第百三十八話 向天吐唾 Ⅰ
前書きです。
エルトレとエルドレが分けにくいので、
*エルトレ
エルドレ
って感じにします。
*なしがエルドレ(色欲)です。
魔王側近との戦いはすでに、二班が戦闘を終えており、どちらも死闘の末に勝利している。
だが死者も出ており、虹帝のネルが戦死してしまった。それ以外の戦士たちも重傷、何人か命に関わる怪我をしている者だっている。
残る二班は加勢などは望めないだろう。
嫉妬と怠惰が敗れた戦場。
残るは色欲と憤怒のみだ。
二の丸にて白炎が天へと昇る。
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転移直後の純白班。
メンバーはフラメナにライメ。
*エルトレにノルメラとゲルトラだ。
そんな五人は裏切り者となった君級魔法使い、
レイワレ・グラステッドと色欲のエルドレ・メラデウス、二の丸内の大きなパーティ会場にて対峙する。
「やぁやぁ久しいね。
天理の欠片を持つ女の子」
エルドレは相変わらず飄々とした態度で話しかけてくる。フラメナからすれば鬱陶しい口調だ。
「あぁ久しぶりね」
フラメナは素っ気なく返答すると、
エルドレは笑って続けて話しかけてくる。
「なんだよ〜全然楽しそうじゃないじゃん!
僕ちゃんがいるってのにそれは良くないなぁ」
フラメナはそう言われると、少し挑発するように話し始める。
「あら? 胸に傷ができてるけど……治さないの?
もしかして完治できないほど深い傷だったの?
……二対一をした相手につけられたとか言うんじゃないわよね。あなた魔王側近最上位なんでしょう?」
フラメナの挑発的な笑み。
エルドレは笑顔のまま固まり口を開く。
「そう言う感じ? いいね殺し甲斐あるじゃん」
そんな二人をよそに、ライメはレイワレに話しかける。
「詳しく話してください。
新世界がそんなに気になるだけで、そっち側になんであなたが行くんですか……家族を殺されたって……」
ライメはレイワレと侵攻前に会話していた。
レイワレは十八歳の時に両親を殺されている。
その両親を殺したのは魔王側近、色欲。
「なんでそんなやつの下で!!」
「なんで? べつに私がエルドレ様に恨みを抱いたなんて一度も言ってないわよ?
私は常に新しいものに触れていたいの。
私の人生は私のためにある。どう動いたって勝手じゃない?」
反吐が出るほども自己中心的な考え。
*エルトレがライメの肩に触れて言い返す。
「自己中って嫌われるだけじゃないの。
拒絶されるんだよ? その覚悟があるってことだよね。あたしたちはあんたを拒絶するわ」
*エルトレが武器を取り出すと、
それは斧へと変形する。
続いてゲルトラもレイピアを取り出し、
ゆっくりと前へと歩いていく。
「おい色欲……私は貴様が嫌いだ。
私の師匠を殺したのは貴様で間違いないな?」
「あぁ? 君は誰なのかな?」
「ゲルトラ・テルメット。
リルメット・アグラストの弟子だ」
そう聞くとエルドレは思い出したように話し出した。
「あ〜! あいつが言っていた弟子かぁ。
いやぁ本当に戦うことになるなんてね。
僕ちゃん驚きって感じ〜」
そんな態度を見てゲルトラの怒りが高まるが、
それを抑えてゲルトラは鼻で笑った。
「でも……結構苦戦したようですね」
エルドレは翼と尻尾を出現させ、角が頭から生える。
「あ〜、君たちってほんっと……
自分の手柄のように話すのが大好きなんだね〜
今から戦うのは君たちだよ?
この僕ちゃんを倒せるのかよ……」
エルドレからわかりやすく殺気が漏れる。
フラメナの魔眼には大きなオーラが映っていた。
「フラメナさん。あいつマジ強いっすよ。
昔見たことあるんで……」
ノルメラがそう言うと、フラメナは返答する
「そうね……ビリビリくるわ」
青と黄が混ざり合い、輪郭を赤いオーラが囲っている。ゆらゆらと揺らめくオーラはエルドレの実力の高さを示しているのだろう。
「んじゃあ、レイワレちゃんは下がっててよ」
「は〜い」
そう言ってレイワレは二の丸から本丸へと続く道の方へと、ゆっくりと歩んでいった。
「随分と信頼してるのね」
フラメナがレイワレを見ながらそう言う。
「信頼もなにも……あの子がこっちを裏切った瞬間に欠片が爆発して死ぬからね。裏切ろうにも裏切れないのさ」
その発言により裏切りが嘘だという可能性は消え、
五人は完全にレイワレを敵として再認識する。
「さぁ今日は歴史的な日だ。
生憎、魔城島には小鳥がいないから寂しい静寂だけどさ……まぁそんなことはどうでもいい。
始めようか、僕ちゃんと君たちの戦いを」
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魔城島での戦いが起きている中、
他の大陸ではいつも通りの日常が過ぎていた。
だが皆理解している。
心の中はざわめきや不安ばかりに満ちている。
愛する者や愛した者が戦いに行ったり、
皆が勝つかなどの不安だったりと、決して大陸にて戦士たちの帰還を待つ者たちも楽ではない。
「フラメナ様……」
クランツは窓から外を見て、
フラメナのことを心配してしまう。
うっすら映る老いた自身の顔。
かつてのようには戦えない現実。
気が滅入ることばかりだ。
そんなクランツの背中に手を伸ばし、
優しく撫でるのはフリラメ。
「大丈夫、私の妹は勝つわよ」
「フリラメ様……」
「そうですぞクランツ様ァ!
