第百十六話 今日も一日
虹剣1691年8月24日。
魔城島、黒城の最上階にて。
魔王側近たち四人が、三つの空席の中集まっていた。
「ユーラルが死んだ」
憤怒のドラシル。
非常に不機嫌であり、それを他の三人は自然と察する。
「やっぱりやられちゃうか。
まぁ、ユーラルちゃんだし、惜しいところまではいったんでしょ?」
色欲のエルドレがそう言うと、ドラシルは答える。
「君級剣士とその他大勢の戦士を葬った。
だが……死んでしまっては意味がない」
怠惰のフェゴが疑問をドラシルにぶつける。
「どう考えてもリスクが多いのに、
なんで魔理様はユーラルを戦わせたんだ〜?
そんな無謀なことさせる方じゃないだろ〜」
ドラシルは拳を強く握り締めて、話した。
「魔理様は情報収集のためだと言っていた。
我はその言葉を信じている。だが……!
我は魔理様がそこまで阿呆ではないことも知っている! なにか……あったんだ。
ユーラルが魔王側近から、消えてもらわなければいけない理由があったのだ……」
嫉妬のレアルトは深くため息をつき、
続けてドラシルが話す。
「……それでも我らは魔王側近。
魔理様の言うことは絶対であり……なによりも優先するべきことだ」
ドラシルはその言葉を自分に言い聞かせるように言い、これからのことを話す。
「ユーラルが死んで間もないが……
魔理様から新たな命令が下った」
その命令とはーー
「侵略戦争の準備……邪統大陸の砦を攻め落とす」
その言葉に三人の顔は真剣なものとなる。
「ついに本気で殺し合うってこと?」
エルドレが軽くそう聞くと、ドラシルが返す。
「その通りだが、一般人の殺害は推奨されていない。
魔理様が目指すのは新世界の幕開け、世界の王となり、民を持って秩序を形成する。
その民になる者たちを殺しては意味がない。
我たちが殺すのは戦士のみだ。
特に、君級の者たちをな」
魔王軍が動き出していることは、
当事者たち以外まだ誰も知らないだろう。
世界に染み付いた影が着々と姿を現す。
まだ少し先の話。もうすぐ訪れる話。
地獄絵図はそう遠くないだろう。
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「……」
フラメナは自身の家のソファに座り、
無言のまま窓の外を眺めていた。
「フラメナ……?」
後ろからライメが話しかけてきた。
ユーラルとの戦いが終わる際、ライメとルルスは気絶しており、二人とも死にかけだったそうだ。
「ん……なに?」
「いや、ボーッとしてるの珍しいなって……」
フラメナはそう言われると振り返って言う。
「私だってボーッとする時くらいあるわよ」
二人が会話してる中、呼び鈴が家の中に響き渡る。
「お客さんかな……ちょっと出てくるよ」
フラメナはそれに頷き、ライメが玄関の方へと向かって行く。
ライメは玄関にて扉を開けるとそこにいるのは、
クランツとフリラメだった。
「こんにちはライメさん。
今は忙しかったりしたかしら?」
「いえ、パフラナも寝てるので、特に忙しくもなかったですけど……」
フリラメはそう言われると少し微笑み、
なぜここに来たのか用件を伝える。
「実はライメさんに大事なお話があるの。
と言ってもここで終わる話なんですけどね」
そんなことを言うフリラメ。
ライメは少し緊張しながら背筋を伸ばす。
「単刀直入に言いますと、ライメさん。
貴方を君級魔法使いとして認めたいの」
「え?」
ライメは困惑した。
自分が君級になるとは全く思ってなかった。
「でも僕、君級魔法使えないですよ!」
「転移魔法に将級魔法の短縮発動……
君級魔法に手を出してないだけで、貴方にならできるんでしょう?」
フリラメはライメの魔法使いとしての強さを見抜き、それを高く評価していた。
「でも……」
「ライメ様、君級になったからと言えど、
そう生活が大きく変わるわけでもありませんよ。
先の強欲との戦い、ライメ様の転移魔法が無ければ確実に負けていたんです。自分を誇りましょう」
クランツがそう言ってライメを高く評価し、
そんな言葉にライメは少し照れてしまう。
「ライメさんとルルスさんは君級戦士よ。
世間も特に反対意見は出さないでしょうね。
強い人にはみんな頭が上がらない世界だから」
フリラメはそう言って少し息をつくと、
ライメへと別れを告げる。
「フラメナにもよろしくと言っておいて、
強欲の後処理に今は忙しくてあまり会えないの。
またパフラナちゃんのこと抱っこさせてね」
