第百四十八話 また星群の麓で Ⅰ
魔王側近との戦いを終えた三班。
皆の怪我は重傷と呼ぶに相応しいものばかり、
各班の状況はこうだ。
まずは凍獄班。
リクスは切り傷などが深く、
凍傷も酷いため戦闘不能状態。
サルメトは左半身が壊死、回復の見込みは薄く、
足も大きな怪我を負っている。
そしてエクワナとメルカトだが、
両者右腕を失い、大量の怪我に魔力の枯渇と、
当然動ける状況ではなく凍獄班は全員が戦闘不能。
そして虹帝班。
レイテンは重傷ながらも、治癒魔法でほとんど治すことが出来たため、一応戦うことは可能だ。
クラテオは両手を欠損している。
怠惰の火を防ぐ際に焼け落ちてしまった。
ユマバナは欠損こそないが、魔力枯渇に内臓の負傷、それに加えて粉砕骨折など内部のダメージが大きく、治癒したとて激しく動けないだろう。
そして、虹帝ネルは戦死した。
虹帝班はレイテンを除き全員が戦闘不能。
ユマバナこそ魔液にて回復すれば戦えるかもしれないが、内臓のダメージも大きく激しくは動けない。
最後に純白班。
色欲との戦いを制したフラメナたち。
意外にも欠損は少ない。
*エルトレやゲルトラも傷は治癒魔法で癒やせ、
ユルダスやライメもそう重症ではない。
フラメナに関しては再生するので無傷。
だが、疲労度や魔力枯渇、
それらを加えると皆戦闘不能に近しい状況だ。
そして、この戦いで二名が死亡している。
レイワレとノルメラ。
この二名の爪痕が色欲を負かす一手にもなった。
純白班は魔液さえ与えられれば、
ライメやフラメナはまだ動けるだろう。
ゲルトラや*エルトレは疲労度などが大きく、
ユルダスはまだまだ戦えるそうだ。
戦える状況の戦士たちは前へと進む。
大量の一般戦士たちが魔城島の低等級の邪族を討伐し、前線はどんどんと上がっていく。
魔王の首まであと少し。
しかし、最古にして最強の魔王側近。
憤怒のドラシル・メドメアス。
彼が立ちはだかる。
剣塵率いる最強の剣士たちは、
邪族の剣士の中で最強と呼ばれる彼を倒せるのだろうか? この世界は魔法全盛であり、魔王側近はドラシルを除いて全員が魔法使いであった。
魔法を扱わないのはドラシルだけである。
魔法全盛時代の前から生きる最強の剣士。
冷気が本丸を包み込む。
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転移直後まで時を遡る。
憤怒のドラシルと対する四人の剣士たち。
剣塵イグレット、不視パラトア、笑死ルルス。
そして将級剣士ではあるが東勢大陸一番と言われる、オルテッド・ラングトルア。
火将級剣士の彼は、君級に劣らず強力な剣士である。
四人から少し離れたところで床に座るドラシル。
「……かかってくるのならばいつでも来い。
何人いようとそう結果は変わらん」
明らかにこちらを格下と確信している発言。
そんな言葉を聞いて穏やかでいられるメンバーではない。
特にパラトアは恩師のガルダバを殺されている。
あの出来事以来パラトアは変わった。
甘い部分を全て無くし、ただ勝つためだけに剣を握って己を鍛え続ける。魔法頼りの剣術はやめ、人刃流を名乗れるほどに極めたのだ。
そんな彼女の瞳から光は消えている。
「随分とナメてくれるのね」
「……あの時以来か、貴様にはそう期待しておらん。
我が唯一期待しているのは剣塵、貴様だけだ」
ドラシルは鋭い目つきながらも指を差す。
「どうやら自分らは仲間外れみたいですね〜」
ルルスはいつも通りニコニコとしており、
イグレットはドラシルへと言葉を返す。
「あぁ助かるよ。俺もお前くらいしか期待できる敵がいなくて困ってたんだ」
ドラシルはそれを聞いて口角を上げた。
「面白い返しだな。少し良い気分だ」
ドラシルは獣族(鮫族)と魔族(光族)のハーフだ。
鮫族は獣族でも強い部類であり、
数も少なく大半が海で生涯を終える。
