第十三話 差別
フラメナが朝起きるとクランツの手帳が開かれたまま置かれていた。
クランツはまだ寝ている。
「……読まないわよ」
クランツの秘密……知りたい、知りたいけど!
フラメナは目を閉じて手帳を閉じようとすると、思いっきりクランツの鼻をつまんでしまい、咳をしながらクランツが起き上がった。
「フラメナ様、いったい何を……!」
「ててて、手帳は見てないわよ!見てないんだからね!」
「はぁ、別に見てもよろしいですよ?」
「何よ!そうならそうと言いなさいよ!!」
フラメナは怒ったようにそう言うと、宝石を手にするかのように目を輝かせて手帳の中身を見る。
そこはクランツの文字と多くの写真などで溢れていた。
「わぁ……ねえクランツこの人たちって!?」
「わたくしも昔は旅をしていたので、旅の仲間ですよ」
「強そうね!」
「えぇ強かったですよ」
フラメナはクランツの文字に目を通す。
「ねぇクランツこの文字って何?」
フラメナには読めなかった。
「遠い国の文字ですよ」
「ふーん……読めないわ!読んで!」
「そんなに気になるのですね、読んで差し上げましょう」
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虹剣1669年11月3日。
カラベルがまた難しい依頼を持ってきた。
なんでも帥級の知性なし獣族で虎だ。
まぁ負けることはないが俺の負担を考えてほしい。
お構いなしに怪我する癖は本当に直してほしい、治癒魔法は苦手だ。
最近分かったのだが、魔族と獣族は大量に種族分けされている。
まず知性がある魔族や獣族は全員が人型だ。
魔族の竜族は完全に知性がない、だが龍族と呼ばれる人型の魔族たちが存在する。
とにかく人型であれば知性があると思えば大丈夫だ。
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クランツは以上の内容を、丁寧な言葉で読み聞かせた。
「種族のことなんて常識じゃない、知らないこともあったのね」
「えぇなにせ昔は、非常識でしたから」
「そんなクランツ見てみたいわね!」
「絶対に見せません」
クランツは立ち上がって外へと出ると、朝食の準備を始める。
フラメナはクランツの後姿を見て数秒したのちに、立ち上がって外へと出る。
朝食を終え二人は荷物を持ち、仮拠点を破壊するとまたパスィオン王国へと向けて歩み始める。
「今日は村までは進みたいですね」
「そうね!私もそろそろお風呂に入りたいし、絶対に到着するわよ!」
張り切って道を進み、二人は馬車に出会う。
クランツが少し頭を下げると、相手も頭を下げるかと思えば無言で過ぎていく。
「なによあれ……」
「無愛想な人だっていますから、気にせず歩きましょう」
フラメナは馬車を少し睨み、振り返ってクランツに追いつこうとした瞬間、微かに見えたのだ。馬車の人を乗せる部分から微量ながらも溢れる魔力の色が。
その色は黄色であり、弱々しく揺れているようにも見えた。
「待ってクランツ!あの馬車後ろに人が乗ってるわ!」
「フラメナ様、馬車に人が乗るのは至極当然でございます」
「違うの魔力の色が揺れすぎなのよ!」
「ですが、関われば確実にトラブルになりますよ」
フラメナは馬車へと向かって走ると、止まるように叫ぶ。
「待ちなさい!」
「あぁ?」
馬車を引く男がフラメナの声に反応して降りてくる。
「なんだオマエ、ガキがなんか用か?」
「後ろを見せなさい!」
「なんで見せる必要がある?」
「良いから見せて!」
強気な態度のフラメナに苛立ちが隠せない男だが、言われたとおりに馬車の後ろを確認していいと言う。フラメナはそうして後ろを確認しようと布をどけて中を見ると、やつれて怪我だらけの小汚い霊族の少年が見えた。
「やっぱり……」
「後ろ!」
「じゃあな!」
フラメナが振り返ろうとした瞬間、鉄の棒を振りかぶる男の姿が見えた。
最初から嵌めるつもりで男は誘導したのだろう。だがフラメナとて弱いわけじゃない。
フラメナは鉄棒を間一髪避けると、男の胸を蹴って地面へと突き飛ばす。
「どうぅぉっ!」
男は痛そうに立ち上がると、背後に大きな魔力を感じて鳥肌が立った。
