第百四十二話 向天吐唾 Ⅴ
史上最強と呼ばれた魔法使いや剣士は、
時代と共に入れ替わり続けている。
年々魔法使いや剣士の格は上がり、
今の君級というのは一種の災害とも言える存在だ。
魔法には七つの時代がある。
黎明 天海 炎星 五王
無帝 修羅 魔王
以上七つの時代は、時代が変わってしまうほどの常識を覆した魔法使い達の異名が使われている。
純白、フラメナ・カルレット・エイトール。
彼女は新時代を象徴するような魔法使いだ。
他の追随を許さない圧倒的な魔力。
若くして規格外を討ち破る実力。
才能もあるだろうが彼女自身の努力は計り知れない。一体、幾つの困難を乗り越えてきたのだろうか。
この戦争に勝利すれば間違いなく、
彼女の時代が始まる。
純白。
そんな彼女の魔法は魅入るほど綺麗で、
心の底から恐怖してしまう。
それでも尚、彼女は自身の魔法を信じた。
世界に否定されたのならば、
その世界ごと変えてやる。
今、彼女の魔法を怖いと思う者はいない。
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白炎がエルドレへと放たれ、
対話から戦闘へと雪崩れ込む。
エルドレは頭がビリッとした感覚に襲われるが、
そんなことはお構いなしの様子だった。
何もかも互角。
唯一エルドレが勝っているのは経験と再生だけだ。
だが、たったそれだけと捉えるか、
二つもあると捉えるかは人によって変わる。
フラメナはその二つを大きく警戒している。
そのたった二つの要素でこちらが負ける可能性は、
底上げなんてレベルじゃないほど高くなっている。
何をしてくるか予想がつかないかもしれない。
フラメナはそんな懸念を抱きながら、
エルドレへと白き魔法を放った。
白炎はエルドレの赤い水の針によって相殺され、
近接戦をエルドレ側から持ちかけてきた。
「っ!」
エルドレは回し蹴りをフラメナへと放つと、
フラメナは両腕でそれを防いだ。
強烈な蹴りによって腕が少し痺れるフラメナ、
エルドレはその隙を利用し、猛攻を仕掛ける。
血の槍を拾ったエルドレ、それを前へと突き出すとフラメナはそれを避け、槍を捨てて至近距離に入って拳を向かわせると、フラメナはそれを受け止める。
エルドレはその掴まれた拳とは反対の手で殴りかかると、それもフラメナの手で受け止められてしまう。
フラメナが反撃に出ようと足を動かした瞬間、
エルドレの尻尾がフラメナの腹部へと襲いかかった。
腹部へと突き刺さる寸前のところでフラメナは転移によって回避する。
「っぁあ……」
だが、その転移先へと水の針が先に放たれており、
フラメナはその体を貫かれてしまった。
「転移転移って馬鹿の一つ覚えみたいに……
わずかな魔力に発生源、それを見ればある程度場所なんてわかるんだよ」
転移魔法の決定的な弱点。
それは入れ替わる際にライメが作り出す極小の氷塊、魔力が微量ではあるが発生し、それを感知されてしまうと転移先がバレてしまう。
「フラメナッ!!」
ライメが名を叫ぶと、*エルトレがエルドレへと切り掛かる。その単調な斬撃は容易に避けられ、エルドレが反撃を繰り出そうとした時だった。
「王炎斬!」
ノルメラから将級魔法の王炎斬が放たれる。
その魔法は火魔法上位の魔法であると共に、
下級魔法の火球と同等ほどの単純さだ。
青白く光る超高温の火の斬撃が空を切り裂き、
衝撃波を放ちながらエルドレへと向かっていく。
それに対してエルドレは血の槍と雷の鎌を作り出し、二つを交差させ斬撃を受け止める。
「正面から防がれた……」
ノルメラにとって渾身の一撃だったのだろう。
それを真正面から防がれるというのは、再び実力の差が凄まじいことを思い知らされる。
*エルトレとは依然近距離、エルドレへ再度攻撃をし仕掛ける*エルトレだが、辺りに嫌な音が響く。
「あが……」
「あらら〜、その傷じゃ助からないね〜」
エルドレの血の槍が*エルトレの腹部を貫いている。
血を吐き出して力が抜ける*エルトレ、
フラメナは再生を終えてその光景を見ると、全身の血管が隆起するような怒りに襲われ、前へ飛び出す。
「待ってフラメナ、無作為に攻撃はッ!!」
ライメの静止が間に合わなかった。
すでに至近距離へと達したフラメナ、
その時床が激しく光ると、次の瞬間には身体中電撃に貫かれ、大量の血の槍が下からフラメナを突き上げていた。
「フラメナ……」
ライメの転移は間に合わなかった。
それによりフラメナも刺されてしまった。
「残念……君たちの負けさ」
エルドレは一瞬でライメの横を通り過ぎ、
背後から雷の鎌で首を刈り取ろうとする。
物事というのは基本的にうまくいかない。
どれだけ策を講じていても失敗する時は失敗し、
無策でも成功する時は成功する。
常に世の中は移り変わり、永遠とされるものなど存在しえないのだ。
急激に良い方向へと物事が進み始めた時、
それは最も警戒すべきことである。
これはネガティブな考えというよりは、
世の中を現したような意見でもある。
まさに今、エルドレはこの状況下に置かれている。
違和感……勝ったはずなのになんで僕ちゃんは、
こんなにも勝った時の気持ち良さを感じないんだ?
