第百二十八話 天変地異 Ⅰ
嫉妬のレアルト・デルデアン。
三百年生きる人族と魔族(黒蛇族)のハーフだ。
彼女は一見ただの人族に見えるが、
舌は蛇のように裂けており、黒い髪にショートヘア、そして吸い込まれるような黒い瞳が特徴的だ。
彼女の魔法は土魔法のみである。
それだけなら大したことないかもしれないが、
毎回魔法の呼称は同じであっても、魔法の内容が変わるのだ。
それが意味することつまり、
即興で魔法を常に新しくしているということである。
凍獄班と嫉妬が転移した先は、三の丸の少し前にあった広場であり、噴水の水が勢いよく天へと昇るとそれを間に挟んで嫉妬と凍獄班は向き合う
「あーあ、元々結構余裕かと思ったのに、
裏切られたせいで三対一とかやってらんないよ」
凍獄、エクワナ・ヒョルドシア。
君級魔法使いとして三番目に強いと言われる彼女は、軽快な口調が特徴的だ。
そんな彼女もまた君級を冠するだけあって、
最強格の魔法使いである。
「羨ましいわね。そっちは数が多そうで」
レアルトは手を横に突き出すと、岩石が手から作り出され杖へと形を変えていく。
「エクワナ……信じていいのだな?」
「任せておじいちゃん。絶対成功するから」
「私は君の祖父になった覚えはない」
霹靂、メルカト・ガルディア。
邪統大陸の将軍であり、雷魔法使いだ。
老齢な彼はその老いを感じさせないほど魔法が強力であり、集団戦では現存する魔法使いで群を抜いて強いだろう。
そして会話に置いていかれがちなのは、
将級剣士、血扇のサルメト・ハルメトラ。
剣塵イグレットの弟子である彼は、火将級の龍刃流剣士として名が知れている。
霊族であるがゆえに青い瞳、そして真っ赤な髪を生やしている。
「お二方、やっぱり俺が前線っすよね」
「いいや? あたしとサルメトが前線だよ」
エクワナがそう言うと、サルメトが少し意外そうになぜかと聞こうとした瞬間、レアルトから鋭利に尖った土の塊が放たれる。
回転しているのだろうか、空を裂き豪速で迫ってくるそれは直撃すれば即死であろう。
そんな土の塊をサルメトが剣で切り裂き、
地面へと叩き落とした。
「さっすがイグレットさんの弟子だね!」
「そ、それほどでも」
恥ずかしそうにするサルメト。
レアルトは舌打ちをすると、足で地面をトントンと鳴らし、魔法陣を展開する。
「言っておくけど……目の前にいるのは魔王側近よ。
まるで緊張感がないように見えるけど?」
レアルトがそう言えば、エクワナが挑発するように口角を上げて言い返す。
「そりゃあ他の魔王側近に比べてパッとしないもの、
上位三名はさ、強そうだし未知的な強さ……
でもあんたはもうわかってる。言っちゃえば楽しくないんだよねぇ……でも、もちろん本気で戦うよ」
「煽ってるの? 私は貴女が嫌いになりそうだわ……
ここまでナメられたのはいつぶりかしらッ!」
次の刹那、レアルトの足元の魔法陣から、
先ほど作り出された土の塊と同じものが大量に放出され、追尾するように三人へと向かっていく。
魔法の形は毎度変わるが、結局のところ半端な攻撃というのは同じ形へと収束する。
最適解は数多くないのだ。
「氷山礫」
中級魔法の氷山礫。
それは高等級の魔法使いが使うほど強力になり、
エクワナの氷山礫は巨大な氷山のようであり、その巨大な氷塊へとレアルトの土の塊が突き刺さる。
衝撃によって氷塊は砕け散ると、メルカトが合わせるように電撃を放つ。
その電撃は砕け散った氷塊を更に細かく砕き、
電撃へと氷塊の破片が乗ってレアルトへと向かっていく。
「土変ッ!」
その電撃へとレアルトは岩石の壁を作り出し、
それによって攻撃を防ぐと壁が衝撃で崩壊した。
「土属性がほとんどの属性に有利ってことは知ってるわよね。よくもさっきはあんな大口叩けたわねぇ!」
壁が崩壊する中、紅の一閃がレアルトの横を過ぎ去っていく。
「っ!?」
「バ〜カ、剣士のこと忘れちゃダメだよ〜?」
レアルトの腹部に火が走り、傷が大きく開く。
焦るように再生して岩石で自身の周りを囲うと、
何が起きたか頭の中で考えていた。
切られた? 全く見えなかった……
私を切ったのは将級よね? 確かに油断はあったかもしれないけど、将級ごときに……!
レアルトがそう考えてる間に、エクワナは魔法陣を展開して巨大な氷柱を作り出していた。
「氷鋭!」
こちらも中級魔法の一つ。
高等級の魔法使いが使うことはあまりない。
尖った氷柱を放つシンプルな魔法だが、
エクワナのそれは規模が桁違いだった。
レアルトの岩石を破壊し、頭上から氷柱が迫る。
地面のタイルを破壊し、地形が少し盛り上がるほどの衝撃。下にいたレアルトはぐちゃぐちゃに潰されているはずだ。
だが彼女は魔王側近。
規格外の怪物である。
「そう言う感じ……?」
「マジっすか……」
エクワナとサルメトが驚く理由。
レアルトが泥のようなものから体を構築した瞬間を、目撃したからである。
「この300年、数え切れないほど魔法使いも剣士も殺してきた。でも結局、どんなに強い戦士も結局は私に敗れていった。なぜだかわかる?
