第百四十七話 向天吐唾 Ⅹ
僕の魔力の残量はあと二割もない……
天理の欠片は一割程度、その後ろの動けない奴らは全員一割以下、もう動くことなんてできない。
超ギリギリだけど勝てるな。
ふふっ、正直ここまで追い詰められるなんてね。
エルドレは手を叩いて水の針を大量に作り出すと、
右手をフラメナの頭へと向けて指差した。
「バァ」
エルドレが指を鳴らすと一気に水の針が動き、
フラメナへ一直線に向かっていく。
一箇所に向けて放たれる針たちは、
融合して形が大きくなり、フラメナの視界いっぱいに針が映る。
このエルドレっていうクソ野郎を倒す方法……
もうこいつも多くの魔力は残っていない……
私も魔力はほとんどないし、
これ以上長引いたら確実に負ける。
……最低二回、私の魔法を直撃させる。
腕とか、足だとかそういうところじゃない。
腹、胸、頭、それも違う。
もっと細分化して確実に急所に打ち込む。
魔力が一番に集まるのは心臓より少し左にずれた、
ちょうど身体のど真ん中……そこを抜く。
もう下手に弱い攻撃ばっか当ててらんない。
確実に急所を叩いてこいつを倒す。
フラメナは水の針を右にスライディングして避け、
エルドレと目を合わせると、雷の斬撃が一瞬で腹部へと迫る。
足から火を放出して緊急回避を行うフラメナ。
エルドレは尻尾をフラメナへと向けると、
黒い水を豪速で放ち、フラメナはそれに直撃。
凄まじい衝撃で吹き飛びそうになるが、
火の縄を手から放出して瓦礫に巻きつけ、なんとかその場に残ることに成功する。
「……ぅぐっ」
さては、多分魔力関連の強化だけだな?
身体的な強化はされてないからなのか、
僕の攻撃はまだまだ当たる。
バカみたいに魔力ばっか強化しても意味ないよ。
結局当てなきゃどうにもならないんだからさぁ……
「……え、ゲルトラさん?」
ライメは自身の後方から歩いてきて、
横を通り過ぎるゲルトラの姿を見て驚く。
「もう十分休んだ。最終局面なんだ……
私だってまだ役に立ちたい。
すまない、少々でしゃばりなんだ」
ふらふらのゲルトラ、レイピアを構えると揺れは消え、その姿は剣士として完成された形へと変わる。
エルドレは気が付いていない。
師匠……安心してください。
ちゃんとこいつはここで死にます。
だって見てくださいよ……フラメナさんの目は、
輝き続けていて負けることを考えていない。
私は……正直少し無理な戦いだと思っていました。
でも、今なら分かります。
勝てる。
……もう一度やってみせろ。
あの、最強の一撃を――
「……あ?」
「黎閃ッ!!」
辺りの熱気を押し除けるように、大量の電撃が一直線に放出され、エルドレへと向かって神速の突きが放たれる。
エルドレはそれを察知して避けようとしたが、
突如腹部に刻まれたリルメットの古傷が疼き、
一瞬、動きが止まってしまう。
「ガァァアッ!!?」
胸を貫かれたエルドレ。
ゲルトラはレイピアを突き刺した瞬間、無理に雷の魔力で突撃したせいなのか、意識を失う。
「なにが起きっ……」
エルドレは胸に穴が空いた状態で少しふらつきながらも、手から大量の水を放出し、ゲルトラを呑み込もうとした。
「本当に怪物だよゲルトラさんはッ!!」
フラメナは走ってゲルトラの腕を掴むと、自身の方へと引き寄せ、足を爆発させて横へと飛ぶ。
水を回避したフラメナとゲルトラ。
その隙はあまりにも大きく。
エルドレの再生が終わろうとしていた。
「おい魔王側近!」
「あぁッ!?」
ライメが足を震わせながら無理矢理立ち上がる。
「いつ僕が魔力切れだって言った?」
「まさか……ッ!!」
エルドレは背後に感じた魔力に対し、
振り返って拳を突き出す。
「は?」
そこには氷塊があるだけで転移が発動しなかった。
「残念! 焦ったね……それが君のミスさ」
フラメナは白炎を手に集中させ、
エルドレの胸を思い切り貫いた。
「ガァアアッ!!」
魔力の核とも言える中心部が破壊され、
エルドレは大きく魔力を消耗。
加えてフラメナの純白が猛毒と化し、
ドロドロと腹部が溶け始める。
「うっぐぅうああああ!!」
エルドレはがむしゃらに大量の電撃をそこら中に放ち、フラメナはそれに貫かれながらもエルドレの首を掴む。
「だぁああッ!!」
フラメナは頭突きを放った。
それにより白目を剥いて倒れかけるエルドレ。
「っぅ! 死ねェエッ!!」
ギリギリ意識を保ったエルドレ。
彼の尻尾が二人の股を通り抜け、
フラメナの背中へと先端が達しかける。
***
転移が発動した。
「更に残念……実は一回分残ってるんだよ」
ライメは鼻血を出しながら魔力枯渇によって倒れると、*エルトレに支えられて気を失う。
「くそっ、どこだッ!! どこだァアッ!!」
「ここよッバーカッ!!」
エルドレが振り返ると、
フラメナがすでに間合いへと入っていた。
だがこの距離であればエルドレも反撃ができる。
