第百二十三話 姿が重なる
天理アンヘル。
理を管理するという執理政の明確なリーダー。
何をするにしても優秀で、この世界の基盤を固められたのも彼女の指示あってこそだろう。
そんな彼女のことがトイフェルは大嫌いだった。
人族が世界の頂点に立ったが故に、
この世界は泥に塗れてしまった。
トイフェルがそう考える理由。
それは差別。
長く続くこの世界で唯一変わらない負の文化。
差別などというものさえなければ、
世界は綺麗なままだった。
トイフェルは誓った。
変化を拒み、永遠という事象を受け入れ、
愚行を晒し続ける気狂いな執理政と、世界を作り替えてやる。
統治する者がいないのならば私が統治してやる。
ーーー
トイフェルは圧倒的に強かった。
魔力という概念そのものの管理者。
その力は天理を越え、死闘の末についに勝利し、
天理は死に、魔理の世界が始まると思われた。
だが天理の唯一の能力は他の理の管理。
今際の際で天理は、魔理という管理者を封印したのだ。それにより5300年以上封印されることとなる。
本来封印は永遠のものであったが、
死闘の末に天理の力は弱まっていた。
それが故に破られた封印、トイフェルは時が経ちすぎた世界を見て絶望し、再び誓った。
世界を統治するために早速行動に移そうとしたが、
トイフェルの体は天理の力によって様々な呪いを受けている。
・魔力回復遅延
・魔力制御
・老化
この三つはシンプルながらも、トイフェルの圧倒的な強さを大幅に弱体化させる呪いである。
それにより単独での世界統治は不可能となった。
何千年も前の生命に比べ、この時代の魔法使いはあまりにも強かった。
ならばどうするか?
一人で無理なら同志を集えばいい。
トイフェルは手始めに島を作り出した。
それは後に魔城島と呼ばれる島となる。
そしてトイフェルは世界中を旅し、
様々な種族に出会っては自身の願いを語った。
何度も対立し何度も戦いが起こった。
それでもトイフェルは何百年も勧誘し続け、
ついには何十万もの軍勢を魔城島に集わせる。
七人の幹部、魔王側近。
欠片を与えし強力な邪族たち。
だがそこまで派手に何かを準備すれば、
世界中から視線が集まり、行動について言及される。
もはや隠す必要もない。
仙星1211年、トイフェルは初めて全面戦争を行った。
結果は敗北。
魔王側近は三名死亡し、北峰大陸という極寒の地のみを攻め落としただけであった。
トイフェルはその戦いで魔力をほぼ使い果たし、
回復が阻害されているので長い休憩を取ることになる。
400年。
その年月を経てトイフェルはついに力を取り戻し、
策を立てて全面戦争を行う。
うまくいっていた。
それなのに、いつもあと少しのところで遠回りをさせられる。
ーーー
魔理、トイフェルは怒りに身を沈める。
「私はお前が憎くて仕方ないのだァ!!」
トイフェルはそう言いながら立ち上がって、
手から黒い槍を作り出し、フラメナへと投げつけると、投げたはずの槍がフラメナへと姿を変える。
幻覚やそう言う類のものじゃない。
「転移ッ!?」
「憎い? それは私もよっ!!」
フラメナの白い火を纏った拳が、トイフェルの顔を殴り飛ばす。
「ぶっはぁっ!」
「あんたのせいでっ! 何人死んだと思ってるの!」
怯むトイフェルに追撃のように放たれる拳。
それは往復するように頬へと直撃する。
「お父様もっ! お母様もっ!!
お城のみんなも、街も村も風景もぉっ!!」
フラメナは涙を空に散らしながら力一杯、純白を拳に乗せて殴りつける。
「あんたのせいで全部消えたんだぁっ!!」
「っかはぁっ……」
白目を剥くトイフェル。
猛攻になす術なく、その身は天理の欠片に侵され始めていた。
シノはそれを黙って見ており、横にライメが歩いてやってくる。
「あのままじゃ……死にますよ」
「ナメすぎよ。弱体化してるとはいえ、魔王側近全員が束になっても勝てるかわからない相手だわ」
フラメナが拳をもう一度打ち込もうとすると、
トイフェルは大量の血を垂らしながらその拳を受け止め、顔を上げて衝撃波のような風魔法を放出。
それによってフラメナは吹き飛ばされた。
「ペラペラと自語りをするんじゃない……!
お前がどう思っているかなど、
世界からすればどうでも良いことなのだ!
