第百四十五話 向天吐唾 Ⅷ
「俺はぜってーに剣士にはならないから!」
ノルメラ・イルデルス。
彼は魔法が大好きな少年だ。
生まれはスロアト港であり、両親は漁師と剣士。
家も裕福というよりは一般的なレベルで、不自由が特にない生活を送っていた。
彼は両親の影響もあってか剣士になることを勧められていたが、魔法が好きすぎるので結果的に魔法使いとして大成している。
等級としては帥級、大多数の魔法使いより強いノルメラだ。死ぬことは稀である。
だが彼は死んだ。
帥級は結局のところ、将級や君級には敵わない。
災害を防げるほどの力もない。
枠内での最強地位であって、規格外の者たちには淘汰されてしまうのである。
ノルメラはフラメナたちが羨ましかった。
まだ二十歳を超えて間もない者たちが、
将級を経験し君級となっていることに。
もちろん君級になるまでの苦労は知っている。
それでもノルメラだって努力の量じゃ負けてない。
何度も本を読み返して、実践して、
最善の策を考えることに特化してきた。
だからこそ悔しかった。
この魔王側近との戦いでは、彼が考える中で最も最善の策というのは、自爆以外なかったのである。
どうせなら老けて死んでみたかった。
戦士として生きている以上、贅沢な願いかもしれないが、ノルメラは老衰でこの世を去ってみたかった。
フラメナに魔王側近と戦うことを強要されたわけじゃない。むしろノルメラの自身が希望した。
ちっぽけな力でデカすぎる悪に立ち向かう。
無謀だって笑われても良い。
それでも、ノルメラはちっぽけな力でも大きな正義感を持つことは、悪いことじゃないと思っている。
確実に死んだって良い。
死んでも何かを貫きたい。
ここで逃げてみんなが死んだらどう思うだろうか。
皆が戦う中、食う飯は美味いのだろうか。
んなわけねぇ……!
俺は弱い、なら弱いなりに何かできるはずだ。
明確な悪を討ち果たすために、俺は正義を胸に戦ってやる。小さな力でも無駄じゃないはずだ。
明日食う飯がなくなったって、その飯を不味いと思いたくはないんだ……だから、俺は自分を貫く。
どうせ魔王側近は死んでないし再生する。
それでも……紡げたはずだ。
皆が勝つ未来を……
頼む、勝ってくれ……フラメナ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
フラメナとエルドレ、両者向き合う中、
先に動いたのはエルドレだった。
するとフラメナは片手を上げて、
後方の皆にあることを伝える。
「みんな私と一緒に戦って」
迫るエルドレの尻尾。
フラメナは上げた手を勢いよく振り下ろし、
尻尾を地面へと叩きつけた。
フラメナの言葉を聞いた三人。
即座に皆、戦闘態勢になり、ライメが魔法を短縮発動でエルドレへと氷魔法の冷気を浴びせた。
少しだけ身体に霜がついたエルドレ。
赤黒い水の斬撃を前方に五つ作り出すと、そのまま即座に放ち、フラメナへとその斬撃が迫る。
だが、それは二人の剣士によって防がれる。
ユルダスと*エルトレの剣によって斬撃は防がれ、
隙ができたエルドレへとフラメナは、白炎を両手に纏って急接近する。
エルドレはそのフラメナの動きに合わせ、
翼を大きく広げて電撃を放つ。
この距離じゃ流石に避けるのは無理でしょ。
転移だって発動したところでもう場所はわかる。
確実に一撃入れられる……!!
