第百二十一話 予測と問題
虹剣1691年11月19日。
フラメナとライメが家を出ると、門のすぐそばに執理政のシノが見える。
どうやら彼女から邪統大陸に向かうにあたって、
助言したいことがあるようだった。
「もう出るの? 早いわね」
そんなことを言うシノ、まあなにせ紙が配られたのは今朝であり、今は昼時だ。
「ケルエイ港の航路に強い邪族がいたら困るじゃない? だから私たちが先に船で海を渡るのよ」
そうフラメナが言うとシノは頷いて納得すると、
シノは二人へと自身の助言を伝える。
「余計なお世話かもしれないけど、相手は知恵を持つ相手。腐っても親玉は執理政よ。自分たちの弱点をよく考えて、相手が何をするか考えてみてちょうだい」
フラメナはそんなシノに少し違和感を覚える。
「運命はもう私たちに教えられないんでしょ?
わざわざそうやって言ってくれるなんて、このままだと良くないってことね!」
「……良くない運命が見えてるんです?」
フラメナとライメのその言葉に、シノは頷くこともなく少し微笑んで話す。
「それについては肯定も否定もしないわ。
でも、信じてるわよ。そこまで考えが巡るのなら、
魔理如きの手のひらの上で踊ることはないわね」
シノは二人へと背を向けて歩き出す。
「それじゃあ二人とも、変わらず期待してるわ」
そう言ってシノは青い光に包まれて転移魔法を扱い、その場から去っていった。
「本当に用事が終わるとすぐ帰るわよね」
「まぁ……シノさんも忙しいんじゃない?」
「転移迷宮の研究よね? 進捗とか聞かされないの? 一応ライメは協力者でしょ?」
「全然教えてくれないよ。僕はそんなに気になるわけでもないし、良いんだけどね」
ーーー
邪統大陸へ戦士たちを送る船は、
五度航路を往復する。
一回目は二隻の船によって、
南大陸の半分程度の戦士が移動。
先頭の船にはフラメナとライメが乗船し、
邪族の出現に備えられている。
二回目にはルルスと残った南大陸の戦士たち。
三回目以降には東勢大陸からの戦士たちが乗船し、
邪統大陸へと向かう。
両大陸合わせ総勢およそ2000名の戦士たちだ。
等級は最低ラインで一級、君級戦士たちも参加しており、東勢大陸からは凍獄と海王が筆頭戦力だ。
ケルエイ港へと二週間ほどかけて到着したフラメナとライメ。滅んだケルエイ港は仮で復興が行われており、辺りには戦士たちが点々と見える。
「大きいわね……こんな船初めて見たわ!」
「一度に200人は乗せれる大型船らしいよ。
さすがにすごい迫力だよね……」
二人は旅の中でもこの大きさの船は見たことがない。世界でも非常に数少ない大型船なのだろう。
「出航はいつ頃かしら?」
「フリラメ様から聞いてないの?」
「お姉様なんか言ってたかしら……忘れたわ」
ライメはやれやれと言う感じでフラメナへと、
この大きな船がいつ出航するかを伝える。
「この船自体も昨日ここに着いたらしいし、
僕たちは早く来た方だから出航までは一週間。
海の上には二週間って聞かされたよ」
12月24日には邪統大陸に到着する予定だ。
この日はパーティーなどが多く行われる日であるが、そんなことをしてる場合じゃないだろう。
手紙から一ヶ月も経てば戦況は大きく変わっている。到着してすぐに戦いが待っている。
ーーー
フラメナとライメはとりあえず船へと乗船し、
指定された部屋の中へ共に入る。
「王族って結構優遇されるのね……」
「一般的には優遇されてなさすぎるけどね……」
二人は部屋の広さと豪華さに驚きながらも、
王族という身分の強さを知った。
「それにしても一週間暇ね。ケルエイ港にはお店なんて一つもないし、基本船で待機でしょう?」
「本当に何しよう……」
絶望的なほどにやることがない。
二人はため息をつき、そこから一週間は退屈な日々だった。
だが一度だけ、この一週間の中で最も刺激的な会話が発生する。
「あーーっ!!!」
「うわぁっ!? いきなり叫んでどうしたの!?」
フラメナの大声にびっくりしたライメ。
大声を上げた理由を詳しく話すこともなく、
フラメナはライメへとあることについて話し始めた。
「ここに来る前にシノさんと会ったじゃない?
あの時の察してほしいって感じの雰囲気!
私ついに察せちゃったかも!」
フラメナがそう言うと、ライメは本を閉じて話しへと集中する。
「その内容って……?」
「私の弱点ってライメはなんだと思う?」
ライメは少し考えて答える。
「勢い任せ……難しいことが苦手……忘れっぽい?
それとかあとは……」
「言い過ぎよ!! まぁべつに間違ってはないけど、
そう言うのじゃないの!」
フラメナは胸を張って弱点を吐露する。
「私はメンタルが弱いわ!」
「あっ自覚してるんだ」
「当たり前でしょ……ライメにしか見せてないけど、
結構落ち込みやすいのよ?」
フラメナは続けて話す。
「クランツとお姉様がやっていた研究。
南大陸滅亡の原因は自然災害みたいなものじゃなくて、誰かが故意的に起こしたもの……でもあんな規模の魔法なんて普通じゃ不可能よ」
フラメナは腕を組み、ライメの前を行ったり来たりしながら語り始めた。
「だったら執理政しかいないじゃない!
