第百二十九話 天変地異 Ⅱ
レアルトは中央大陸の王都生まれの貴族だった。
中央大陸は貴族も多く、デルデアン家は黒蛇族の血を引く中級貴族でもあり、中級にしてはよく名が知れた一族でもあった。
現代ではデルデアン家は滅び、唯一の生き残りが欠片によって寿命が伸びたレアルトのみとなっている。
レアルトは末っ子として生まれ、
特に迫害を受けることもなく幸せに過ごしていた。
そんな彼女はなぜ、魔王側近という存在になってしまったのだろうか?
「お父様あぁぁ……!!」
彼女が十一歳の頃、父親が暗殺された。
1400年代よりも前は貴族たちは数多く存在しており、日々静かながらも激しい戦いを繰り広げていた。
貴族社会とは常に競い合って蹴落とし合う社会。
デルデアン家も例に漏れず、競い合うことが多かったのだ。
権力のためならなんだってするのが貴族である。
そうしてレアルトの父親は暗殺者に殺された。
現代でこそ貴族は数を減らしているが、
その原因の一つは争いの頻度の多さだろう。
よくある話だ。
身内が殺されるなんて珍しいことではなく、
レアルトもそれを理解して前を向いた。
レアルトには姉が二人おり、どちらも優しく賢く強く、非常に尊敬できる存在だった。
母親が病気によって亡くなってから、
姉たちがデルデアン家を導いていた。
だがその二人も殺されたのだ。
悲劇。
耐え難く、度し難い悲劇。
そんな出来事はレアルトの心を永遠と続く黒い渦へと変えてしまった。
ただひたすらに復讐のためだけに力を振るう存在となり、思うがままにこの世界を生きる。
彼女はデルデアン家と対立していた貴族を片っ端から襲撃した。彼女自身魔法使いとして生きることを決めていたので、戦えはする。
だとしても人を殺したことなどは一度もない。
実戦の経験も少なく、本番を経験したことがない魔法使いであった。
「デルデアン家の末っ子……そんなに怖い顔をしてどうしたんだ?」
ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる帥級上位の魔法使い。まさか負けるとは思っていなかったのだろう。
戦いは常にイカれた者が一番強い。
「なんで……そんな止まらな……」
レアルトは怪我も気にせず、ただひたすらに魔法を放ち続け、格上の魔法使いを殺害したのだ。
一つ経験を積めば慣れてしまうものだ。
レアルトはそこから三日三晩、飲まず食わずで襲撃を行い続けた。虐殺とも言える行為、すぐに君級の魔法使いが彼女を邪族として討伐しにきた。
三日による虐殺で何もかも使い果たしたレアルト。
彼女は最期に君級魔法使いに出会い、胸を貫かれてその場に倒れた。
誰もが死んだはずだと思った。
君級魔法使いも彼女が死んだと思い、死体を片付けるために少しだけその場を離れてしまった。
「悪魔がいると聞いて見にきてみれば……
すでに虫の息じゃーん」
色欲のエルドレ。
彼がニヤニヤとした表情でレアルトを見つめる。
噂として中央大陸にいるという情報があったが、
本当にいるとはほとんどの者たちが思っていなかっただろう。
「……」
レアルトは何もする気力がなかった。
ただただ、黙って夜空を見つめるだけ。
「おーい。あぁまぁなんもする気なさそうだね。
じゃあ質問を一つだけ、まだ生きたい?」
そんなエルドレの言葉に、レアルトの瀕死の体がピクッと反応した。
「殺したい……」
「そうかそうか、殺したくてしょうがないか」
エルドレはレアルトの頭の横に座ると、
指を首に当てて、撫でる様に丸を描く。
その次の瞬間には治癒魔法が扱われ、
致命傷ながらもなんとか命を紡ぐことに成功した。
「なら生きて、いっぱい殺そう。
幸せになりたいならなってやればいい。
好きに生きて、好きに殺す。それが魔王軍……
きっと魔理様も歓迎してくれるよ。
ようこそ魔王軍へ」
魔理への忠誠心はあまり高くはない。
魔王軍に入ったのも好きに生きるためであり、
魔王側近になったのは自由に生きていて勝手になっただけである。
嫉妬を冠するように、彼女は常に他人の幸せに強く嫉妬している。誰よりも幸せでいたい。
