第百四十四話 向天吐唾 Ⅶ
ライメは天才と呼ぶに相応しい。
フラメナと同じ年齢で君級にはなれなかったが、
二十歳という若さで君級になるのも異常だ。
氷魔法の威力や魔法技術の高さ。
加えて転移魔法という唯一無二の強みを持っている。
魔法使いとして近接戦での俊敏さは必要ではない、
だがこう言った強敵との戦いではそれが必要となってくる。
ライメは運動神経には恵まれていない。
フラメナや*エルトレ、ゲルトラが倒れればライメがエルドレに勝てる未来は存在しない。
それ故にこの戦いが始まる前、
ライメは皆へとある策を伝えていた。
「僕やノルメラは近接戦ができない。
色欲のエルドレは情報が正しければ、
近接戦を好む戦闘スタイルだって聞いてる」
ライメはそれに続けて話す。
「だから近接戦闘要員のみんなが倒されると、
一気に勝機は消える。そこで僕は一つ策を案じた」
ライメの出した策、それは――
「フラメナを確実に生かす」
「わ、私? でも再生するって言っても限度はあるわよ……出血が多すぎたら全然私も死ぬわ」
ライメは一枚の魔法陣が描かれた紙を取り出す。
「君級魔法使いの癒王が残した君級治癒魔法陣。
エテルノ王国が厳重に管理するほどの代物さ」
「ついに窃盗か……」
*エルトレがため息をついた。
「ちっちがうよ! ネルさんのコネで貰えたのさ!
魔王側近に特効を持つフラメナが死んだら、この戦争は勝ち目がなくなるって……この治癒魔法陣が描かれた紙はもう、世界に二枚しかない。
その二つを僕たちは譲り受けている」
ライメは紙を見た後、フラメナへと視線を向ける。
「君級治癒魔法はほぼ全ての傷を癒す。
対象が死んでいなければどうにかできる。
フラメナにはこの二枚が託されたんだ。
それだけ、今の世界はフラメナを認めているんだよ」
そう言われたフラメナは、少し唇を震わせながらも立ち上がってガッツポーズを取る。
「任せなさい! 私が全部ぶっ倒してやるわ!!」
「ふふっ、その意気で頼んだよ」
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こいつを殺すのは僕じゃなくていい。
フラメナはまだ死んでいない……フラメナが完全に死ぬまでに魔法を発動させればいいんだ!
できるか……? こいつを相手にしてそんなことが、僕たちにはできるのか……?
『不安なんてないわよ。
やる時はやるしかないの、いつだってそうだった。
旅でよく経験したでしょ? ライメは大丈夫。
そう言った無理難題を全部こなしてきたんだから』
フラメナの言葉がライメの脳内を過った。
「ふっー……*エルトレ、前を頼むよ。
僕が全部どうにかする」
「……あたしが死んだらデコピンね」
*エルトレが前へと走り出した。
「あははははぁっ!! 邪魔者がいない戦いは大好きだァ!! 一方的な方が僕には似合ってるやァ!!」
エルドレは赤黒い水を腕に纏い、
*エルトレへと水の針に加え、電撃を放った。
水の針を避けた先にある電撃。
***
転移が発動してそれを*エルトレは避けた。
エルドレの横へと転移した*エルトレ。
それに対してエルドレが放つ尻尾の突き。
「っ!」
*エルトレは片手で尻尾を上から叩くと、
跳び箱を跳ぶように跳ね上がってエルドレを越えていく。
「?」
「火兎!」
*エルトレを思わず目で追ったエルドレ、
その一瞬の隙にノルメラの火魔法が放たれた。
それは兎のような火が何十も作り出され、跳躍しながらエルドレを囲むものだった。
「こんな魔法で! 一体何ができるって言うんだい」
エルドレは手を横に振るうと一瞬で火を消した。
火が消えて視界に入る光景。
それはエルドレの予測を大きく越えたもの。
どうせ魔法の準備だとか、
まさに切り掛かる剣士だろうと思っていた。
「転移!」
わけがわからなかった。
近くには転移用の氷塊も作り出されておらず、
その転移魔法の発動はあまりにも奇怪。
フラメナを転移させるつもりなのか?
否、そんなことをすればエルドレの攻撃によって、
フラメナは更にダメージを受ける。
ならばどうするか?
