第百三十四話 鬼凶の方位 Ⅲ
「待たせたのう。
やぁっと終わったぞ」
ユマバナがフェゴへとそう言えば、
フェゴは立ち上がって杖を構える。
「それでお前たちは、私に勝てそうなのかー?」
ネルが返答する。
「勝てる。と断言しておきましょう。
士気は高い方がいいですから」
「そーか、なら現実になるといいなー」
フェゴは再び足を踏み鳴らすと、
大きな円の中に九つの円が書かれた魔法陣を展開する。
「九星紋」
その呼称に四人が緊張感を募らせる。
魔法での攻撃はほとんど無意味。
しかし、先とは違い無策ではない。
策通りに動けばいいのだ。
「ゆくぞ二人とも!」
ユマバナがそう言えばネルとクラテオが頷き、
三人は足元へと魔法陣を展開する。
「……理解してるはずだよなー」
フェゴは無謀にも魔法を放とうとする三人を見て、
四人が考えたのであろう策を警戒し始める。
辺りに魔力が満ちた瞬間、ネルから火の斬撃が飛び、クラテオからは水の竜が放たれ、ユマバナは黒い光線を杖から放った。
単純な魔法攻撃。
案の定それらは全てフェゴの間合いに入った瞬間、
青い光線によって叩き落とされてしまう。
「?」
フェゴは一見何がしたいのかわからない魔法を相殺したのち、水の斬撃を放つネルを目にして困惑する。
水の斬撃が放たれ相殺された時、
ネルから次々と放たれる属性魔法の斬撃。
五大属性と希少属性が入れ替わりで大量に放たれる。弾幕のような魔法攻撃、それでもフェゴの自動的の迎撃する魔法陣は突破できない。
だが、その魔法の量にフェゴの視界は悪くなり、
加えてネルの魔力によって他の魔力が感じにくく、
万全の反応ができない。
フェゴは陣の上で周りの魔力の流れを読み、
突如現れる闇の槍と水の矢を目視する。
「だからどれだけやっても結局は……」
フェゴがそう言った瞬間、フェゴの特殊な魔法陣から放たれる青い光線が、闇の槍を貫き相殺した。
すると水の矢が霧散する闇の槍へと向かって弧を描き、吸収されるように移動する。
そして闇が消えたのかフェゴへと水の矢が迫った。
フェゴはその水の矢を手で掴み、
床へと叩きつけて打ち消す。
「闇属性の特性を活かしたんだなー?」
「まぁそれもブラフなんじゃがな」
「ゴフッ……?」
フェゴは吐血して非常に驚いた様子で振り返る。
背後には拳を自身の背中に打ち付けるレイテンの姿が見え、腹部に穴が開いていた。
「ははっ……すごいなー」
ただの殴打ではない。
レイテンの貫通魔法を乗せた拳だ。
フェゴの九星紋は魔法のみを相殺する魔法陣。
それによりレイテン自身を攻撃するには至らない。
ネルの大量の魔法によって魔力探知がザラになり、
ユマバナとクラテオの攻撃に集中してしまった。
そして想定外の魔法使い自身が拳を放ってくる事。
それら全てが重なり、
こうしてフェゴの防御が崩れたのである。
フェゴは一瞬で体を再生し、もう一撃放とうとするレイテンよりも先に呼称を行った。
それを見たユマバナが叫ぶ。
「今すぐに離れるんじゃレイテン!!」
「えっ?」
フェゴの足元の魔法陣が真っ赤に光る。
「破壊殺……!」
中心の円を除いた八つの円の上に真っ赤な火が出現し、全方位へと大量の火球がその日から放たれた。
フェゴのすぐそばにいたレイテンは、
水の魔法によって後退すると、火球を水で相殺しながらどんどんと後ろへと追い込まれていく。
火球はまるで吹き荒れる風のようでもあり、
空間全てを埋め尽くしてしまいそうな魔法だった。
部屋中に火球が衝突していき、
黒く焼き焦がしていく。
これでもかと魔法が放たれた後、
フェゴを真っ赤な火が包み込んだ。
ーーー
「いい策だったぞー私のことをよく分析できてる」
真っ赤な火の中から出てきたフェゴは、右目が赤く変色しており、宝石のように輝いている。
そして四人は一瞬にして空間を埋め尽くすほどの火球により、軽くはない怪我を負っていた。
ネルが治癒魔法を扱えるのでなんとかなるが、
もし使えなかったらここで全滅していただろう。
全員が治癒魔法を受け、ある程度傷が治った状態で再び戦う姿勢を見せる。
「いきなりとんでもない魔法を出すのはやめとくれ」
ユマバナは苦笑いしながらそう言うと、
フェゴは四人へと問うてきた。
「作戦を考える時間は欲しいかー?」
余裕。
フェゴは未だに余裕の状態を保っており、
四人は軽い絶望を感じていた。
「ユマバナ……相殺できないくらいの魔法って通用すると思う?」
「……通用するとは思うんじゃが、
終局魔法でも無理じゃったんじゃ、強化発動でもせんと不可能な話じゃぞ……まさかお主?」
「えぇ、フル強化の発動法を試すわ」
それが意味することつまり、
ネルが魔法を放つまでの時間を三人で稼がなければいけない。
「言っておくが……失敗したら詰みじゃぞ」
「わかってる……でもやらなきゃ負けるわ。
三人を信じてもいいかしら?」
ネルの視線が三人へと向く。
「一か八か、賭けてみようじゃないですか。
俺らが勝つには、ネルさんの魔法が必要です」
「あたいもそう思うネ……もうさっきの策は通用しないし、賭ける価値はあると思うネ」
二人の肯定の意見を聞き、ユマバナが笑う。
「いつ妾が否定派じゃと思った?
