真っ青に光ると、
巨大な斬撃が放たれドラシルを袈裟に斬りつける。
それは双剣を破壊して衝撃波が壁にヒビを入れ、
ドラシルを後方へと豪速で吹き飛ばした。
「カッハァ……」
ドラシルは白目を剥き、再生が止まる。
「……言ったでしょ。私は負けないって」
ドラシルは正面から一人の剣士のカウンターに敗北した。それは紛れもない事実であり、認めざるを得ない。
ドラシルは視界が戻ると、身体の感覚が消え始め、
塵が視界に舞い始めた。
「……」
パラトアは黙るドラシルへと近づき、
剣を向けると、一つ問う。
「なんであんたは私の師匠を殺した」
「……我が戦いを求める生き物だからだ。
そこに正義も悪も感じておらん……
ただ強者のみを求め生き続ける。
それが我の人生だったのだ」
パラトアはそれを聞くと、唇を噛み締め、
震えながら剣を振り上げたのちに、ドラシルの首の横へとそれを突き刺した。
「っ! そんな理由でっ!!
なんで私の師匠は死ななきゃならないの!!
そんなの自分勝手すぎるじゃない!!」
「……自分勝手か、そうだな。
我と言わず、貴様たちも自分勝手だ。
生きるも死ぬも結局はその者の力次第……
願いとは、この上ないわがままなのだ」
ドラシルは身体のほとんどが塵になる中、
喉が消える寸前に本音を漏らした。
「できることならば……我も普通の生物として、
この世に生まれて死にたかった」
ドラシルは少し笑って最後に口を開く。
「……しかし新時代とやらは悪くない時代だな」
そう言って満足そうに口角を上げ、
ドラシルはキラキラと光る塵となって消えていった。
ついに魔王側近全員が戦場にて敗れ去ったのだ。
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「……まさか全員敗北とはな」
ドラシルは真っ黒な世界で六人の魔王側近と出会い、そう言葉を漏らした。
「あーあ、もう終わりかぁ」
「まさか負けるなんてな〜」
「最悪な死に方をしたわ……」
色欲、怠惰、嫉妬。
三人がそう言う中、後ろで退屈そうに座っているもう三人。
「……妾はまた会えて嬉しい」
「やはり久しく思えるなァ!
再会とは気が良いものだァッ!!」
「いんやぁ……ずぅうっと一人で待ってたけどさァ、
やぁっとみんなきたよ」
強欲、傲慢、暴食。
過去に敗れし三名の魔王側近。
ドラシルは皆を見て少し微笑む。
「少しだけだが……なにか肩の荷が降りたな」
これはドラシルのただの妄想である。
しかし、間違いなく彼ら魔王側近は仲間意識を持っていた。
全員が悪であることに変わりはない。
だが、巨悪として生きる者たちにも仲間はいた。
長い間、悪虐の限りを尽くした魔王側近は、
ついにその負の歴史を断ち切られてしまった。
魔城島に残る大きな魔力はただ一つ。
魔王、トイフェルだ。




