第百三十七話 鬼凶の方位 Ⅵ
ユマバナは踏み入った魔法陣内にて、
まばゆい光に照らされ、思わず目を細めてしまった。
フェゴの魔法はシンプルながらも特殊だ。
日破と月破。
そして二つを合わせた歳破。
九星紋という特殊な魔法陣を基に、
防御や攻撃など魔法を多彩なものへと変えてゆく。
フェゴはユマバナを完全にここで仕留めにかかる。
これから放たれるのはフェゴの最高火力でもある二つの魔法を混ぜたもの。
最強の混合魔法が今、放たれる。
「五黄暗剣・連鎖ぇ!」
八つの円から大量の火が吹き出し、フェゴを中心に一気に大量の水の剣が放たれ、衝撃波が五度辺りを駆け巡る。
「ゴフッ……!」
ユマバナは至近距離にいたため、水の剣を避けることはできたが、衝撃波に五度直撃してしまい内臓を負傷してしまった。
骨が折れては臓物が押され、衝撃波によって豪速で後方へと吹き飛ぶユマバナ。
魔法陣から溢れ出す大量の火の針たちと、
水の剣たちが四方八方を覆い尽くす。
一つ一つが超火力であり、この量の魔法を完璧に防ぎ切ることはとても難しい。
クラテオやレイテンは振り返らない。
ユマバナがたとえ負傷しようと、目の前の攻撃をどうにかしなければいけないのだ。
クラテオは本来、こうした少人数戦は得意ではない。集団戦に向いた魔法使いなのだ。
海王と呼ばれるように水魔法の規模はトップであり、魔法使いとしては非常に優れている。
しかし改めて気がついたのだろう。
自分は魔法使いとしてまだ未熟だと。
周りを巻き込まずに、地形を変えずに放てる強力な魔法、それが今彼には求められている。
己の魔法使いとして生きてきた全てを、
今ここで発揮せねばいつ発揮する?
「青殺ッ!」
咄嗟に生み出した新たな魔法。
水魔法同士のぶつかり合いは、基本的に魔力量が高い方が勝つ。
クラテオは今まで範囲と魔法の規模のみに頼って戦ってきた。それ故に一撃に込められる魔力の量は少なかったのだ。
この青殺という魔法はクラテオにとって、
初めての一撃系魔法を放つこととなる。
全神経を集中させ、魔力を限界まで込め、
魔法の式が崩れない状態を維持し、杖から発動するところまで来た。
だが、すでに水の剣や火の針はクラテオの腹部へと迫っていた。
「やっちゃえ……クラテオさぁん!!」
レイテンがその攻撃を間一髪、貫通魔法にて貫き止める。
魔法は全ての工程を完了し、ついにクラテオの杖から音速をも越える速度の青い光線が放たれた。
閃光が辺りを照らしながら空気が揺れ、
軌道上のフェゴの魔法は次々と破壊されていく。
そしてフェゴすらその魔法は想定外だった。
次の瞬間、衝撃波と共にフェゴの心臓付近を青い光線が貫き、再び致命傷を負わせることに成功する。
「くぁっ……ぅっぐう!」
フェゴは一瞬、白目になりながらもすぐに意識を取り戻し、再生を行って穴を塞いだ。
すると再び、魔法陣の上に複製体が現れる。
「あと何回だッ……あと何回やつに致命傷を与えればいいんだッ!」
クラテオがそう言うと、
横を闇が通り過ぎていった。
「おかげさまで……痛すぎて意識飛びそうじゃけど、
目が覚めたわっ! これはお返しじゃぁ!」
ユマバナは口から血を垂らしながらも、
闇を左半身に纏い、走ってフェゴに接近していく。
「っ……図に乗るなよーっ……!」
フェゴは手を振るい、杖を振るって複製体から大量の光線を放つ。
ユマバナは光線を避けながらも進んでいき、
進行が止まりそうになるとクラテオや、レイテンが後ろから魔法を放って防いでくれる。
明らかに魔法の速度が落ちてきているフェゴ。
本気を出したことが少ないが故に、力の使い方が甘いのだ。息切れはすぐに訪れる。
「結局っ魔法使いも拳に頼る時はくるんじゃよ!」
ユマバナは左手に纏っていた闇を集め、
拳にそれを乗せて思い切りフェゴの腹部を、
突き刺すように殴った。
フェゴは唾液を散らしながら吹き飛び、
地面を少し転がって魔法陣が解除される。
ゆっくりと立ち上がるフェゴ。
隙を与えまいと三人は魔法を発動し、
貫通魔法である水の矢に加え、先ほどの青い光線。
闇で作られた槍が投げつけられて眼前に迫る。
『鬼ちゃんはさ、将来の夢なにー?』
『私かー? 私はなー……のんびり暮らしたいぞ。
朝起きて顔を洗った後に、日に照らされながらのんびりと朝食を食べる。昼までぐうたらとして、昼もゆっくりご飯を食べてまたぐうたら……
一日中私はのんびりしてたいぞ〜」
『あっははは! へんなのー
鬼ちゃんっておじちゃんみたいー』
『そ、そうなのかー?』
……全部どうでもいいと思ってた。
何もかも面倒くさくなってた。
でも私は子供と関わるうちに少し気が付かされてしまったんだ。
『でも叶うといいね! ぼくも応援するよ!』
生きることとは、何も常に全力じゃなくていい。
何か一つ全力になれるものを見つけるのが人生。
変わりゆく世の中で常に何か一つ、必死に取り組めるものを見つけるのが人生なんだー……
私は……やっと見つけたんだ。
私はあの子が死ぬまで友達として居たい。
もしかしたら友達のままでいれるかもしれない。
そうであってほしい……
だからっ……まだ死ねないんだっ!