やるに決まっておろう。ほれネルよ、どのくらいかかるのか言ってみい」
ネルはそう言われると発動までの時間を伝える。
「45秒で魔法を発動できるわ」
三人は頷いてフェゴへと体を向き直す。
そんな三人を見てフェゴは微笑んで口を開く。
「作戦は決まったんだなー」
「あぁばっちりじゃ」
ーーー
戦いが再開される。
ネルが魔法陣を展開し、
ゆっくりと魔力を高めていく。
フェゴもそれを見てある程度察したのか、
ネルへと向けて杖を向けた。
「歳破」
00:10
火の針と水の剣が大量に顕現し、
交わりながらネルへと向かっていく。
この魔法が出された時は大技と勘違いしていた。
魔法としての強さは圧倒的。
こんな魔法はフェゴにとって、火球をただ放つこととあまり変わらない難易度なのだろう。
ユマバナは大量の魔力を溢れ出すように放ち、
黒い渦を出現させ魔法を吸収していく。
黒い渦が火や水を呑み込んでいる際に、
ユマバナは草魔法を発動してツルを生み出す。
そうして生み出した大量のツルへと闇を付与した。
「暗草!」
闇が付与されたツルがフェゴへと襲いかかる。
するとフェゴの足元にある魔法陣は、先ほどとは違って真っ赤な光線で魔法を弾いてきた。
00:20
「クラテオ、今じゃ!」
クラテオはそう言われると、
すでに魔法陣を宙に浮かしており、その青い魔法陣から大量の水の球が放たれた。
一つで捉えればそう大した魔法ではない。
直撃してもあざができるかできないかくらいだ。
だが放たれた水球の数は百を超える。
魔法を放った後に発生する短いクールタイム。
それは誰であろうと逃れられない時間だ。
フェゴは魔法を放った直後であり、
次の魔法を放つには一秒必要だ。
「数が多くても関係ない。私の九星紋が発動している限り魔法攻撃は無駄だぞー」
クラテオの水魔法は全て弾かれる。
「それを理解した上で利用させてもらったんだ」
魔法が弾かれクラテオが口角を上げてそう言った瞬間、レイテンの魔法が発動した。
「点水突!」
中距離とも言える位置にいるレイテン。
そこから放たれる水の矢はフェゴへと一直線に向かっていく。
「なにが利用だー……結局相殺されて終わりだぞー」
フェゴはつまらなそうに、
その矢を赤い光線で相殺した。
00:37
「……?」
水の矢を相殺したというのに、フェゴは妙な違和感をその身に受けていた。
「闇星」
ユマバナが指を鳴らした瞬間、
水の矢があった場所から闇魔法特有の黒い霧が溢れ出し、黒い渦がフェゴへと襲いかかる。
闇魔法に触れた部位は、
激痛とともに大量の擦り傷がつけられる。
非常に攻撃性の高い属性だ。
フェゴはそれを恐れて後ろへと下がる。
そう、それこそがユマバナたちの狙い。
フェゴは先ほどからほとんど動いていない。
魔法陣の円の中から出ていなかったのだ。
ユマバナは一つの仮説を立てていた。
フェゴはあの魔法陣と共に動くことはできない。
その仮説は今、立説される。
「今じゃぁネルっ!!」
″00:45″
虹帝のネルはユマバナの行動を見て焦りもせず、
冷静な状態でフェゴへと杖を向ける。
「天つ空にて七彩の魔、浮世と見し黒空」
フェゴは詠唱を終えそうなネルを見ると、すぐさま対抗するために魔法陣を展開しようとする。
「させん!」
水の矢がフェゴの体を貫くように放たれ、
思わず魔法発動を諦めて避けてしまう。
クラテオによって阻止されてしまった。
九星紋がない状態では魔法攻撃は、防ぐか避けなければいけない。
フェゴは冷や汗を流した。
もはや防げぬネルの魔法。
君級魔法使い最強の魔法が今放たれる。
「帝杖の駆にて顕現する……創成八吼……
虹宙の天彩!」
一瞬の静寂。
音が消えた。
そうして音が戻るよりも先に、
七色の光と真っ黒な光が混ざり合い、
極太の光線がフェゴへと向けて放たれた。
空気が揺れ、魔力の圧が辺りを埋め尽くし、
大地が揺れて壁などにヒビが入る。
そうして三の丸の天井や壁を貫いていき、挙げ句の果てに曇天を貫いて魔城島に日差しが降り注いだ。
ーーー
四人は緊張しながらもその場に立ち尽くす。
「……ユマバナ」
「わかっとる……今考えとる……!」
ネルが前を見ながらユマバナへと声をかける。
怠惰のフェゴはほとんど吹き飛んだ体を再生しきっており、平然と地に足をつけて立っていた。
あれだけの光線に直撃して再生で魔力を使い果たさなかったフェゴ、だがそれに小細工はあった。
「さすがにやばかったぞー
直撃し続けてたら死んでたかもなー」
理不尽にもフェゴはピンピンとした状態でいる。
四人の顔からもはや希望は感じられない。
ひたすらに絶望が集う。
これが怠惰、フェゴ・ガルステッドなのだ。