いや、よく考えたらそうだ。
だってこいつら、僕ちゃんと良い勝負してたし、
こんなあっさり負けるような弱さでもないはずだ。
確かに僕ちゃんが本気を出せば勝てるだろうけど、
こんなにも一瞬で負けるか?
なんだかこの感覚、眠ってるみたいだ。
フェゴちゃんからよく聞くけど、
夢の中ってのはふわふわした感覚になるらしい。
あぁそうか……この違和感……
こうやって上手くいきすぎることって、
大体が夢……
でもなんで?
エルドレの脳内に一人の後ろ姿が浮き上がる。
……まさか、まさかァッ!!
「幻想」
現実での時間経過およそ10秒。
エルドレは涎を垂らしながら、
瞳は虚ろに染まり、完全に制止していた。
「レイワレさん……!」
「いいから早くそいつを殺しなさい!!」
ライメが驚いたように名を呼ぶと、
レイワレはエルドレへ攻撃するように叫んだ。
幻想のレイワレ・グラステッド。
彼女は裏切りに裏切りを重ねた。
これより四人全員がエルドレへとダメージを与えるに至る。
エルトレの切りつけにより大きく切り裂かれ、
ノルメラの魔法によって腕や足を燃やされ、
ライメの魔法により全身を凍らされる。
「白帝元!!」
フラメナの白き爆炎がエルドレへ襲いかかる。
「……ぁ……っ? ぁっ!?」
エルドレはわけもわからず大量のダメージを喰らっており、終いにはフラメナの白炎に直撃する。
「うぅううがぁああああ!!!」
エルドレは悶絶し、その場に倒れて転げ回る。
「なんでっ! おま……裏切ったなァア!!」
冷や汗を垂らしながら息を切らし、
レイワレは震えながら口角を上げて話し始める。
「あっはははは! ばーーーか!!
……っ……いつ私が恨みを抱いてないって言った?
あんたなんか殺しても足りないくらいに憎いわ!」
「ぐぁああっあぁぁっ……!
裏切りは……死ぬことになるんだっぞぉぉ……!」
エルドレが言う通り、レイワレはすでに体内へと魔理の欠片を有している。
それは魔理自身が与えた欠片であり、
裏切った場合は内部で欠片が破裂して死に至る。
「そんなことどうでも良いのよ!
私はもう十分楽しんだ!
魔法も生物学も飽きるまでやった!
私の人生最後の刺激はね……あんたに復讐してやることなのよぉッ!!」
レイワレは両親を色欲に殺されている。
色欲は幼いレイワレの前で両親を殺したのだ。
どちらも魔法使い。
等級は上級程度と一般的には強い部類だが、
魔王側近の前では赤子のようなもの。
幼き日に失った両親の顔は今でも忘れない。
レイワレは色欲を討つためだけに魔法を学び、
生物のことを学んだ。
その知識から故に生まれた幻想を見せる魔法。
圧倒的なまでの魔力操作。
それにより対象の神経を電撃により支配し、
幻想を見せるのである。
色欲は不意打ちでは死なない。
レイワレ一人では確実に仕留められない相手。
ならば周りに頼れば良い。
全面戦争までは計画に入っていなかったが、
強者に頼ることまでは計画通りだ。
人生そのものを賭けた復讐。
末路はわかりきっている。
レイワレの胸から紫色の棘が飛び出ると、
それは胸を貫き、命を確実に刈り取っていた。
「ゴフッ……はっ……地獄で先に待ってるわ」
笑ってそう言うレイワレ。
エルドレは全身の産毛が逆立つような戦慄と怒りに襲われ、再生を一瞬で雑に終える。
だがエルドレの後ろで青く何かが光った。
転移。
フラメナが姿勢を低くし、手に白炎を溜めている状態で転移してきた。
「火塵天白」
下から放たれる突き上げるような白炎。
それはエルドレのつま先から頭までを燃やし、
フラメナが放つ他の火よりも火力が強かった。
身体が焦げて塵になりかけるエルドレ。
火が天井を突き破り、日差しが部屋に差し込む。
死。
エルドレが感じられる一番嫌いで好きなもの。
快楽の根源は死からの勝利である。
エルドレは白き炎の中で身体が赤黒く発光すると、
炎を吹き飛ばしてフラメナの魔力が部屋中に満ちる。
「……やっと本気ってわけね」
「まぁね。マジでイラついてるし?」
エルドレの角や翼に尻尾、それらは赤黒く変色し、
黒き模様が刻まれる。
「まさか命を捨ててくるなんて驚きだよ。
レイワレちゃん……仲良くなれると思ったんだけどなぁ」
エルドレを睨みつけるレイワレ。
するとフラメナが口を開く。
「レイワレさん。思いは継いだわ。
安心して大丈夫よ……このクソ野郎は私がちゃんとぶっ殺すからッ!!」
そんな言葉を聞いたレイワレは、全身から力が抜け意識が抜けて死へと向かって歩き始めた。
色欲のエルドレが手を広げて言葉を発する。
「さぁ君たちの大好きな意志だとか!
復讐だとか守りたいとかが出てきたよぉ!
僕ちゃんを早く殺してみなよぉッ!!」
赤黒い水が足元から溢れ出し、
戦場は血色に染まり始めた。




