第百七話 御祭り騒ぎ Ⅱ
強欲のユーラル・マルモンは神童だ。
彼女は狐族の希少種、妖狐族として生まれ、
人族と妖狐族の血をその身に宿す。
妖狐族は4000年も生きることが可能な種族で、
長生きなんてレベルじゃない。
対して人族の平均寿命は四十歳程度だ。
人族にはずば抜けて特殊な力がある。
それは知恵と成長速度。
人族は短い人生ながらも、何かを極めることに特化している。現に君級戦士は人族が多く、バケモノのような強さの者も存在する。
魔族や獣族などが10年かけることを人族は、
1年で成してしまうなんてことは多くある。
人族と何かの種族のハーフは、生物的に非常に強力なのだ。
ユーラルは人族と妖狐族のハーフ。
成長速度は早く、寿命も長い。
加えて本人は溢れる才能を持っている。
こんな存在が神に愛されていないなどと誰が言えるだろうか。
だが、ユーラルは才能を持ちすぎた。
このタイミングでユーラルが攻めてくるなんて、
どう考えたってリスクが大きすぎる。
魔王側近に対して毒を持つフラメナ、
君級のヨルバに君級に近い戦士たち。
いくら神童でも負ける時は負ける。
ユーラルはフラメナに対して対策を練ってきてはいるが、勝てる保証もあるわけではない。
魔王であり魔理であるトイフェルは、
ユーラルを恐れていた。
ユーラルは1000年もすれば自身に追いつくほど強くなる。そう確信していたのだ。
自身に追いつく実力が存在すること自体奇妙だが、
本当に追いつかれてしまった場合、反乱なんておこされたらたまったものじゃない。
将来自身を超えるかもしれない存在を、
都合良く消すにはもってこいな戦い。
ユーラルはまだ戦いの経験は浅く、
才能と対策だけで勝っている。
故に想定外の出来事には非常に弱い。
ーーー
戦況は相変わらずユーラル優勢。
フラメナは不完全な覚醒状態で、超高速の水の斬撃を勘で避けている。
そのため傷を受ける回数も多く、致命傷などは受けずとも軽傷を治し続けていた。
フラメナは先ほどから中距離にて大きな火の針を放っており、ユーラルはそれを容易く躱していた。
「本当にお主って単純、悲しくなるほど単純だよ」
悲嘆を冠するユーラルがそう言うと、
フラメナは傷を再生して立ち上がる。
「単純……これが単純に見えるなら、あなたバカね」
ユーラルの肩が後ろから白い火の針で貫かれた。
「うぁっ!? なんで……!」
「やっぱりバカね。あなたが避けた魔法、べつに消えてないわよ」
次の瞬間ユーラルの肩が溶け落ちると、
再生を必死に行い、自身の周りに水の壁を作り出して追撃のように飛んでくる火の針を全て防ぐ。
「……案外頭は使うんだね」
「私はこれでも頭脳派よ」
「冗談キツいよっ……!」
ユーラルは大量の魔法陣を展開し、一気に水の斬撃を放って何個かの魔法陣からは、水の矢を放ち始める。
弾幕のような攻撃、フラメナは避けることを諦め、
正面から全てを相殺することを決める。
短縮発動にて魔法を扱い、向かってくる攻撃全てを電撃で貫き、火を放って焼き尽くす。
フラメナは火を手から溢れさせて、一気に地面を踏み込んで走り出し接近していくと、それに対してユーラルはひたすらに下がり続けながら斬撃を放つ。
なんで斬撃が当たらなくなってきたんだろう?
さっきまで被弾ばっかしてたじゃないか……
まさか……
「あなたは私に時間を与えすぎたのよ!
