第九十六話 魔法学校
虹剣1689年1月6日。
僕はこの日、ゼーレ王国王都内に一つしかない魔法中学校に教職として就いた。
よっぽど教師の数が少ないのか、
僕はいきなり担任を任されることとなった。
「あの本当に大丈夫ですかね……?」
「大丈夫! ライメさんならいけるって」
ガヤガヤとした教室の外で、
僕は先輩教師に励まされる。
後から気づいたことなんだけど、
どうやらこのクラス、問題児ばかりらしい。
「っ……よし、いってきます」
ライメは教室の扉を開けた瞬間、
水魔法によって作り出された水が眼前に迫る。
「しゃあー! 直撃でぇい!」
水魔法を放ったのは、ライメがずぶ濡れになったと思ってはしゃぐ子供だった。
だがライメは氷の壁を即座に作り出して水を防いでいた。
無呼称・無陣の短縮発動。
まだ慣れないながらも、これくらいの小さな魔法ならライメにも出来る。
「初対面で水をかけるのは良くないですよ。
えっと……今日からここの担任になるライメです。
教師としては未熟者ですがよろしくお願いします」
ライメはそう言ってお辞儀をし、
静まった教室の中で、彼の教師としての生活が始まった。
このクラスは問題児が集められたクラスであり、
十三名ほどの生徒がいる。
「先生って等級はなんですかー」
舐め腐った態度の子供たち。
先ほど水魔法をかけようとした者以外は、
ライメがそう強くない魔法使いだと思っていた。
「僕の等級は″将級″です。
主に氷属性ですが転移魔法も扱えますよ」
軽い自己紹介、だが短い文の中に込められている情報量は凄まじかった。
まず将級魔法使いという時点で、この学校の誰よりも強い。そして転移魔法、伝説上の魔法と言われるほど扱える者がいない代物。
子供達は史上四人目の転移魔法使いが出たことは知っている。その張本人が目の前にいるのだ。
生意気な態度を取る生徒たちの伸びた鼻が折れる。
そこそこ皆、魔法が扱えるのだろう。
だが目の前にいるのは将級魔法使いだ。
力の差なんて考えずとも理解できる。
「え〜っと……その自己紹介とかしてもらおうかな」
弱々しい雰囲気を漂わせるライメ。
それなのにまったく隙がない。
先輩の教師は教室の外から中を見てニヤける。
「やっぱやんちゃたちも格上相手にはビビるんだね」
先輩教師である彼女はそう少し笑いながら、
自分が持つクラスの教室へと向かった。
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初仕事が終わった。
時刻は20:23。うん……かなり長い間働いた。
問題児のクラスを任されたけど、
なぜか案外言うことは聞いてくれる。
でも授業で問いかけても誰も返してくれないのがちょっと辛い。
面白くない授業だったかな?
もしそうなら生徒たちには申し訳ないことをした。
……疲れた。フラメナが僕の部屋で夜ご飯を作って待ってるらしいけど、頼んでおいて良かった。
今はそれが支えで歩けている気がする。
次から、転移魔法でも使って行き帰りを楽にしようかな。うんそうしよう。せっかく使えるんだ。
楽できるところは楽したほうがいいよね。
ライメはしばらく雪の降る夜の中、
何十分か歩いて宿へと帰ってくる。
「ただいま……」
「あっ! おかえりライメ!」
部屋の奥にはフラメナが見えた。
既に食事の用意はできているようで、出来立てなのか湯気が立っている。
「すっごい疲れた顔してるじゃない!
