第百十五話 使命
戦場へと舞い戻ってきたエルトレとラテラ。
ユーラルは酷く呆れたようにため息をつき、氷の剣を持たない手を向ける。
「無駄だ」
そう言うユーラル。
するとエルトレはラテラを脇に担ぎ、走ってユーラルへと突っ込んでいく。
「!」
そんな意外な行動にユーラルはただ魔法を放つのみであり、それをエルトレに容易く躱されてしまった。
「ラテラ……!」
エルトレがそう叫ぶと、ラテラは放り投げられ、
ユーラルの体へとぶつかり、ある魔法が呼称される。
ラテラット・ミシカゴール。
慢性魔侵病という難病にかかる男の子だ。
簡単に言えば魔力量が多すぎるが故に、
体が耐えきれなくなってしまう病気。
ゆっくりと体を内部から自身の魔力が破壊していく。非常に珍しい病気で、二十歳を超える前に死ぬと言われている。
彼の夢は果たされている。
旅をすること。そんな夢はフラメナたちによって達成されたのだ。
「復壊ぁぁあ!!」
ユーラルの腹部から一気に体が崩壊していく。
感じたことのない感覚にユーラルは汗を垂らし、崩壊していく部位を必死に再生しようとするが、それすら破壊される。
「フラメナさんっ……今しか……今しかないです!!」
ラテラは大量の血を口から垂らしながらそう言い、
決死の覚悟でこちらへと未来を託してきた。
フラメナは立ち上がり、必死にユーラルへと向かって接近し、白い火を全力で放った。
「くっ……百鬼夜行終幕っ! 万代の祭!」
ユーラルがそう叫んだ瞬間、
緑・黄・赤・青
水・橙・紫・白
以上八色の光がユーラルを包み込み、ラテラが突き飛ばされ、地面へと転がっていく。
フラメナの白炎がユーラルへと当たる瞬間、
それが打ち消され、崩壊していた体が再生。
ユーラルは身長が伸びて尻尾が一つとなり、大人の姿となっていた。
依然白いままの体毛だが、瞳は七色に光っており、
フラメナはラテラの作った隙を使えず、非常に悔しそうな顔をしながら横へと跳ぶ。
「まだ……妾は負けてない……!」
ユーラルを中心に四方八方へと氷の斬撃が放たれ、
それを白い火で弾くフラメナ、エルトレはラテラの前に立ち、ライメがくれた剣でそれをギリギリ防ぐ。
ユーラルは必死に次の氷の斬撃の準備をしていると、後ろから凍りついた剣を投げつけられ、肩がそれによって貫かれる。
「っ!」
思わず振り返れば、凍傷を多く負ったユルダスが見え、ユーラルは片手を向けて斬撃を放つ。
その攻撃はユルダスにトドメを刺すには過剰なものだった。だがそれは一人の剣士に弾かれる。
「お前は……前へ進め……!」
ヨルバはそう強くユルダスを見つめ、
そう力強く言った。
「父さ……!」
次の瞬間休む暇もなく放たれる氷の斬撃。
一瞬にしてユルダスへとそれが迫ると、ヨルバは無理矢理ユルダスへとタックルし、横へと突き飛ばしてユーラルへの道を作り上げる。
ユルダスは振り返ることはせず、己に課された使命を抱え、剣を握りユーラルへと斬りかかる。
「そんな攻撃でっ!」
ユーラルはユルダスの剣を手で握り破壊すると、
至近距離から氷の斬撃を放とうとした。
だがそれはフラメナが作り出した白い火の剣によって邪魔され、ユルダスから目を離してフラメナへと集中する。
白い火の剣を氷の剣で防ぐユーラル。
防いだ途端フラメナは剣を離さず前へと出てきた。
「っく……ゥァッアアアアアアア!」
フラメナは全身の力を込めると手足が真っ白に染まり、髪の毛が真っ赤に変色する。
ユーラルは酷く驚きながら押され、ついには氷の剣が砕け散り、肩から腰にかけて切られてしまう。
「かはっ……」
今しか……今しかない! 勝つなら今しかない!!
フラメナは目から血が垂れるほど集中し、
魔力を全て手へと込め、魔法としてではなく、
魔力として白い火を放った。
その火には電撃も含まれており、一気にユーラルを呑み込むと、地面が溶け始め、光の柱のようなものがユーラルの下から立ち昇る。
なんで……こんなに対策をしたのに……
連戦をさせて体力を削って、最後は一気に畳み掛ければ倒せたはずなのに……!
なんでこやつの周りの者たちは! たった一人のために命を賭けれる! なんで諦めない!
なんで動き続けるんだ!
理解できない! こんな、こんなのって!
『私たちは仲間だからよ』
仲間……
『我はドラシルだ。困ったことがあれば聞け』
……ドラシルさんは妾の……なんなのじゃ?
死にたくない。負けたくない。
まだ知りたいことがある。
妾はまだっ! 負けて……!
