第百十一話 長く短い夜行 Ⅱ
クランツ・ヘクアメール。
四十歳を迎えた風将級魔法使い。
彼は昔から非常に強い魔法使いとして知られており、君級に近しい者だと度々言われてきた。
実際、その実力は将級上位に位置する。
彼の扱う風魔法は速度が凄まじく、君級邪族であっても全てを避けるのは難しい。
それに加えてほぼ全ての属性を扱い、風魔法以外は帥級程度まで扱える。
全属性魔法使いの虹帝が魔法使い最強であるように、属性の多さは強さに直結する。
「お主……とんでもない強さじゃのう
興味が湧いて仕方ないねぇ、一体どれだけ努力したらそこまで強くなれたんだい?」
関心を冠するユーラルはそう言うと、クランツは魔法陣を展開して言葉を返す。
「40年。ひたすらに基礎を鍛え続けただけです。
元はそこら辺にいる凡人ですよ」
放たれる風の斬撃。それは関心へと向かっていき、
それを合図に反撃に転ずる隙を与えない量の斬撃が発生する。
「ライメ様、フラメナ様を連れて街へお戻りを……
魔力枯渇は魔液で回復させてあげてください。
この戦いは確実にフラメナ様が鍵となります!」
ライメはそう言われると、少し不安そうにクランツの背中をじっと見た。クランツは少し顔を見せて笑顔を向ける。
その顔を信じ、ライメはエルトレとフラメナの下で魔法陣を展開して、その場から転移した。
「ナメすぎじゃないかなぁ? 妾はかなり強いよ。
そんな妾と一人で戦うなら覚悟は出来てるよね」
火炎の剣を手に持ちそう言う関心、クランツはそれを聞いて杖を向け、言い放つ。
「わたくしはただ時間稼ぎに来たわけじゃない。
貴方に勝ちに来たんですよ」
関心はそう言われて火炎の剣を強く握り締め、
歩いてクランツへと向かっていく。
クランツは幼い頃から魔法に触れてきた。
完全独学の魔法使い。両親は一般的な農民であり、
魔法など縁がない存在だった。
だが読書好きのクランツは家の本を読み漁り、
たまにゼーレ王国の王都に行って、魔法書などを読んでいた。
そうしているうちに魔法が大好きになっていた。
何度も読み返し、試し続ける。
本の内容を隅々まで利用して強くなったクランツ。
それ故にクランツは基礎が完璧だ。
関心は歩いている状態から地面を踏み込んで一気に接近し、火炎の剣を振り下ろす。
その行動によって発生する巨大な火の斬撃。
クランツは杖を向けたまま呼称する。
「颶風」
短縮発動にて巨大な竜巻が発生し、斬撃と関心ごと呑み込んでクランツから離れていく。
「桜散斬」
クランツは魔法陣を一つ展開し、そこから火を纏った風の斬撃を大量に放出すると、それは竜巻によって身動きを制限された関心へと直撃した。
関心は攻撃を受けては再生する中で、一つ思うことがあった。
なんか強いなぁ……将級程度の魔法使いのくせに、
この妾が苦戦している? どういうことなんだ?
クランツは将級魔法使いだ。
魔力量はフラメナやライメよりも下であり、
関心からすればただの格下だ。
だが殺すことが出来ない。
「お主、本当は君級だったりとかじゃないのか……?
妾はここまで強い風魔法使い初めて見るんじゃぁ」
クランツは魔法陣を三つ背後に展開し、
疑問を抱く関心へと返答する。
「わたくしよりも強い魔法使いはたくさんいます。
それにもかかわらず、そんなに感心してしまうとは……これからが不安ですね」
関心は少し不機嫌そうな顔になり、イラッとしたのか声を大きくして言う。
「気遣いありがとう。ほんと、妾はお主が大嫌いじゃ、ひたすらに不快でしょうがない……!」
そうして関心は火炎の剣を振るうと斬撃を一つ放ち、それと共にクランツへと接近していく。
クランツは火の斬撃の軌道から体をずらし、
向かってくる関心へと杖を向けた。
その瞬間、関心は斬撃を剣で切って軌道を変え、
クランツの眼前へと斬撃が迫る。
急な方向転換にクランツは反応が遅れ、
腕に斬撃が触れた瞬間、空間魔法にて防御を行い、
切断されるはずだった腕を切り傷に抑える。
「空間魔法まで使うのかぁ!」
「治癒魔法も使えますよ」
クランツは短縮発動で治癒を行い、傷を癒すとそのまま突っ込んでくる関心から、後方へと跳んで距離を離す。
剣士と魔法使いの戦いで、魔法使いが勝つための条件、それはとにかく距離を取り続けること。
同じ等級の剣士と魔法使いじゃ、剣士が近接戦は圧倒する。上級魔法使いを二級剣士が倒せるなんてことも無理な話じゃない。
クランツは40年の人生の中で、幾度も戦いを経験し、死を身近に感じることが多かった。
才能と努力、言わずもがな戦士に必要な二つ。
だがもう一つ、目立ちはしないが確実に必要なものがある。
経験。
それがなければどれだけ強い戦法や魔法も、
全て上手く活かすことが出来ずに終わってしまう。
クランツとユーラルの経験の差は圧倒的だ。
ユーラルはその強さ故に圧倒的な勝利ばかりを経験している。
故にピンチという状況を味わったことがないのだ。
「天落」
空が光り光が一瞬で、関心の体を頭上からつま先まで貫くと、轟音が走り関心の体から白い煙が昇る。
「っは……雷魔法っ、この威力をっ……?」
天落は中級魔法であり、本来ここまで速度も威力高くない魔法だ。
今クランツが放ったのは、本来の魔法よりも三倍ほど強いもの、ユーラルは困惑した。
風属性魔法使いだと勝手に思ってたけど……
もしかして……雷属性も?
