第百三十九話 向天吐唾 Ⅱ
聖海血染はエルドレの領域魔法の一つだ。
妨害用の領域と閉じ込めるためだけの領域。
そしてこの聖海血染を含めた三つが、
エルドレの主な領域魔法だ。
本来二つ同時の領域維持というのは至難の業であり、そう易々とできるものではない。
聖海血染の領域内容、それは足元を毒の水で浸し、
傷ができればそこから勝手に毒が入るようにするものと、短縮発動よりも早く、エルドレ特有の水魔法を放つことができる。
攻撃性がずば抜けて高い領域。
領域を作り出せる魔法使いでも、
ここまで相手を殺すことに振り切った者はいない。
エルドレと向き合う五人。
人数では勝っているが、全く油断できない。
張り詰めた糸が切れるように戦闘が再開される。
「っ!」
エルドレは手始めにノルメラを潰しにかかった。
「一番弱い君からだぁ!」
水飛沫を飛ばしながら突っ込んでいくエルドレ。
雷の鎌を横に振りかぶり、ノルメラの首を落としにかかる。
「へぇ……カバーも完璧だね」
*エルトレが鎌を防いだ。
斧状の武器は氷がまとわりついており、電気を通さないようになっていた。
*エルトレは鎌を防いだのち、一気にそれを押していくとエルドレを後退させる。
「フラメナ!」
*エルトレの掛け声と共に、手に白炎を纏わせたフラメナがエルドレの背後から魔法を放った。
しかし、その魔法は呆気なく防がれる。
領域内に存在する水の足場、それが水を昇らせ火を防いだのだ。
それだけじゃない。
火を防いだ水はそのまま針のように変形し、
フラメナへと襲いかかる。
「幻炎夢」
フラメナが陽炎のように消え、
エルドレの水の針が避けられた。
次の瞬間、エルドレは自身の足元に現れたフラメナを見て、咄嗟に領域の水で攻撃する。
「転移かっ!」
フラメナは一瞬でそこから消え、
エルドレはすぐさま後ろに振り返った。
「は?」
「バーカ、こっちだよ」
*エルトレの斧がエルドレを深く袈裟に切り付ける。
エルドレは*エルトレを睨みつけ、
その場から一瞬で姿を消し、*エルトレの背後へと移動した。
与えた傷は再生している。
*エルトレは冷や汗を流しながらも振り返ると、
エルドレがすでに鎌を振りかぶっている状態であり、ライメの転移は発動直後なため転移は期待できない。
*エルトレは風の魔力で一気に前へと飛び出すが、
背中を少し鎌で切られてしまった。
負傷した*エルトレを見て満足そうなエルドレ。
「うがっ!」
エルドレの喉が貫かれる。
「くたばれクソ野郎ッ!」
ゲルトラの突き技、エルドレはあえて突き刺さったレイピアを手で掴み、足元の水から大量の針を作り出して攻撃する。
ゲルトラはレイピアを取り返そうとした一瞬の隙で、エルドレの攻撃が避けられなくなってしまう。
ゲルトラは横から何者かに突き飛ばされた。
「うっぁっ!」
ゲルトラを突き飛ばしたのはフラメナ、
彼女の肩に多くの水の針が突き刺さる。
「あははっ! もろ入ったな〜」
フラメナはそれを聞き、
肩から血をダラダラと流しながらも顔を上げる。
肩から白炎が燃え上がる。
エルドレは目を見開き驚いた。
「はっ?」
傷の再生が行われることは知っていた。
だが、毒までも打ち消されるなど聞いていない。
「あら……治っちゃったわね。
どんな気持ちよっ、勝ち誇っちゃってさ!」
「まずっ!」
エルドレの腹にフラメナの白炎纏いし拳が突き刺さる。
「かっ……!」
白い火を腹部に残しながら吹き飛ぶエルドレ、
少し離れた先で倒れて必死に腹部を再生する。
「毒まで……治すなんてね」
天敵。
エルドレにとって、この上ない天敵だ。
フラメナは自身に対しての特攻と毒耐性。
ライメは転移魔法による撹乱。
*エルトレとノルメラは実力こそ大したことないが、
フラメナやライメのせいで厄介な存在となる。
そして最後にゲルトラ。
ゲルトラは将級とは思えないほど剣士として強い。
突き技を警戒せずに油断していれば、
あっという間に身体中穴だらけになってしまう。
参ったな〜……マジでハズレくじじゃん。
となると短期決戦じゃ絶対に殺せない。
変に速度を上げても途中で対策されて、結局僕ちゃんが不利になって負けるだけだ。
長期戦なら……どれだけ相手の魔力を減らせるかが僕ちゃんの勝利に関わってくるね。
弱いやつを殺そうにも手厚いカバー、
強いやつはちゃんと強いし……
ならばどうするべきか?
