第百八話 御祭り騒ぎ Ⅲ
ヨルバの刀身と激怒を冠するユーラルの硬い拳が、
月光に照らされる戦場にて何度もぶつかり合う。
二人の戦いは完全に互角、一度だけヨルバが力に押し負け、吹き飛ばされはしたが、激怒はその身に何度もヨルバの斬撃を喰らっている。
二人は刀と拳でぶつかり合い、
至近距離で刀と拳を境界にして激怒が話す。
「昨今の世はなんでも天才だと言いたがる。
ありふれた天才は凡才だとは思わんか?」
ヨルバは一気に力を込めて激怒を押し返すと、
その問いに言葉を返した。
「いきなり語るなんて随分と余裕だな」
「天才と評される者が多すぎると思わないか?」
激怒は押し返されたのちに後ろへと飛び、
再びヨルバに向かって激怒は問う。
「今の時代天才は現に多い。
俺のような老兵はもう引退時だ。
だからこそ言える。明らかに今の時代の戦士は、
ここ最近で一番レベルが高いと思う」
ヨルバの言う通り今の時代は猛者が多い。
君級は相変わらずだが、将級戦士が君級に迫る強さということが非常に多いのだ。
君級は一騎当千の実力を持つ規格外の存在。
将級はヒエラルキートップの存在。
枠組みから外れるか中にいるか、
それが君級と将級の違いだ。
「今の南大陸はどの大陸よりも強気だぞ。
民全員が勝ちを祈っている。負けるのはお前だ」
そのヨルバの言葉に激怒は火を纏って叫んだ。
「ふざけるなァ童がァ! 妾たちはお主らどもに勝ちにきている。負けなど言語道断だッ!!」
激怒が地面が割れるほどの衝撃とともに踏み込み、
一気にヨルバへと距離を詰めた。
単純なストレート、それに速度が乗っていなければどれほど良かっただろうか、ヨルバは頬に拳をかすらせ、パックリと傷が出来上がる。
だがそれにより懐がガラ空きになった。
刀の弱点である超至近距離戦、それを補うべくヨルバはあえて激怒へとタックルする。
「!」
それにより倒れる激怒、刀を一気にヨルバは引き抜き、倒れた激怒の胸を踏みつけ上から大量の斬撃を放つ。
斬撃で地面が深く切り裂かれ、激怒は再生を行うも段々と再生が遅くなっていく。
するとヨルバの腹部に強い衝撃を感じ、後方へと吹き飛ばされた。
「っ……クソ」
ボロボロの激怒、再生を終えて拳を握り締めると、
火を拳に纏わせ一気にヨルバへと接近する。
早い。
先ほどよりも早く突っ込んできたのだ。
ヨルバは咄嗟に刀で拳を防ぐも、衝撃により吹き飛ばされ地面を転がり、勢いをつけた状態のまま立ち上がって激怒から離れる。
少し先に見える激怒、一瞬にしてヨルバの視界から消えると、横から拳が顔面目掛けて飛んできた。
ヨルバはその一撃にギリギリで反応し、
振り終わりの激怒の腕を下から上へと刀で切り落とし、そのままヨルバは上から下へと刀を振るって激怒を切り裂く。
痛手ではあるはずだが、激怒は至近距離で即座に再生し、ヨルバの腹部へと拳を放つ。
その一撃はおそらく腹部を貫くほどのもの。
ヨルバの振り終わりの無防備な姿に死が迫る。
「っぐぅうう!!」
「!? なにをしてッ!」
ヨルバは拳を左手で掴み、衝撃を全身で受けながらも掴んでいるため、吹き飛ばされずにその場に残った。
燃えるような拳を手で掴んだことで左手は火傷。
だがここで死ぬよりは火傷を負い、反撃した方がマシである。
「だが刀じゃッ!」
激怒はそう言って至近距離の状態にて、もう片方の拳を繰り出そうとすると、ヨルバが言う。
「やらせるわけがないだろッ!」
次の瞬間、ヨルバは火傷した手から土の魔力にて発生させた大量の土で、激怒の体を固定する。
「なっ! 魔法も使えるのかァッ!」
「使えない。これはただ魔力を放出しただけだ。
ひとまず、お前の負けだ」
ヨルバは刀を片腕で振り上げ、彼なりの構えを取り一気に辺りの圧が重くなると、激怒は必死にもがいて土から逃れようとする。
だがもう遅い。
ヨルバの刀はすでに振り下ろされており、
土と激怒をまとめて切り裂き、空間が裂けるような轟音とともに激怒はその身を滅ぼした。
ヨルバはその場に座り込み、髪をかき上げて息を整える。
「ふっー……息切れ……もう歳か」
ヨルバ・ドットジャーク。
今年四十八歳になった君級剣士。
彼は最近感じることがあった。
今は亡きガルダバ・ホールラーデ、彼は六十歳を超えても現役で君級剣士として戦っていた。
ヨルバは思う。
この世界はバケモノばかりだ。
俺には才能なんてない。たまたま環境がよくて、
強くなれる機会があって、圧倒的格上と出会わずに今まで戦ってきた。
気がついたら君級になっていた。
だが最近つくづく思う。
自分には才能なんてないと。
他の君級を見ればバケモノとしか言えないほどの強さ、対して俺の全盛期はすでに終わり、体力も衰えてこうして息切れしている。
複製体たった一人にここまで消耗させられた。
イグレットはまだ全盛期なんだろうか……
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ユルダスは圧倒的な召喚体の量に苦戦していた。
切っても切っても湧き出る召喚体。
恐怖を冠するユーラルは明確に他の感情より弱い、
それ故にユルダスは自身の無力さに苛立ちを覚える。
召喚体自体の強さは二級以下。
完全に数で押されている。
「クソっ!」
ユルダスが剣を振るえば召喚体は切り裂かれ、
消滅していくとそこにまた召喚体が湧く。
「怖いなぁ……来ないでほしいなぁ」
剣士というのは基本的に大勢の対処は苦手だ。
もちろんそれをなすことが出来る剣士もいる。
それは剣塵と今は亡き斬嵐だ。
「怖いとか言うわりに、全然優勢じゃないか」
ユルダスは水の斬撃を上へと放ち、
剣を舞うように振り、姿勢を低くし、一気に踏み込んで恐怖へと接近していく。
なんで斬撃を上に?