我らがフラメナお嬢様が負けるわけがありませんわ! 邪族などより遥かに強き女性ですぞ!!」
ガルダバがいつも通り豪快な口調でそう話してくると、クランツは少し微笑んだ。
「そうですね……フラメナ様を信じずになにが執事でございましょうか……信じてみます。
彼女とその仲間たちの勝利を」
クランツはもう前線で戦えるような歳ではない。
君級戦士が高齢での戦える理由は莫大な魔力量により、身体を強化しているからとも言える。
クランツにそんな芸当はできない。
彼は特別な才を持った人族ではないのだ。
悔しい。
フラメナと一緒に戦ってあげられないことが悔しい。フラメナが心砕けそうになった時、クランツはそばにいて励ますことができない。
クランツは息が詰まる思いだった。
全世界の者たちが魔城島に思いを寄せている。
魔王の左腕とも言われるエルドレ。
彼の実力はその呼び名に恥じぬ強さだった。
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「血水!」
戦いが始まる。
君級二名、将級一名、帥級二名の純白班。
一見戦力としては弱く見えるが、
真の実力は等級では測れない。
血のように真っ赤な水をエルドレは自身の周りに漂わせ、角や翼、尻尾が赤黒く変色する。
エルドレからすればこの魔法は一種の身体強化魔法だ。魔力の流れる速度を早くし、筋力を底上げする。
続けてエルドレは右手から雷を放出し、
その雷が大鎌のように形を変えていった。
先手を打ったのはゲルトラ。
「突き技かい?」
ゲルトラの流派は点流派。
突きを主体としたその剣術は、エルドレの反射神経を超え、体へと切先を入れるに至る。
肩へと突き刺さったゲルトラのレイピア。
エルドレは刺された瞬間に背後から、赤い水の針を召喚し、ゲルトラを突き刺そうとする。
ゲルトラは高身長だ。
フラメナとは30cmも差がある男性。
「あぁそうだね! 転移するよねぇ!!」
ゲルトラとフラメナの位置が入れ替わり、
赤い水の針が自然にフラメナの頭の上を過ぎていき、白炎がエルドレの頭に向けて放たれた。
エルドレはバク転してそれを避けると、
頭上に一瞬赤い魔法陣が見えた。
「火破血」
ノルメラが中級火魔法を呼称する。
その魔法は火を広範囲に放ち、数秒後に爆発させるというものだ。
エルドレの足に火が当たり、姿勢を直そうとした瞬間に爆発が起きる。
「ッチ」
足が吹き飛んでエルドレに隙ができると、
*エルトレが風の魔力で一気に前へと飛び出し、
背中から斧で切り掛かる。
「そりゃ飛ぶよね……」
エルドレは翼で飛び上がり、
斧が空振ると*エルトレは残念そうに呟いた。
空中にて再生するエルドレの足。
エルドレは手に持つ雷の鎌を横に大きく振るうと、
地上に向けて大量の電撃が放たれた。
「白月針」
フラメナの電撃に向けて右手を向けると、
短縮発動で大量の白炎の針を作り出し、次々と放って空中で相殺した。
エルドレは翼で飛行を行いながらも一気に加速し、
ライメへと向けて急降下して鎌で切り掛かる。
「転移」
ライメがエルドレの目の前から消え、
ゲルトラがその場へと現れる。
鎌の攻撃をゲルトラは見切るように姿勢を低くし、
下からレイピアでエルドレの喉を突き上げた。
「ガッ……!」
あまりの衝撃にエルドレは天井へと吹き飛んで叩きつけられ、少しして床へと落ちてくる。
完璧なパーティー力。
それがエルドレを追い詰めるに至る原因だ。
エルドレは立ち上がって鎌を構え直す。
「いやぁ……強いね。
さすがというべきか、僕ちゃんのことをよくわかってる。戦い方を知られてるとつらいね〜」
エルドレは遠近どちらでも戦う相手だ。
だがどちらかと言えば近接戦が多い。
フラメナたちはエルドレの水に毒があることや、
得意な魔法は戦い方を共有し終えている。
そしてなによりも強力なのは転移魔法だろう。
エルドレも初見の魔法であり慣れていない。
雑に扱っても強く、いつ転移するかのプレッシャーを与え続けられるのだ。
「もしかして、僕ちゃんハズレくじ引いたかな?」
するとエルドレは鎌で自身の腕を切り裂き、
血をダラダラと地面に垂れ流す。
「聖海血染……」
血溜まりから一気に赤い水が薄く地面を張っていき、血の海のような状況が作り上げられる。
エルドレの水は毒を含んでいる。
足に傷ができれば毒を喰らってしまうだろう。
「さっ……まだまだ楽しもう」
色欲のエルドレ・メラデウス。
700年生きる平凡な魔族。彼は二つの属性と空間魔法を得意とする悪魔のような男だ。
薄ら笑いを浮かべる彼の心は、
ドス黒い悪意で満たされている。
フラメナの目は強くエルドレを睨んだ。




