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純白魔法 -魔法に拒絶された魔法使い-  作者: ガリガリワン
第十七章 魔城島 本丸編

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第百四十九話 また星群の麓で Ⅱ

「どうした。来ないのか?

 そんなに怖気付いてどうしたのだ……

 この剣は未だ貴様を捉えてはおらん。

 擦り傷では命は尽きぬ、さぁかかってこい」


 ドラシルと向き合うイグレット。

 両者の間は圧のぶつかり合いによって空間が歪んでおり、他の三人はイグレットに加勢する気が起きなかった。


「……自分たちが加勢したところで〜」

「ただ足手纏いになるだけ……」

「へへへ……横槍なんて怖くて出来ないや」


 イグレットの肩が呼吸で少し上がった瞬間、

 両者高速で床を踏み込み、空が裂かれるほどの直進の末に、武器同士でぶつかり合う。


 刀に正面からぶつかっても叩き斬られぬ双剣。


 ドラシルは表情を変えずに双剣を自身の方へと下げ、勢いがついたイグレットの腹部へと双剣の刃を向けた。


「ッ!」


 イグレットは咄嗟に身体を横へとずらすと、

 脇腹を多少斬られてしまうが大事には至らない。


 そんなことよりもその後の話だ。


 体勢を崩したイグレット。

 ドラシルは二本の剣の内、一つしか腹部には向けておらず、余った剣がイグレットの首へと迫る。



 風の魔力というのはなにかと剣士に向いている。


 急な方向転換や加速、跳躍に回避、

 その使用用途は扱う者たちによって変わる。


 イグレットが最強の剣士となった理由の一つに、

 圧倒的なまでの風属性の応用である。


 彼は龍刃流であるがため、特に魔力などの操作を練習する必要はない。


 だが、それではイグレットは天才止まり。


 彼が常軌を逸した強さを手に入れたのには、

 限りなく甘えられるところを潰し、使えるものは全て極めたからであろう。


 その鍛錬などは全てこの日のためにあったのだろうか、イグレットはそう感じた。そして大きすぎる壁に当たるこの感覚を彼は知っている。


 暴食のチラテラ、元序列三位の魔王側近。

 あの者と出会った時も感じたことがあるのだ。


 格上からしか得られぬ、

 死闘の中で生まれる高揚感。


 イグレットは先の気分が消え失せる。

 何を弱気になっているのだ。


 イグレット・アルトリエは自身に言い聞かせた。



「……最強」


 イグレットは大量の魔力を足から放出し、

 一気に後ろへと下がっていくと、息を吐いて口角を上げた。


「忘れてた。俺って一応、世界最強の剣士なんだぜ」


 イグレットの瞳から恐れが消え、

 黒き風が彼の周りを濃く漂い始める。


 服がそれによって靡き、髪の毛がゆらゆらと揺れ、

 ドラシルはそれを見て少し笑った。


「スイッチが入ったな……」


 イグレットは姿勢を低くし、少しでも頭を下げれば床に額がつくほどのところまで下げる。


 そしてドラシルが瞬きした時、

 イグレットは音を置き去りにし、

 最高速度でドラシルへと斬りかかった。


「!?」


 双剣を咄嗟に向けるドラシルだが、

 イグレットの刀はそれよりも早く、ドラシルの肩を少し切り裂いたところで、双剣によって止められた。


 ドラシルは刀が自身から離れる前に、

 イグレットへと蹴りを放つと距離を離す。


 ドラシルは少し驚いていた。



 チラテラを単独で倒し、シルティとの戦いでも生き残ったこの男、想定はしていたが想像以上に強い。


 ここまで強いとは思っていなかった反面……

 なんだこの嬉しさは……胸の高鳴りが収まらぬ!


 剣塵……現代最強の剣士よ……

 力尽きてくれるなよ……この我の腕は貴様の剣と戦いたいと叫んでいる。



 ドラシルは双剣を逆手に持ち、

 床を踏み込んでイグレットへと飛びかかった。


「存分にもてなせ剣塵ッ!」


 距離が狭まり、双剣を振って斬撃を放てば、

 それをイグレットが弾き、二人は走って間合いを詰め、再び剣がぶつかり合う。


 刀を双剣で防いだドラシル。


 一瞬、冷気が爆発的に放出されると、

 ドラシルは左手に持つ剣で刀を防いだまま、

 右手に持つ剣でイグレットの腹部を横に斬る。


「ッ!」


 腹部を薄く切り裂かれてしまったイグレット。


 しかし、彼は痛みに怯むこともなく、

 刀を高速で振り直してドラシルの肩から腰まで縦一直線に切りつける。


 ドラシルはイグレットと同じく薄く切り裂かれ、

 両者傷を負いながらもそこから激しい斬り合いへと発展する。


 辺りに血が飛び散りながらも二人は攻撃を止めず、

 その斬り合いを制したのはイグレットだった。


「チャァアアアアッ!!」

「ッゥ!」


 イグレットの強烈な一撃がドラシルを袈裟に斬り、

 深傷を与えられたドラシルは距離を離す。


「……惜しいものだな。

 実力だけで言えば我に届く剣技、もし寿命長き種族であったら、貴様のその身体は限界を迎えなかった」


 イグレットの胸がクロスに裂かれる。


「っぶはぁ……」

「人族が故にこの我に勝てぬのだ」


 イグレットの身体的全盛期は過ぎている。

 いくら魔力で補おうと限界はあるのだ。


 剣技は今もなお成長し続け、常に全盛期。

 世界は均衡を保つために彼を人族にしたのだろうか、身体的な限界ほど悔しいものはない。


「……たった一度の斬り合いだけですでに息が上がり、挙げ句の果ては深傷を受けてしまう」


 ドラシルは再生を終えて白い息を吐く。


「圧倒的不利であり戦う時期も悪い。

 それでも、貴様は我と戦うのか?」


 イグレットは血を流しながらも立ち上がり、

 大量の傷が訴える生存本能を無視して話す。


「それでもだ……!