光族はとても特殊な種族だ。
よく悪魔族と対を成す種族とも言われている。
彼ら光族はその者が得意とする属性に応じて、
頭上にある光輪の色が変化するのだ。
光輪は常に出ているわけではなく、
強く魔力を放出したりなどすると出る。
ドラシルは光族の血が多く、人型ながらも鮫の特徴を持っており、腕や足などにはヒレがついている。
「……好きなタイミングで来い。
こちらから攻めることはないと思え」
ドラシルのその発言に少し苛立つパラトア。
オルテッドがドラシルを見て少し身震いした。
「あんな怪物と戦えるなんて……
へへ、へへへっ、生涯悔いなしかもなぁ」
オルテッドは黒紫の髪を持ち、瞳は青い。
歳は二十一で霊族である彼は頭のネジが飛んでいる。
小柄ながらもダガーを両手に持ち、
ふらふらと横に揺れる彼には異名がある。
拍双。
とにかく彼はテンポの良い戦い方をし、
その動きで数多くの邪族を倒してきた。
「皆、先手は俺がやってもいいかな?」
「えー、僕も戦いたいですよぉう」
イグレットの言葉につっかかるオルテッド、
するとドラシルが立ち上がり、イグレットを指差した。
「ならん。剣塵が初手ならば多少は興が湧く。
楽しめれば烏合の衆とも剣を交えてやろう」
ドラシルは両腕を広げ、真っ青に染まった氷の双剣を作り出し、それを手に持って歩き始める。
放たれる大量の圧、それは空気を重くし続け、
冷気が屋内を包み込み、気温が下がっていく。
向き合うイグレットとドラシル。
黒い風が吹き始め、冷気を纏った風となり少し寒気を感じてしまうものだ。
両者万全にて最強同士の斬り合いが始まる。
抜刀したイグレットは、その場の三人が認識できない速度で斬りかかると、それを交差に構えたドラシルの双剣に防がれてしまう。
「なるほど、直線にて最高速度で斬りかかるか、
悪くないが、少しだけ我には届かんようだな」
ドラシルは剣を押してイグレットを後方に押し返すと、そのまま双剣を逆手に持ち替え、斬撃を放つ。
高速で巨大な氷の斬撃を避けるイグレット。
だが、その斬撃は何も必殺技ではない。
眼前にあまりにも多すぎる氷の斬撃が現れる。
「マジかよ……」
イグレットは刀で自身に当たりそうな斬撃を弾き、
直撃を逃れるが結局のところ切り傷は、腕や足などに少し受けてしまう。
後方の三人は斬撃を各自で防いでおり、
今の攻撃で受けた傷はほとんどなかった。
斬撃をただがむしゃらに放ったわけじゃない。
俺を殺すために集中して放ったんだ……
それを咄嗟に簡単に成すなんてイカれてる。
魔王側近の頂点と言われる存在だが……
いくらなんでも強すぎるだろ。
ドラシルは双剣を構えながら歩き始め、
口を開いて宣言する。
「次はこっちの番だ」
ドラシルの体勢が一気に低くなり、
超高速でイグレットへと向かってくる。
その動きは龍刃流そのものだ。
イグレットは足元に放たれる攻撃を跳んで避けると、風の魔力によって後方へと移動して着地。
その瞬間、ドラシルが目の前に現れ、
まさにクロス状にこちらを裂こうとしていた。
「……!」
イグレットはその場でもう一度跳び上がり、
風の魔力を使って滞空時間を短くして、一気にドラシルを頭上から刀で切り裂く。
ドラシルは腕を上げて刀を受けると、
その腕には氷が付着しており、切断にまで至らなかった。
イグレットが着地して両者は再び向き合う。
内心、イグレットは最悪な気分だった。
今の攻撃すら防がれるってなると一体何が効くんだよ……俺みたいな中年でしかも後半に差し掛かったジジイが、こんなバケモノに勝てるかよ。
……だからって諦める理由にはならないけどよ。
こんなに対応してくるもんなのか……?
剣士ってのは初動の動き方だけで強さがわかる。
ドラシルは紛れもなき強者。
イグレットはそんな直感に少し絶望しながら、
剣を握り直し前を見た。




