第百四十一話 向天吐唾 Ⅳ
エルドレと向き合うフラメナ。
腕を横へと突き出すと、白炎がフラメナを纏っていき、髪の色や瞳の色が変わる。
真っ白な髪の末端は赤く染まり、
真っ赤な瞳は淡い桃色へと変化。
加えて手足は薄っすらと白くなった。
「本気ってわけか……いいね楽しくなってきた」
エルドレは少し嬉しそうだった。
長期戦を予定していたが、相手から短期戦を申し込んできたのだ。
フラメナの魔力量は言わずもがな高くなり、
その姿から放たれる圧は君級に相応しいもの。
怪物同士の殴り合いが始まった。
先手はフラメナ。
白炎を足から放出し、一気に加速してエルドレへと突っ込んでいくと、エルドレも雷の鎌を手に作り出し、向かってくるフラメナへと刃を向けた。
それを避けたフラメナは、エルドレへと間合いを詰め続け、白炎を手に纏わせて腹部へと拳を向ける。
速度じゃフラメナは今のエルドレと互角。
それ故に間一髪、エルドレは手を間に入れて拳を受け止めると、火傷する皮膚を無視しながら赤い水の針をフラメナの足へと向けて放った。
「転移」
転移により消えるフラメナ。
代わりに現れた氷塊を水の針で突き刺すと、
エルドレは舌打ちをして振り返る。
……やっぱりダメだね。
あの転移魔法使いがいる限り、僕ちゃんは一歩的に攻撃を受ける側になってしまう……
戦いは防戦一方が弱いなんてのは大昔からの常識、
こいつらはそれを理解してる。
少し本気で殺しにかかってみるか。
エルドレから大量の魔力が溢れ出し、雷の鎌を捨てて眼光が残るほどの速度でライメへと、エルドレが飛びかかった。
「!」
咄嗟に転移で移動するライメ。
すると横からフラメナの白炎が襲ってくる。
配置はわかってる。
将級の剣士ももう動けるわけない。
天理の欠片を追い抜けば、転移魔法使いへの道にいる戦士はたった一人。しかも一番弱い魔法使いだ。
うん。殺れる……!
エルドレは雷を足から放出し、翼を広げてジグザクと移動しながらフラメナへと接近すると、それはフラメナの対応力を上回り、追い越すことに成功する。
「邪魔だ雑魚ォッ!!」
エルドレはノルメラを尻尾で突き刺しにかかると、
ノルメラは杖をエルドレへと向けて呼称する。
「誰が雑魚だって言ってんすか……
あの時とは格が違うんすよ! 火出禍!」
放たれる火の渦、それは明らかにエルドレの進行を止めてしまうようなものだった。
だがそれは魔王側近という、常軌を逸した存在には通用しない常識である。
「何度でも言ってやるよぉ!
ざぁぁこッ!!」
エルドレは最高速度で火の渦を突き抜け、
火傷を負いながらもノルメラを越えてライメへと襲いかかる。
「!? ライメさん危ないっすッ!」
「血槍!」
そう言ってエルドレは呼称すると、
赤黒い血の槍が作り出され、それがライメの眼前へと迫る。
「転移……!」
ライメがそう言ってまたもや姿を消した。
現れるはフラメナ、エルドレの槍を掴んで攻撃を止め、そのまま接近して顔へと拳を突き出す。
「っ……しつこいなぁ!」
拳を避けたエルドレ、血の槍を地面へと突き刺し、
尻尾を突き出すとフラメナは頬を少し切られるが、
そんなのはお構いなしにエルドレへと接近する。
「そんな攻撃じゃ死なないわよっ……!」
フラメナの手がエルドレの腹部に当たった瞬間、
突如大爆発が起きて両者共々吹き飛んだ。
爆発はどちらかと言うと、落雷のような衝撃波。
エルドレは自身を囮にした自爆を行ったのだ。
だがダメージとしてはフラメナの方が大きく、
エルドレは再生する際に魔力を節約できる。
結果的にフラメナが割を食ってしまった。
「ふっぅう……うぐっ」
フラメナは吹き飛んだ先で床に横になっていると、
自動的に再生が始まる。
上着として着ていたローブは焼け焦げ、
服は所々が焦げていた。
衝撃によって頭がくらくらしているフラメナ。
エルドレはそれを絶好のチャンスとして、ライメへと再び襲いかかる。
「させるわけないでしょっ!」
*エルトレがエルドレの進行方向に立った。
「今がチャンスなんだよね……だから邪魔だぁ!」
エルドレの強烈な蹴りが*エルトレの腹部に直撃する。
「マジ?」
「……大マジッ!!」
*エルトレは蹴りを喰らっても尚、仰け反ることもなくそのまま足を掴み、片手で剣状に形を変えた武器をエルドレの肩から腰へと突き刺す。
「……っ!」
「いい攻撃じゃん……! 僕ちゃん驚いちゃった」
悪魔。
まさにそんな言葉が脳裏を過った。
エルドレの笑みは、この世の全ての負を詰め込んだようなドス黒い悪であり、*エルトレはそんな笑みに動きを止めてしまう。
「エルトレっ!」
手を掴まれた*エルトレ、エルドレの万力の如し握力にて手が破壊されそうになると、転移が発動し間一髪大怪我を逃れた。
「大丈夫かい?」
「っ、ちょっとヒビ入ったかも。
でも大丈夫、まだ全然大丈夫……」
エルドレは歩いてこちらへとやってくる。
「そっかそっか、*エルトレって言うんだね。
僕とすっごく似てるけどもしかしてファン?」
死角から放たれるノルメラの火球。
それは全て水の針によって撃墜されてしまう。
「あんたが死ぬことを願ってるファンって意味では、
ま、合ってるよクソ野郎」
「まーまー、そうカッカすんなって。
気になってんだけどさ、なんでそんなにみんな僕ちゃんのことが嫌いなわけ?
