第百十三話 革命 前編
ユーラルは生まれた頃から忌子として生きてきた。
妖狐族は非常に稀な種族であり、狐族からの突然変異種とも言える。
人族と狐族のハーフ。
両親は妖狐族という奇怪な種族に困惑し、
我が子でありながら恐れた。
忌子の末路は相場が決まっている。
村から離れた場所に監禁され、
ろくな食事も与えられず毎日を牢の中で過ごす。
孤独。
ユーラルはひたすらに孤独を味わって生きていた。
そんな中で彼女の感情消え、偽の感情たちが心に宿り、自我を持って九つに分かれた。
恐怖・歓喜・悲嘆・激怒。
驚嘆・関心・嫌悪・敬愛。
そして虚無。
そう、ユーラルの感情は虚無のみである。
「名は?」
「ない」
「……来るか?」
「どうでもいい」
ユーラルが三十歳の頃、ドラシルがその村を滅ぼした。滅ぼした理由は邪魔だったからというもの。
ユーラルはドラシルに才能を見抜かれていた。
それ故に魔王軍へと勧誘され、戦いの中で成長し続け、ついには魔王側近として生きることになる。
彼女の心は常に空っぽだ。
九つの人格があっても満たされぬ空虚な心。
彼女に本当の感情を教える者はいるのだろうか。
ーーーーーーーーーーー
「……別格すぎる」
ライメが容姿が変わったユーラルを見て、
思わずそんな言葉を漏らしてしまう。
ユーラルの姿が徐々に変わっていき、体が小さくなって腕や顔に黒い模様が浮かび始める。
魔王側近が本気を出す際に見せる独特な模様。
ユーラルの白い尻尾に黒い模様が走り、体の変化が終わったのか、ため息をついて口を開く。
「かかってこないなら……こっちから行く」
ユーラルがそう言った瞬間、フラメナは瞬き一つで自身の懐へとユーラルの侵入を許してしまう。
驚くほどに早いその動きを見て、フラメナは咄嗟に火を溢れ出させユーラルを後退させようとした。
だがその小さいユーラルの体がゆえに、
股の間を通り抜けられ、尻尾がフラメナの体に絡みつく。
前方へと放っていた火はそれにより空振り、
フラメナは拘束された状態で、背中から五本ほど氷柱を突き刺された。
「っあぁぁ!」
肉を割いた部位へと当てられる冷気。
深くは入りきらなかったものの、
それが与える痛みは相当なものだった。
ユーラルはそのまま尻尾にフラメナを捕まえたまま、地面へと叩きつけライメへと目を向ける。
転移を発動しかけるライメへと一瞬で接近して、
腹部へと飛び蹴りを放った。
「うぐっ!」
それにより転移魔法は不発となる。
そうしてフラメナが地面に倒れたままの状態となり、ユーラルがフラメナへと向けて指を鳴らすと、大量の氷柱がフラメナへと突き刺さった。
「あっがっ……!」
声も出ないほどに体にダメージをくらい続け、
フラメナはだんだんと体から力が抜けていく。
「っ!」
ライメは腹部の痛みを噛み殺し、前へと出てユーラルへと手を向け、叫ぶように呼称する。
「絶対零度ァッ!!」
ユーラルは特に表情も変えず、絶対零度の魔法を横に跳んで避けると、その隙を見てエルトレが斬りかかってくる。
「百鬼夜行第二幕……こよなく愉しい祭」
ユーラルがそう長々と呼称した瞬間。
一気に辺りの地面が凍りつき、攻撃を行おうとしているエルトレへと向かって地面から氷柱が放たれた。
その氷柱はエルトレの横腹を切り裂き、
エルトレの動きが止まると、ユーラルは氷で鎖を作り上げ、エルトレの手足をそれで縛るとフラメナへと向かっていく。
そんなユーラルを見てライメは行かせまいと走り、
氷魔法にて氷の剣を作り出し、投げつける。
だがそんな魔法じゃユーラルを傷つけることはできない。ので、ライメはもう一つ魔法を発動する。
「氷極塔!」
それは将級魔法であり、大量の氷柱を地面から生やしては塔のように高く伸ばし、塔から派生して氷柱を放つと言うもの。
この魔法は圧倒的な手数が強みであり、
ユーラルは大量の氷柱を見ると右手を向けて言い放つ。
「氷刀兵」
手から放たれる魔法、その魔法は氷の剣士を作り出すものであり、大量の氷柱を召喚した氷の剣士たちに弾かせ、ユーラル自身はフラメナへと向かっていく。
フラメナはというと、再生がまだ終わっておらず、
痛みに悶えながら四つん這いになって立ち上がろうとしていた。
「フラメナッ!!」
ライメは必死に助けようと転移を発動しようとするが、氷柱たちを攻略した剣士たちが眼前に迫り、また発動を阻止されてしまった。
「っ……」
「妾の勝ちだ」
いくらフラメナでも魔王側近ほどの再生力はない。
頭を潰されてしまえば死んでしまう。
フラメナは不死身ではないのだ。
ユーラルの少し先から氷の砕ける音を聞き、
その方向へと視線を向けた。
エルトレは無理矢理手足に巻きつく鎖を破壊し、
