第百二十五話 天理
フラメナは瞼越しに妙に眩しい光を感じ、
思わず起き上がってしまう。
辺りは真っ白な空間で、少し先の地面には白い火が揺らめいており、ほんのり空間が暖かった。
「どこ……?」
「おはよう」
「!?」
後ろから話しかけられ、フラメナは慌てて少し後退した。それと同時に一つのことに気がつく。
「びっくりし……私全裸じゃない!!」
全裸だった。
目の前に立っている女は服を着ている。
「不公平よっ! そっちも服脱ぎなさい!」
「めちゃくちゃね。べつに裸を見ても何も思わないわよ」
フラメナは少し恥ずかしそうにしていると、
目の前の女は自身のことを話し始める。
「誰よって感じだけど、とっくにご存知のはずよ。
私は天理、名としてはアンヘル。
一応初めましてね」
ニコッとするアンヘル。
真っ白な髪の毛に真っ赤な瞳。
それに加えて白の羽衣と、空間に溶け込んでしまいそうだ。
それともう一つ。アンヘルは不思議なことに、
フラメナと見た目が酷似している。
「私そっくりじゃない……本当にそんな見た目?」
「これが私の容姿よ。なんだか困惑してるみたいね」
アンヘルはこの空間について話し始めた。
「貴女は今寝てるだけよ。南大陸から魔城島へと向かう船の中で、貴女が愛するライメさんに見守られながらね」
「じゃあここって夢とかなの?」
「それも違うの、ここは精神世界。
精神を構成する中に存在している空きスペースみたいなところよ」
フラメナはあんまり理解していないような顔だが、
とりあえず頷き続けていた。
「あなたのことはなんて呼べばいいかしら」
「アンヘルでいいわよ。上下関係は存在しないわ」
「いいわね! 気楽で助かるわ!」
フラメナはアンヘルへと聞いた。
「アンヘルは亡くなってるのよね……私の精神世界に出てこれるのは欠片のおかげ?」
「なんだか昔より察するのが上手くなったわね。
そうよ。私は欠片を介して貴女の精神世界にいる」
アンヘルはその場に座り、フラメナと向き合って話を続ける。
「貴女のことは生まれてから今日までずっと見てきたわ。だから一方的に長い付き合いなのよ。
なんでこのタイミングで出てきたかだけど、
シノから話は色々聞いてるわよね?」
フラメナはアンヘルの口調が自分と似ていることを少し気にしながらも、問いに頷く。
「私が……どうやっても生きれないっていう」
「それに関してなのだけど……本当に申し訳ないわ」
アンヘルは謝罪した。
天理の欠片は自然に与えられたわけではなく、
アンヘル自身がフラメナへと与えた欠片なのだ。
「謝らないでよ……色々理由があるんでしょ?」
「まぁね……私は6000年前に肉体的活動を終えて、
そこから貴女の一族に欠片を与え続けてたわ」
アンヘルの話ではエイトール家の歴史は何千年もあるらしい。フラメナはそんなことを知る前に家が滅んだので意外な事実だった。
「魔理を封印したけど……今ああして動いてるように、いつか封印は解けるとは思ってたの。
魔理が復活すれば止める者がいない。となると私はそれを対策しなきゃいけなかったわ。
だからこの6000年は大忙しだったのよね」
アンヘルは語り続ける。
「何百年もかけて天理の欠片に適応できる者を探し続け……エイトール家を見つけたの。不思議じゃなかった? お父さんの髪色が真っ白だったこととか」
「あんまそう思ったことはないわ!」
アンヘルは少し間をとって手から白い火を出す。
「ま、まぁとりあえず、貴女の家系は天理の欠片を代々受け継いでるの。そして現代になって魔理が動き始めた時、私は貴女の天理の欠片を目覚めさせたわ」
「天理の欠片が昔からあったなら、
私の白い魔法も記録に残ってるんじゃないの?」
アンヘルは横に首を振った。
「天理の欠片自体は受け継げられてたけど、
その天理の欠片の効力を発動させるために、私が力を入れなきゃいけない。そう言うわけで貴女が初めての白い魔法の使い手というわけなの」
フラメナは納得し、頷いている。
「私は……アンヘル、あなたを憎んだりしないわ」
「……理由を聞いてもいいかしら」
フラメナはどこか諦めたような表情で話し出す。
「この20年、不幸なことも多かったけど幸せも多かった。その幸せの中には天理の欠片がなきゃ味えなかったものも多いと思うの」
「でも貴女……魔法使いとしては十分」
「わかってるわ! 魔法使いとしては十分私は強い、
天理の欠片がなくても君級になれてたと思う。
でも……天理の欠片がなかったら私は西黎大陸で死んでた。私は感謝してるのよ?」
「貴女は優しいわね。
結局死んでしまう運命になってしまうというのに、
私は貴女に頭を上げることができないわ……」
フラメナは俯くアンヘルに向かって言う。
「一番悔しいのは貴女でしょ?」
「……え?」
「魔理ってやつに殺されて、自分じゃどうしようもなくなって、誰もどうすることができない。
だからどうしようもないなりにやるしかない。
そんなの悔しいに決まってるわ!
だからこそ私はあなたに協力する。
もう十分、幸せは味わったから……」
苦し紛れの笑顔。
アンヘルは罪悪感を感じた。
「生命は……肉体的な死と精神的な死。
二つ存在しているわ。
誰かから忘れられ、記録にも残らず、その人がやってきたこと全てが消えてなくなった時。
初めて生命は死を迎える。
最低最悪な励ましだけど……貴女のことを忘れる人はいないわ。だってこんなに素晴らしい人、誰も忘れることなんてできないわよ」
フラメナは少し唇を震わせながら笑った。
「ありがと……! なんだか少し気が楽になったわ。
その……せっかくだし色々話しましょうよ。
私、あなたのこともっと知りたいわ」
アンヘルはそう言われ、嬉しそうに頷く。
「いいわよ。目覚めるまで……話しましょ」
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「フラメナ〜!!」
「んえ……あえ?」
ライメの声と共に大きく体を揺さぶられ、
フラメナは目を覚ました。
「やっと起きた……もう10時だよ?
大丈夫……? 体調悪かったりする?」
疑問符が大量に浮かんでいるライメ。
するとフラメナはライメの腕を引いてベッドの上で抱きつく。
「うぇえあっ!? ちょっ……ふふっどうしたの?」
驚きながらもすぐに嬉しそうに笑いながらそう言うライメ、フラメナは顔を擦り付けるのみで返事はしない。
「あははっ怖い夢でも見たの?」
「良い夢だったわ……そのライメ……」
フラメナはライメを掴む手が強まり、
布が擦れる中小さくそう言った。
「私ね……」
言うべきか、言わないべきか。
どうしようか。
フラメナは一呼吸の後に、口を開いた。
「……ライメが大好きよ。
私のこと忘れないでね」
誤魔化してしまった。
フラメナの運命はまだ誰にも話していない。
この結末を知るのはシノとアンヘルのみだ。
「忘れるわけないよ。僕も大好きだよフラメナ」
フラメナを優しく抱きしめるライメ。
フラメナはその抱擁が辛くも嬉しくもあり、心はもうぐちゃぐちゃだった。
「今日はずっとこれがいいわ……」
「まぁ……移動してるだけだしいっか……
とことん付き合うよ」
一方その頃。
魔城島沿岸部にて戦闘が起きていた。