面倒事は嫌いだけど、私はその先を見てみたい。
こっちも……もう退くわけにはいかないんだっ!
フェゴは手を勢いよく合わせ、パンッと辺りに音を鳴り響かせると魔法を呼称する。
「五黄殺ァアア!!」
フェゴはその場で魔法を避けることもなく、
全てに被弾しながらも即座に再生を行い、魔法陣を展開する。
五黄殺はフェゴが持つ奥義に値する攻撃技。
その攻撃内容とは、魔法陣を中心とした四方八方全てを火の衝撃波で襲わせる。
その威力は先ほど放たれたものを、
大きく凌駕するものであった。
真っ赤な閃光が辺りに走り、
三人へと熱波が向かってくる。
「大海!!」
クラテオが杖を捨てて二人の前に立ち、
両腕を突き出して大量の水を放出していく。
その水は熱波を浴びると蒸発していくが、
クラテオは魔力をひたすらに消耗しながら放出し続け、二人を守る。
熱波は弱まる事なく強まり、クラテオの手が焼き焦げ、ジリジリと肉や骨が塵となっていく。
「ぐぅううっ!」
「クラテオ……!」
「構わないでくださいッ!
ユマバナさんは次の一手をォッ!」
血眼で前を見続けるクラテオ。
腕が焼き焦げようと、水を放出し続けて攻撃を防ぎ続ける。
「レイテンっ! 貫通魔法を前に放つんじゃ!
全部の魔力を使ってよい!!」
「わかりました……!」
レイテンはそう言われて貫通魔法を前に放つと、
全てを貫いてフェゴへとそれが向かっていく。
「くっ……」
フェゴはそれを避けると魔法が途切れ、熱波が収まると同時にクラテオが膝から崩れ落ちた。
「……!」
フェゴは大量の魔力を消耗し、ユマバナたちの方へと目を向けると、とてつもなく大きい魔法陣がユマバナの背後に浮かび上がっていた。
「っ! 五黄……」
対抗しようとして魔法を展開しかけたフェゴだが、
よく見れば魔法陣の前に立つユマバナは一切動いていなかった。
咄嗟に振り返るフェゴ。
そこには黒い闇の剣を持ち、自身を切りつけようとするユマバナが見える。
フェゴが最初に見たユマバナは闇で作られた囮。
「あっ……」
血飛沫が空を舞う。
ユマバナは不格好ながらも袈裟にフェゴを切り裂き、その身に剣による致命傷を与えたのだ。
「……っまだ」
魔法を発動しようとするフェゴだが、
続けてユマバナに横一文字に腹を切られ、大量の血を吐きながら倒れた。
「っぁ……あ」
「……妾たちの勝ちじゃ」
ーーー
ユマバナはフェゴを切り裂いた。
フェゴの再生がゆっくりと始まるが、
最早致命傷を癒すほどの魔力が残っていない。
ユマバナはトドメを刺そうと剣を振り上げると、
フェゴが一瞬でその場から飛び上がり、ユマバナから離れていく。
「なっ……お主まだ」
「がっぁ……うぐっ」
フェゴは辛そうにしながら瓦礫の山へと向かっていく。
「待て……どこにいくんじゃぁっ!」
「うるさいっ……ほっとい……て」
フェゴはふらふらとしながら足を引きずって歩き、
瓦礫の山へと向けて火の衝撃波を放つ。
おそらくそれが最後の一撃だったのだろう。
瓦礫の山が吹き飛ぶと、地面に小さな扉があるのが見えた。
フェゴはそれを開けて中へと降りていった。
クラテオとレイテンが動けないので、ユマバナは必死に走ってフェゴへとついていく。
ーーー
その扉の奥には階段が存在しており、
フェゴの垂らした血が床に見える。
そうして少しして階段を下り終わると、
ごちゃごちゃとした内装の部屋に到着する。
「……なにをしとるんじゃお主」
「来たのかー……ここだけは……荒らさないでくれー」
奥の小さい椅子に座るフェゴ。
回復するわけでもなく、足が塵になり始めているのが見えた。
「……お前はー……なんで生きてるんだ?」
「どう言う意味かわからんのじゃが……」
「なにを目標に生きたんだ……
なにを必死に取り組んで生きたんだ?」
フェゴは息を荒げながらそう言うと、
ユマバナはそれに答える。
「魔法が好きだから生きてる。
とは言いたいんじゃが……正直に言うと妾は、
亡くなっていった者たちの意志を継ぐために生きておる」
「……なんでそんな事するんだー」
「託してくるやつはいつもそうなんじゃが……
妾の大切な人ばっかりなんじゃよ。
投げやりになりたくないんじゃ……」
フェゴは力が抜けていき、眠たそうに机の上にある写真を取って視界に入れる。
「私は……真っ当に生きたかった。
のんびりと人生を終えたかった。
……でも、私は今から死ぬ」
フェゴの声はどんどん小さくなる。
「もし……生まれ変わったら、
次は私と一緒に散歩でもしないかー……」
ユマバナは息を深く吐くと、背を向けて階段の方へと向かう。
「お主が生まれ変わったらじゃぞ」
ユマバナはそう言ってその部屋を去っていく。
フェゴの口角が上がり、手に持っていた写真がひらひらと血溜まりの上に落ちた。
その写真はフェゴが撮った子供とのツーショット。
白黒ながらも笑みには色が見えた。
怠惰のフェゴ・ガルステッド。
彼女の目標は生まれ変わってユマバナに会うこと。
不可能でいい。
人生は何か一つ取り組めることを見つけるものだ。
フェゴは人生を最後に味わえた。
何もない状態で死ぬことはなかったのだ。
700年に及ぶ人生はついに幕を閉じる。
第十五章 魔城島 三の丸編 ー完ー
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第十六章 魔城島 二の丸編