「フラメナ様、お手柄ですね。この者は奴隷商人です」
「なっ……なんなんだよ!正義のつもりか!?こいつの親が金が返せねえっていうから、ガキと引き換えに交換しただけだ!わりぃのはこの霊族の親だろ!」
そう必死に言い訳する男の上からフラメナが言う。
「うるさいわね!関係ないのよ!この子からすればそんなのどうでもいいでしょ!」
クランツが男を草魔法のツタで縛り上げると、フラメナが霊族の少年へと話しかける。
「あなた名前は?」
フラメナがそう言うと少年は答える。
「リクス・テルマドール」
「珍しいですね。その歳で霊族ながら人語を話せるなんて、何か習ってるのですか?」
クランツが男を縛り上げた後にそう言うと、リクスは頷く。
「安心しなさい、私達がお家に送ってあげるわ!」
「いやだ!!」
リクスが突然大きな声でそう言うと、フラメナは驚いて少し固まる。
「家には帰りたくない……!」
訳ありらしい、それを察してフラメナは話を進める。
「わ、わかったわ。その身寄りはあるのかしら?」
「師匠のとこくらい……」
「その師匠って?」
リクスが口にする名は誰もが知る者であった。
「″エクワナ″師匠……」
「エクワナって……!」
クランツもフラメナも知っている。
東勢大陸に在する二名の君級魔法使いのうちの一名。
凍獄、エクワナ・ヒョルドシア。
つい最近話に出たばっかの名前を聞いて二人は驚く。
「その、どこにいるか知ってる?」
「わかんない。師匠は一ヶ月に一回だけ村に来て魔法を教えてくれた」
フラメナはクランツへと目を向けて言う。
「クランツ、この子を凍獄に届けるわよ!」
「まぁ色々考えることはありますが、良いでしょう」
クランツはフラメナが人助けの為でもあるが、どうせなら君級魔法使いに会ってみたいという魂胆が見え見えなことに気づきながらも、送り届けることを了承する。
「その……金はないぞ」
リクスがそう言うと、フラメナが手を掴んで外へと連れ出す。
「良いのよそんなの!今日からよろしくねリクス!」
「……よろしく」
そうしてその場を去ろうとすると縛られた男が声を上げる。
「おい頼む!縄だけ!縄だけでも!」
「一日も経てば自然にほどけますよ」
そう言ってクランツは先に道を行く二人を追いかける。
道を進む中でリクスのことが色々聞けた。
リクス・テルマドール。
彼はまだ九歳で、両親はいない。
今いる親は身寄りのない自分を、ほぼ奴隷として扱っていたようで、反吐が出るほど嫌いだと言う。
恐らく村に戻ればリクスは激しい虐待を受けるだろう。
師匠のエクワナは、魔法を教えてくれる存在で非常に優しいらしい。
リクスは差別に苦しみながら生きてきた霊族で、九歳にしてはあまりにも絶望的な顔をしている。
ライメは霊族と人族のハーフだったが、リクスは霊族のみであり足は揺らめいている。
また髪の毛は灰色で瞳は青い。
「なんで、おまえらは俺を嫌わない?」
リクスの率直な疑問、常に差別された環境に居た為、感覚がこうして麻痺している。
「だって嫌う必要なんかないじゃない」
「でも霊族は悪い噂が……」
「噂でしょ?なら、事実……えーと、なんだったかしらクランツ?」
「事実無根です」
「そうよそれ!」
「……人にもいいやつがいるんだな」
リクスはその曇った表情を少し晴れさせて、顔を上げた。
「リクス様、わたくし達は元々旅をしているのです。ですから師匠の元に送り届けるというのは、旅をしながらになりますがよろしいですか?」
「あの村に帰んなきゃなんでもいい」
そう言うリクス、新たな仲間を迎え入れて三人の旅となった。
だがやはり東勢大陸、比較的治安も良く、トラブルもリクス以来特に起きていない。
多少差別されたりとあるが、クランツが将級魔法使いのことを言えばあっけなく差別は収まる。
これが中央大陸や西黎大陸などの旅となればもっと辛かっただろう。
時が過ぎるのは早いもので、一行はあっさりとパスィオン王国に辿り着いた。
「ここがパスィオン王国ね!」
「フィエルテ王国くらい寄ればよかったですかね?」
「良いわよ!また帰るときに寄りましょ!」
パスィオン王国はゼーレ王国ほどではないが、賑やかな城下町が存在する。
早速宿を取って旅の疲れを癒したいが、やることがまだある。