魔理の異名は魔王、絶対あいつがやったのよ!
南大陸が滅亡して、私は人生で一番落ち込んだわ。
立ち直るのが難しいくらいには落ち込んだし、
何年もあのことは引きずってた」
フラメナは言う。
「今の南大陸は私たちみたいな戦力が他大陸に行ってる状況……そして魔王側近が私を狙うように親玉の魔理も私の存在が鬱陶しいはずよ。
私を直接殺さなくても精神的に殺してしまえば、
リスクを負うことなく完勝することができるわ。
つまりこの防衛戦争自体罠なのよ!」
完璧と言った感じに誇らしげにするフラメナ。
ライメはそれに頷きながら共感する。
「確かに魔王側近が魔理の欠片を持っていて、
フラメナの魔法が猛毒なら魔理にも猛毒……
魔力そのものみたいな存在の魔理が普通の魔法使いに負けることもないだろうし、確かに全て繋がるね」
魔理はフラメナの魔法を恐れている。
あの白き魔法は猛毒なのだ。
リスクを負わずに簡単に始末ができる方法があるのならば、誰だってそれを選ぶだろう。
それは魔理も同じである。
二度目の南大陸滅亡。
それが起これば次こそフラメナの精神は崩壊する。
シノの助言はフラメナの勘を冴えさせた。
よく考えれば確かにその通りとしか思えない。
だが何事も当たり前すぎることが重なれば、
それはいずれ想定外へと姿を変える。
シノの助言は勘を冴えさせると共に、
今までをふと振り返らせ、当たり前を疑わせた。
「でも……どうやって僕たちが南大陸に帰るの?」
「それはライメの転移魔法で……」
「僕の転移魔法……予め用意していたとしても、
邪統大陸から南大陸には転移できないよ」
転移魔法は一見万能に見えるが、あまりにも距離が離れていると発動ができなくなってしまう。
「じゃあ……船を抜け出しましょ!」
「さすがにそれはマズいよ……」
フラメナはソファへと座るライメに向かって倒れる。
「だああああ〜! どうすればいいのよ〜!」
「一つだけ……僕に考えがあるんだ」
フラメナはそれを聞いてライメの顔を見る。
「その方法って?」
「風魔法使いってよく空を飛ぶよね。だったらフラメナの風魔法で無理矢理海の上を移動して、発動圏内に入れば転移できるよ」
めちゃくちゃな話だ。
だがそんなことはライメだって理解している。
逆に言えばこれくらいのことをしないと、
二人が南大陸へと転移することはできない。
「風魔法って苦手なのよね……」
フラメナは全属性魔法使いではない。
得意魔法は火と雷、水や氷などはダメダメで、
草や風、土なども得意とは言えない。
魔理の思惑を予想し、結論を出したところで現実は問題ばかり、二人はため息をつくしかなかった。
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同刻邪統大陸にて。
「この四人全員で正面から戦っても苦戦するの?
さすがに僕ちゃんそうは思わないな〜」
邪統大陸は世界で一番大きい大陸である。
だが同時に世界一危険な大陸だ。
そこら中邪族だらけで、エスペランサ王国の砦以外まともな者は存在しないと思った方がいい。
邪統大陸の最北部に生き残りの魔王側近が集まり、
滑らかな黒の岩石机を中心に、四人が椅子に座っていた。
「オマエは君級を侮りすぎだ。
新しく君級となった者を含め全十二名。
それでも虹帝と枯星、剣塵は我たちに迫る強さだ。
加えて純白に冷宙はどちらも欠片を有する者たち、
警戒するべき相手は多い」
憤怒のドラシルがそう言うと、色欲のエルドレはニヤけながら答える。
「うちにはフェゴちゃんとレアルトちゃんがいる。
魔法対決じゃ十分こっちの圧勝じゃない?」
怠惰と嫉妬がそれを否定する。
「無理だぞ〜。虹帝は私たちとそう変わらない魔法の実力を持ってるぞー」
「まぁフェゴの言う通りね。私もそれに加えて他の君級まで加わったら押し負けると思うわ」
エルドレは不貞腐れたように机に突っ伏す。
「あ〜あ〜。みんな慎重だね。
つまんないの〜僕ちゃんたちならいけるけどな〜」
そんなエルドレへとドラシルが助言する。
「欲に忠実すぎると足元を掬われるぞ。
我らはあくまで時間稼ぎのようなものだ。
戦闘の愉悦はまたどこかで感じれば良い」
それを聞いてエルドレは顔を上げ、
翼を広げて飛び上がる。
「それもそっか! もう話は終わりでしょ?
前線をちょっと様子見してくる!」
引き止める隙もなく一瞬でその場から消えるエルドレ、ドラシルはため息をつくとフェゴが言う。
「まるで子供みたいだな〜」
邪統大陸。
それは過去幾千年も続く、邪族と戦士の地。
草木は見えず、ひたすらに砂と岩石のみで、
その寂しい風景は過去戦の喧騒を想起させる。
また戦争が始まる。
今日二話投稿なんですけど、明日へと変更です!




