第百二十二話 世界を否定する
虹剣1691年12月24日。
南大陸から邪統大陸へと向かう船が、
エスペランサ王国のウツメト港へと着港した。
およそ400名の一級以上の戦士たちは歓迎され、
早速前線へと向かうこととなる。
邪統大陸での戦いは入れ替わり制であり、
数時間おきに前線の戦士たちと、後方の戦士たちが入れ替わりで戦う。
そのため防御面が驚くほど強固であり、
何千年もこの砦は攻め落とされなかったのだろう。
フラメナとライメは船から降りると、
膨大な青いオーラを放つ魔法使いから話しかけられる。
「フラメナさん? 人違いだったらごめんネ〜
あたいはレイテン・ユランドアと言う者さ。
ここ邪統大陸の防衛戦争の″副将軍″として、
純白と冷宙、二人を歓迎するよん」
レイテン・ユランドア。
歳は二十二歳ほどの女性の魔法使いだ。
彼女はオーラから察するに水魔法使いである。
レイテンは獣族の猫族である。
灰色のもふもふな体毛を持ち身長が少し高めだ。
「私たちのこと知ってるのね!」
「そりゃあもちろん! 純白魔法なんて言われるくらいには真っ白な魔法を使うフラメナさん。
史上四人目の転移魔法使い、ライメさん!
頼もしいったらありゃしないよ〜!」
レイテンは嬉しそうにフラメナとライメに対して、
交互に握手をして笑顔を見せる。
「副将軍っていうなら将軍はどこにいるのかしら?」
「今は前線で戦ってるんさ〜」
ライメがその将軍の名を口に出した。
「霹靂、メルカト・ガルティア。
彼は老練の魔法使いと聞きましたが……まだまだ前線で戦うほどお元気なんですね」
そう言われてレイテンが誇らしげに話す。
「ふっふっふっ、おじいちゃんはまだまだ現役さ。
ちょー強い! ちょー渋い! 二人も会ったら驚くと思うよ」
メルカト・ガルティア。
霹靂の名を冠する彼の歳は七十三歳。
人族であり元々黒い髪の毛などは、歳と共に白くなって、姿を目にした者たちは皆揃って彼をこう言う。
渋い。
一体それがどう言う渋いなのか?
それは合わないと生涯わからないらしい。
「フラメナさんとライメさんにも早速戦ってほしい!
とは言いたいんだけど、宿とかの話もあるし、
一旦あたいについてきてくれる?」
その言葉にフラメナとライメは頷き、
レイテンに連れられとても大きな宿へと連れてこられた。
とにかく大きい建物だ。
何人泊まれるだろうか? 思わずそんなことを考えてしまうほどに大きな建物だった。
「ビックね〜……こんな大きい宿初めてだわ」
「まっ、中は広いってわけじゃないんだけどネ。
本当はね。貴族たちは優遇するべきなんだけど、
まあ戦いにきてるし我慢してよねん!」
レイテンは案内を終えると、荷物を置いてくるように言って外で待つと言う。
荷物を置いたら早速前線へと戦い向かうのだ。
だがフラメナは焦りながら迷っていた。
「どうしようライメ……もう南大陸が心配で仕方ないわ! やっぱり風魔法で行くしかないかしら?」
「僕も結構心配だよ……今しかないんじゃないかな」
二人はそわそわしながら話していると、
後ろから声をかけられた。
「あら? フラメナさんとライメさんじゃない」
話しかけてきたのは虹帝のネル。
「ネルさん! やっぱり来てたのね!」
「えぇ、私が戦わずして誰が戦うんですか」
少し微笑みながらそう言うネル。
ライメは息を呑み、フラメナの肩を揺すると、
なにか二人は通じ合ったかのように頷いた。
「あのネルさん……一つお願いがあるの」
「お願い……? なにかしら?」
フラメナは事の経緯を話す。
「南大陸が滅亡しちゃうから力を貸して!」
「端折りすぎだよ! 僕が代わりに説明します……」
フラメナの雑すぎる説明を聞いて、
ライメが代わりに説明してくれた。
魔理という存在は伏せながら、ネルへとライメは事の経緯を伝え終わると、ネルは腕を組んで考える。
「8年前の滅亡の一件……もし再び南大陸が滅べば復興は不可能でしょうね」
ネルは自身の答えを口に出す。
「わかりました。貴方たち二人が戦場から消えるのは少しだけ不安ですが、貴方たちを信じますよ」
二人はそう言われると、フラメナはネルへと抱きつく。
「ありがとうネルさん!
