第百五話 百鬼葬列
大量の召喚体が攻めてきた。
平原に広がる真っ赤な点、それら全てが召喚体の目であり、数の多さを示していた。
攻めてきたことを伝えてから5分、着々とこちらへと迫ってくる召喚体たち、絶望的な数に少し戦士たちが後退りすると、後方から歩いてくる者がいた。
「ヨルバさん……!」
南大陸に住まう戦士たちが尊敬する人物。
力刃流土君級剣士、ヨルバ・ドットジャーク。
「状況は?」
ヨルバの後ろに続くユルダスとルルス。
この三人は間違いなく南大陸の剣士の中でTOP3だろう。放つオーラが桁違いだ。
「西から地平線まで真っ赤な点があります……
おそらく全て召喚体かと……」
見張りの戦士が自身が見たことについて語ると、
ヨルバは頷き、歩みを早めながら言う。
「魔王側近が襲来している。
その規模の召喚魔法など、情報が正しければ強欲のユーラル以外あり得ない」
「ヨルバさん〜、あの量どうします〜?」
ルルスがそう言うと、ヨルバは刀を抜いて答えた。
「やることは単純だ。
ただひたすらに切るのみ、殲滅すればいい」
「了解です〜」
ルルスはそう言ってニコニコとブレード状の剣を抜き、ユルダスも剣を抜いて前へと足を踏み出す。
「君級は二人……一人は剣士でもう一人は天理の欠片……怖いなぁ。作戦通りにやるなら天理の欠片以外から片付けなくちゃ……」
大量の召喚体の上であぐらをかく少女姿のユーラル、軍勢の先頭にて遂に戦闘が始まった。
ーーー
「フラメナ……来たよ」
「わかってる。離れてるはずなのに、とんでもないオーラね……肌にビリビリくるわ」
強欲のユーラルが西から攻めてきたことは、
フラメナとライメは情報を得ずとも知っており、
シノが告げた運命を遂に目の当たりする。
「ライメ、パフラナをお姉様に預けてきてくれないかしら? 私は先に戦いにいくわ」
「……わかった。無理はしないで」
「大丈夫、私が負けるわけないわ」
フラメナはそう言って駆け足で家を出ていった。
やはり外は多くの民たちが東へと逃げ始めており、
戦士であろう者たちが武器を手にして西へと向かっている。
ーーー
「ユルダス!」
ヨルバの呼びかけに答え、ユルダスが前へと出て一気に素早い動きで召喚体を殲滅。
次にヨルバの刀が一気に振り下ろされ、空間が裂けて轟音と共に何十体もの召喚体が絶命していく。
閃滅と閃裂の親子。
非常にコンビネーションは良く、次々と召喚体が消えていく。
そんな二人と違い、ルルスは戦場を駆け回って眼前に映るもの全てを切り裂いていた。
三人に続いて多くの剣士や魔法使いも戦い始める。
その様子はまさに戦争のようなもの、
互いに譲らない攻防戦、莫大な数の召喚体と少数の戦士たちの戦い。
だが戦況は一気にゼーレ王国側に傾く。
投下される一つの白き灯火。
ヨルバたちが戦う中、少し先で白い閃光が走ると、
大きな爆発が発生し一気に召喚体が消えていく。
現れる純白魔法使い、フラメナ。
後方からゆっくりと歩いてくる彼女は、多くの魔力を纏っている。
「フラメナ様……」
「ヨルバ、みんなに下がるように言って、
私が一気に相手の大将まで道を作るわ」
フラメナがそう言った瞬間地面へと広がる大きな魔法陣、フラメナの髪の毛が少し白く発光し、右腕を前へと向ける。
その光景に自然と前線から引いていく戦士たち、
フラメナは前方から人が消えたことを確認し、魔法陣にて魔法を完成させ、呼称を行う。
「天万雷!」
雷と火の混合魔法。
今までフラメナが苦手とすることであったが、
この2年の間でフラメナは自身の魔法と向き合い、
ついに苦手を克服した。
扇状に放たれる白炎と白雷、それらが混ざり合って爆発を起こしながら暗闇を照らす。
その爆発の威力は凄まじく、前方にいた召喚体は吹き飛び、大きなスペースが出来た。
「……凄まじいな」
思わずそう言葉を漏らすヨルバ。
溜力や詠唱なしでここまでの威力が出せる魔法使いは、そう多くはいない。
白い残火と白き雷の残滓が舞う中、フラメナは歩き出して奥に見える大きなオーラへと向かっていく。
フラメナが相手に与えた大きな損害、それによって戦士たちの士気も上がり、次々と召喚体が消えていく。
強欲のユーラルの軍勢は確かに桁違いの量だ。
だが、この量が故に単体での強さは程度が知れている。
「降りてきなさいよ!」
「あぁ怖いなぁ……そんな強いなんてぇ……」
強欲のユーラルは召喚体の上から跳んで地面へと着地し、その小さな体で怯えた表情でフラメナを見つめる。
一見、弱そうに見えてしまうが、これでも中身は強大な魔族であり、序列四位の魔王側近だ。
傲慢のシルティが最弱とされていた魔王側近。