「ガレイルでパーティメンバーを探しましょう」
クランツがそう言うとフラメナが疑問に思って質問した。
「リクスがいるから最低人数は達してるじゃない」
「十歳以上からしかパーティメンバーと認められません。十歳未満は見学者のような立ち位置として連れて行くんですよ」
「えー!じゃあやっぱり探さなきゃいけないのね」
「なんかごめん」
「なんでリクスが謝るのよ」
三人はガレイルへと向かって、早速メンバーを探す。
「フラメナ様、出来れば強い剣士が欲しいです。強そうな剣士はいますか?」
「……ダメね、見た目が強そうなのはパーティにすでに入ってるわ」
「あいつとかは?」
リクスが指さすところに立っているのは、髭を少し生やした剣士。
「良いですね、誘ってみましょうか」
三人はその男へと近づくとパーティを作らないかと誘う。
「良い提案だな、あんたら級は?子供が二人いるっぽいが…」
その男は不安そうな目でフラメナとリクスを見る。
「わたくしは風将級魔法使いで、こちらは火一級魔法使いと無級魔法使いです。」
男は少し渋そうな顔をするが、将級と言う級を聞いて了承してくれた。
だが霊族の子供に加えて一級とは言うが子供の魔法使い。男はあまり良い気分ではなかった。
「なあ嬢ちゃん魔法で軽く手の上になんか出してくれよ」
「?……いいわよ!」
フラメナは短縮発動で白い火を手の上に作りあげると、男は背中に悪寒を感じて後ずさりする。
「んだよその魔法!見たこともねえ。それだけならまだ……でもなんでそんな不気味なんだよ……嬢ちゃんの魔法は不気味だ……!やっぱパーティはナシだ!他のやつと組んでくれ!」
大の大人が顔を真っ青にして逃げるように去っていく。
大きい声を出したんだ、その姿を多く見られ、同時に白い魔法も見られてしまった。
「……ごめんクランツ」
「良いのです。今日は宿を取って休みましょう」
「何が不気味なんだ?」
三人はその場から去り、目を付けておいた宿に向かって部屋を取り、荷物を置いてベッドに座る。
「……メンバー見つかるかな」
「落ち込む必要なんてありません。まだ一人目ですから」
「お前も差別されるんだな」
リクスがそう言うとフラメナは手を見つめながら言う。
「……まだ!一人目よね!明日もまた探せばいいし、今日は良いのよ!」
苦し紛れにそう笑うフラメナは、立ち上がって着替えを持って体を洗いに、風呂場へと足早に入っていった。
リクスがクランツにフラメナのことを聞く。
「フラメナは、なんで差別されるんだ?」
「魔法が周りと普通じゃないからですよ。どうやら……世間は変数が嫌いですから」
リクスはそれを言うクランツを見ながら、寝転がる。
虹剣1681年5月13日。
今日は朝からガレイルに向かう。
だが、声をかけても無視されるばかり、運よくメンバーを見つけても、フラメナの魔法を見て逃げていく始末。
昼食時にフラメナは完全にやる気をなくしていた。
「もういいわ……諦める」
「ですが……」
「良いのよもう……」
「そうですか……」
机を囲んだ重たい雰囲気、リクスがサンドウィッチを頬張っていると、こちらへとニコニコしながら近づいてくる青年の姿が見えた。
「誰か来たぞ」
リクスがそう言うと青年は、空いている席に座って話し出す。
「パーティ探してるって本当ですぅ~?」
「そうよ……でも」
「自分と組みましょうよ~」
「え?」
「何かまずいです~?」
軽いノリでそう言ってくる青年。
フラメナは魔法のことを言うが青年は頷くだけである。
そんな青年にフラメナは魔法を発動して白い火を見せる
「ほら!こんな真っ白な!……これじゃ」
「綺麗ですね~、良いんじゃないですかぁ~白くても」
フラメナは思わず黙り込んでしまった。
「自分は、ルルス・パラメルノ、龍刃流の草二級剣士ですぅ~」
ルルスはニコニコとしながら手を差し出す。
フラメナの目に輝きが戻った。少し勢いが強すぎるがフラメナはルルスと握手して、ついにメンバー探しを終える
「よろしくね!ルルス!」
「えへへ~こちらこそです~」
偶然の出会いによってパーティが完成した。
明日から早速、初仕事。
ルルスとフラメナは互いに嬉しそうに、握手をしばらくの間続けていた。