君たちの両親を殺したわけでもなく、
友達を殺したわけでもない」
エルドレは尻尾を唸らせて話す。
「確かに僕ちゃんに恨みがある人はいたよ。
でも今立ってる四人には特に何もしてないと思うんだけどなぁ……」
三人は理解した。
どうやってもこいつとは和解できないと。
「よくも……よくもそんなことが言えるな……!
自分がしたことすら思い出せないなんて……!」
ライメの表情がわかりやすく怒りに染まる。
続けて話そうとするライメを遮るように、再生を終えたフラメナが話し出した。
「ふざけないでよ!
あなたは8年前に討伐隊にいる多くの人を殺した!
一人を殺せば何人が悲しむと思うの!?
なんでわからないの! 善良な人たちをなんであなた達邪族は平気で殺すのよ!」
フラメナやライメ、*エルトレにノルメラ。
皆、戦争前に多くの話を聞いてきた。
家族が殺されたこと、親友が殺されたこと。
友人や上司、尊敬する人やいつも会話していた近所の人だって邪族に殺されたと言う。
そんな話の中で色欲だけ出てくる量が多かった。
「……熱いねぇ。邪族を殺すのは良いってのか?」
「わたしはべつに殺すことを正義だと思ってない。
裁きだとか、正義だとか、みんなそう言う思いじゃないのよ。みんな復讐とか幸せを守るためなの。
幸せな生活を破壊した邪族を殺すために……
幸せを守るために邪族を殺したり……
いつの時代だってあなた達から始めた戦いなの!」
フラメナの必死に訴えかける姿に、エルドレは不快感を示すように睨みつける。
「太古から弱肉強食って言葉があるようにさぁ、
結局は全て個々の能力不足なんじゃないの?
災害で人が死んだ時君たちは自然を恨むの?
いいじゃん。災害に遭ったと思えばさ……
殺そうとする気持ちは共感できるけど、
強く僕ちゃん達を恨む理由にはならなくない?
それに……なんでそんなに命を賭けたがるのさ。
またやり直せばいい。死ななきゃ人生の中でまた新たな幸せを見つけられるはずだよ。
なのになんで死ににくる? なんでリスクを取る?
理解できないよ君たちの頭の中ってのはさ」
フラメナの怒りが限界を越えた。
白炎が高速でエルドレへと迫ると、
それをエルドレは難なく避ける。
「話してる最中なのに卑怯だねぇ」
「もういいわ……やっぱり一度死なないとわからないのね……そう生まれてきたのよね……えぇいいわ。
私があなたに分からせてあげる」
「邪族を一括りにして言うつもりじゃないけど、
少なくとも僕ちゃんは戦いの中での勝利で得られる快感に、堪らなくうっとりしてるんだ。
結局は押し付け合い。価値観なんてそんなものなんだよね」
エルドレの嫌な笑みが浮かび上がり、
再び辺りへと魔力が満ちる。
「じゃあ押し付け合いしよっか」
純白と漆黒。
両者の価値観は元から分かたれている。
勝者こそ正義という名の下に存在できるのだ。
悦のためだけに生を殺める者。
それを狩るために力を振るう者。
よくできた世界だ。面白いほどに。
対極な二人のぶつかり合いは、
誰もが予想しなかった事態へと至る。