私が魔王側近、嫉妬のレアルトだからよ!」
レアルトは体を構築し終わると元の姿へと再生し、
地面が震え始め、辺りの建物にヒビが入り始める。
「おじいちゃん! 地面の揺れで倒れないでよ!」
「だから……はぁ、私はそう貧弱ではない」
メルカトは諦めたように目を瞑ると、杖をレアルトへと向け、エクワナは魔法球を回転させる。
「土変」
レアルトは自身の両隣に、身長の半分ほどの複製体を作り上げる。それは岩石で出来たダガーを持っており、見るからに近接型だ。
「三対三、これで平等ね」
レアルトは口角を上げると、エクワナはメルカトへと向けて視線を向ける。それに対してメルカトは何か察したかのように頷く。
「サルメト、一体は任せるよ」
「了解っす。勝てるかわかんないですけど……」
「弱気じゃマジで負けちゃうよ?
どうせなら勝つ気でいくよ!」
エクワナは魔法球を鷲掴みにし、前へと走り出していくと複製体が早速前へと出てきてエクワナへと切り掛かる。
エクワナと同時に前に出たサルメトにも複製体が向かっていく。
レアルトの戦い方は変幻自在。
傲慢のシルティが正面からの殴り合いを好む様に、
強欲のユーラルが勝利だけに固執する様に。
嫉妬のレアルトは搦手を非常に好んでいる。
「っぐあ!」
そんなサルメトの声が聞こえると、
複製体のダガーが肩に突き刺さっていた。
「っ!」
エクワナは頬を切らせながらも複製体の腹部に魔法球を押し当て、一気に凍結させてそのまま体当たりし、地面へと倒すと粉々に砕け散った。
サルメトも肩を貫かれながら剣で複製体を切り裂き、呆気なく倒すことに成功する。
違和感。
攻撃の速度に反してあまりにも脆すぎる。
「なるほどね……攻撃全振りってことね」
エクワナは複製体の性質を見抜いた。
速度に反して脆い体、出来るところまで軽量化し素早さを高めているのだろう。
「おめでとう。正解よ。
ご褒美におかわりさせてあげる」
レアルトはそう言った瞬間、
大量の複製体を地面から生やす。
「最悪だね。こっちはお腹いっぱいだよ」
複製体の速度は将級以上君級以下。
雑にこれで押されるだけでサルメトが先に潰れ、
いずれエクワナやメルカトも体力負けする。
雷は土属性にめっぽう弱い。
それにも関わらずメルカトがこの班に配属された理由、それは彼だけが出来る魔法があるからである。
「おじいちゃん……任せてもいい?」
「……このために配属されたのだな」
メルカトは杖を腰に差し、
両手を擦り合わせる。
明らかに何かしようとしているメルカト、
レアルトはそんなことを黙って見ているわけもなく、複製体の中に鋭利に尖った土の塊を混ぜる。
だが咄嗟に放った様な魔法では、エクワナの手厚いサポートは打破できない。
メルカトの手から光が溢れる。
「領域魔法……華靂庭」
領域魔法というのは基本的に空間魔法を必要とする。なぜなら囲いがなければ領域内に閉じ込めることも、特殊な効果を与えることも出来ないからである。
だがメルカトの領域魔法は空間魔法を使用していない。彼が扱える魔法は属性魔法だけである。
なぜ領域魔法が発動できているのだろうか?
「結界なしの領域っ……!」
囲いのない領域。
それは逃亡が可能となってしまうデメリットがあるが、属性魔法のみで領域を埋め尽くすことが出来る。
属性魔法のみで作り上げられた領域は、
普通の領域に比べて圧倒的に特殊効果が多い。
雷属性は確かに土属性に不利である。
それでも圧倒的な手数と質量が合わされば、
大地をも破壊し尽くす落雷の嵐を引き起こせる。
メルカトは手を叩くと、複製体の頭上から雷が体を貫き、次々と複製体を破壊していく。
「いつ見てもイカれた魔法だよ」
エクワナが感想をそう漏らすほどの攻撃、
メルカトは領域を完全に攻撃へと転じさせている。
「……魔力消費は激しいがな」
「無くなる前に倒しちゃえばいい話だよ」
霹靂のメルカト・ガルディア。
異名の名に恥じぬ圧倒的な雷魔法。
長年の経験が彼を君級とするに至る理由だ。
属性魔法による領域魔法は神業の部類。
レアルトは少し冷や汗を垂らして口角を上げる。
「羨ましいわ……そんな魔法、初めて見るわ」
戦いはまだまだ始まったばかりだ。
どちらも策を扱い戦うがゆえに、この戦いは頭脳戦でもある。
「さぁ……まだまだ私に嫉妬させてちょうだい。
せっかく君級と戦えるんだから、たくさん新しいものを見せてほしいわ」
嫉妬のレアルト・デルデアンの胸が高鳴る。