 俺はここで生きて帰るつもりなんてない。

 今、時代が変わろうとしている……長い長い一つの戦いが終わろうとしている……そこで俺は考えた。


 新しい時代に俺のような剣士はいらん!!

 生憎、俺の後ろにいる三人はちょー強いんだぜ?

 あんたも少しは驚くだろうな」


 ドラシルはそう言われて顔をしかめる。


「貴様よりもか?」

「俺よりもだ……!」


 イグレットの瞳には一片の曇りもない。


「……そうか、なら貴様が逝った後に剣を交えてみよう。貴様の言葉が嘘でないことを願っている」


 ドラシルは少し懐かしい気持ちに満たされていた。



 彼は右の頬に大きな古傷を持っている。


 それは600年ほど前に何度も戦った相手。

 君級剣士の男からつけられたものだ。


 ドラシルはその剣士と何度も戦い、

 一度も勝敗が決することなかった。


 引き分けがただひたすらに続き、朝から夜まで戦い続け、どちらも疲労で倒れてしまう。


 彼らは敵同士でありながら、

 微々たる幸福感を味わっていたのだ。


 強者との戦いこそが愉悦。

 その数十年を超える幸福感をドラシルはあれ以来味わっていない。


 イグレットはその剣士と似ている。

 そしてその剣士も言っていたのだ。


『俺よりも強い奴は沢山いる。

 俺はな、ただの氷山の一角に過ぎんのよ。

 これからの時代、いつかめちゃくちゃ強い奴がお前を殺しにくる』


『貴様よりもか?』

『ははっ、そりゃあ俺よりもだ!』


 いつの日かの星空の下、

 好敵手と交わした会話が脳裏に浮かぶ。



 少しの静寂の後にドラシルは双剣を逆手に構え直し、瞳が一瞬光ると冷気が部屋中を満たした。


「……ゆくぞ」

「あぁ来いよ……」


 イグレットは傷を多く負い、血を流してはいるが、

 依然圧は乱れず、ドラシルの放つ重圧を押し返していた。


 二人の呼吸がぴったり合わさった瞬間、

 イグレットは全身全霊の一撃を放つ。


峨天(がてん)ッ!!」


 天断の一撃、イグレットの奥義。

 巨大な黒き斬撃が放たれ、床を裂いて天井を裂き、

 雲が裂かれて日差しが部屋に差し込む。


 斬撃はドラシルへと迫り、そのあまりにも規格外な一撃にドラシルは双剣を構え、両腕に万力を宿す。


蒼両断(そうりょうだ)ちッ!!」


 二つの氷剣から放たれる青黒い斬撃が、

 巨大な黒き斬撃にぶつかると激しく押し合う。


 そして数秒もしないうちに爆発が起きると、

 爆風かと思わせる風圧が部屋中を駆け巡り、

 冷気が部屋の壁へと叩きつけられ壁が凍てつく。


 後方にいた三人は腕で目を覆い隠し、

 とてつもない衝撃を前にして立ち尽くすのみであった。


「……イグレットさんは?」


 パラトアがそう言う中、

 ルルスは白煙を凝視する。



 煙が晴れかかる時、三人は目撃する。


「やっぱりそうなるんですね〜……」



 目に映る光景は現代と言わず、

 史上最強とも謳われた剣士の末路であった。


 剣塵、イグレット・アルトリエは、

 袈裟に斬られており傷は完全に凍りついている。


「……まぁこうなるよな。

 でもあんたの本気が見れたのは嬉しかったぜ」


 ドラシルは頭上に浮き出た光輪を消すと、

 イグレットの前に立って感謝を伝えた。


「久しい気持ちを思い出せた。

 感謝するぞ剣塵、良い技だった」


 ドラシルは致命傷一歩手前の傷を再生していき、

 イグレットから歩いて離れると、三人へと身体を向けた。



「さぁ、お墨付きな貴様らの実力を見せてみろ」


 イグレットは放置していては死んでしまうだろう。

 まだ息があるが故に助かる見込みはあるが、彼を助けるにはこの男を倒さねばならない。


「勝手にハードル上げられてもなぁ……」

「どうせ戦うんだし、関係ないでしょ」

「うへぇ〜、さすがに緊張しますね〜」



 最強倒れし戦場にて、次世代の剣士たちが邪族最強の剣士へと立ち向かう。


 三者の剣が今、力を宿し苦難へと切先を向ける。


 部屋に満ちる冷気が再び強まった。

 ドラシルの息は白く、圧は一切衰えない。

 戦いは次のフェーズへと移行する。

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