現れる新たな人影。
それは妙に見たことがある顔つき。
本人ではない、おそらく子孫だ。
エルドレが認めた天を裂く一撃を持つ剣士。
ヨルバ・ドットジャークの子。
ユルダス・ドットジャークが戦場へと現れる。
「ここにきて加勢?」
エルドレは困惑気味にそう聞くと、
隻腕のユルダスは剣を抜き、姿勢を低くしてエルドレを睨みつける。
ライメのもう一つの策。
それはユルダスの加勢である。
転移魔法で魔城島上陸付近からここまで転移するには、エルドレの転移阻害結界を乗り越えなければいけない。
それを成すためには大きな隙が出来てしまう。
*エルトレとノルメラの時間稼ぎ、
それによって現れた将級剣士ユルダス。
閃滅と呼ばれる彼は、隻腕という大きなハンデを背負いながらも戦う。
『ユルダスには途中から参戦してほしい。
片腕のユルダスがあの怪物に最も優位に出れる状況は、後先考えない全力だ』
『後先考えない全力……?』
『隻腕ってなるとやっぱり、近接戦は圧倒的に不利になる。だったら相手がユルダスに慣れる前に全てをぶつけるんだ。ユルダスはすごい早いでしょ?』
『まぁ……確かにそうだな』
『魔王側近は相手の魔力を無くせばこっちが勝つ』
ライメ、本当にその通りだな。
今の俺じゃ、こんな怪物と片腕で長く戦えない。
「ライメ、策通り行くぞ」
「任せたよ……ノルメラはフラメナを!」
「了解っす!」
エルドレはユルダスをそう警戒していなかった。
君級ではない剣士であり、加えて片腕。
出来ることには限りがあるはずだ。
「!?」
だが、ユルダスはその予測を容易に越えてきた。
咄嗟に腕を前に突き出したエルドレ。
それが一瞬で真っ二つに切り裂かれ、ユルダスの姿が目の前から消えていた。
ユルダスの強みはスピードである。
龍刃流として当たり前のように聞こえるが。
もう少し掘り下げると、正確には瞬間的な速度だ。
龍刃流の剣士は基本的に常に早い。
しかし、ユルダスはあえてその部分を捨て、瞬間的な速さ、言わば踏み込んでから前に出る速度を極限まで極めたのだ。
水が辺りに舞い、エルドレの反応速度を越えかかるユルダスは、一瞬にして大量の深傷を与えた。
「凍放!」
ライメは魔法を呼称すると、辺りに舞っていた水を全て凍らせ、ユルダスがライメの下に帰ってくると、
一気にそれらをエルドレへと向けて襲わせる。
大量の氷塊がエルドレを押し潰し、
姿がそれによって見えなくなってしまった。
「はぁっ……はぁ、さすがに疲れる」
「……もう一回行けない?」
すると突如氷塊が爆発し、電撃がフラメナへと駆け寄るノルメラを貫く。
「がぁっあ!」
「随分良い気になって切ってくれたけど、
結局のところ再生にはそんなに力使わないんだよ。
僕のこと切りまくってもさぁ、少し痛いくらいで君たちは勝てないってのぉ!」
「ノルメラさん……!」
ライメは電撃に貫かれたノルメラを見て、
苦汁を飲まされたような気持ちになり、氷塊から出てきたエルドレへと視線を戻す。
「あれ……?」
「マズい! 逃げろノルメラさん!」
ライメは困惑した。
一瞬目を離した瞬間に、エルドレがその場から消えていたのだ。
ユルダスはノルメラへと視線を向けていた。
エルドレは確実に一人を持っていこうと、ノルメラへと接近する。
「マジかよッ……!」
ライメは判断を誤った。
ノルメラをすぐに転移させなかったこと、
視線をエルドレへと向けてしまったこと。
*エルトレが走り出すが間に合うわけもない。
転移魔法も発動が間に合わない。
以上の二つをノルメラはそれを理解している。
刹那、何かを貫く音と共に、
見たくなかった光景が皆の目に映る。
「はいお終い」
「っが……あ」
尻尾で腹部を貫かれたノルメラ。
少し上へと持ち上げられた状態で、
ライメはノルメラの手が動くのを見た。
「っ! 転移!」
フラメナがライメの下へと転移した。
治癒魔法の紙は二つある。
ノルメラが一つ持ち、
エルトレがもう一つ持っているのだ。
転移したフラメナを見たエルドレ。
尻尾を振るってノルメラを投げようとするが、
全く尻尾から離れなかった。
「は?」
「離さねえよ……俺は弱いから……まだ一つも、活躍してない。でも、今理解した……」
「エルトレ! フラメナをっ!」
「あたしが発動しても大丈夫なの!?」
エルトレが駆け寄ってきて魔法陣が描かれた紙を、
フラメナの頭に乗せる。
「大丈夫! 魔力を流せばどうにかなる……!」
危機迫る顔で話すライメたち、
ノルメラは確信した。フラメナが復活すると。
「爆陽殺……お前に送る最後の魔法だぜ」
ノルメラは最後に笑った。
そして辺りが眩しく光ると共に、
ライメが氷の壁で皆を囲む。
その壁が立った瞬間。
外側で轟音と共に爆発が起きた。
ライメはノルメラの最期を知っていた。
事前にノルメラはこうなるならば自爆すると、
ライメに伝えていたのだ。
「ノルメラさん……できることなら、
あなたにも生きててほしかった……」
まるで死ぬ前提の作戦。
だが、現実というのは非情で、ノルメラがこの戦いを生きて帰れる保証など全くなく、自爆の作戦はあるべきものだったのだ。
「……夢」
フラメナが目を開けた。
「フラメナ……ノルメラさんが死んだ」
ライメが戦況を伝えると、
フラメナは起き上がる。
「……ノルメラ、約束全部破るのやめてよ。
ほんと、ごめんね私がヘマして。
もうヘマしない。あいつの殺し方を覚えたから」
ノルメラが確信した先にある勝利。
彼のためにも現実にして見せよう。
フラメナは再び、髪の末端が真っ赤に染まり、
瞳が桃色に変色すると手足が薄く白くなる。
氷の壁が崩れ、再生を終えかけるエルドレを見るフラメナ。エルドレは口角を上げた。
「雑魚らしく理にかなった死に方だよ。
自爆されたせいで君が復活しちゃった」
「……ノルメラを殺してどう思った?」
エルドレはそう聞かれると、
少し微笑んで答える。
「楽しいなって思ったよ」
「そう……なら……」
白炎が崩壊しかける二の丸を駆け巡り、
戦場へ再び白き熱気が漂う。
「地獄に行く前に体験させてあげるわよ」
「大口ばっかでダサいね……ははっやってみろよ」
ピリッとした雰囲気の中、戦いが再開する。
両者これが最後のぶつかり合いだと察している。
エルドレとの戦いは遂に終盤戦を迎えた。