なにか策があるのかなぁ……
恐怖は両手を向けて大量に召喚体を出すと、
またもや後ろへと退いていき、常に上を気にしながら召喚体でユルダスの接近を許さない。
この魔王側近の複製体を倒す方法……
本体自体に強さはない、なら一気に切り刻む……!
ユルダスは召喚体を突き抜け、頭を踏みつけながら接近していき、異名閃滅に恥じぬ動きで一気に恐怖を間合いに捉える。
「っ!」
恐怖は咄嗟に召喚体を塊のように作り出し、
ユルダスを退かせると、ユルダスの口角が上がった。
笑った? やっぱり上の斬撃っ!
恐怖は読み合いに負けた。
「ははっ! 怯えすぎだろ」
ユルダスは退いたと思わせながらも横に跳び、
そこから踏み込んで直進してきた。
水の斬撃はただ上に放っただけ、
ユルダスは気を紛らわせることに成功し、彼の強烈な一撃が恐怖へと刻まれる。
恐怖は肩から袈裟に切られ、一気に吹き飛んで倒れるとすぐさま起き上がって再生を行う。
「案外……頭脳派なの?」
「いいや、ただの脳筋だぞ」
「妾が戦う相手嘘ばっかりだ……」
恐怖は召喚体を作り出し、大きな魔法陣を展開して黒い騎士を作り出す。
本当に魔王側近ってのはずるいよな。
ああやって致命傷を入れても奴らからすれば、一瞬で治る傷。
あの攻撃をあと何回すれば倒せる?
いや、あまり考えるな。俺がやらなきゃ誰がやる。
ユルダスはそう思い、再び剣を構え姿勢を低くして恐怖の動きに注目する。
この戦いでの勝利条件。
それは恐怖の想定を幾度も越えて切り裂くこと。
無限とも言える召喚体をどうにかしながら、本体である恐怖を倒す。
困難極める戦い、だがユルダスは諦めはしない。
「これはどうかな……!」
恐怖は召喚体を向かわせると魔法陣を展開し、
棘のように尖った鳥を高速回転させ、一気に飛ばすとそれがユルダスの肩へと突き刺さった。
「ッぐ!?」
「ビンゴ……妾のこと少しナメてたね」
ユルダスは左肩に突き刺さるそれを引き抜き、
冷や汗をかきながら前を見て考える。
これ……長期戦したら死ぬな。
案外こいつ自身も強いじゃねえかよ……
フラメナはほぼ無傷でこいつを……?
……もう遠いところまで行ったんだな。
俺はこんなやつに圧勝なんて無理だ。
怪我も痛い、どうすれば勝てる。
切り刻めば確かに勝てるが、このまま戦ってやつに剣が触れられることなんてない。
なにかあいつを騙して切るしかない。
残る片腕がやられたら俺の負け……久しぶりだ。
西黎大陸で死にかけた時が思い出される。
ユルダスは息を整え、身を襲う激痛に耐えながら剣を握り走り出す。
「言っておくけど、属性魔法だって使えるよ」
ユルダスの足元から草魔法によって作り出された木の根が生え、足元に絡みつく。
その瞬間、先ほどと同じ尖った鳥が高速で飛んできた。次は頭を狙っている。
ユルダスはそれに対して体を後ろに倒し、
木の根を剣で切り裂き横に転がって立ち上がると、
恐怖へと向かってジグザグに動きながら接近していく。
ユルダスには策があった。
それは幼き頃の記憶、クランツから教えてもらった自身が扱える唯一の魔法。
地面を泥のようにして相手の足を呑み込む、
剣士にとって圧倒的な優位を作り出せる魔法。
その名をーー
「水場!」
下級魔法のそれが恐怖の足を呑み込み、
大きな隙が生まれる。
「なぁっ!? なんで魔法がっ!」
「幼い頃っ! 半ば強制で教えられてなぁ!
今じゃ感謝してもしきれないよなぁ!」
ユルダスは一気に恐怖を横一文字に切り裂き、
がむしゃらに切り刻み始める。
勝負ありかと思われた一手。
だが恐怖を司るユーラルは、死を拒み抗う。
複製体といえど魔王側近。
その底力をユルダスは目にする。