第百五十一話 また星群の麓で Ⅳ
「ならん!! バカモンが、踏み込みが甘い!」
「は、はい!!」
イグレット・アルトリエ、十一歳。
彼は西黎大陸、オラシオン王国生まれの一般人。
両親は西黎大陸では珍しくない冒険者で、
ガレイルにて収入を得る戦士たちだった。
「しっかり踏み込めよ〜
龍刃流やるんだったら踏み込みが浅いと、
いつまで経っても弱いからな」
イグレットに剣を教えたのは、
火君級剣士のガルファ・エルデック。
異名は閻炎というもの。
女性でありながら龍刃流極めし彼女は、
斬撃全てに火を纏わせるのが特徴。
火を纏わせれば基本的に火はゆらめく。
だが、彼女の火はゆらめくどころか刀身を赤く染め上げ、超高温の斬撃を放つに至る。
「よし、いいぞ。
休憩したら次は素振りだ」
イグレットの異常なまでの速度は、
彼女から引き継いだのだろう。
龍刃流は足が全てだ。
圧倒的な速度を繰り出すには、
足の使い方が鍵になってくる。
踏み込み方、足の伸ばし方、力の入れ方。
それら全てをイグレットは教えられている。
ガルファは既に死亡している。
イグレットが三十三歳の頃に、ガルファは五十六歳で老衰によりこの世を去った。
この世を去る前の前日、彼女は久しぶりにイグレットと手合わせを行い、彼女は敗北した。
イグレットはその時の顔を今でも覚えている。
清々しい笑顔だった。
汗の雫が顎から垂れるガルファ、
満足そうに「強くなったな」と、言っていた。
そうして彼女はこの世に思い残すことはなくなったのだろう。あっさりと翌日の朝に安らかに眠った。
イグレットの剣は全てガルファ譲りだ。
彼女がいなければ今のイグレットはいない。
イグレット・アルトリエ。
剣塵を冠する現代最強の剣士。
彼はその命の灯火を激しく燃やす。
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イグレットとドラシルが向き合う中、
ルルスたちは後ろへと皆で下がっていく。
戦士として悔しいが、圧倒的な実力差。
横槍などすればこちらが殺されてしまう。
そしてあの二人の戦いは間違いなく激しい。
近くで座り込んでいては巻き込まれる。
息が詰まるような空気感の中、
先に動いたのはドラシル。
双剣から青い残光が発せられ、
高速でイグレットへと接近していく。
ドラシルがイグレットに右腕の剣で斬りかかると、
イグレットは刀を上げて剣を受け、そのまま受け流すとドラシルの腹部に刀を落とす。
ガキンッ! そんな音が鳴るとドラシルの余る左腕の剣が刀を防いだ。
ドラシルが足を一瞬上げた時、イグレットは距離を離すために後方へと跳ぶと、空中にて斬撃を放つ。
それを容易く弾くドラシル。
だが、ドラシルは過ちを犯している。
今のイグレットと距離を取ることすなわち――
「ッハァッ!」
イグレットの神速の動きにより、
すれ違いざまにドラシルは腹部を斬られる。
「……イグレットさんがなんで動けてるかは知らないけど、めちゃくちゃ強いじゃない……」
パラトアがそう言うとオルテッドが頷き、
その二人をよそにルルスは戦う二人を凝視していた。
背後へと位置するイグレットへと、ドラシルは再生を行いながら振り返り様に斬撃を放つと、そのまま跳び上がり、上からも斬撃を放った。
正面と上方向からの攻撃。
イグレットはそれに対して刀を向けると、
黒い風を刀に纏わせ、次第にそれが刀全体を染め上げ、一切の揺めきがない黒刀へと変化した。
イグレットはそれを横に振るうと、
巨大な黒い斬撃が二つを相殺し、ドラシルへと向かって神速の踏み込みを行って接近する。
ドラシルはその踏み込みに対し、
双剣を立てて身体の前に置く。
「ッ……」
ドラシルはそれによってイグレットの攻撃を防ぐも、脇腹などを多少斬られてしまった。
ドラシルは明らかに今、実力で抜かれている。
ならばまた追いつけばいい。
「驚いた。ここまでワクワクするのはいつぶりだろうな……貴様こそ我が求める強者……ふふ、ふははっ!