***
転移が発動した。
「ここだァッ!!」
エルドレは背後に感じたライメの魔力を頼りに、
振り返って思い切り拳を突き出す。
「は?」
エルドレの拳は氷塊を破壊しただけであった。
***
再度転移が発動し、フラメナがエルドレの横に現れる。
「騙されっ!」
「あなたが勝手に騙されたのよッ!!」
フラメナの白炎を纏う拳が、
エルドレの横腹を強く殴打し吹き飛ばす。
床を転がった後に、必死に火を消すエルドレ。
再生を少し雑に終えて立ち上がった瞬間、足の腱が切られ再び倒れてしまう。
「今だァ!」
ユルダスの攻撃はエルドレを正確に捉え、
交代で*エルトレが剣の武器を斧へと変形させながら接近し、エルドレの首を切断する。
***
転移が発動して二人が下がると、
入れ替わりでライメとフラメナが現れた。
「ライメ、いける?」
「余裕……!」
ライメは倒れてまま再生を終えかけるエルドレに対し、とっておきの魔法を放つ。
「氷極天嵐!!」
氷魔法の中でも君級に属する魔法。
ライメは戦争前にエクワナからこの魔法を教わっていた。
前々から使える魔法ではあったが、切り札などにするほど出力も出せず、いまいち使うメリットがない魔法となっていた。
しかし、エクワナの教えによってライメはその魔法を使いこなすに至る。
絶対零度とは言えずとも、人体を凍らせるには十分な冷気が竜巻のように発生し、天井を破壊して瓦礫を呑み込みながらエルドレを持ち上げる。
「天炎星!」
巨大な氷の竜巻へと放たれたフラメナの白炎。
それは太陽のように膨張し続け、
氷の竜巻へとぶつかると中へと入っていき、
中心に滞在するエルドレへを呑み込む。
そして次の瞬間、中で炎が破裂した。
球体が崩れ、そこら中に閃光が走る。
***
フラメナたち五人は転移で二の丸の外へと出た。
その瞬間、二の丸全体を吹き飛ばす大爆発が起き、
辺りが更地へと一瞬で変化する。
「……二人ってやっぱ君級なんだね」
*エルトレがそう言うとフラメナは少し笑って話す。
「私たち二人で戦ったら君級以上。
*エルトレとユルダスも入れたら最強よ」
ユルダスは倒れていたゲルトラを背負い、
ライメへと聞く。
「んで……まだあいつは生きてんだろ?」
「まぁね……まだ生きてる。
でもかなり魔力は消耗したはずだし、
こっちだって反撃ができてないわけじゃない」
更地となった二の丸を覆う煙が晴れていき、
ボロボロのエルドレが再生を終えようとしていた。
「私、いつも気になるんだけど、
魔王側近って服ごと再生してるわよね」
フラメナがそう言うと、ライメがそれに反応する。
「さすがに全裸は嫌なんじゃない?」
「あっははは、ちゃんとそう言うところは考えてるのね。まぁ服が再生してもしなくてもどうでもいいわ」
フラメナは再び熱気を辺りへと漂わせた。
「あいつが死ぬまで、私たちは攻撃するだけ」
エルドレはボーッとしていた。
どうすればこの四人を殺せるか。
格段に動きの練度が上がった。
策を練りに練ってきたな……僕ちゃんここまで追い詰められたの二回目……あー、あの時はどうやって勝った? さすがに思い出せなさそうだなぁ……
じゃあ新しく勝ち方を見出すしかないなぁ……
あいつらを確実に殺す魔法……
領域……聖海血染は無意味だし……いや待てよ。
じゃあもう一個作り出せばいいんじゃないかな。
魔法は呼称する名によって強さも決まる。
どれだけ効果内容を名に入れるかで強さも変わる。
あいつらを殺すための……とっておきの領域。
ははっ……すごいなぁ、レアルトちゃんはこうやってずうっと考えながら戦うんだ。
さっきの爆発が起きた時……レアルトちゃんは死んだ。魔力が感じられなくなった。
多分負けちゃったんだ。
あんなに僕より才能があるのに負けるなんて、
正直言って信じられないし、敵をナメてた。
僕ちゃんもそうさ、こいつらをナメてた。
でも、もう油断しない。
本気で潰す。僕ちゃんだって少しくらい生きる意味は持ってるのさ。
ーーー
ユルダスはゲルトラを*エルトレへと預け、
フラメナと共に前へと走り出す。
「領域魔法……血霊天領罰」
それは一か八か、領域魔法の発動である。
赤黒い結界が球状に更地を覆い、薄暗い空間にてフラメナたちとエルドレは対する。
「なによこの領域……」
「こんなの情報にはなかった……」
フラメナとライメがそう言うと、エルドレは手を広げて翼を羽ばたかせて話し始める。
「そりゃあ今作った魔法だもん!!
僕にもできるんだなぁ!」
エルドレの辺りから大量の赤黒い水の幻像が生まれ始め、ゆっくりと皆の方へと歩き始める。
ここでやり切れなかったらいよいよ僕ちゃん負けそう。でも今ならできるよね。
気持ち良くなってきた。
こう言うのだよこう言うの!!
こう言う土壇場で成功するみたいなのが、
いっっちばん気持ち良いんだッ!!
あぁ脳汁が溢れるなぁぁ!
最っ高に良い気分だ!!
「君たちさぁ! テンション上げてけよぉッ!
僕も賭けるもの賭けたんだ!!
さぁフィナーレを飾ろうッ!!」
エルドレは満面の笑みを浮かべ、
水の幻像が走り始めた。
エルドレはハイになっている。
傍から見れば気持ち悪い状態だ。
戦いに終わりが見え始める。
領域魔法によって魔力は大幅に消耗されていっている。領域が崩壊した時、それはエルドレの魔力が微々たる量しか残っていないという証だ。
勝つのは正義か悪か。
全て背負いし四人の戦士と、欲に従う悪魔。
「みんな、勝つわよ」
士気は十分。
フラメナたちに恐れはない。
あるのは希望だけだ。