全身全霊、己の全てを賭けた拳が放たれた。
一直線にフラメナの腹部を狙う拳。
「なっ……!!」
エルドレの拳は空を裂いた。
フラメナの姿勢はとてつもなく低く、
エルドレは下を見てこちらを下から睨みつけるフラメナに、とてつもない恐怖を感じた。
産毛から細胞、身体中のありとあらゆる神経が拒絶している。
『憎くて憎くてしょうがない!』
『あいつさえいなければ……!』
『俺の家族もあいつに殺された!!』
『絶対に許さない……』
『フラメナ様ならやってくれる……!』
『どうかお願いします……!!』
『色欲のエルドレに勝ってください』
『フラメナさん……俺は色欲を倒したいっす。
あいつは、討伐隊のみんなだけじゃない。
大昔から色んな人の大切な人を奪ってる。
俺はちっぽけな存在っすけど……倒したいっす。
フラメナさん……俺は信じてますよ』
『フラメナさんならあいつを倒せる』
「白球ァアアッ!!」
白き炎纏いしフラメナの拳が、エルドレの胸の中心目掛けて放たれ、それは再生し切った身体を貫き、エルドレを勢いよく後方へと空を舞わせて吹き飛ばす。
「ブハァッルァアッガアアアア!!」
地面を転がって倒れるエルドレ。
全身の痙攣に耐えながらも四つん這いになり、
必死に再生を行って胸の傷を癒し、炎を消す。
「……弱肉強食、確かにそうね。
いつだって、私は否定されることも多かった。
でも……知性がある者たちに弱肉強食なんて言葉はあまりにも似合わないわ。
私たちは考える力を持っている……だから考えたの、そしたらあなたを殺すのが一番って気づいた」
エルドレは大量の血を吐きながら顔を上げ、
おどおどと後退りした。
「もう……考える必要なんてないかもしれない。
あなたがそうしないと生きられないなら、私はあなたを殺す。これはあんまり好かないやり方だけど、
あなたは大好きなんでしょ? 弱肉強食ってのが」
「あっ……ぁぁ……!!
来るなぁ……!!」
エルドレは走ってその場から逃げようとするが、
魔力で十分に全てが回復出来ておらず、膝が折れてその場で倒れる。
冷や汗が止まらないエルドレ。
「まだ……まだっ」
フラメナがゆっくり歩いて近づく。
翼も角も尻尾も再生していないエルドレ。
だが、もはや逃げるほどの魔力が残っていない。
「……最後まで惨めで助かるわ。
あなたがどう生きてきたかなんて知りたくない。
知ったとしても私はあなたを殺す……
これも運命なのよ。あなたは運命を変えられなかった。ただそれだけ……さぁ道に沿って歩く時間よ」
エルドレは口をガクガクと震わせると、
走馬灯が流れる。
「……あれ……誰もいない」
エルドレの走馬灯。
それには誰も出てこなかったのだ。
「……僕ちゃんにとっては全てどうでも良かった?
なんで……僕ちゃんは何で満たされるんだ?
……勝利……? でも、それはもう味わえない」
エルドレの心は空っぽだ。
「天理の欠片……いやフラメナか……
できることならもう一度と言わず、無限に戦ってみたい……何度も何度も戦って……ギリギリで勝ちたい。
そうだ地獄で戦おう。そうしよう……!」
視界が現実に戻る。
フラメナの指先から火の矢が放たれ、
エルドレは心臓を貫かれると、足先から塵となり始めた。
「……ねぇフラメナちゃん。
死んだら地獄に来てよ。そこで僕ちゃんとずっと戦おう! そうしたら君は何回か僕を殺せるかもしれないし、僕は勝利を何度か味わえる!
すごく良い関係だと思わない!?」
馴れ馴れしく話しかけてきたエルドレ、
彼の目の輝きは消えている。
フラメナはそれを聞いて鼻で笑うと、ライメを指さし、エルドレにウィンクして返答する。
「お断りよ。私は一緒に天国に行く相手がいるから。
一人寂しく地獄で苦しみ続けなさい」
「……なんだよ……釣れなぁ」
エルドレは笑顔から無表情へと変わり、
塵になる速度が上がって一瞬で消えてしまった。
色欲のエルドレ・メラデウス。
ついに全ての恨みを背負ってこの世を去る。
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フラメナはその場に座り込むと、
姿がいつもの姿へと変わり、辺りの熱気が一気に収まった。
意識があるのは*エルトレのみ、
フラメナは*エルトレへと顔を向けると、
ニコッと砕けた笑顔を見せた。
「……あっははは、最高。
ほんと……最高だよフラメナ」
*エルトレは嬉しそうに下を向いて笑い、
二の丸跡地にて戦士たちは死闘の余韻の中、勝利を噛み締めて口角が上がってしまった。
残る魔王側近は一名。
憤怒のドラシル・メドメアス。
彼の剣術はまさに無双と呼ぶに相応しかった。
第十六章 魔城島 二の丸編 ー完ー
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第十七章 魔城島 本丸編