私、目がいいの! もう斬撃はほぼ見えるわ!」
フラメナは先ほどまでの斬撃の嵐を軽傷で済ませる中で、避け方を熟知し、速度に適応していた。
「っ! なんてやつ!」
「白雷獄!」
するとフラメナは跳んで一気にユーラルに接近し、
無陣にて火と雷の混合魔法を放つ。
それは雷を纏いし火が地面に広がり、天へと向かって落雷のように雷が昇って火が爆発するもの。
本来ならば集団戦向きな魔法だが、
フラメナは咄嗟に魔法の形を変えて、一箇所に集中するようなものへと変える。
「まっ!」
ユーラルはそれを腹部に直撃でもらってしまい、
白目を剥き激しく吐血しながら地面を転がり、
少し離れた先に倒れた。
フラメナは無言でユーラルを見続ける。
姿は変わっていなかった。
「死ぬかと思ったよ……悲しいなぁ」
ユーラルは立ち上がり、フラメナは言葉を返す。
「死んでくれてもよかったのよ」
「死ねと言われて死ぬほどバカじゃない。
あんまり使いたくなかった……出来れば秘策にしたかったけど、仕方ないね」
フラメナはそう言うユーラルを警戒しながら、魔法陣を展開する。
フラメナはユーラルがなにをするかはわからないが、先手必勝の考えで火球を放つ。
「ちゃんと飲み込め」
ユーラルの横から黒い球体が現れると、
それは口を作り出して大きく開き、火球を飲み込んでしまった。
「は?」
黒い球体は無傷であり、フラメナは困惑した。
「なんで……」
「お主の純白魔法は魔王側近のみに毒がある。
それ以外は対して他の魔法と変わらない。
魔法を吸収する生物なんてたくさんいる。今の召喚体は魔法を吸収するためだけに生まれた個体、今頃体内でお主の魔法はこやつの魔力に変わった」
召喚魔法は自由度が低い。
魔法を扱う召喚体などは作成が非常に難しく、
大体の召喚体は剣士などの戦い方だ。
故にこの魔法を吸収する召喚体は特殊すぎる。
「あなた……随分と私の魔法が怖いのね?」
「怖いよ。だって毒があるからさ……
この戦い方を卑怯だと呼んでくれても構わない。
言ったはずだよ。妾たちは勝ちにきてる」
フラメナは内心焦っていた。
自身の魔法が喰われるのであればどうすればいい、
召喚体としてあそこまで特殊な時点で、なにかしらデメリットは存在しているはずだ。
だがそれを考えるよりも先に、ユーラルの水の斬撃がこちらへと迫ってくる。
思考を巡らせていたせいでフラメナは首に傷を負い、一瞬で再生してある行動を取る。
「は?」
ユーラルが思わず困惑するフラメナの行動。
それは逃亡だった。
背中を向けて逃げるフラメナ。
ユーラルは最大量の魔法陣を展開し、とんでもない量の斬撃を放った。
「悲しいな……逃げるなんて悪手だよ」
フラメナは風魔法を扱って速度を上げ、斬撃を避け続けながら街の方へと向かっていく。
フラメナの一つ考える希望、それは加勢だ。
ライメとエルトレ、そのどちらかが来れば良い。
フラメナは斬撃を体に受けた瞬間再生し、
立ち止まらずに走り続ける。
「理解できない……! なんで逃げるんだ!」
「これも戦略よ!」
一方西方面の街の出口に、ライメとエルトレがやってきていた。
「……ライメ、なんか斬撃見えない?」
「……ほんとだ」
遠くから見えてくる斬撃の嵐、その少し前に人の姿が見える。
「あれさ……フラメナじゃない?」
「本当じゃん!」
ライメは走り出し、エルトレもそれに続いて走り出す。
「きた!」
「仲間を求めて逃げてたんだ……そう変わらないと思うけど」
フラメナは地面に落ちている石を拾って魔力を込めると、それをユーラルへと投げつける。
「なにをしっ」
「転移! 絶対零度!」
ライメはフラメナの魔力を頼りに転移し、
至近距離にて不意打ちの魔法を放つ。
冷たすぎる魔力がユーラルを襲う。
ユーラルは何かを理解する前に全身が凍りつき、
フラメナの白炎にて体を貫かれ、そのまま氷が溶けると倒れて蒸気が浮き上がった。
「驚いたァア! 悲嘆がやられたのは久しいのう」
声色、雰囲気、魔力量。
それらがまた変わった。
「ライメ! こいつが強欲よ。
九回戦い方変わるから気をつけて!」
「九回……? わ、わかった!」
蒸気から姿を現す水色の瞳を持つユーラル。
悲嘆とは違い、魔力が溢れ出している。
「妾は驚嘆、久しく月光を浴びるんじゃ。
さぁ……まだまだ控えはおる。負かしてやるぞ」
驚嘆と名乗るユーラル。
戦闘体制に入った瞬間、一気に辺りを魔力が埋め尽くし、地面に魔法陣が広がる。
「領域魔法……驚天動地!」
そう呼称された瞬間、地面が揺れ、
ユーラルの周りに土の礫が浮き始める。
「フラメナ気をつけて、奴は拳術を使うよ」
「なんでわかるの……?」
「構えがまんま拳術だからさ」
「ぺちゃくちゃと、戦闘中に驚きの行為よォ!」
驚嘆がとてつもない速度でフラメナへと殴りかかってくる。
その速度は先の水の斬撃に迫る速度、
フラメナは拳を避け、ガラ空きの腹部へと手を当てようとすると、突如腹部に強烈な衝撃を感じて、後ろへと少し吹き飛ばされて倒れる。
「かはっ……げほっげほっ」
なにが起きたか理解が出来なかった。
「拳は二つ、どう動くか理解しなきゃ妾には勝てないぜ?」
ユーラルは余る片手でフラメナを殴ったのだろう。
ライメはユーラルから距離を離し、
魔法陣を展開する。
「フラメナ、僕がやつの動きを遅める。
連携して一気に倒そう」
「わかった……合図は適当に出すわ」
ライメはそう言われ頷き、フラメナは口元を拭い、
ユーラルを強く睨む。
姿が変わったユーラル。
一方、歓喜、激怒、恐怖の様子はどうだろうか、
強欲のユーラルの本領はまだまだここからだ。