武器をユーラルに投げつけ、手ぶらの状態で走り出す。
ユーラルは飛んできた武器を容易に避け、
エルトレへと目を向けると様々な予測を立てて、ユーラルは手を向けた。
「……?」
転移や魔法などで何かしら小細工をすると思っていたユーラル、だがこちらが魔法を放つ瞬間でさえ、エルトレはただ走ってくるのみであった。
氷柱を前方に向けて放ち、それがエルトレへと当たる瞬間、彼女はギリギリで頬を切らせながら避ける。
「!」
エルトレの拳が強く握られ、大きく振りかぶる彼女の姿がユーラルには大きく見えた。
「一発くらいもらっときなよ……!」
ユーラルは咄嗟に動こうにも足がもつれ、
エルトレの拳が顔面へと突き刺さるように放たれ、
それは風の魔力で加速していたためか勢いよく後方へと吹き飛ばされる。
「エルトレ……げほっ、ありがと」
「勝つよ……フラメナと一緒に皆んなで」
エルトレは吹き飛んだユーラルを見ながらそう言い、フラメナはついに再生を終えて立ち上がる。
「……えぇ、勝つわよ!」
ユーラルは血を鼻から垂らしながらも立ち上がり、
手を広げて魔法陣を展開する。
「なぜ……誰かのために動けるんだ……」
ユーラルはそう言って、凍てついた地面から大量の氷柱を生やした。
フラメナやエルトレはそれを避けながら動き、
ライメは後方で氷の剣士たちを倒したのか、高台を氷塊で作り出し、二人を転移で動かしながらユーラルの予測とは違う動きを何度も繰り返す。
「なぜって?」
エルトレがそう言えば、フラメナが続けて言い放つ。
「私たちは仲間だからよ……!」
ユーラルは自身の間合いへの侵入を許してしまい、
フラメナの火がこちらへと向かってくる。
犬の方は囮……武器はまだ地面に突き刺さったままだし、警戒はこの天理の欠片のみでいい……なら。
ユーラルは手から召喚魔法を放ち、悲嘆が召喚したフラメナの魔法を吸収する個体を召喚する。
それにより白い火は吸収され、
隙だらけの二人へと氷柱が向かっていくが、
当たる寸前で転移が発動した。
二人がいた場所と入れ替わるように転移してきたライメの氷柱、それはユーラルの左肩へと突き刺さる。
「っ……妙な気分」
ユーラルはフラメナの言った仲間という言葉が、
頭の中をぐるぐると巡り巡っていた。
フラメナという存在を必死に二人が守っていた理由は、てっきり勝つために仕方なくしているとユーラルは思っていた。
だが勝つためにではなく、仲間だからと言われ、
ユーラルは困惑していた。
「でも……どうでもいいや」
ユーラルは足元に大きな魔法陣を展開すると、
右手の人差し指を三人へと向ける。
「大きいのくるよ!!」
ライメのその呼びかけに二人が反応し、
フラメナの後ろへとエルトレが移動する。
「ライメ、もしものために転移の準備しといて!」
フラメナは白い魔法陣を展開し、
辺りに冷気と熱気が漂い始める。
「……やっぱり引っかかるんだ」
「え?」
次の瞬間、フラメナの腹を貫く太く黒い槍。
「これが対策? 随分と狡いのう」
ユーラルの背中から分離するように現れる嫌悪。
それに続いて今までの複製体たちが一気の顕現し、
フラメナは血を吐きながらエルトレにもたれかかる。
「勝てばいい……」
白い毛を持つユーラルがそう言えば、
ライメはすぐさま転移魔法発動し、三人揃って街へと帰還した。
ーーーーーーーーーーーーーーー
フラメナは血を口から吐き続け、
腹部の黒い槍が消えると、傷口が大きく開いて出血が止まらなくなり、だんだんと息が荒くなっていく。
「フラメナ! フラメナっ!
ライメが必死に名を叫ぶも、フラメナは必死に呼吸をするのみであった。
あまりにも大きすぎる負傷、それに加えて闇魔法。
それにより再生が遅れ出血の止まらないので、フラメナに死が近づき始める。
「……ライ……メ。大丈、夫治る……から」
「そんな……いくらフラメナでも!」
「……ライメ、あたし治癒魔法使い探してくる。
絶対間に合わせるから任して!」
エルトレのその言葉にライメは頷く。
一方、街の入口付近では召喚された邪族を一般の戦士たちが討伐し切り、少しの安堵が訪れていた。
「フラメナさん……無事っすかね……」
フラメナの友人であるノルメラは、激戦を終えた戦場にてそう思いながら、平原の奥の方を見ていた。
「ノルメラさん……あの奥に見えるのって」
「えぇ? なんか見え……っ!?」
ノルメラは平原の奥から現れる八人の人影に酷く驚き、悪寒が全身を襲う。
「ま……まさか」
見える強欲のユーラルの姿。
それが意味することつまり、南大陸の猛者たちが敗れたということ。
絶望の襲来。
今宵の月は妙に光が弱く見えた。