フリラメがそう言うと、クランツはお辞儀をして二人はその場から歩いて去っていく。
「僕が君級……」
新たに生まれた君級戦士二名。
それに伴いライメには異名がついた。
冷宙のライメ・カルレット・エイトール。
笑死ルルス・パラメルノ。
この二人は君級になったことは新聞によって世界中に知れ渡り、皆納得の様子であった。
ライメは史上四人目の転移魔法使い。
ルルスは現存する君級剣士の中でも圧倒的に自由な戦い方。
どちらも実力は君級と呼ぶに相応しい。
その日の夜。
パフラナが寝ている時にて。
「ライメが君級ね〜」
フラメナは嬉しそうにそう言ってソファに座る。
「えへへ……人生何が起きるかわからないね」
「まぁでも? 絶対に私の方が強いわ!」
「僕だって強いし……!」
二人はそんな風にお互いの強さに誇りを持っている。
ライメがこんな姿を見せるのも、フラメナの前だからだろう。
「……ライメはさ。あの強欲と戦ってどう思った?」
「唐突だね……でもまぁ……正直負けるかと思った」
ライメは真剣な顔になって話し始める。
「強欲は九つの人格を持っていて、八回戦い方が変わる。それに加えて複製体を顕現することも可能。
魔力さえあれば大陸を一つ落とすこともできるだろうね」
フラメナはそれを聞いて自身の思いを吐く。
「あいつは……感情を知らなかった。
全部が偽物な感情……正直最期は少しだけ可哀想だと思ったわ。仲間の意味を知りたがってた。
まぁだからと言って庇うつもりはないけど……」
フラメナは背もたれに寄りかかって上を見る。
「もしあいつ以外の経験がもっとあれば……
もしあいつの魔力がもっと多ければ……
私達は完敗してたと思うわ」
ユーラルは明らかに経験不足と魔力不足だった。
連戦を強いてフラメナなどの体力を削り、二度も戦闘から離脱させ、フラメナを殺しかけていた。
作戦は完璧だったのだ。
ユーラルの唯一の弱点。
それは幼すぎるというもの。
何千年も生きる種族での120年は赤子も同然。
あと300年戦う時が違えば、フラメナたちは手も足も出ずに完敗しただろう。
「私はまだ一人じゃ勝てない。
あんなに強いなんて……」
ソファに座ったまま顔を俯かせるフラメナ。
ライメは隣に座って言う。
「序列四位の強欲。
そのうちもっと強いやつが来るかもしれない。
僕ももっと強くならなきゃ……南大陸を守るのはフラメナだけじゃないからね」
フラメナはライメの肩に頭をよりかからせ、
ライメの大きくはないが、フラメナの手よりも大きい手を握って話す。
「……私が欠片を持ってなければ……もっと普通に生きれたのかしら?」
ライメはフラメナのすべすべとした手を優しく握り返し、そんなことを言うフラメナに言葉を返す。
「でもフラメナは欠片がなくても君級にはなってたよ。魔法の才能じゃ誰にも負けないんだから……
普通に生きる……それってそんなに重要かな」
フラメナはライメへと顔を向ける。
「魔王側近はほとんど災害みたいな存在だし……
普通に生きていても出会ってしまうかもしれない。
だったらずば抜けて強くなる方がいいんじゃないかな。普通は悪くないけどリスクも伴うよね」
ライメは言う。
「安定した生活なんて、強すぎる力の前じゃあまりにも無力……壊れるときは一瞬だから……」
南大陸の滅亡。
あの一瞬で何人の普通が奪われたのだろうか。
「ライメ……明日も休みなんでしょ?」
「うん。あと一週間は休みだよ。
学校側もさすがに色々配慮してくれたみたい」
フラメナはライメへと抱きつく。
「なら一週間はずっとそばにいて」
言い切るようにフラメナはそう言うと、
ライメは何度も頷いた。
案外心配性なんだろう。フラメナはライメがいなくなる日を何度も想像し、一人で悲しくなっていた。
それから一週間、フラメナは信じられないほどライメにベタベタだったらしい。
ついにはお風呂にも入ろうとしてきたらしく、
ライメは一週間、休むと言うより振り回されると言う感じだった。
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「それで……お話って」
「えぇついに研究を開始するのよ。
色々運命も乗り越えたでしょ?」
ライメは玄関にて金色の球体を体の周りに漂わせ、
ニコニコとしている女性と話していた。
執理政、運命のシノ。
彼女との研究は一体なにを生むのだろうか。
正直、もう少し休ませてほしい。
ライメは今日も働き三昧だ。