自分自身こそが世界の中心。
だからこそレアルトは今日も魔法を使用する。
己がため、幸せを吸い尽くす。
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レアルトはメルカトが展開した領域内にて、
止まることなく走り続けていた。
止まれば領域の効果である落雷に直撃してしまう。
それに加えてエクワナの氷柱やサルメトの斬撃、
サルメトに関しては左肩を負傷してはいるが、右肩が残っているのであまり戦闘に支障はないようだ。
「土変」
レアルトは走りながらも魔法を発動し、
自身を中心にしてトンネル状に岩石を作り出す。
そのトンネルのせいか落雷を一度だけ防ぐことが可能となる。それに加えて横も岩石によって防がれるため、レアルトへと攻撃を与えることが不可能となる。
こう言った場合、どうすればいいかをエクワナは知っている。
師匠であるユマバナから教えられたことだ。
こう言う防御特化の相手にはそれを上回る攻撃を行えばいいだけだ。
レアルトはトンネルに囲まれているせいで視界が狭く、状況把握が難しい状態であった。
エクワナはそれを利用し、ある魔法を呼称する。
「氷極天嵐」
君級魔法の氷極天嵐。
それは氷魔法最大の攻撃技であり、広範囲に全てを凍てつかせる竜巻を生成させる技だ。
実は混合魔法ではなく、氷魔法単体である。
ならばなぜ竜巻が出来るのか?
それは単純に氷魔法を発動させ続け、無理矢理回転させているだけだ。
次の瞬間、噴水の水が凍り、岩石もレアルトも凍りついてしまった。
「おじいちゃん!」
メルカトはエクワナの声を聞き、レアルトの頭上から大量に落雷を発生させた。
衝撃波と共に轟音が鳴り響く。
「手応えは?」
「わからん……だがこの程度で死ぬとも思えん」
エクワナとメルカトは警戒していた。
氷の霧が舞う中、レアルトが次何をしてくるのかと警戒はしていた。
驕りはなかった。
しかし警戒などが無意味なほどに、レアルトは想定外な動きを行ったのだ。
「……?」
サルメトは違和感を感じながらも辺りを見渡していると、エクワナの後ろから現れる人影に鳥肌が立った。
「エクワナさんっ!! 後ろぉっ!!」
「!」
「まずは一人……!」
レアルトは泥のような姿になり、地面を這って二人の後ろに回っていたのだろう。
エクワナは確実に致命傷を受けてしまう。
メルカトはそんなエクワナを横に突き飛ばし、
レアルトが手に持つ岩石の剣にて、右腕を切り落とされてしまった。
「っぐぅうう!」
「……絶対零度!」
エクワナは振り終わりの隙に入り込み、
レアルトの腹部に手を押し当てると、一瞬にして凍結させ蹴り飛ばして氷を砕く。
それによってバラバラになるレアルトだが、
氷が自然と溶け泥が一箇所に集まり、体が再生を即座に終える。
「おじいちゃん……ありがと」
エクワナはメルカトの切断された腕を凍りつかせ、
出血を一時的に止める。
「エクワナ……私などいくらでも盾にしろ」
「それはちょっと承諾できないかな。
あたしはこの三人であいつを負かすつもりなんだからさ」
レアルトは首を左右に傾け、ため息をつくと岩石によって槍を作り上げる。
「負かすって言うけど、なにを勘違いしてるのよ。
貴方たちは今から私に殺されるの。
三人もいて苦戦するなんて先が思いやられるわ」
レアルトは劣勢の三人へと絶望を上乗せするように本気を引き出す。
身体中に黒色の蛇の模様が走り、
髪の末端が茶色く輝き始める。
「私はいつだって幸せを追い求めてる。
それでも満たされない……貴方たちを殺しても結局のところ幸せにはなれない」
レアルトの魔力量が目に見えて高くなった。
魔王側近の本気、それを目の当たりにしてみたエクワナやメルカト、サルメトの希望は消えない。
そんな表情ですらレアルトは不愉快に感じた。
凍りついた戦場にて四人の意地がぶつかり合う。
嫉妬のレアルト・デルデアン。
現存する魔王側近の中では四番目の強さである。
言ってしまえば最下位だ。
最下位言えど元は序列六位。
そもそも魔王側近な時点で怪物である。
勝機は残っているのだろうか?