辺りの凍てついた地面が全て溶けた。
火の中に見える膝をつき俯くユーラル。
パチパチと音が鳴る中。
ユーラルは体が小さくなっていき、火が消えれば現れるのは黄緑色の髪を持ったユーラル。
フラメナは絶望したように尻餅をつき、
魔力枯渇によって一気に姿が元に戻る。
「まだ……あるの」
「……妾は敬愛。妾は戦えないよ」
そんな言葉に少しフラメナの緊張が解けた。
現れる人格は敬愛、ユーラルの良心である。
そんな彼女は少し悩みから解放されたような顔をしており、清々しかった。
「妾ももう死ぬ。体に魔力が残ってないから再生したけど維持ができない……だから一つ……最後に聞かせてほしい」
敬愛はフラメナへと質問する。
「仲間って……なぁに?」
フラメナはそう言われると、
考えることもなく答えを返す。
「……この人といたら楽しい。この人なら頼れる。
辛いことも楽しいことも共有できる……
自分と一緒に前へと進む者たちを仲間って呼ぶの」
敬愛はそう言われ、少し微笑むと体が崩れて塵となっていく。
そんな中、最後に一言。
「……案外、身近なものだね」
『ユーラル、複製体の扱いはできるようになったか』
『ユーラルちゃぁん〜、尻尾触らせてよ〜』
『ユーラル、これうまいぞ。食うか?』
『ユーラルの尻尾は寝床にぴったりだ〜』
『ユーラル、あんた寝なくていいの?』
『ユーラルよ! この我の巨体に感想は?』
思えば……仲間っていう存在は近くにいた。
魔王側近と呼ばれる妾たち。でも仲間意識はあったと思う。
妾が気が付かないだけでみんな話しかけてくれた。
そんなみんなと会話する仕方がわからないから、
いつも他の人格に任せてた。
今思うともったいないことをしたと思う。
仲間……ふふっ……そうか。
みんな、妾のことを名前で呼んでくれた。
死にたくないなぁ……空っぽな妾は死への思いを誤魔化すプライドもない。
……次はまともに生きてみたいな
ユーラルの体は塵となって風に吹かれ消える。
魔王側近、強欲のユーラル・マルモンはついに、
南大陸にてその生涯を終えた。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
フラメナはふらふらとしながらも辺りを見渡し、
誰が無事か確認するために声を出そうとした。
勝った。
けれども皆死にかけだ。
誰が無事なんだろうか。
「……えっ」
ユルダスはヨルバの近くで座り込んでいた。
「父さんが死んだ……」
ヨルバの瞳は虚ろで、生前の彼の頼れる背中は地面に背をつけている。
胴体が真っ二つに切断されていた。
おそらくユルダスを斬撃から助けた際に受けたのだろう。
「フラメナ……戦いは終わったんだよな」
「えぇ……終わったわ」
「じゃあなんで俺は今……こんなに狂いそうなくらい辛いんだ? この思いは誰にぶつければいい……?」
フラメナはユルダスを抱きしめる。
「私がいるわ……泣いていいわよ」
「俺のせいで……!」
ーーー
エルトレは意識が朦朧とする中立ち上がり、
ラテラがどうなったかと急いで辺りを見渡す。
「お姉……ちゃん」
「っ! ラテラ!」
エルトレはそう言われて初めて、ラテラが自分のそばにいることに気がつき、声をかけるもラテラは半目で呼吸の頻度が少なくなっていた。
「やだっ……ラテラっ!」
「どうせ……僕は……死ぬ運命だったし。
泣かないで……お姉ちゃん」
ラテラは口角だけが上がり、エルトレへとそう言葉を投げかける。
「だって……! やっぱりあたしは……まだラテラと一緒に過ごしてたかった……!」
「……お姉ちゃんありがとう。
僕が……戻るって言って……戻ってくれた。
最期に……役に立てた」
ラテラの声がだんだんと小さくなっていく。
「待ってラテラ……いやだ!
お願いだから……!」
「……お姉ちゃん」
ラテラは手を伸ばしてエルトレの頬を触る。
「大好き……」
目を瞑って微笑むラテラ。
エルトレは涙が流れることを気にせず、数秒ラテラの顔を見つめていると、いつの間にか頬から手が離れ、ラテラの顔から笑みは消えていた。
「ぁっ……ラテラ? ラテラ!」
ラテラから返事はない。
息が聞こえない。胸が呼吸によって膨らまない。
力がない。魔力も感じられない。
エルトレは思い切り泣いた。
ラテラを強く抱きしめながら。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
虹剣1691年8月23日。
強欲による戦死者の数。650名。
多くの戦士たちの力によって、
強欲はついに南大陸にて敗れ去った。
失ったものが大きすぎる。
あの戦いから早いもので三日。
フラメナたちの傷は癒えてきてはいるが、
心の傷というのはあまり回復しない。
この日はヨルバとラテラの葬式があった。
雰囲気はかなり暗かった。
人も多くいて、彼らがかなりの人に愛されていたことがわかる。
ラテラは酒場の常連たちには名が知られており、
会話することも多く皆事情を知っていた。
フラメナは葬式を終えて、ライメと一緒に歩く中、
ふと、涙が目から溢れた。
「フラメナ……?」
「……もう帰ってこないのよね。
なんだか……そう思うと辛くて……」
その日は快晴だった。
今日も街の人は働いている。壊れた家屋を直す者たちや、変わらず商売を行う者たち。
ほとんどいつも通りな風景だが、
フラメナの目には妙に寂しく見えた。
強欲のユーラル。
長くも短かった戦いにより、多くを失った。
でももうみんな前を向いている。
完全に立ち直ったわけじゃない。
死んでいった者たちが守った南大陸を、生きている者たちは守る義務がある。
それを皆、自然と理解しているのだ。
そして守られた南大陸は、また明日を迎える。
第十二章 純白魔法使い 強欲編 ー完ー
次章
第十三章 純白魔法使い 運命編