第百三十二話 鬼凶の方位 Ⅰ
「勝った……」
息を整えながら地面に倒れるエクワナ。
レアルトが塵となり消えた戦場で、瀕死の四名は勝利を噛み締めていた。
嫉妬との戦いに勝てたのは奇跡だろう。
四人が一斉にかかっても負ける戦い、だからこそ一人ずつが確実に勝利への道を作る必要があった。
それを見事成し遂げたのだ。
もしレアルトが火属性や雷属性などを使っていれば、エクワナたちは負けていただろう。
魔王側近ほどの魔力を持つ者が放つ火魔法や雷魔法は、普通の魔法とは威力の次元が違う。
「師匠……もう動けません」
「あー……出血で死にそうだよ」
しかし、受けた傷はあまりにも大きすぎる。
リクスやエクワナも無理して動いたため、体を動かそうにも力が入らない。
メルカトやサルメトは命に関わる重傷だ。
誰も動ける人がいない。
絶望的だ。
勝ったと言うのに死んでしまいそうだ。
だが天は彼らを見放さない。
「いたぞっ!! 君級のお方たちだ!」
三の丸前ということで、一般の戦士たちがエクワナたちの元へと辿り着いたのだ。
これでなんとか命は助かるだろう。
声が聞こえた途端、エクワナたちの意識は沈むように消えた。
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一方、嫉妬のレアルトと戦いが始まる時刻まで遡ると、三の丸の方でも戦闘が起きていた。
三の丸屋内にある広場のような場所。
豪華な飾り付けで照明もちゃんと設備されている。
「えーっと……エルフの魔法使いとは久しぶりだなー
昔に比べて強くなったんだなー」
怠惰は眠そうな目をしながらそう言ってはいるが、
その目は四人を捉え、情報を整理していた。
虹帝に枯星……魔法使いのツートップが揃ってて、
加えて海王までいるし……将級の魔法使いもここにいるってことは、まあまあ強いんだろうなー
確実に私を殺すつもりで編成されたパーティー……
私と魔法勝負で勝敗を決めようとしてるのかー
「一応名乗っとくか?
私は怠惰のフェゴ・ガルステッド。
お前たちの名前も聞いとくぞー」
丁寧にフェゴの問いに返してくれる四人。
フェゴはちゃんとその名前を覚えた。
虹帝 ネル・レルスタミッド
枯星 ユマバナ・アルマレット
海王 クラテオ・カルナルバ
水静 レイテン・ユランドア
以上が四名の名だ。
「一つ聞きたいのだけれど、なんで貴方たちは戦争を仕掛けてくるの?」
ネルがそう言うと、フェゴは杖を向けて答える。
「なんでだろうなー……べつに私は新世界がどうとか、今の世界がどうとかには興味がないんだ。
そう言うのって面倒くさいしなー」
「じゃあなんで他者を殺めるの?」
ネルが続けて質問すると、フェゴは頭をかきながら答える。
「お前たちが私を攻撃するからだー
私から攻撃を仕掛けて誰かを殺したことなんてない。毎度仕掛けてくるのはお前たちなんだぞー」
するとユマバナがそれに反応して提案する。
「なら妾たちと戦わずに、そこを退いてはくれんか」
「それは無理だぞ」
「なぜじゃ?」
フェゴは頭をかくのをやめ、
魔法陣を足元に展開した。
「戦わなきゃ殺されちゃうからなー
魔王側近になった以上、私も立場があるんだぞー」
戦闘が始まった。
フェゴのその言葉と同時に、ネルは杖を取り出して火球を放つ。その火球は回転しながらフェゴへと向かっていくと、水の槍がそれを突き刺し打ち消した。
「はぁ、面倒くさいなー
そっちが退いてくれれば楽なんだけどなー」
「退いて戦争がなくなるなら助かるが、
とても魔王はその気ではないんだろう?」
クラテオ・カルナルバ。
今年で四十三歳の水君級魔法使い。
青髪を後ろで結んでおり、キリッとした顔立ちが特徴的だ。
クラテオは魔導書を広げ、青い魔法陣を展開すると手をフェゴへと向ける。
「流貫海」
水魔法によって波が生成され、
その波から大量の水の針が出現する。
「日破」
フェゴがそう呼称すると、火の針がフェゴの右隣に出現し、波へと向かって豪速で飛んでゆく。
それが波に触れた瞬間、一気に水が蒸発して波が消え、クラテオの眼前に火の針が迫る。
「黒煙」
火の針へとかかった黒い霧。
それが魔法を打ち消し、クラテオは危機から脱することができた。
「やっぱり闇属性って特殊だよなー」
フェゴは左腕を上へと向けて、
前へとそれをゆっくり振り下ろす。
「歳破」
その行為に四人の全身へと寒気が走った。
あまりにも強大すぎる魔力の圧、間違いなく大技が来る。