大義の前では稚拙な自己中と見えるぞッ……!」
トイフェルは魔法陣を足元に展開すると、ボコボコにされた体を再生し、召喚魔法を発動する。
「お前との戦闘は想定外だ……魔力もまだ不十分、
戦いたければ自ら来い小娘……魔城島にな」
トイフェルは体が黒く染まっていくと、
徐々に地面へと消えていく。
追うにも召喚された邪族が邪魔だ。
「退けっ!!」
フラメナは白炎をやけくそに放出し、
召喚された個体たちを一気に掃討する。
弱小な召喚体は今ので倒れたが、何体か手強い個体が残っていた。
息が荒くなり、血管が浮き出るほどには手に力が入っているフラメナ。
ライメはそんなフラメナの肩を後ろから触れ、
冷静を取り戻させる。
「落ち着いて、気持ちは分かるし奴は憎い。
でももう目の前にはいないんだ。召喚体を倒して一旦ゆっくりしよう」
フラメナはライメへと振り返ると、
桃色の瞳や髪の毛は元の色に戻り、息を吐く。
「……ふっー……ありがと、ライメの言う通りね」
そうしてフラメナは瞬きをすると、残る召喚体へと向けて一本ずつ白い電撃を放ち、体を貫く。
「お見事」
「等級じゃ一級程度よ……
ほんとにただの肉壁って感じね」
静寂が訪れた二人の後ろからシノが話しかける。
「教えなくても自分で切り拓けたわね」
「ヒントみたいなの出してたじゃない」
シノはフラメナにそう言われると、
クスクスと笑って言う。
「弱点が何かは言ってないわ。
それに私は運命からこの命を止められていない。
代償が何もないってことはそう言うことよ」
フラメナはシノの手を握る。
「冷たっ! ……手は冷たいけど心は暖かいわよね。
シノさんのおかげで助かったわ」
「上手いこと言うじゃない……
それと私のおかげじゃないですよ」
「もう、そう言うところ変に頑固よね!」
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「……撤退だ」
「はは……まさか相手の方が一枚上手なんてね」
ドラシルとエルドレがそう言う。
フェゴやレアルトもため息をついていた。
「まさか天理の欠片が読み勝ちしてくるなんてなー」
「魔理様すごい不機嫌なんじゃない?」
魔理は魔王側近にのみ、脳内に話しかけることができる。それが成せるのは欠片を自ら与えたからだ。
「でもさー、邪統大陸で戦争起きてるんでしょ?
この戦争どうすんの? 魔王軍もほとんどここに向けてるし……」
エルドレがそう言うとドラシルはそれについて答える。
「もはやここまで動いてしまったからには全面戦争しかない。我らが撤退すれば魔城島へと攻めてくる。
後方の者たちを連れて魔城島を固めるのだ」
それを聞いてフェゴがまとめるように言う。
「防衛戦争から侵略戦争にさせるんだなー
確かにそっちの方が戦いやすいぞ」
ーーー
一方前線では依然魔王軍と他大陸の戦士たちが戦っているが、一向に魔王側近が出てこない。
そんな状況に将軍であるメルカト・ガルディアは、
違和感を感じており考えていた。
「……強大な魔力が感じられん」
メルカトは身長の高い老練な魔法使いであり、
実力は集団戦では君級上位である。
彼の前だけはほとんど邪族がおらず、
間合いに入った瞬間電撃によって消滅しているのだ。
ーーー
邪統大陸の戦士たちが異変に気づくのは十日後だった。
数多くの戦士たちが集った中、魔王軍が姿を消したのだ。討伐し終えてしまったのかと思うが、そんな夢物語が現実になるはずがない。
様々な嫌な予感、それが脳裏を過ぎる。
最寄りであれば西黎大陸が危険だ。
北峰大陸などは寒すぎるため戦いに適してない。
戦士を多く邪統大陸に向かわせた今、
西黎大陸は今最も危険な大陸だろう。
「なんだと? 魔王軍が帰った?」
「はいっ……海に氷の道ができていて、おそらくそこから帰ったのではないかと……その証拠にどの大陸でも目撃情報がありません」
メルカトはそれを部下から聞くと、
どうするべきかと考える。
「あそこまで戦っておいて逃亡……
なにか今戦いたくない理由があるのだろう」
この時代の君級は間違いなく史上最強。
魔王側近がこの時代だけで三名討伐されている。
これは異常事態である。
もしかしたら今ならいけるかもしれない。
時代は新しく移り変わる。ならば古くから続く負の歴史を終わらせるべきだ。
メルカトだけじゃない。
多くの君級がこの機会に潰すべきだと考える。
「……全大陸に伝えろ。
これより防衛戦争は、魔城島への侵略戦争へと軌道を変える」
魔王軍と他大陸の戦士たち。
この戦争は歴史に刻まれることとなる。