フラメナは違和感を感じていた。目の前に対する者があの傲慢よりも強いと感じられない。
身に纏う魔力や、オーラの大きさも酷く劣っている。確かに強いが到底あの強さには達していない。
「……本当にあなた魔王側近?」
「失礼だなぁ……妾は強欲を冠する魔王側近だよ。
そんなに弱そうに見えるぅ……?」
ユーラルは少し悲しそうにそう言ってくる。
フラメナはそれに対して頷き、ユーラルはがっかりした。
「確かにシルティよりはフィジカルじゃ弱いよ。
でもね……妾はお主に勝てる」
「なんでそう言えるの?」
ユーラルは手を広げ、黒い影を大量に地面へとボトボトと落とすと、それから黒い騎士たちが現れる。
「だって妾、お主に勝ちに来てるんだもん」
それと同時に作り出された黒い騎士が一気にこちらへと走ってくる。
等級としては帥級程度、フラメナからすれば大したことのない相手だが、魔王側近が後ろにいることを踏まえると、そう好きに動けない。
フラメナは徹底的に魔王側近を調べ上げていた。
誰が来ても最低限対応できるようにだ。
判明している強欲のユーラルの情報。
ユーラルは召喚魔法に加え、風と草魔法を扱い、
非常に臆病な性格と言われている。
情報はこれだけである。
魔王側近は非常に強力が故に、目撃者のほとんどが殺されてしまう。そのせいで情報が漏れない。
だからこそフラメナは警戒を強めていた。
召喚体に集中すれば必ず属性魔法が飛んでくる。
草魔法で四肢を拘束されたならば、風の斬撃で切られ即死だろう。
慎重に動かなければいけないが故の圧倒的な不利。
フラメナは久しく感じる戦闘の緊張感に口角を上げ、白き火を槍のように形を変え、黒い騎士へと突き刺す。
「やっぱりそうなるわよね……!」
フラメナが魔法を放ち終わった瞬間、
ユーラルの草魔法で作り出されたツルがフラメナの腕を掴み、一瞬隙を作ると風の斬撃が放たれる。
予想通りの攻撃、だが変に工夫するより無難に脅威的な攻撃だ。フラメナは迫る風の斬撃をある魔法で防ぐ。
「白纏電!」
魔法の発動には杖・魔導書・魔法球のどれかが必要であり、手から魔法を放つのは非常に珍しいことだ。
手から魔法を放つことつまり、別にやろうと思えば足からでも放てる。
難しくはあるが出来ないわけでもない。
フラメナは足から魔法を放つ練習もしていた。
手からではなく足から放たれる雷魔法。
それはフラメナの足から一気に螺旋状に天へと昇り、風の斬撃を打ち消した。
ユーラルは初めて見る魔法の発動方法に非常に驚いており、隙が生まれてしまう。
となると次はフラメナの手が使えるようになった。
ならばやることはただ一つ。
その白き魔法をぶつけるだけだ。
「天白火ッ!!」
フラメナの手から放たれる圧倒的な質量の白炎、
それはユーラルの顔を強く照らした後、困惑気味の彼女を包み込んだ。
弱すぎる。
そんな思いがフラメナの脳内に浮かび上がる。
魔王側近は全員が常軌を逸した強さであり、過去に対峙した傲慢に関しては、只々バケモノであった。
確かにフラメナは強くなった。
だが魔王側近を圧倒できるほど強くなったわけではない。未だ一対一では勝てる実力ではないはずだ。
故にフラメナは勝利を確信していなかった。
自身の白い火の中に、一つのオーラが見える。
「……え?」
「喜ばしいなァ、やはり予測は当たっていたァ」
少女の姿から大人の姿となった強欲のユーラルが、
白き火を振り払い、姿を現した。
尻尾が一つだけ焦げたままだが、それもじわじわと再生していく。
「誰よ……さっきと随分オーラが違うけど」
「まだ情報漏れしてないんじゃのう。愉快愉快っ!
教えてやろうかやらまいか……実に迷うのう」
軽快な口調のユーラル、先までの小さく怯えたユーラルとは違い、非常に活発で騒がしい。
「まぁ教えてやろう。ユーラル・マルモンには感情に由来した九つの人格がある。さっきまでは恐怖を司る姿……今の妾は歓喜を司る姿じゃ。
さぁ喜べ! 天狐の御成じゃぞ!」
フラメナは少し呆れながら言う。
「ちっとも喜べないわ。
だってあなた、全然めでたくないもの」
「ほう? 貧相な心じゃ、妾が直してやろう。
鐘を鳴らせぇ! 世直し開始! 祭りじゃァ!」
次の瞬間平原に召喚されていた個体が一気に金色に輝き、夜にも関わらず辺りが昼のように明るくなった。
フラメナはこのユーラルという敵を叩けば叩くほど、謎ばかり出てくるのが鬱陶しく感じる。
なぜ純白魔法を喰らってピンピンしているのか。
なぜ人格に伴い姿すら変わるのか。
なぜオーラが先ほどより大きくなっているのか。
まるで別人だ。
魔力量もオーラも全て異なっている。
嫌な汗がフラメナから出てきた。