予想通り、歳破は大技だった。
火の針と地面から水の剣が作り出され、
交わりながら太い光線のように姿を変えていく。
火と水が相性が悪いと言われる理由の一つに、
混合魔法時、発動直後に爆発してしまうというのがあった。
火属性魔法の火の平均温度は800℃。
魔力の込め方によって色が変化し、
より高温にもなり得る。
そこに低温の水が触れれば発動した瞬間、
その場で爆発してしまうのだ。
確かに水の量を多くすれば爆発はしないが、
そんなことをしてしまえば火は消える。
どちらにせよ扱いが非常に難しく、混合魔法のレパートリーも爆発しかないため、危険で難しく多くの者が遠ざける魔法となっている。
「火と水が混在してる……」
レイテンがそう言うと、
他のユマバナを除いた二人も驚きの表情だ。
これこそ怠惰のフェゴが魔法だけで魔王側近に位置する理由。魔法の技術がずば抜けているのだ。
火と水が触れない程度の感覚を保ったまま、
四人へと魔法が向かっていく。
感心している場合じゃない。
ユマバナは短縮発動で闇魔法を放つ。
それは大量の火の針と水の剣にぶつかった瞬間、
闇魔法を打ち消し、大量の針と剣が四人を襲う。
多少数は減らせたものの、
何箇所か怪我を負ってしまう現実。
ネルは魔法陣を展開し、自身の最大規模の魔法として存在する″終局魔法″を放つ準備を行う。
辺りに満ちるネルの魔力。
フェゴはそれを大技と察し、すぐさま阻止するために魔法を放つ。
「歳破」
再び放たれる大量の火の針と水の剣。
入り混じりながら進んでくるせいで、火を消そうとすれば水の剣に防がれ、水を吸収しようと草魔法を放てば火に焼かれてしまう。
「レイテン! 俺の魔法に合わせろ!」
「えっ、あっはい!」
クラテオは名を叫んだのち、水魔法によって壁をのようなものを作り出し、フェゴの放った魔法へとぶつける。
それで止められるわけもなく、
少しだけ減速しただけだった。
しかし、その減速はクラテオ自身のためではない。
レイテンが杖を水の壁へと向けると、先端が尖った槍のような水が高速回転しながら放たれる。
レイテンが将級魔法使いとして、名を上げている理由の一つに、他の魔法使いにない特徴がある。
貫通力だ。
魔法勝負において、貫通する魔法というのは非常に強力である。だが貫通などしようと思ってできるもにではない。
君級であろうと故意的に貫通させることは難しいのだ。土や氷以外となると尚更難しい。
レイテンは貫通する魔法を扱うことができる。
それは決して天才だからというわけではなく、
水魔法の性質を利用したものだった。
水魔法は変幻自在と呼ばれるほど形を変えるのが容易であり、他の属性に流れやすい性質を持つ。
火を消し、水と混ざり、風に散らされる。
草に吸収され、土に染み、電気を通し、凍る。
レイテンは自身の水魔法を他の属性に合わせることで、ぶつかるのではなく貫通することを可能とした。
回転している水魔法はクラテオの水を吸収し、
フェゴの火の針を消して水の剣を吸収する。
それによって巨大な水の槍となった。
「……やるなー」
フェゴはその水の槍を避けるために横へと走る。
走った際にフェゴは目にした。
世界最強と謳われる者の魔法をーー
「虹宙の天彩!」
ネルの杖から闇属性が放たれ、それを中心に七つの属性を纏う光線が追尾してフェゴへと向かっていく。
光線のような魔法。
フェゴはそれを避けるために足から水を放出し、
大きく後ろへと下がる。
「追尾式かー」
フェゴは方向を変えても追ってくるネルの魔法を見て地面へと片足を強く踏み鳴らす。
「九星紋」
床へと模様が浮かび上がる。
魔法陣なのだろうか? それにしては形が異様だ。
大きな円の中に九つの円が存在しており、
真ん中にフェゴが立っている。
「吉方」
その模様の上にネルの魔法が侵入した瞬間、
青い光線が魔法を下から貫き、全てを打ち消していく。
「嘘っ!」
「なんじゃあの魔法……!」
まったく見たことのない魔法だ。
思わず口を開くネルとユマバナ。
フェゴは息を吐くと、展開した模様が消えていく。
「まだ本気じゃないなー?
まあ私もだからいいけどなー」
怠惰のフェゴ。
確かに魔法技術が高いとは四人は知っていた。
だが単純に未知の魔法が出てきたのだ。
加えてこれでまだほとんど本気じゃないというのが、このフェゴという者の底知れなさを示している。
「さぁ、かかってきていいぞー
私はいつでも戦えるからなー」