でもこの魔法使いから発せられる魔力は、
雷とかのものじゃない……まさか風が特別強いだけで他も平均以上の練度なのかぁ……?
そうだとしたら、なんでこんなのがまだ将級にいるんだぁ……それに妾の戦い方とは相性悪すぎる。近づこうにも距離は離されるし……
案外……こいつ妾の天敵……?
『おい、手こずりすぎじゃないのかのう?
早う殺せ、不愉快だ』
と言われても……見ての通り相性最悪なんだよぉ
関心の脳内に響く一つの声。
言われたことに自分でもわかってると返す。
関心は少しイライラしながら頭を掻き、
クランツへと指を向け言い放つ。
「もういいや、外野がうるさいし興味も湧かない。
本気で殺してあげる」
辺りの雰囲気が一気に重たくなり、熱気がクランツを包む。
関心はクランツを殺すことに集中し始め、
手に持つ火炎の剣の火が強まる。
クランツが瞬きした刹那、眼前へと迫る火炎の剣、
真正面からの攻撃であれば対応できる。
だがクランツが動こうとすれば目の前から剣が消え、背後に熱いものが近づく感覚があった。
「!?」
完璧な不意打ちだった。
咄嗟に風の魔力を放出したが、直撃は避けられず背中を大きく切り裂かれてしまった。
「っ……」
クランツは自身を囲うように風の竜巻を発生させ、
関心を無理矢理自身の側から離そうとする。
だが何度も距離が取られてばかりでは、関心からすれば非常に面白くない話だ。
関心は竜巻へと突っ込み、火炎の剣の斬撃を回転しながら放って竜巻を破壊する。
「どれだけ経験があっても、結局のところ才能に押し潰されちゃ意味ないね」
関心がそう言ってこちらへと剣を向けて突っ込んでくる。まさにクランツの心臓目掛けての攻撃。
避けることはできない。
そんな中クランツは関心の言葉を聞いて思うことがあった。
知ってるさ……俺は才能なんてほとんどない。
だからひたすらに努力をして、経験を積んでここまで魔法使いとして生きてきた。
俺は非情な現実を見ないように、常に目の前には都合のいい言葉を並べている。
でもな……凡人だってずっと下のままは嫌なんだ。
「ナメるなよ……!」
クランツは語気を強め、杖を持たない手で剣を正面から受け止め、剣が手を貫通したにもかかわらず押し返し、地面へと関心を投げ飛ばす。
「っぁ……嘘だろ……なんでそんな!」
「言ったはずですよ……勝ちに来たと」
クランツは杖を上に投げ、杖を持っていた手で燃える剣を引き抜き投げ捨てると、杖をキャッチする。
関心は酷く驚き、少し震えていた。
なぜそこまで、思い切って行動できるのか。
自分たちは明確な死とは程遠い存在。
だが今目の前にいる相手は、控えに命があるわけでもないのだ。再生が完璧なわけでもない。
恐怖や痛み、それを感じているならば、尚更なぜそこまでできるのか関心は困惑する。
関心という感情は今、警戒へと変わった。
「早く立ち上がってください……
まだまだ戦いはこれからですよ」
「っ……しらない! こんなのしらない!」
関心は完全にクランツへと恐怖しており、
警戒度が高まりすぎたが故に、がむしゃらな動きへと変わる。
辺りへと無作為に火球を放つ関心。
だがそんな火球はクランツには当たるはずもなく、
流されるように避けられ、座ったままの関心の腹部へと強烈な風の斬撃が放たれる。
「っぐ!」
関心はそれで思わず転がり、ようやく立ち上がると、再生も遅く足が震えていた。
「才能じゃ勝ってましたね。ですがあまりにも経験がなさすぎる。わたくしの勝ちです」
次の瞬間、関心の治りかけの傷が光り、爆発が起きて黒煙を上げながらその場に関心が倒れる。
風の斬撃に火属性魔法がかかっていたのだろう。
至近距離の爆発にて白目を剥いて倒れている関心、
魔力自体が尽きていないので変化はないが、動かないままで少し手足がピクピクとしていた。
クランツは魔法陣を展開し、一気に仕留めようと魔法を放とうとした瞬間。
目の前から関心の姿が消え、クランツは咄嗟に振り返ると、髪の毛が紫に変色し始める関心の姿が見えた。力が抜けているのか前のめりで腕が垂れている。
「なんですか……」
背筋を撫でる不快な寒気、辺りの空気が重たくなり続け、息苦しさ感じると、関心が顔を上げてこちらを見てくる。
「お主の言う通りじゃ、関心は経験がなさすぎる。
不愉快だ。無様な姿を晒しおって反吐が出る」
関心とは違う声色と雰囲気。
地面に触れている足元から黒い靄が立ち昇り、
関心の体が痙攣しながら徐々に再生される。
クランツが困惑したように見ていると、相手が勝手に名乗ってくれた。
「誰が見ていいと言った。
妾は嫌悪じゃ。どいつも煩わしい……」
常に不機嫌な態度を見せる新しい人格ーー嫌悪。
クランツは語られずとも察する。
この人格こそついに魔王側近と呼べるほどの強さだと。鳥肌が立ち、冷や汗が垂れて息を呑む。
嫌悪はこちらへと指をさして言う。
「手始めにお主、妾に殺されてみせよ」