もうご飯はできてるわよ」
フラメナが小さく笑いながらそう言ってくると、
ライメは目をぱちぱちとさせ、顔をシャキッとさせる。
「さすがに初日は疲れたよ……」
そう言ってライメが食事が並ぶ机を前にして席に座り、フラメナも席についた。
「お疲れ様ね。仕事自体はうまくいったの?」
「うーん……うまくいったとは思うんだけど、
生徒たちといい関係が築けるか不安でさ」
「やっぱ難しいのね……私はそういうのは得意だけど、下手すると喧嘩して大事になっちゃいそうだわ」
「あはははっ、生徒と大喧嘩するフラメナはちょっと見てみたいかも」
「洒落にならないわよ!」
フラメナが作った食事はライメ好みの物。
野菜を多く使った物ばかりであり、
フラメナの得意料理の一つ、魚料理も食卓に並んでいた。
魚の焼き加減はさすが火属性魔法使いといった感じで、皮はパリパリとしている。
「魔法学校……生徒の中に私みたいなのはいないわよね? あんまいないと思うけど……」
「フラメナっぽい子? 性格じゃ全然いないよ。
でも……魔法の癖がある子はいたかな」
ライメのその発言にフラメナが反応する。
「癖……? どんな感じの子だったの?」
「魔法陣が展開できないんだ。
どの方法を試しても魔法陣が展開できない」
魔法使いにおいて魔法陣は展開出来なければ、
魔法を扱えないのと同じだ。
「じゃあ魔法使えないじゃない……
無陣魔法で発動してるわけでもないんでしょ?」
「そうなんだけど……その子の魔法がさ、
″呼称のみで完結″してるんだよね」
魔法は大前提、呼称と魔法陣を経由しなければ発動は不可能であり、短縮発動というのは体内でその二つを行って完結させているのだ。
「呼称だけって、そんなので魔法なんて使えるの?」
「多分無理なんだけど……その子なぜかできてるんだよね」
フラメナはしばらくそれについて深く考えるが、
結局何も結論は出ず、食事を終わらせ、ライメと交代交替で風呂に入り、寝る前のリラックスタイムが訪れた。
「ライメは明日も仕事でしょ?」
「そうだよ。だから早く寝たいんだけど……
なにせ授業の準備が終わらなくてさ」
「なら手伝ってあげるわよ!」
魔法中学での授業はシンプルだ。
魔法学の基礎の復習、混合魔法の練習。
加えて属性魔法以外の魔法を教えることになる。
フラメナは教え方が絶望的に下手くそだが、
魔法のセンスだけなら誰よりもあるだろう。
二人はその晩、一緒になって目を擦りながら授業内容を考え、日付が替わる頃に意識を朦朧とさせながらベッドで横になり寝てしまった。
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虹剣1689年1月7日。
ライメは昨日に引き続き授業を行う。
このクラスには十三名生徒がおり、
特にライメが注目しているのは四名。
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魔力量だけなら上級魔法使い並みの、
マルレキ・ハマエッユという男の子。
雷属性と氷属性が得意魔法な女の子、
ピカロト・シクルア。
水魔法を無呼称で放つイタズラ好きな男の子、
エクドラ・ハテルマド。
最後に呼称を行わずして魔法を発動する女の子、
ホワラル・ウルムエラ。
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以上の四名は明らかに魔法使いとして伸ばすべきところが多く、うまくいけば強力な魔法使いになれる。
「ライメ先生……わたしでも普通の魔法は使えますか?」
呼称を行わずして魔法を扱うホワラルが、
そう言って近寄ってきた。
ライメはそう聞かれると、ニコッと笑いホワラルを励ます。
「普通にこだわる必要はありませんよ。
僕の友人にも、変だと言われる魔法を使い続けて名を上げた人がいますから」
「わたし……ずっと変だって言われて……
ライメ先生は応援してくれますか?」
不安そうなホワラル。
ライメはふと幼い頃のフラメナを思い出した。
フラメナもこんな不安を抱いていたのかな。
僕は彼女の痛みを全て知っているわけじゃないけど、多分寄り添ってくれる大人は欲しかったよね。
だったら僕はちゃんと向き合おう。
この子の人生に真剣に考えてみよう。
ライメの授業は午前が座学で、午後は実技だ。
他の生徒たちは基礎的な魔法をどんどんクリアしていく中、一人の生徒がクリア出来ていなかった。
「マルレキさん? どうかしたんですか……?」
「先生……おいらもう魔法したくない」
マルレキは魔力量だけじゃ上級魔法使い並みである。だが結局のところ、その魔力は魔法として扱えなければ無意味だ。
「じゃあ先生と一緒にやってみますか」
「どうせ失敗するよ……」
ライメはそう言うマルレキの手を握り、
杖を構えさせてアドバイスを行う。
「魔法陣は丁寧に描くんだ。
ゆっくり丁寧に……そしたらそれに沿って魔力を流す。少しでいい、少し流し始めれば呼称する。
そしたら魔法は放てるはずだよ」
マルレキは不安そうな顔で頷き、
魔法陣を足元に展開してゆっくりと光らせていく。
ゆっくりと丁寧に、ライメに言われた通りに行っていき、魔法陣が完全に光満ちた時、下級魔法である火球を呼称した。
マルレキの杖から小さな火球が放たれ、
すぐに燃え尽きて消えてしまったが、マルレキは魔法を放つことができた。
「す、すごいよ先生! おいら魔法放てたよ!」
「案外できるもんですよ。また困ったら言ってくださいね」
ライメの教えるセンスはピカイチだった。
クランツの影響を受けた部分もあるが、
すごく丁寧で説明を怠らない。
ライメは生徒の悩みを解消させた後、背中に視線を感じて振り返ると、奥の方に授業の風景を見つめる一人の少女が見えた。
声をかけようとしたがその前にその少女は去ってしまい、ライメはモヤっとしながら授業へと戻った。
金髪の少女、その日の終わりに先輩教師から聞いたが、そんな生徒はいないらしい。
なんだったのだろうか、あの少女は。
ライメはそう思いながら、
今日は転移で宿へと帰宅した。
おかえりという声が耳に入ってくる。
明日もまた頑張ろう。