笑いが止まらぬ! 楽しいなァ戦いとはァッ!!」
ドラシルの頭上に青い光輪が浮かび上がり、
全身に黒い模様が入り込んで腕と足が黒く染まる。
「……んだよ。さっきの本気じゃなかったんだな。
ならこうして見れて俺は運がいいぜ」
「我も同じ気持ちだ……運がいい。
ここまでの強者とは思わんだ剣塵」
両者口角を上げて円満そうに見える関係。
「はははっ……俺たちゃ案外友達になれたかもな」
「不思議と我もそれに疑問は感じん……」
二人は互いに少し笑い合う。
「じゃあ」
「さて」
「「殺し合いの続きだッ!!」」
両者から笑みが消え、二人は正面衝突すると、
衝撃波のようなものがぶつかり合う剣から放たれ、
部屋の壁へとヒビが入る。
「!」
イグレットはドラシルが左手から剣を落とすのを確認すると、いつの間にか空を舞っており、天井を貫いて上の階へと放り出された。
ドラシルもそれを追って跳び上がり、
その穴へと入っていく。
数十秒した後に天井が崩壊した。
崩れゆく天井、その瓦礫の中で閃光が走り続け、
崩落による煙の中で二人は何度もぶつかり合う。
煙から二人が出て行ったと思えば、
ドラシルは部屋の壁に叩きつけられ、外へと出て行ってしまった。
「そんなものかッ!! 最強ッ!!」
「まだまだァア!!」
イグレットが外へと飛び出し、
激しい爆発音が辺りに響き渡る。
二人は本丸付近の建物の上で斬り合っており、
彼らが移動した場所には血が残っていた。
「ッ!!」
「峨天ッ!!」
イグレットは跳び上がり、
巨大な黒き斬撃がドラシル目掛けて放たれる。
「青流星ッ!!」
ドラシルが双剣から放つ二つの巨大な青き斬撃。
二人の斬撃はぶつかり合って衝撃波が辺りの建物を吹き飛ばし、黒城本丸のヒビが入っていく。
大技が出た後、イグレットは神速にてドラシルへと斬りかかると、ドラシルは初めてそれを防ぎきる。
ドラシルの後方にいるはずのイグレット、
彼はその場から消えていた。
ドラシルは思わず辺りを見渡す。
「なんてやつ……ッ!」
イグレットは様々な障害物へと神速状態で突進し、
全てを足場にして踏み込みを重ね続け、速度を上げ続ける。
そしてあるところで衝撃波と共に、
ドラシルの胴が真っ二つに切断された。
その時のイグレットは音速を超えており、
身体中から血を流しながらも全てが再生される。
「貴様ッ……なんて無茶な技だ!」
「いってェェ!! でも直で喰らったなァ!」
イグレットは刀を握り直し、
ドラシルの目の前から斬撃を放ち、
それと同時に前へと出ていく。
ドラシルの再生が終わろうとしている。
それを阻止するべくイグレットは突っ込むが、
ドラシルは逆にそれを利用し、骨と中心の肉が繋がった状態で再生をやめた。
そして次の瞬間。
イグレットはドラシルの剣を二つとも胸に刺され、
そのまま一気に下へと引かれて身体を大きく切り裂かれた。
「なるほど……貴様生命に愛されたのだなァ!」
「まだまだ死ぬには早すぎるってのォ!」
一瞬によってイグレットの身体が再生し、
ドラシルの肩を掴んで刀を胸に突き刺すと、まだ再生し切っていない胴体を蹴り、下半身と別れさせる。
胴体のみのドラシルを空に投げ、
イグレットは大量の斬撃により細切れにする。
だが、下半身が一人でに動き始め、
イグレットを蹴り飛ばし距離を取らせる。
再生を始めるも到底間に合うはずがなく、
イグレットの斬撃が下半身のみの彼に襲いかかる。
斬撃を避けながらも再生するドラシル。
斬撃の量は数を増やし続け、切り傷が増える中腹部まで再生を終えた。
「随分キモい身体で動き回るんだなァッ!」
イグレットは限界まで斬撃を放つと、
それはついにドラシルの下半身を捉え始める。
このままなら倒し切れる。
そう確信しかけた時、ドラシルの下半身がイグレットへと突っ込んできた。
「!」
下半身が爆発し大量の冷気がイグレットを包むと、
背後にドラシルが現れた。
「なんでッ!」
「細切れからだって再生するのだぞ」
ドラシルはイグレットを切り裂き、
細切れにするが如く切り続けると、再生とその切りつけの速度は同じであり、血が辺りを染め上げる。
「うォオオオオオ!!」
「はははっ! なんだ貴様ッ!!」
血が舞う中、イグレットは刀を持ってドラシルの喉を貫き、刀を引き抜いて切り裂く。
そして次の瞬間にはイグレットは刀を振り上げており、ドラシルは双剣を握ってそれを防ごうとした。
両者完全に同タイミング。
しかし、この間合いを制したのはドラシルだった。
「ゴファッ!」
ドラシルはあえて防ぐことをやめ、
イグレットの腹を一本の剣で貫いて、
もう一本で心臓を貫く。
「……」
ドラシルはイグレットを見ながら違和感を感じていた。
「貴様……何を」
「今、全世界のありとあらゆる種族が、
お前たち魔王軍の壊滅を望んでいる。
魔王と魔王側近、それに配下の有象無象共……
全員がお前たちの敗北を望んでいるんだ。
なぁ、名はドラシルって言うんだろ?
俺に教えてくれよ……どうしたら俺が負ける?
死に方も忘れちまった……人として死にたかった。
でも俺はそれでも戦う。だって俺は最強だから」
イグレットは口角を上げ苦し紛れの笑顔を見せると、驚いた表情のドラシルは隙が生まれる。
二人の最強。
互いに死とはかけ離れた存在。
だが、思うことはかけ離れており、
剣塵イグレットは全てを背負いながらも疲弊し、
その心は今にも黒に染まりかけていた。
死に方とはなんだろうか。
イグレットは感情を捨て、戦い続ける。
それが世界最強の剣士となってしまった彼の、
宿命であり使命なのだから。