あぁわかってる……戦いはこうでなくちゃ。
身体の隅々まで染み渡る戦いの愉悦……無理難題を試すのもまた一興さ。
「血双撃乱!」
エルドレは領域の水を自身の周りに集め始め圧縮していくと、一気にそれを全方位へと放出した。
領域が崩壊し、フラメナたちへと高水圧の尖った水の弾が豪速で迫る。
五人全員がそれをどうにか避けたり防ごうとするが、現実は非情でフラメナは肩や足を撃ち抜かれ、
ライメや*エルトレは直撃はせずとも身体中に傷を負ってしまった。
ノルメラやゲルトラは耳を削がれたり、
腕の肉を一部持ってかれてしまうほどの怪我。
部屋の壁が軋んで小さい瓦礫が天井から、
ポロポロと落ちてくる。
「ぐっぁ……」
ライメは尻餅をつきながらも、毒によって身体を侵されてしまい、その毒の脅威を身をもって実感する。
手足が痺れる……! 息もまともにできないし……
やばい、このままじゃ殺される……
毒があるとは聞いてたけど、こんなに強い毒だなんて……これが魔王側近の序列二位……
フラメナは毒に耐性があるから大丈夫だが、
他四人は毒によって苦しんでいる。
これこそ色欲のエルドレが700年もの間、
積極的に戦闘を行っても死ななかった理由。
毒の濃度を本気で強くすれば一撃必殺なのだ。
エルドレはいやらしく笑みを浮かべ、
こちらへと歩いてくる。
「ライメ! 全員をこっちに転移させて!」
「うぇ……わ、わかった!」
フラメナの指示によって、ライメは自身を含めた四人をフラメナのすぐそばへと転移させる。
「……なにか策でも?」
「白癒!」
フラメナは突如ライメも聞いたことがない魔法を呼称すると、白いオーラが四人を包み込む。
「っ……あれ?」
*エルトレは驚いたように自身の身体を触る。
「毒も傷もほとんど治った……」
一番驚いているのはエルドレだ。
白い魔法は確かに特効がある。
だから僕の毒に耐性があるのはよーくわかる……
だけど他人の毒まで打ち消すなんてどういうことだよ!! まさか治癒魔法を扱ったのか……?
なんでだ……治癒魔法なんてなくても君自身は再生ができるのに……
天理の欠片が含まれた治癒魔法は、僕たち魔王側近が与えるあらゆる負の効果を打ち消すのか……
なんなんだ……! 君はァ!
「なんで治癒魔法が扱えるんだよぉぉ!」
「私は大丈夫でも、みんなの怪我は治らない。
なら習得しておいて損ないじゃない?
現に今、私は得したわけだからね!」
フラメナが立ち上がると他の四人も立ち上がり、
再び戦況は元の状態へと戻った。
エルドレはもう、領域を展開するつもりはない。
毒が効かない時点で、ただ魔力を大きく消費する攻撃魔法になってしまうからだ。
「はぁーあっ! ほんと勘弁してよ。
こんな上手くいかないの久しぶりさ」
エルドレは血のような赤い水を手から放出し、
一点にそれを圧縮するように固めていく。
「血杯!」
一点に集中した水が一気に爆散し、
空に波紋を大量に広げ、その波紋に合わせた量の衝撃波が前方へ向けて一気に放たれた。
「ライメ、あれをやるわ」
ライメが頷くと青黒く染まった氷が作り出され、
フラメナが迫る衝撃波へと大量の火を放つ。
ライメは転移によって青黒い氷をエルドレの眼前に出現させると、中の空洞部分にフラメナが用意していた、超圧縮された白炎を転移させる。
「灼」「冷」
次の瞬間、二人の魔法は混合魔法となり、
白き閃光が走ると熱気と冷気がぶつかって辺りの音が消える。
そして刹那のうちに空間が歪み、
極寒の冷気を伴う爆発が発生した。
「……ッァハァ」
エルドレは身体が所々氷つきながらものけぞり、
白目を剥きながら一歩ずつ後退していく。
見るからにとんでもないダメージだろう。
純白魔法に加え氷魔法の攻撃。
エルドレは意識を取り戻した瞬間、
再生よりも早くゲルトラが視界に移った。
「収突!」
ゲルトラは雷属性を有している。
突きによってエルドレの身体に突き刺さったレイピアは、大量の雷を放出してエルドレを感電させる。
「ゲルトラさん逃げてッ!!」
フラメナの声が響き渡った。
赤い、視界が真っ赤に照らされてる。
なんだ。何がくるんだ。
待て……私は今から何を喰らうんだ。
「雷自撃」
その時だった。
エルドレの身体中から雷の針が生え、
ゲルトラの身体中に突き刺さる。
幸い、転移したおかげで心臓までは達さなかったが、全身刺されてしまい致命傷を負ってしまう。
ゲルトラの意識が遠のく。
「はぁぁ……バカみたいに近接してくれて助かるよ。
僕ちゃんとしてもそろそろ一つ、傷を残してあげたいと思ったからさぁ」
エルドレの嫌な笑みが五人へと向けられた。
不愉快なその笑みに皆が嫌悪感を覚え、*エルトレが前へと一歩踏み出す。
戦況は常に変わり続けている。
勝利の天秤はどちらに傾くのだろうか?
二の丸にて、戦いは更に苛烈を極める。