やっぱり物分かりも世界最強ね!」
「ちょっと意味がごちゃごちゃですよ……
私が風魔法を使って空を飛び、二人を転移魔法発動圏内まで運べば良いんですよね?」
ライメはそれに頷く。
「なら早速行動に移しましょう」
そうして三人は宿の屋上へと向かい、
快晴の下、ネルが魔法陣を足元に展開する。
「邪統大陸の戦争は他の君級が頑張ります。
気にせず南大陸を守ってきてくださいね」
「……ほんとありがとうネルさん!」
「これで過去のことはチャラってことにしてくださいよ? では……いきますよ」
ネルを中心に風が吹き始める。
ネルがフラメナとライメの腕を掴むと、
一瞬でその場から飛び上がった。
空高く昇っていき方向転換すると、
三人は南大陸へと向けて飛び始めた。
「君級の戦士たちはやっぱり風格が違うナ〜……」
外にてフラメナたちを待っていたレイテン。
宿の屋上から放たれる白い霧、目を凝らしてみると人が見えた。
「は……?」
顔が見えなくても魔力でわかる。
自身が待っていたフラメナとライメ、加えてネルまでもが空に向かって飛んでいったのだ。
「えぇぇえ!!? ちょっと!! ちょっとぉお!」
レイテンは非常に焦ったように空に向かって叫ぶが、あの三人が止まるはずもなく一瞬でその場から離れていってしまった。
「……どうしよう」
ーーーーーーーーーーーーーーー
一方南大陸。
運命のシノはフラメナの家の前にて、家を囲む外壁に寄りかかりながら本を読んでいた。
妙に人がいない。
元々人通りが多いわけでもないが、
一人も見当たらないのだ。
それもそうだろう。
今、この場には執理政が″二人″いる。
「随分と暇そうだな。シノよ」
「あら……私は楽しいですよ」
一気に辺りへと魔力が満ち、少し離れた場所にいるフリラメやクランツにもその魔力が伝わる。
「クランツ……」
「君級なんて遥かに凌ぐ魔力量……魔王側近?」
「わからない……でも、近くにいないはずなのに、
魔力の圧だけで倒れそうだわ……」
魔王顕現
「トイフェル、ここに何の用かしら?」
執理政、魔理。またの名を魔王と呼ばれる。
名としてはトイフェル。
シノはこの男が大嫌いだ。
「願いを叶えに来ただけだ。
止めるなんて冗談よしてくれよ?
お前じゃ私を止めることなんて不可能だ」
シノは本を閉じて鞄の中へとそれをしまう。
「少し昔話でもしない?」
「……ふん。まぁよいぞ。時間稼ぎであってもこの大陸に私の脅威はいない。転移魔法も発動圏外だ」
トイフェルは余裕の表情を見せ、シノの話を聞く。
「貴方は6000年前に天理を殺した。
私はそれを完全な悪だとは思わない。
運命がそう示したのなら私は……それを無理矢理否定するわけにはいかない」
トイフェルは少し驚いたように言う。
「憎くはないのだな? 意外な話だ。
私はてっきりお前が私怨で私を殺そうとしているものだと思っていたぞ」
シノはそれに少し笑いながら答える。
「貴方を殺したら世界が消えるわ。
私たち執理政は生きても、他が死ねば存在価値なんて私にはないのよ」
トイフェルは手を広げて話す。
「天理が死んで6000年、
まさか意志を継ぐものが現れるなんてな。
想定外ではあったが、そう変わらん」
シノはそれを聞いて声を上げて笑った。
「8年前に南大陸を滅ぼしたあの日、あの子がてっきり帰ってきてると思ってたんでしょう?」
「まさかお前が細工したのか……?」
シノは破れた手紙を取り出す。
「偶然、手紙を破壊してしまいまして、
それによって帰るのが遅くなちゃったのよ〜」
「心底適当な概念だ! 運命に干渉してるだろう!」
シノは指を向ける。
「私が貴方を憎んでないなんて思ってるなら阿呆よ。
貴方を今すぐに殺したいくらいには憎いわ。
でもね。運命は常に平等。
貴方は何千年もうまくいき続けた。だからこそ溜まってるのよ。不幸という名の理不尽がね」
トイフェルは違和感を感じていた。
シノが見せる余裕な表情。
それと同時に感じる嫌悪感。
「やはり私はお前が嫌いだ。
しょうもない幻想を抱き、運命に裏切られてその命を終えるのだな。シノよ」
トイフェルはそう言うと、一歩前に足を踏み出す。
「理不尽と不幸に呑まれた生命ってね。
ある時を境に幸せに溢れるはずなの、でもこの世界には一人だけそれから逸脱した子がいるの」
シノはトイフェルを見ながら続けて話す。
「貴方がいるせいで幸せになれない可哀想な子。
オマエの大嫌いな相手の意志が……!!
今この時代にすぐそこまで迫ってきたんだよ!」
語気が強くなったシノ。
そんなシノを見てトイフェルは困惑した。
すると突如、辺りの魔力の圧が消えるように、
燃えるような魔力が辺りを埋め尽くす。
「まさかお前ッ!!」
「運命は教えてないわ。″彼女″が見つけ出した……
もう一つの″運命″よ……!」
門が勢いよく開けられ見えるは、髪の毛の末端が赤く染まり、桃色の瞳を持った魔理が最も恐れる相手。
天理の欠片を宿し、純白を冠する魔法使い。
フラメナ・カルレット・エイトール。
南大陸にて魔理と邂逅。
「あんたが……!!」
「なぜ……ここにいるッ!!」
不意打ちのように現れたフラメナ。
魔理は避けることも防ぐことも間に合わない。
フラメナは拳に万力を入れる。
白い火を纏いながら突き出すその拳は、トイフェルの腹部へと突き刺さるように直撃した。
「ぶっぅっ、ぐぁッ!?」
衝撃により地面を滑りながら転がって吹き飛ぶトイフェル。家屋の壁に衝突して倒れると、燃える腹部に手を当てて言う。
「まったく……忌々しい存在だ……!」
白い火が一瞬で消え腹部が再生した。
南大陸を滅ぼした巨悪。
フラメナは怒り狂うこともなく、ただひたすらに、
この戦いが出来ることへと喜びを感じていた。
やっと自分の手で裁ける。
理不尽を浴び続けた純白を宿す少女は、
世界へとついにその反撃の狼煙を上げた。




